第14話:カジノの王と運命のコイン
歓楽街は、夜でも昼のように明るかった。
ネオンの光、スロットの音、人々の欲望が渦巻く場所。
私はカジノのVIPルームにいた。
(……ここ、覚えてる)
三百年前、新婚旅行の途中で、私たちは路地裏の賭場に迷い込んだ。
柄の悪い男たちに絡まれた時、カイゼルは剣を抜く代わりに、コインを取り出した。
「表が出たら俺たちの勝ち。裏が出たら好きにしろ」
彼は涼しい顔でコインを投げ、見事に表を出した。
あの時の彼は、運命さえも支配しているように見えた。
「……さあ、賭けようか。お嬢さん」
目の前の男――カジノの王ジョーカーが、カードを広げた。
紫色のスーツ、道化師のようなメイク。
彼はこの街の全てを支配していると言われる男だ。
「勝てば、このカジノの権利書をやる。負ければ……君の「運命」を貰おうか」
「運命?」
「ああ。君のこれからの人生、僕の隣で微笑んでいてもらう」
キザな台詞だ。
でも、その瞳は笑っていなかった。
勝つことを確信している、捕食者の目だ。
勝負はポーカー。
カードが配られる。
私の手札はブタ。彼の手札はロイヤルストレートフラッシュ。
……出来すぎている。
「……イカサマね」
私はカードを伏せた。
「袖の中にカードを隠してる。ディーラーもグルでしょ」
「おや、バレたか」
ジョーカーは悪びれもせず、袖からカードを出した。
「でも、それがどうした? 勝てば官軍だ。僕はイカサマをしてでも、欲しいものは手に入れる」
「……最低ね」
「そうかな? 嘘も突き通せば真実になる。……君だって、嘘をついているだろう?」
彼は私の目を覗き込んだ。
「「私は幸せになりたい」。……そう言いながら、君は過去の男の影ばかり追っている。それは自分への嘘じゃないのか?」
言葉に詰まる。
図星だった。
「僕はね、嘘つきが好きなんだ。……嘘をつく人間は、何かを守ろうとしているからだ」
ジョーカーは微笑んだ。
その笑顔は、メイクの下で泣いているように見えた。
†
「フィーバーじゃああああ!」
ガシャーン!
部屋の隅にあったスロットマシンが爆発し、大量のコインと共に龍神が飛び出した。
「777! 大当たりじゃ! 見ろアリア! このコインの山を! これで一生遊んで暮らせるぞ!」
「龍神! ?」
「な、なんだこのトカゲは! 僕のカジノを!」
ジョーカーが悲鳴を上げる。
龍神はコインの山に埋もれながら、ゲラゲラと笑った。
「イカサマなど小賢しい! 運とは力! 力こそパワーじゃ!」
……台無しだ。
でも、その圧倒的な「運(暴力)」の前に、ジョーカーの小細工は無意味だった。
「……負けたよ」
ジョーカーはカードを投げ捨てた。
「運命には勝てないか。……行けよ。君の運命は、僕の手には余る」
†
カジノを出ると、カイゼルがいた。
私は手の中のコインを弾いた。
三百年前、彼が投げたコイン。
あれも、イカサマだったのだろうか。
「ねえ、カイゼル。……あの時のコイン、両面とも「表」だったんじゃない?」
「……何の話だ」
「とぼけないで。あんたは、運命なんて信じてなかった。だから、イカサマをしてでも、私を守ろうとしたんでしょ?」
彼は答えなかった。
ただ、夜空を見上げて、小さく息を吐いた。
「……嘘も方便だ。結果として、お前が無事ならそれでいい」
やっぱり。
彼は嘘つきだ。
でも、それは「私を守るための嘘」だった。
なら、あの「国のために死ね」という言葉も、もしかしたら……。
疑惑が、確信へと変わりつつある。
彼の嘘の皮を、一枚ずつ剥いでいく旅。
その先にある素顔を見るのが、少しだけ怖い。
「行くぞ。……次は「山岳地帯」だ」
彼は歩き出した。
その背中は、嘘で塗り固められた鎧のように、重く、そして頑丈に見えた。
彼が守ろうとしている「真実」に、私はいつか辿り着けるのだろうか。
手の中のコインが、ネオンの光を反射して鈍く光った。




