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「国のために死んでくれ」と私を捨てた王子が、300年間ずっと私の目覚めを待っていたらしい  作者: 蒼山りと


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第0話:プロローグ・常闇の少年と光の少女

深い、深い、水の底にいるようだった。

 寒くはない。寂しくもない。

 ただ、自分という輪郭が溶けて、世界と混ざり合っていく感覚。


 意識が消えかけた、その時。

 一筋の光が、闇の底へ降りてきた。


 ――アリア。


 声がする。

 耳ではなく、心に直接響く声。

 切なくて、愛おしくて、泣きたくなるような声。


 ――思い出してくれ。俺たちの、始まりの日を。


 その声に導かれ、私の視界が白く染まる。

 暗闇が晴れ、鮮やかな色彩が溢れ出した。


***


 それは、遠い夏の日の記憶。

 王宮の庭園。

 まぶしい日差しと、濃い影。


 私は迷子になっていた。

 蝶々を追いかけて、誰もいない庭の奥へと入り込んでしまったのだ。

 そこで、私は「彼」を見つけた。


 樹齢千年の大樹の根元。

 光の届かない影の中に、一人の少年がうずくまっていた。

 黒い髪、黒い瞳。

 まるで、夜そのものを切り取ったような男の子。


 (……寂しそう)


 幼い私は、そう思った。

 彼が持っている分厚い本よりも、彼の周りに漂う孤独の色の方が、ずっと重そうに見えたから。


「ねえ、そこで何してるの?」


 私は声をかけた。

 彼は弾かれたように顔を上げた。

 その瞳が、驚愕に見開かれる。


「……来るな」


 彼は後ずさった。

 拒絶ではない。恐怖だ。

 彼は、私を怖がっていた。


「俺に近づくと、死ぬぞ。……俺は呪われているんだ」


 彼の足元の草花が、黒く変色して枯れていく。

 命を吸い取る呪い。

 誰もが彼を恐れ、遠ざけた。

 でも、私にはわからなかった。

 ただ、彼が泣きそうな顔をしていることだけが、気になった。


「ふーん。そうなの?」


 私は影の中へ足を踏み入れた。

 彼が息を呑む。


「やめろ! 死にたいのか!」

「でも、私は枯れてないよ?」


 不思議なことに、私の体はなんともなかった。

 それどころか、私が歩くたびに、足元から光の粒子が舞い上がり、彼の闇を優しく照らした。


「……どうして」

「私ね、アリアっていうの。……君は?」


 私は彼の手を取った。

 彼がビクリと震える。

 その手は氷のように冷たかった。


 ――ああ、温かい。


 カイゼルの心の声が、今の私に流れ込んでくる。

 あの時、彼が何を感じていたのか。

 絶望的な孤独の中で、初めて触れた「体温」への衝撃。

 そして、それが壊れずにそこにあることへの、震えるほどの歓喜。


「ほらね? 温かいでしょ?」


 私は笑った。

 彼の手を、両手で包み込む。

 私の光が、彼の闇に溶けていく。

 吸い取られているのではない。混ざり合っているのだ。

 夜空に星が輝くように、私たちは二人で一つの世界を作っていた。


「……ああ。温かい」


 少年は泣いた。

 涙は流さず、魂で泣いていた。

 その時、彼は誓ったのだ。

 この光を、この温もりを、何があっても守り抜くと。

 たとえ、世界中を敵に回しても。


***


 ――愛している、アリア。


 記憶が遠ざかる。

 再び、優しい闇が私を包み込む。


 ――必ず、迎えに行く。だから、それまで……。


 声が途切れる。

 でも、もう怖くはない。

 私の胸の奥には、あの日の「温もり」が残っているから。


 私は深い眠りについた。

 いつか訪れる、再会の朝を夢見て。

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