最終話:龍神様のお見合い、本日成約なり
あれから、色々なことがあった。
星喰いとの決戦。世界の危機。
でも、それらはもう過去の話だ。
愛を取り戻した私たち(と、完全体に戻ったイケメン龍神)の前では、どんな敵も敵ではなかった。
あっという間に世界を救い、私たちは帰ってきたのだ。
そして今日。
復興した王都の教会で、鐘が鳴り響いている。
「……緊張しているのか?」
控室で、カイゼルが私の手を取った。
彼は純白のタキシードを着ている。
三百年分の疲れが消え、憑き物が落ちたような、穏やかな顔をしていた。
「当たり前でしょ。……三百年待ったのよ、この日を」
「ああ。……俺もだ」
彼は私の指に口づけを落とした。
その手はもう、冷たくも震えてもいない。
温かくて、力強い。
だが、ふと彼の動きが止まった。
彼は私の手を離し、少しだけ距離を取った。
その瞳に、暗い影が差す。
「……アリア。最後に一つだけ、言わせてくれ」
「なに? 今さら逃げる気?」
「違う。……俺の本性の話だ」
彼は自嘲気味に笑った。
「俺は、人を愛してはいけないと思っていた。……俺は闇の魔導師だ。何よりも暗く、そしてありとあらゆる光、生命力すら吸い取ってしまう」
彼は自分の手を見つめた。
その手は、多くの命を奪い、多くのものを枯れさせてきた手だ。
「だから、三百年経ってもこの通り、死ぬことすらできない。……周りの生命力を吸い取って、生きながらえてしまうからな。俺は、歩く災厄だ」
彼は私を見た。
その瞳は、拒絶されることを恐れる子供のように揺れていた。
「それでも……俺でいいのか? お前の光さえ、いつか俺が飲み込んでしまうかもしれないぞ」
私はため息をついた。
本当に、どこまでも不器用な男だ。
そんなこと、とっくに知っているのに。
「……ねえ、カイゼル。あの時の呪い、覚えてる?」
「呪い?」
「再会した時、私がかけた「因果応報」の呪いよ」
私が絶望すれば、彼も絶望する。私が傷つけば、彼も傷つく。
あの呪いは、一度も発動しなかった。
「あれが発動しなかったのは、あんたが私を守り続けてくれたからよ。……あんたの闇が、私の絶望を全部吸い取ってくれていたから」
私は彼の手を、もう一度強く握りしめた。
ギュッと。痛いくらいに。
「あんたの闇は、災厄なんかじゃない。……私を守るための、優しい揺り籠だったのよ」
カイゼルが息を呑む。
「それに、私の魔力がどれだけあると思ってるの? 星の女神よ? 無限よ、無限」
私はニッと笑って見せた。
「あんたがどれだけ吸い取ろうと、私がそれ以上に輝いてやるわ。……あんたの闇なんて、私の光で塗りつぶしてあげる」
「……ハッ。生意気な」
カイゼルは吹き出した。
そして、私を抱き寄せた。
今度は、ためらいなく。
「……覚悟しろよ。一生、離さないからな」
「望むところよ」
扉が開く。
光が溢れる。
バージンロードの先には、懐かしい顔ぶれが並んでいた。
アルフレッドが、妻のミナと並んで手を振っている。
レオンが、部下たちと筋肉ポーズを決めている。
ザイードが、祝儀袋(分厚い)を掲げている。
ゼペットが、私の人形(修正版)を抱いて泣いている。
キルアが、柱の陰で照れくさそうに鼻をこすっている。
ヴォルフが、眼鏡を光らせて拍手している。
かつてのお見合い相手たち。
彼らとの出会いがあったからこそ、私はここまで来れたのだ。
「……えー、新郎新婦、前へ」
祭壇には、神父姿の龍神が立っていた。
人間の姿に化けているが、尻尾が出ているし、角も隠せていない。
「健やかなる時も、病める時も、世界が滅びそうな時も、互いを愛し、殴り合い、助け合うことを誓うか?」
「「誓います」」
私たちは声を揃えた。
そして、キスをした。
三百年越しの、本当の結婚式。
長い長い旅の終わり。そして、新しい旅の始まり。
「……うむ! ここに、最強の夫婦が誕生した!」
龍神が高らかに宣言する。
フラワーシャワーが舞う中、私たちは教会を出た。
青空に、飛行船が「おめでとう」の垂れ幕を引いている。
「さて、カイゼル。新婚旅行はどこに行く?」
「……どこでもいい。お前と一緒なら」
彼は微笑んだ。
その笑顔は、三百年前のあの日、新婚旅行に出発した時と同じくらい、輝いていた。
いや、あの時よりもずっと、幸せそうだ。
龍神様のお見合い、本日も破談なり。
……いいえ。
本日は、成約なり!
私たちは笑顔で、新しい旅へと歩き出した。
この手が離れることは、もう二度とないだろう。
(完)




