95.博士の異常な愛
「やあ、遥姫! そんな後ろにいないで是非そこの最前列の席へおいでなさい」
Dr.ヘインズからの第一声。
挨拶すらせずに遥への声掛け。案内してきた学長や学部長らが唖然。いや、少なくともDr.ヘインズ側の意図は理解しているからなんで遥へ声掛けするのかは分かっている。だが常識として先ずは挨拶であろうとの彼らのコモンセンスは初っ端からバッキバキに破壊、否定された。
「あー、やあ、皆さん。こんにちは。私は日常会話程度ならば日本語が話せる。だが講義は誤りの無いように英語で行う。学生課から後日、日本語テロップ付きの映像がリリースされるそうだから、英語が苦手な者はそちらから入手してくれ。今日は初日だから概論から初めるが、時間の都合上質疑応答は控えさせて貰う。
以上、よろしいかな?」
沈黙を以て了承する聴講生達。
「あ、遥姫は例外だ。分からないことがあればその都度質問して欲しい。なんならアフター解説にもお付き合いしよう」
「………Dr.ヘインズ、始めてください」
「おぉぅ、了解した。では始めよう。先ずは光の素粒子の特性についてだ…………」
2時間という講義時間のうち約23分を遥上げ、遥讃歌、遥称賛に割いたDr.ヘインズだが、独特の語り口と最新のさらに先を示唆する切り口は学部長はじめ各教授や准教授らに刺さりまくった。学生らの中にも天然物の天才らが幾人もおり、終始興奮しっぱなしである。
そして名残惜しい終業の時間。
「という訳だ。なにも全てを今理解する必要はない。コレより約3年間、遥姫が通学する限りに於いて私は、いや、この後に続く講師らもここへ講義しにくるだろう」
ザワつく講堂内。
「ならばあの氷の撫子に縋れば続きが?」
「しかしあの女ってアンコウ鍋の元締めなんだろ? ヤバくないか?」
「あんなのデマに決まってるだろ? アホか」
「まあ、取り合ってはもらえないだろうな。だから気持ち良く学生生活を送れるように陰ながらサポートせねばな」
「そうだな。それなら組織立ってやったほうがいいだろう」
「よし、オレが裏サイト立ち上げるわ」
「オレは資金集めかな?」
「経理は分けたほうがいいだろ? ボクがやる」
「……………」
「………」
「……」
遥防衛隊が即日立ち上がった。
その後の活動は有理がネット監視するのだが、医学部5年生の兄、尊までもが参画して昔の写真データを担保に組織内で確固たる地位を確立していったその様に激しく苦笑いの有理であった。
◇◇◇
「長年に渡り空間構成要素の観測と測定を主とした研究を続け、精密機器技師と共にとんでもない発明を成し遂げた防衛省所属の研究者、佐原巴氏の講義を行います。氏は成果の確認から数十年は寝かされるとされているノーベル物理学賞に今最も近い学者だとされております。それでは佐原博士、お願い致します」
「ご紹介にあずかりました、佐原巴です。今までの講師同様に私も概論から始めます。それでは姫、宜しいですか?」
「もうさ、私に聞かないでよ。さっさとやって!」
「いやん。あ、コホン。それでは始めます。先ずはパーツ・パー・ミリオンで表現される空間単位辺りの濃度について…………」
講義時間に占める姫上げ率23%であった。まあまあ高い値だ。
講義のほうは地味な研究内容の割にかなりの反響があった。何しろ現代に於いてエネルギー問題を全面的に解決してしまいかねない準永久機関の実質的確立者なのだから、物凄い熱量で皆が聴き入っていた。
しかも佐原は結構な美人さんだし。
「佐原博士ヤバくね?」
「あぁ、アレはアリだ。うん、アリだとも」
「クソお、踏まれてぇ………」
周りの冷めた視線なんか気にしない。
「オレは足の匂いが嗅ぎたい」
2人目。
「ばっか、姫推ししか勝たんだろうよ?」
「いやいや、そこは見守りというか、推すとこじゃないだろ」
「ならお前は蛍ちゃんの脇の匂いでも嗅いでおけ」
「なに、そのご褒美!」
「オバハン推し多くね?」
「「「「オバハン言うな!」」」」
「シメるぞ? コラ」
言いたい放題の男達。そしてもはやアンコウ鍋は彼らには否定されている。
彼らは次第に有理や優子の支配下に置かれて遥の指示の元便利使いされることになる。そこには尊の姿も………。
◇◇◇
「ねぇねぇ、私の講義どうだった!?」
「持ち時間の23%も私の話してるのがムカつく」
「なんですって!? アレは布教者としての義務だよ? 無理なく自然に推してたしぃ? 聴講生だってウンウンいいながら静かに聴いてたじゃないの!」
「アンタらの権威のせいじゃ!」
「じゃって………あのね、遥ちゃんは背中に学ラン背負ってなんかの草を咥えながら切り株かなんかに大股開いて腰掛けて、あ、あと学帽ね、ボロボロのやつ。そんで本宮◯ろ志ばりに眼力込めて前だけ見ていればいいの。分かった?」
「分かるかあ! 誰だよ本◯ひろ志ってさぁ!」
「「昭和だよね?」」
「そんなことないよ? サラ金とか平成に大ヒットしてたよ?」
「本格ショタのクセになんて漫画見てるのよ?」
「優子ちゃん、対比として偶にはああいうのを採り入れるの。そうするとね、光り輝くショタがさらに輝きを増すの」
「何故に?」
「塩大福って分かる?」
「あ、なるほど」
「優子? なにがなるほど?」
「甘味に少量の塩を仕込むとより甘味に深みが加わるのよ。反対の組み合わせの妙よね?」
「なに深いっぽいこと言ってんの? あー、もー、巴ちゃんが嫌いになりそう」
「フフフ………ウフフフフフ、来週はクロエ女史が降臨なされるのよ? 私の誘導なんて児戯に等しいと思い知ることになるわね」
「なっ! あの人に限ってそんな………」
「プロジェクトメンバーにはもはや狂信者とされている“あっち側”の人が数人いるの。その中でも筆頭格とされるのがクロエ女史よ? あの人はね、マジでイッてる。うん、マジでね」
「い、いや。クロエさんが脳汚染しているなんて」
「むしろ浄化されたって言ってたわよ?」
「………クッソォー!」
次の週、マジで何しに来たんだよと問いたくなるほどに遥賛美をし、実に巧妙に、実に自然に、実に流麗に遥信者を量産していった。因みに講義時間に占める姫上げ率は脅威の54%。何しに来たんだか。本編部分にも巧みに姫分を入れ込み文学的表現や帰納法的表現などを多用して知性に働きかける巧者であった。
あれは紛うことなく洗脳だった。




