第2話:舞踏会での強引な騎士団長
聖地を出て最初の街、辺境の城塞都市。
私は気晴らしに、領主の館で開かれる舞踏会に潜り込んでいた。
田舎のパーティーとはいえ、音楽とドレスの華やかさは、かつての王都を思い出させる。
(……あそこのバルコニー、王城の造りに似てるわね)
いけない。また過去を振り返っている。
私は首を振り、ぬるくなったシャンパンをあおった。
今日は新しい恋を探しに来たのだ。知的な男はこりた。次はもっとこう、裏表のない単純な……いえ、実直な人がいい。
そんな私の目の前に、巨大な影が落ちた。
見上げると、そこには岩のような男が立っていた。
燃えるような赤髪を短く刈り込み、王宮騎士団の制服が悲鳴を上げそうなほどの筋肉を誇示している。
顔には古傷。そして、獲物を狙うような鋭い眼光。
「おい、そこの女」
声が低い。腹の底に響くような重低音だ。
「……私に何か用かしら?」
「俺と踊れ」
返事も待たずに、私の手首が掴まれた。
痛い。でも、その手は驚くほど熱くて、大きかった。
有無を言わせぬ強引さで、私はダンスフロアの中央へと引きずり出された。
「ちょ、ちょっと! 私、心の準備が!」
「戦場で準備など待ってくれるか! ついてこい!」
音楽が変わる。激しいテンポの曲だ。
彼は私の腰をガシッと抱き寄せると、ブンと振り回すようにステップを踏み出した。
「きゃあっ! ?」
「どうした! 足が止まっているぞ!」
「あんたが速すぎるのよ! この筋肉ダルマ!」
「ハッ! 口の減らない女だ。だが、悪くない!」
目が回る。
でも、不思議と足は絡まない。
彼――王都から視察に来ていた騎士団長レオンのリードは、乱暴に見えて的確だった。私が転びそうになると、絶妙なタイミングで支えてくれる。
(……この感じ、知ってる)
昔、カイゼルもそうだった。
彼は剣術が得意で、ダンスも戦いのように激しかった。
「俺についてこい」と言わんばかりの強引なリード。でも、その腕の中は絶対的な安心感があった。
レオンの腕に、私は無意識にカイゼルの体温を重ねていた。
†
三曲踊り続け、私たちはバルコニーへ逃げ出した。
夜風が火照った頬に心地よい。
「はぁ、はぁ……。あんた、無茶苦茶ね」
「お前こそ、俺のステップについてくるとはな。見直したぞ」
レオンは豪快に笑い、懐から何かを取り出した。
小さなクッキーだ。しかも、猫の形をしている。
「食うか?」
「……猫?」
「俺の手作りだ。……趣味なんだよ、悪いか」
意外すぎる。
この巨体で、こんな可愛らしいクッキーを焼いているなんて。
一口食べると、素朴で優しい甘さが口いっぱいに広がった。
「美味しい……」
「そうか。なら、全部やる」
彼は照れくさそうに鼻をこすった。
強引だけど、根は優しい。
もしかして、この人なら。カイゼルのような「強さ」と、カイゼルにはなかった「素直さ」を持っているかもしれない。
「なぁ、アリア」
「……なに?」
「お前、いい身体してるな」
え?
彼は真剣な顔で、私の二の腕をぷにぷにと触った。
「折れそうなほど細い手足に、雪のような白い肌……。一見するとただの深窓の令嬢だ。だが、体幹がしっかりしている」
「ちょ、どこ触ってんのよ!」
「俺の道場に来ないか? お前なら、いい「弟子」になれる」
「弟子?」
「ああ。俺と共に汗を流し、剣を交え、高め合う。……想像しただけでゾクゾクする」
彼の瞳が熱っぽく潤んでいる。
それは恋する男の目だった。対象が「剣術のパートナー」としてだとしても。
でも、そこから始まる恋だってあるかもしれない。
私は期待に胸を膨らませた。
「……考えても、いいけど」
その時。
「ぬう」
ドスン、と重い音がして、バルコニーの手すりがひしゃげた。
巨大なトカゲのような影。龍神だ。
「良い体格だ! こやつなら丈夫な子が産めるぞ! でかしたアリア!」
「龍神! ?」
「なんだ、このトカゲは」
レオンが瞬時に剣の柄に手をかけた。
龍神は気にせず、鼻息荒く私たちを見下ろした。
「さあ、今すぐ契りを交わせ! 強い遺伝子を残すのじゃ!」
最悪だ。
雰囲気が台無しどころか、変な誤解を生む。
私は慌ててレオンを見た。
「ち、違うの! これは私の保護者みたいなもので……!」
「契り……? 子作りだと?」
レオンの顔から、さっきまでの熱が急速に冷めていくのがわかった。
彼は剣から手を離し、冷ややかな目で私を見た。
「断る」
一刀両断だった。
「俺の恋人は、この剣だけだ」
彼は腰の剣を愛おしそうに撫で、その柄に口づけを落とした。
「女になど興味はない。俺が求めているのは、剣の極致のみ。……お前を誘ったのも、単にサンドバッグとして優秀そうだと思ったからだ」
「サ、サンドバッグ……?」
「ああ。だが、面倒な親族がいるなら話は別だ。修行の邪魔になる」
彼はきびすを返した。
そこにはもう、猫クッキーをくれた優しい男はいなかった。
ただの、剣術バカがいるだけだった。
……前言撤回。
単純な男は、単純ゆえに融通が利かない。
私は手の中の猫クッキーを握りつぶした。
†
私は庭園のベンチで、夜空を睨みつけていた。
「……筋肉ダルマなんて、こっちから願い下げよ」
粉々になったクッキーを鳩にやりながら、悪態をつく。
「また振られたのか。学習しないな、お前も」
背後から、聞き慣れた冷たい声。
カイゼルだ。
彼は夜会服を完璧に着こなし、月を見上げていた。
「うるさいわね。……あんたこそ、何しに来たのよ」
「散歩だ。……騒がしいトカゲの声が聞こえたからな」
彼は私の隣に座ることはせず、少し離れた場所に立った。
その距離感が、今の私たちには丁度よかった。
「剣しか愛せない男か。……お前にはお似合いだったかもしれんがな」
「皮肉?」
「事実だ。お前も、魔法以外には無頓着だろう」
図星を突かれて、私は口を尖らせた。
「……ねえ、カイゼル」
「なんだ」
「あんたは、何が好きなの?」
ふと、気まぐれに聞いてみた。
昔の彼は「この国が好きだ」と言っていた。だから私を犠牲にした。
今の彼は、何を愛しているのだろう。
彼は少しだけ沈黙し、私を一瞥した。
「……静寂だ」
彼はそれだけ言うと、背を向けた。
「帰るぞ。夜露に濡れると、古傷が痛む」
古傷。
それは、三百年前の戦いの傷だろうか。
それとも、私を裏切った時の――。
私は何も言わず、龍神を呼び出した。
彼の背中を追いかける気には、まだなれなかったから。
「次よ、龍神。……もっとまともな男がいる場所へ!」
私は夜空へ飛び立った。
地上に残されたカイゼルが、小さくなっていく。
「静寂が好きだ」
彼の言葉が、耳にこびりついて離れない。
あの賑やかだった彼が、静寂を好むようになるまで、どれだけの孤独な夜を過ごしたのだろう。
想像すると、胸が苦しくなった。




