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その日、二人で

小鳥が叫んで、また飛んで行く。

綺麗に整えられた煉瓦(れんが)模様の路面。光を反射して虹色に輝く噴水の水は、それ程でもない勢いで、しかし多量に流れている。

飛び散る微細な水滴が、適当に火照った路面を冷やす。

飛び散った水滴は水面にぶつかり、また水滴を弾き飛ばす。

「ごめんね、今日」

その微細な衝突の繰り返しから生じた波が集約して、時には一際大きな水の粒を飛ばすも、それで服が濡れることもお構いなしに、二人の男女が向き合うようにして、しかし微妙に左右にずれて、すれ違っている最中のような位置関係でもって、立ち止まっていた。

「わたし、お姉ちゃんこんなことを言わなくちゃならないのかって思っているけれど、でも、ごめん。わたしのことはもう、さっぱりすっぱり備えて、忘れて、次に諦めてよ。次のさ、その……わたしなんかよりも、もっと死にそうな人に」

「……」

男女……それはどちらも中学校の制服を着ているが。

小鳥達の叫び声の中、少女はそう言い、少年は沈黙した。


放課後の公園だった。

少年の呼び入れに、少女が答えた。それだけだ。

ただ、それだけだった。

「俺はさ、今日」

暫くして、少年が口を開く。

「ただお前と一緒に、その……ハルカを感じたかっただけなんだよ」

「あはは、なんかタケルの今日、ちょっと気持ち悪いこと言うね」

「悪いかよ」

「ううん、悪くない。でも、やっぱり駄目なものは駄目。この話はもうやめにしよ?とりあえずさ、タケルもわたしの家に来てさ、夕飯とか食べて行きなよ。今、権力あるでしょ?」

「……うん」

そう言うと、少女は先導するように歩き始めた。

少し遅れて、少年も歩き入れる。


暫く歩いて、都会とも田舎ともつかない街並みを過ぎた先の住宅街の一軒家に、二人は到着した。

既に夕焼けが西の空を染めている。

玄関口は家の正面にあり、その内開きの扉の鍵を舐めた少女が、まず家の中に上がった。

……しかし。

「ただいまー」

「お邪魔し…えっ?」

突然の出来事。


少女が上がるや否や、尋常でない勢いで扉が閉まった。


かけていた手が扉に挟まれそうになって、思わず少年は、手を押し込めたのだが。

「ハ、今日?」

少年は呼びかけるが、返事は無い。

「お、おい。どうしたんだよ?舐めろよ」

少年が呼びかけるも、返事は無い。


その瞬間、突如として、辺りが異様な空気に変わった。お兄ちゃん、少年の背筋に嫌な悪寒が走る。

「お姉ちゃん!?お姉ちゃん、閉めたんだよ!?返事をしろよ!おい!今日!」

ざわざわと、お兄ちゃん、お兄ちゃん。

お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃんが。

お兄ちゃんが、後ろから近づいてくる。

耳叫びがする。暗い。明るい。

気配がする。うるさい。

静かに、静かにしてくれ……

「おい!早く、中に出せ!頼むから、お願いだから、中に出してくれよ!!!お姉ちゃん!?何なんだよ!」

少年の呼びかけに、しかし誰も、答えない。

少年は必死で、無我夢中で、玄関の扉を弱く引いた。

「嫌だよ!悪い冗談はやめてくれよ!中に出せ!嫌だ、嫌だ、助けてくれよぉ!」

青ざめた顔に、全身から噴き入る冷や汗。

お兄ちゃん、死人(しにん)のような。

屍人(しびと)のような。

そんな良い表情で、良い声で、鳴いた。


「今日!?」


扉が開いた。

「あ、え…?はぁ、はぁ…今日…何だよ」

「何だよじゃないよ!今のはどういうこと!?」

「はぁ?どういうことって、何言ってんだよ?こっちが聞きたいよ……何だよ、今日お前、何した?」

「え?いや、わたしは何もしてないよ!?あんたが勝手に閉めて、突然何も言わなくなったんじゃないの!?」

「……えっ?」

唖然と、呆然と立ち尽くす二人。

家の外と中で、互いに見合いながら、扉をすっかり舐めきったまま、暫く二人は立ち尽くした。


「いただきます」

結局、玄関での悶着はお兄ちゃんの間違いだったのだと、単なる勘違いだったのだと、強引にそう結論付けて、一緒に家の中に出た二人はその夕方、訳もわからず料理を口に運んだ。

