表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
牡丹の君  作者: おぴぴ
11/14

第11話 昔話

紫苑はぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎ始めた。その声はいつもの威圧的なものとは異なり、どこか弱々しく震えている。


「…昔、ある男の子が居た。毎日がとても色鮮やかで全てが揃っていた。それが当たり前だと思っていた。逞しい父、穏やかな母___そして将来を共にと誓った愛おしい許嫁がいた。だか、ある日突然全て無くなった。」


陽葵は自分の着物の裾をぎゅっと握りしめ、黙って聞いている。


「…許嫁が。__牡丹が帰らぬ人となった。…それからは、後を追うように母も病に罹りなくなった。憧れだった父は、権力と色欲に溺れる獣になった。その男の子の目の前から色鮮やかな日々は消えた。」


簪を持つ紫苑の手が微かに震えている。


「男の子はその日から全てを憎んだ。父も、父のこの息がかかるこの屋敷全てを…。そして自分自身さえも…。そして帰らぬ亡霊を待ち続けて、醜く歪んだ屋敷に閉じこもり10年が経った。……周りを遠ざけ続けた結果、血も涙もないような冷徹な男だけが残った。そして彼の周りには、もう誰も居なくなった。」


そこで言葉がぷつりと途切れる。


「…作り話だ。お前の退屈な話よりはマシだろ。」


しばらくして紫苑は自虐的にふっと笑った。あの冷徹無慈悲な『牡丹の君』はこうして形作られたのだと陽葵はようやく知った。


陽葵は胸が張り裂けそうなほど苦しくなるのを感じた。その昔話の目の前の「男の子」を助け出したいそんな強い衝動に駆られた。


「…紫苑様。その物語の男の子の解釈間違っていると思います。」


「は?」


紫苑は鋭く凍てついた眼差しで陽葵を睨みつける。陽葵はその眼差しを溶かすような暖かく真っ直ぐな眼で紫苑を見つめて言った。


「彼は血も涙もない冷徹な人間じゃありません。…周りを遠ざけてるのは、憎しみの感情だけじゃないはずです。恋焦がれた人や大切な人を失ってそれほどまで傷ついたから…今も尚乾かぬ傷口から血を流し、涙しているからではないですか。私はその昔話の主人公は愛情深い人だと思います。」


「……お前は馬鹿なのか。読解力もないのか。」


紫苑は呆れた口調で言うが、その表情はほんの少しだけ柔らかかった。


「物語は誰がどんな感想を抱いても自由ですから。」


「…好きに言っていろ。」


吐き捨てるように言う紫苑だが、その横顔は憑き物が取れたような少しだけ清々しそうな顔をしていた。


「さてと、ではそろそろ夜も更けてまいりましたし…。」


そう言うと陽葵はそそくさと後片付けを始めた。紫苑は少し嫌味ったらしそうな目で陽葵を見たが引き止めはしなかった。


「では、明日もよろしくお願い致します。先生。」


「…ふん。」


紫苑は深々と平伏して部屋を後にする陽葵を見送った。


行灯の光は相変わらずゆらゆらと優しく部屋を包んでいる。彼は掌の中の簪を眺めた。相変わらずそれは彼の眼に色褪せて安っぽく見えたが、それに対する焦燥感は消えていた。


瞼の裏に焼き付いた愛らしい少女の亡霊もいつかの記憶として色褪せていく日が来るのだろうか。


陽葵のように自分もこの牡丹への想いも昔のことのように思える日が来るのだろうか。


彼は簪をぎゅっと握りしめ、陽葵の真っ直ぐな眼を思い出しながら一抹の不安を振り払った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