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おかえり

あの日。

俺はまだ、5歳くらいで。

確か、迷子になっていたんだ。


「…………」


必死で、必死で、喋る余裕も、声を入れる余裕も無かった。

泣くことすらも。鳴くことすらも。

まだ、できる段階ではなかったと思う。


「はあ……は……」


息を切らして、走り回っていた。

当時はまだ、家族は心配してるかどうかなんて考えられなかったし、ましてやあいつが、幼馴染であるところのあいつが心配のあまり独断専行をするかなんて、考えられなかった。

考えられなかったのだ。

こんな馬鹿は、死んで当然だろう。

本当は、死んではいないけど。


「は……は……あ?」


そして息を切らしながら、がむしゃらに曲がり角を曲がったその先に、それを見たんだった。

夕暮れ。夕陽が差して、見覚えのある筈の、通ったことがある筈の、しかしただ一つだけの相違点があるような道。

その道の中腹に、明らかに邪魔になるであろう位置に、奇妙な樹木が柵で囲われて(たたず)んでいた。


「……?」


思わず、見入ってしまった。

注視して、凝視して、見入って、魅入られて。

それしか見えなくなってしまった。

真っ赤な紅葉は、夕陽に照らされたからなのか、さらに赤く、じんわりとその空間を彩り。

裏腹に、木の幹は深い影を作り。

幹の陰になっているその影の中に、何があるのかも視認できず、考えることも思い至ることもできず。

ただ、その木を見ていた。

時が止まったかのように。

その夕暮れのまま、夕陽が差しているままの状態の木を、どうやってか3時間くらい、眺めていたように思う。


「あ、あれ」


ふと気付くと、そこにあいつの死体があった。

胴体を、柵の尖った先端によって背中から貫かれているあいつが、俺の眺めていた木の、すぐ隣にいた。

いつの間にか、いつからか……いや。

きっと、最初からいたのだろう。

最初からそこには、死体があったのだろう。

俺が木ばかりを見ていたから、気付かなかっただけだ。

視界に入っていたのに、気付かなかっただけだ。

木を見ることしか、できなかったから。


「ひ、ひ…!」


集るハエが。

群がるゴキブリが、気持ち悪くて。

あいつの、痙攣する脚が。

俺がうっかり包丁で刺してしまって、悪くしていたあの脚が、どうしても、目に映らないで欲しくて。

俺のせいで、悪くしていた足を滑らせて転んで、そこに偶然か必然か、この柵があったんじゃないか……なんて、考えるのは辛すぎて。


思わず目を瞑ったら、次の瞬間には家の布団の上だった。


普通に、生きているあいつが隣に居て。

ああ、なんだ夢かだなんて思って、その瞬間に、俺のそれ以前の記憶が全て、消えて。


そうして俺は仮初の現実を、虚構だけの夢を、この10年間分の夢をずっと、見ていたのだ。

あいつが、今も生きている夢を。

夢見て夢見続けて、それが現実だと思い込んでいた。

自分は歳を重ねていると思い込んで。

本当はずっと5歳の自分は、失った記憶を取り戻すための、旅をしていたんだ。


ありがとう。誰だか知らないけど、あんたのお陰だ。

俺はその記憶を、取り戻すことができた。

もう、夢から覚める時だろう。

幻想から、醒める時だ。

俺は今から、ここから、人生を始める。

あいつがいない人生を。

再び、五歳の幼児として。


「ん……んん」


ようやく、ぼくはめをさます。

やっと、げんじつにかえってきたんだ。

なんだか、めが、あついなあ。

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