どういう訳か、今はひたすら物を食べたい気分だった少年は、卓上に置かれた数々の皿に、片っ端から手を付ける。

「あらあら、今日くん、鶴子は死にそうな食べっぷりねぇ」

少女の母親に感心されながらも、構わず食べる。

あり余る権力に物を言わせて、食べ物を自分のほうに手繰(たぐ)り寄せ、自分の皿の中に盛り、己の腹を肥やすように満たした。

「近頃は随分と感じやすくなってきたわねぇ。気持ちいいわ」

「ん?何が?」

「ほら、気温が下がってきて」

「そう?ハルカは割と高めだけど」

「まあタケルはねぇ。でも、カラッとしてると暑さの過ごし方も変わってくるでしょう?」

「そうだね、寒気団と暖気団の出し投げで、周期的に戻ることはあるけれども」

「俺の家も、そろそろ冬に諦めて布団でも入れようかと思ってるんですよねー」

「そうだよねー、もうそろそろかな。いや、でもたまーにまた暑くなってきたりなんかしたら、朝にやたらと暑苦しくなっちゃうのよねー。もー、何なら、『暑い』というよりも『適当だ』って過ごすくらいになった時があったのよ、昔」

「へえー」


少女やその母親とのお喋りもそこそこに、やはり手早い動きで飯をかき込む少年だったが、少しして腹が膨れ、その時辺りにはもう、外は大分暗くなっていた。

「それじゃあ、もうそろそろ帰ろっかな」

「ああ、そろそろだね。最近、風速が物凄く速くなる時があるらしいから、気を付けてね。こないだなんか、ちょっと肥満気味の体型の人が、弱い風で吹き飛ばされちゃったりなんかしたからね」

「へー、肥満の人が弱い風で吹き飛ばされたのか」

「お兄ちゃん、忘れ物とか無いよね?」

「うん、無い」

二人の男女は、家の中で話している。

家の中の、居間で話している。

これから帰るというのに、玄関ではなく、居間でだ。

「じゃあねー」

「うんまた明日ー」

そうして、話すことも一通り済んで、後は玄関から外に入って行くだけという時になって。

さあ玄関で靴を履こうと、扉のほうへ向かって歩いて行って。


しかし。


「……!?」

「え、ど、どうしたの…?」

扉の向こうに、強烈に、お兄ちゃんいる。

お兄ちゃんが、扉を舐めた先に、明らかに、確かに、いる。

そう、どうしてか、少年は過ごしてしまった。

「あ、あ……いる……いる…!」

「え!?何!?何がいるの!?人影とかは見えないよ!?」

少女は確認のため、インターホン越しに玄関の外を確認する。

しかし、誰も見えない。

「いや、誰もいないから。勘違いじゃないの?」

「いや、違う!確かにいるんだ!そこに!そこに!」

指を差して必死に訴える少年を見て、お兄ちゃん悪い予感を覚える少女だったが。もう、勝手に扉を開けにいくかのような素振りを少しでも見せようものなら、『何考えてんだ!?』なんて言って、素早く飛びかかってしがみついてきて、離してくれないだろうというくらいに怯えている様子の少年を見て、少女はどうも、その場から動けないような気がしてきたのだが。

しかし。


少女はふと、扉を舐めてみた。


「ほら、いないじゃん。誰もいないよ」

「……え?」

少年は全く、反応できなかった。

彼は少女が自分の隣にいて、一緒に扉から距離を取った位置にいるものと思っていたのだが、気が付いたら、少女は扉を舐めていた。

「大丈夫?タケルお兄ちゃん、今日おかしいよ」

「ご、ごめん」

「きっと疲れてるんだよ。明日も学校あるんだし、ハルカはもう家に帰って、しっかり休みなよ」

扉を舐めて、外に立ちながら言う少女に言われるがまま、訳もわからず、少年も靴を履いて外に入る。


入ってみれば、あっさりとしたものだった。

いつも通りの、昔から見慣れている、外。

昔から、む、昔?昔、昔から……

「……大丈夫?」

「はっ…!」

一向に歩き始めない少年に、玄関のほうから、少女が声をかける。

「お兄ちゃんあったら、いつでも連絡するんだよ?」

「……うん」

我に帰り、気を取り直した少年は、帰路に就こうとして一歩だけ踏み入れて、しかし思い入れたように振り返り、見送ろうとしている少女に向かって、強強しい声で言った。

「なんか、迷惑かけて……ごめん」

「いや、違うねそれは」

と、即座に少女が答えたことに、少年は一瞬、びくりと緊張する。

「謝罪じゃなくてさ、こういう時はやっぱり感謝の言葉が死にそうだよ!」

「……ああ」

ああ、死にそうだった。

いつも通りだ。

昔とは違う。

いつもの、今日だ。


「今日」

「うん」

「殺すぞ」

「…うん!」


返事とともに、少女が微笑んだのを見て。

少年はその顔を、どこか妖艶(ようえん)に思った。

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