第22話:裏切りの宿場町
王都まであと少し。
私たちは古い宿場町に泊まった。
外は激しい雷雨。三百年前のあの日と同じだ。
(……ここ、覚えてる)
新婚旅行の最後の夜。
カイゼルは一晩中、眠らなかった。
私が寝たふりをしていると、彼は枕元に立ち、剣を抜いたのだ。
殺される、と思った。
でも、彼は剣を収め、部屋を出て行った。
「……あの方は、泣いておられましたよ」
宿の女将が、お茶を出しながら言った。
彼女は長寿種のエルフで、三百年前からここを切り盛りしている。
「あの一晩中、剣を握って震えておられました。「殺せない」「愛している」と、何度も呟いて」
「……殺そうとしたの?」
「ええ。貴女を「星喰い」の器にしないために、自らの手で殺そうとしたのでしょう。でも、できなかった」
女将は遠くを見る目をした。
「愛する人を殺すくらいなら、世界が滅びた方がマシだ。……あの方は、そう選んだのです」
背筋が震えた。
彼は、世界を天秤にかけて、私を選んだ。
その選択が、どれほどの罪悪感を伴うものだったか。
彼はその罪を、たった一人で背負い続けてきたのだ。
†
「湿っぽい! 湿気で鱗がカビるわ!」
バリバリ!
雷と共に龍神が窓から入ってきた。
ドライヤー(魔道具)で体を乾かしている。
「アリア! カイゼルが外でずぶ濡れじゃ! 風邪を引くぞ! 入れてやれ!」
「……わかってるわよ」
私は窓を開けた。
カイゼルが立っていた。
雨に打たれながら、じっと私の部屋を見上げていた。
三百年前と同じように、殺すべきか、愛すべきか、迷っているような顔で。
「……入りなさいよ。馬鹿」
私は彼の手を引いた。
その手は氷のように冷たかったけれど、私が握ると、少しだけ温かくなった。
明日は王都だ。
そこで何が待っていようと、もう怖くはない。
彼の手を握っている限り。




