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「国のために死んでくれ」と私を捨てた王子が、300年間ずっと私の目覚めを待っていたらしい  作者: 蒼山りと


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第2話:舞踏会での強引な騎士団長

 聖地を出て最初の街、辺境の城塞都市。

 私は気晴らしに、領主の館で開かれる舞踏会に潜り込んでいた。

 田舎のパーティーとはいえ、音楽とドレスの華やかさは、かつての王都を思い出させる。


 (……あそこのバルコニー、王城の造りに似てるわね)


 いけない。また過去を振り返っている。

 私は首を振り、ぬるくなったシャンパンをあおった。

 今日は新しい恋を探しに来たのだ。知的な男はこりた。次はもっとこう、裏表のない単純な……いえ、実直な人がいい。


 そんな私の目の前に、巨大な影が落ちた。

 見上げると、そこには岩のような男が立っていた。

 燃えるような赤髪を短く刈り込み、王宮騎士団の制服が悲鳴を上げそうなほどの筋肉を誇示している。

 顔には古傷。そして、獲物を狙うような鋭い眼光。


「おい、そこの女」


 声が低い。腹の底に響くような重低音だ。


「……私に何か用かしら?」

「俺と踊れ」


 返事も待たずに、私の手首が掴まれた。

 痛い。でも、その手は驚くほど熱くて、大きかった。

 有無を言わせぬ強引さで、私はダンスフロアの中央へと引きずり出された。


「ちょ、ちょっと! 私、心の準備が!」

戦場フロアで準備など待ってくれるか! ついてこい!」


 音楽が変わる。激しいテンポの曲だ。

 彼は私の腰をガシッと抱き寄せると、ブンと振り回すようにステップを踏み出した。


「きゃあっ! ?」

「どうした! 足が止まっているぞ!」

「あんたが速すぎるのよ! この筋肉ダルマ!」

「ハッ! 口の減らない女だ。だが、悪くない!」


 目が回る。

 でも、不思議と足は絡まない。

 彼――王都から視察に来ていた騎士団長レオンのリードは、乱暴に見えて的確だった。私が転びそうになると、絶妙なタイミングで支えてくれる。


 (……この感じ、知ってる)


 昔、カイゼルもそうだった。

 彼は剣術が得意で、ダンスも戦いのように激しかった。

「俺についてこい」と言わんばかりの強引なリード。でも、その腕の中は絶対的な安心感があった。

 レオンの腕に、私は無意識にカイゼルの体温を重ねていた。



 三曲踊り続け、私たちはバルコニーへ逃げ出した。

 夜風が火照った頬に心地よい。


「はぁ、はぁ……。あんた、無茶苦茶ね」

「お前こそ、俺のステップについてくるとはな。見直したぞ」


 レオンは豪快に笑い、懐から何かを取り出した。

 小さなクッキーだ。しかも、猫の形をしている。


「食うか?」

「……猫?」

「俺の手作りだ。……趣味なんだよ、悪いか」


 意外すぎる。

 この巨体で、こんな可愛らしいクッキーを焼いているなんて。

 一口食べると、素朴で優しい甘さが口いっぱいに広がった。


「美味しい……」

「そうか。なら、全部やる」


 彼は照れくさそうに鼻をこすった。

 強引だけど、根は優しい。

 もしかして、この人なら。カイゼルのような「強さ」と、カイゼルにはなかった「素直さ」を持っているかもしれない。


「なぁ、アリア」

「……なに?」

「お前、いい身体してるな」


 え?

