第18話:鏡の迷宮とドッペルゲンガー
霧の深い森を抜けると、そこは鏡の迷宮だった。
四方八方に自分が映る。
どれが本物で、どれが虚像かわからない。
(……ここ、覚えてる)
三百年前、カイゼルとはぐれて、この迷宮に迷い込んだ。
あの時、私は鏡の中に「未来の自分」を見た気がした。
幸せそうに笑う、花嫁姿の私。
でも、それは幻だった。
「……こんにちは、私」
鏡の中の私が話しかけてきた。
彼女は三百年前の姿――「聖女」の格好をしていた。
純白のドレス、汚れなき瞳。
「まだ迷っているの? カイゼルを許すべきか、憎むべきか」
「……うるさいわね。あいつは嘘つきよ」
「そうね。でも、貴女も嘘つきよ」
鏡の私が微笑む。
「貴女は、本当は気づいている。彼がどれだけ貴女を愛していたか。……それを認めるのが怖いのよね? 認めてしまったら、彼を一人にした自分を許せなくなるから」
図星だった。
私が彼を憎むのは、自分を守るためだ。
「私は被害者だ」と思い込むことで、「彼を救えなかった加害者」になることから逃げているのだ。
「……消えてよ」
私は杖を振るった。
鏡が割れる。
破片の中に映る私は、泣きそうな顔をしていた。
†
「ええい、鬱陶しい! どっちを向いてもわしがおる! わしがイケメンすぎて目が潰れるわ!」
ガシャンガシャン!
龍神が鏡を次々と叩き割って進んできた。
ナルシストか。
「アリア! 出口はこっちじゃ! 鏡など見るな! 実物のお主の方が百倍マシじゃ!」
龍神が私の手を引く。
その手はゴツゴツしていて、温かかった。
鏡の中の「理想の私」よりも、泥だらけの「現実の私」を肯定してくれる。
「……ありがと、龍神」
私は迷宮を抜けた。
霧が晴れる。
そこには、心配そうに私を待つカイゼルの姿があった。
「……遅いぞ」
「ごめん。ちょっと、自分と喧嘩してた」
私は笑った。
鏡の中の聖女には戻れない。
でも、今の私でいい。
傷だらけの私で、彼と向き合おう。
迷宮の出口の向こうに、王都の方角を示す道標が見えた。
もう、迷わない。




