第30話:三百年目のラブレター
私は震える手で日記を開いた。
最初のページには、古い日付が記されていた。
それは、私たちが初めて出会った日の日付だった。
***
*×月○日(出会いの日)*
*王宮の庭園で、迷子の少女を見つけた。*
*俺は警告した。「近づくな、死ぬぞ」と。*
*俺は呪われた「常闇」の持ち主だ。触れるもの全ての命を奪ってしまう。*
*だが、彼女は俺の手を取った。*
*「温かいですね」と、花のように笑った。*
*信じられなかった。俺の闇に触れても、彼女の光は消えなかった。*
*その時、俺は知った。*
*この世界に、俺が触れてもいい存在が、たった一つだけあることを。*
*俺は、この光を守るためなら、悪魔にでもなろうと誓った。*
*○月×日(封印の日)*
*アリアを封印した。*
*彼女は泣いていた。「死にたくない」と叫んでいた。*
*その声が、耳から離れない。*
*すまない。すまない。*
*本当は抱きしめたかった。「愛している」と言いたかった。*
*でも、俺が甘い顔を見せれば、彼女は自ら犠牲になろうとするだろう。*
*だから俺は、悪魔になった。*
*彼女に憎まれることでしか、彼女を生かすことができなかった。*
*△月□日*
*今日から、長い戦いが始まる。*
*星喰いを倒し、世界を平和にするまで、俺は死ねない。*
*アリアが目覚めた時、そこが花で溢れる美しい世界であるように。*
*待っていてくれ。必ず、迎えに行く。*
*×月△日(三百年後)*
*もう限界かもしれない。体が動かない。*
*でも、まだ死ねない。彼女が目覚めるまでは。*
*もし俺が死んだら、この日記を彼女に渡してほしい。*
*そして伝えてほしい。*
*「愛していた。世界中の誰よりも」と。*
***
文字が滲んで読めない。
涙が止まらなかった。
彼は、三百年もの間、たった一人で。
私に憎まれることを承知で、私を守り続けていた。
その愛の深さに、私は押し潰されそうだった。
「……馬鹿! 大馬鹿!」
私は日記を胸に抱きしめ、カイゼルを殴った。
ポカポカと、力のない拳で。
「なんで言ってくれなかったのよ! なんで一人で背負うのよ!」
「……言ったら、お前は泣くだろう」
カイゼルは殴られるままになっていた。
そして、そっと私を抱きしめた。
「ほら、やっぱり泣いた」
その腕は温かかった。
三百年前のあの日、私を突き放した腕と同じものとは信じられないほど、優しかった。
「……おかえり、カイゼル」
「……ああ。ただいま、アリア」
私たちはキスをした。
三百年前、新婚旅行でするはずだった、誓いのキスを。
長い長い旅の終わり。
そして、新しい旅の始まり。
†
「……やれやれ。ようやく素直になりおったか」
龍神が天井から見ていた。
その体から、光の粒子が溢れ出す。
「わしの役目は終わったようじゃな。……これにて、お見合いは終了じゃ!」
「ちょっと、どこ行くのよ!」
「星に帰るのじゃ。……あとは若いもん同士、好きにせい!」
龍神は光となって消えていった。
最後に残ったのは、一枚の鱗。
それは、私たちの結婚指輪のように輝いていた。
「……さて」
カイゼルが私を見た。
その顔には、もう迷いも影もなかった。
「責任、取ってもらうぞ。……俺を三百年も待たせたんだ。一生かけて償ってもらう」
「償いじゃないわよ。……愛しなさいよ、馬鹿」
私は笑った。
最高の笑顔で。
龍神様のお見合い、本日も破談なり。
……いいえ。
本日は、成約なり。




