第7話:吟遊詩人の嘘と真実
国境を越え、私たちは宿場町にたどり着いた。
酒場の喧騒。安酒の匂い。
三百年前も、ここでカイゼルと食事をした。
あの時は、周りの客が「王子様だ!」と騒いで大変だったけれど、今は誰も私たちに見向きもしない。
ただ一人、ステージの上でリュートを弾く男を除いて。
「♪ああ、悲劇の王子カイゼルよ〜。愛する聖女を国のために捧げ〜、涙と共に剣を振るう〜」
吟遊詩人のルシアン。
長い金髪、甘いマスク。彼は陶酔した表情で、三百年前の「伝説」を歌い上げていた。
「♪聖女アリアは微笑んで〜、愛する人のために命を散らす〜。これぞ至高の愛〜、永遠の美談〜」
客たちが拍手喝采を送る。
「いい話だなぁ」「泣けるぜ」なんて言いながら。
……ふざけるな。
私はグラスをテーブルに叩きつけた。
微笑んで? 命を散らす?
冗談じゃない。私は泣き叫んで、抵抗して、無理やり封印されたのよ。
それを「美談」だなんて。
「……おい、そこの詩人」
私は席を立ち、ルシアンの前に立った。
「その歌、歌詞が間違ってるわよ」
「おや? 美しいお嬢さん。どこが違うと言うんだい?」
ルシアンは優雅に微笑んだ。
その笑顔が、無性に腹立たしい。
「聖女は微笑んでなんかいない。彼女は「死にたくない」って泣いたのよ。王子は涙なんて流していない。冷酷に彼女を切り捨てたのよ」
「ハハッ! 君はリアリストだねぇ」
彼は肩をすくめた。
「でもね、大衆が求めているのは「真実」じゃない。「美しい物語」なんだよ。泥臭い命乞いなんて、誰も聞きたくないのさ」
頭に血が上った。
この男は、私たちの痛みを、絶望を、ただの「エンターテインメント」として消費している。
カイゼルの苦悩も、私の恐怖も、全部嘘で塗り固めて。
「……訂正しなさい。今すぐ」
「断るよ。これが僕の芸術だ」
ルシアンは挑発的にリュートをかき鳴らした。
「君に何がわかる? 三百年前の当事者でもないくせに」
私が当事者よ! と叫びそうになった、その時。
†
「やかましいわああああ!」
ドゴォォォン!
酒場の天井が吹き飛び、瓦礫と共に龍神が降ってきた。
「下手くそな歌じゃ! 音程がズレておる! アリアの悲鳴はもっとこう、高音で「ギャアアア」じゃったわ!」
「龍神! ?」
「な、なんだこの怪物は!」
ルシアンが腰を抜かす。
龍神は彼のリュートを奪い取り、バリバリと噛み砕いた。
「真実を語れぬ歌など、騒音公害じゃ! ……おい若造、もっとマシな歌を作れ。「トカゲ音頭」とかどうじゃ?」
……台無しだ。
でも、少しだけスッとした。
「……ふん。聞いたでしょ? 神様も怒ってるわよ」
私は呆然とするルシアンに背を向けた。
彼は震える手で、壊れたリュートを拾い上げていた。
その姿は、自分の「芸術」を否定された哀れな道化に見えた。
†
夜風が熱った頭を冷やしてくれる。
カイゼルがいた。
彼は酒場の方を見つめ、静かに言った。
「……放っておけばいい。歴史とは、勝者が都合よく書き換えるものだ」
「悔しくないの? あんた、あんな「悲劇のヒーロー」扱いされて」
「悪くない気分だ。……少なくとも、「冷酷な裏切り者」と呼ばれるよりはな」
彼は自嘲気味に笑った。
嘘だ。
彼は、自分がどう呼ばれようと気にしない。
ただ、真実が――「私が泣き叫んで封印された」という事実が、誰にも知られずに消えていくことだけを、静かに受け入れているように見えた。
(……どうして、否定しないの? )
三百年前、彼は何も語らなかった。
今も、彼は何も語らない。
その沈黙が、私には「孤独」に見えた。
誰にも理解されず、誤解されたまま、たった一人で立ち続ける孤独。
「……行くぞ。明日は「花の都」だ」
「……ええ」
私は彼の背中を見つめた。
その背中は、吟遊詩人が歌う「悲劇の王子」よりも、ずっと悲しく、そして強かった。
この旅の終着点である王都に行けば、彼の沈黙の理由もわかるのだろうか。
真実を知るのが怖い。でも、知らなければならない。
私は杖を握り直し、夜の街道へと踏み出した。




