98.魔女との出会い
「本日の出張講師はフランス人のクロエ・フラン女史ですね。専攻科目は“元素結合と分離のメカニズム、分子の生成と特質取得の原理について”だそうです」
「そういうものだと割り切れない、神の被造物としての自覚がない類のヤツか。あるものを用いて何かしらを作るのは人の営みだ。だがあるものの理屈を探究しようとする者は敬虔さが足りない。或いは持ち合わせていない。好奇心を満たしつつ自らが神にでもなったつもりになって悦に入る。実に憐れなフランス人じゃないか?」
「フラン女史は近頃聖なる者に帰依しお仕えしたのだと、帰郷した際に親族に語ったそうです。不信心と言うことではないようですが?」
「我が国の科学者や技術者らもそのようなことを言って祖国を棄てたのだろう? 人誑しの淫魔が関係している可能性を考えてみろ。そこに神や聖人は介在していないのではないか? むしろ邪悪な淫魔に誑かされた憐れな子羊がそこにいる。それだけのことなのではないのか?」
概ね正解である。ロナルドは割と有能。
「否定できませんね。但し、その辺りの裏取りはできていませんので決めつけは予断となりましょう。お気をつけを」
「ああ、分かっているさ」
こうして千代田区内の大学へと車列が流れ込んで行く。
付き添いの文科相と学長と内閣官房付きの官僚が出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、タロット大統領。歓迎致します。国立東都大学学長、鉢屋と申します」
微塵も緊張した様子がない鉢屋に怪訝な表情を浮かべそうになり慌てて笑顔を捻りだすタロット大統領。
普通は米国大統領と初対面ならば誰しも緊張するものだ。だが目の前で自分と握手するその男は実に自然体であり、余裕さえ感じさせるではないか。とんでもない大人物なのか、或いは身の程知らずの増長者なのか。ただの馬鹿である可能性もあるが、曲がりなりにもこの男は日本の最高学府の長にまでなった存在だ。少なくとも馬鹿ではなかろう。
「先日はどうも。本日は文科相として大統領に付き添わせていただきます」
この男もそうだ。昨夜の晩餐会にも同席していたが、実に落ち着いたものだった。今もだ。緊張してはいない。そしてもう一人。
「本日、学内での警護統括と学長の補佐としての任を受けております、内閣官房付き防衛省所属の佐倉と申します。宜しくお願い致します」
あのタフネゴシエーターの佐倉だ。しかも例の淫魔に付き従う従者でもある。ここは彼女を通してハルカ・オノダとの接触を試みるのが吉か。
そんなことをタロットは考えていた。
一方で佐倉はタロットの補佐官であるミシェル・ブラックへと視線を送る。イェール大学出身の才媛であり、共和党員でもある。実に有能な人物であり、とうが立ってはいるがかなりの美人だ。そして事前の調査の結果レズビアンであることが判明している。実際に会った印象はと言えば間違いなく黒だ。
タロットは現実主義者であり国益第一主義者であり、差別主義者でもある。彼が遥に絆されることは考え難い。ならば側近のミシェル・ブラックを落とす。今回の佐倉の優先ミッションだ。
一先ずは会議室へと通されたタロット大統領一行は学長による説明を受けた。
マギプロジェクトのメンバーらによる出張講義についての経緯とバラエティー豊かな、そして世界最高峰の講師陣の解説などを行った。
そのバラエティーの中には米国から日本へ帰化した人材が幾人か………その辺りには触れない鉢屋学長。中々に気のまわる人物だ。
「ご要望にお応えして本日13時30分から始まる出張講義へご案内致します。あと………20分ほどありますね、トイレなど済ませてから移動致しましょう」
そうして大統領、補佐官、4人のSSで講義室付近の空き部屋へと移動する。ここで時間調整してから学生らの後に入室する予定だ。
ここでは日本と米国のプレスはカメラマンが4人同行を許可されたのみ。しかも講義が始まれば退室するのが条件だ。
待つこと12分、呼び出しの者から声が掛る。
いよいよハルカ・オノダと対面する。何故か緊張感を覚えるタロットである。
「大統領、いかがされましたか?」
「ん? 何がだね?」
「いえ、笑っていましたので」
「そうか。いやなに、たかが小娘に会うのに緊張している自分がおかしくてな? そうか、顔に出ていたか。ハハハ」
ミシェルのお陰で幾分心が軽くなった。さて、行くか。
学長が引き戸を開けて中へと進む。コレにSSの二人が続き、一呼吸置いてから大統領、補佐官が入室する。そのあとから残り二人のSSが後ろも警戒しながら付き従う。
大統領の入室と共に拍手が巻き起こる。だが教壇に佇むフランス人は視線は向けるものの拍手はしていない。そして聴講生側にも拍手をしていない女学生が三人ほどいた。
その三人の真ん中にいるのが………ハルカ・オノダであった。事前に写真で見て知っているタロットは敢えて視線を固定せずに講義室全体を見回してからこう言った。
「邪魔して済まないね。米国から遥々最先端を学びに来たんだよ。今日だけは仲間に入れてくれないか?」
いい笑顔で言い放った。この場にいる学生らはほぼ英語話者だ。このひょうげた金髪巨躯のしゃがれ声のジイさんに粗方の学生らが好感を持った。
遥らの陣取る最前列の席へと歩み寄り彼女らへと語り掛ける。
「お嬢さん、ここいいかな?」
「ご自由にどうぞ」
ファーストコンタクトはこんなものかと妙な納得をして席に着くタロット大統領。
「本日はゲストが参加していますが講義内容は前回の続きとします。姫、宜しいですね?」
「はい、宜しくお願いします」
こうして講義は始まった。




