第17話:星降る夜の天文学者
山頂の天文台は、星に一番近い場所だった。
冷たい空気が張り詰め、ドームの隙間から満天の星が見える。
(……ここ、覚えてる)
三百年前、新婚旅行でここに来た時、カイゼルはずっと空を見ていた。
「星が綺麗ね」と私が言っても、彼は上の空だった。
「……星は綺麗だが、時に残酷だ」
彼はそう呟いて、何かを恐れるように空を睨んでいた。
「……異常だわ」
天文学者のステラが、計算用紙を握りつぶした。
彼女は青白い顔で、望遠鏡を指差した。
「見て。……あの赤い星を」
私が覗き込むと、南の空に、血のように赤い星が輝いていた。
不気味な脈動を繰り返している。
「「災厄の星」よ。三百年周期で接近する、高次元の捕食者……私たちは「星喰い」と呼んでいるわ」
「星喰い……?」
「ええ。この星が近づくと、世界中の魔力が乱れ、天変地異が起きる。……三百年前の記録にも、同じ星が観測されているの」
背筋が凍った。
三百年前。私が封印された年だ。
カイゼルが空を睨んでいたのは、この星を見ていたから?
彼は知っていたの? この星が来ることを。
†
「……来たか」
龍神がドームの隅で呟いた。
いつものふざけた態度は消え、その瞳は鋭く光っていた。
「奴じゃ。……わしの本体を食いちぎった、忌々しい害虫め」
龍神の体が震えている。
それは怒りではなく、恐怖に見えた。
神さえも恐れる敵。
カイゼルは、たった一人で、こんなものと戦おうとしていたの?
†
天文台の外で、カイゼルは赤い星を見上げていた。
その手は剣の柄にかかり、白くなるほど強く握りしめられていた。
「……知ってたのね」
「……何のことだ」
「とぼけないで。あんたは三百年前から、あれと戦っていたんでしょ?」
彼は答えなかった。
ただ、その沈黙が全てを語っていた。
彼は私を裏切ったのではない。
私を、この絶望的な戦いから遠ざけるために、封印したのだ。
「……馬鹿よ、あんたは」
私は涙をこらえた。
一人で背負い込んで、悪役になって。
そんなの、かっこよすぎるじゃない。
「行くぞ。……夜が明ける」
彼は歩き出した。
その背中は、星の重圧に耐える巨人のように見えた。
王都へ急がなければならない。
あの赤い星が落ちてくる前に。
私たちの旅は、もはやただの帰郷ではなく、世界の命運をかけた競争になっていた。