 彼は真剣な顔で、私の二の腕をぷにぷにと触った。


「折れそうなほど細い手足に、雪のような白い肌……。一見するとただの深窓の令嬢だ。だが、体幹がしっかりしている」

「ちょ、どこ触ってんのよ!」

「俺の道場に来ないか? お前なら、いい「弟子」になれる」

「弟子?」

「ああ。俺と共に汗を流し、剣を交え、高め合う。……想像しただけでゾクゾクする」


 彼の瞳が熱っぽく潤んでいる。

 それは恋する男の目だった。対象が「剣術のパートナー」としてだとしても。

 でも、そこから始まる恋だってあるかもしれない。

 私は期待に胸を膨らませた。


「……考えても、いいけど」


 その時。


「ぬう」


 ドスン、と重い音がして、バルコニーの手すりがひしゃげた。

 巨大なトカゲのような影。龍神だ。


「良い体格だ! こやつなら丈夫な子が産めるぞ! でかしたアリア!」


「龍神! ?」

「なんだ、このトカゲは」


 レオンが瞬時に剣の柄に手をかけた。

 龍神は気にせず、鼻息荒く私たちを見下ろした。


「さあ、今すぐ契りを交わせ! 強い遺伝子を残すのじゃ!」


 最悪だ。

 雰囲気が台無しどころか、変な誤解を生む。

 私は慌ててレオンを見た。


「ち、違うの! これは私の保護者みたいなもので……!」

「契り……? 子作りだと?」


 レオンの顔から、さっきまでの熱が急速に冷めていくのがわかった。

 彼は剣から手を離し、冷ややかな目で私を見た。


「断る」


 一刀両断だった。


「俺の恋人は、この剣だけだ」


 彼は腰の剣を愛おしそうに撫で、その柄に口づけを落とした。


「女になど興味はない。俺が求めているのは、剣の極致のみ。……お前を誘ったのも、単にサンドバッグとして優秀そうだと思ったからだ」

「サ、サンドバッグ……?」

「ああ。だが、面倒な親族がいるなら話は別だ。修行の邪魔になる」


 彼はきびすを返した。

 そこにはもう、猫クッキーをくれた優しい男はいなかった。

 ただの、剣術バカがいるだけだった。


 ……前言撤回。

 単純な男は、単純ゆえに融通が利かない。

 私は手の中の猫クッキーを握りつぶした。



 私は庭園のベンチで、夜空を睨みつけていた。


「……筋肉ダルマなんて、こっちから願い下げよ」


 粉々になったクッキーを鳩にやりながら、悪態をつく。


「また振られたのか。学習しないな、お前も」


 背後から、聞き慣れた冷たい声。

 カイゼルだ。

 彼は夜会服を完璧に着こなし、月を見上げていた。


「うるさいわね。……あんたこそ、何しに来たのよ」

「散歩だ。……騒がしいトカゲの声が聞こえたからな」


 彼は私の隣に座ることはせず、少し離れた場所に立った。

 その距離感が、今の私たちには丁度よかった。


「剣しか愛せない男か。……お前にはお似合いだったかもしれんがな」

「皮肉?」

「事実だ。お前も、魔法以外には無頓着だろう」


 図星を突かれて、私は口を尖らせた。


「……ねえ、カイゼル」

「なんだ」

「あんたは、何が好きなの?」


 ふと、気まぐれに聞いてみた。

 昔の彼は「この国が好きだ」と言っていた。だから私を犠牲にした。

 今の彼は、何を愛しているのだろう。


 彼は少しだけ沈黙し、私を一瞥した。


「……静寂だ」


 彼はそれだけ言うと、背を向けた。


「帰るぞ。夜露に濡れると、古傷が痛む」


 古傷。

 それは、三百年前の戦いの傷だろうか。

 それとも、私を裏切った時の――。


 私は何も言わず、龍神を呼び出した。

 彼の背中を追いかける気には、まだなれなかったから。


「次よ、龍神。……もっとまともな男がいる場所へ!」


 私は夜空へ飛び立った。

 地上に残されたカイゼルが、小さくなっていく。

「静寂が好きだ」

 彼の言葉が、耳にこびりついて離れない。

 あの賑やかだった彼が、静寂を好むようになるまで、どれだけの孤独な夜を過ごしたのだろう。

 想像すると、胸が苦しくなった。

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