39.バーターと棚ぼた
濃密な夜をくれた遥の胸に抱かれて眠りについた優子はその胸元にて目を覚ました。
目の前には昨晩自身が付けたであろうキスマークが見て取れる。
幸福感が身の内に湧き上がるのを感じる。
「ん………」
頭上から声がした。見上げると目を覚ました遥が優子を見ている。
「おはよ」
「はよ」
そちらへ伸び上がるように顔を近づけると………目覚めのキスをしてくれた。
はち切れんばかりの歓びに身体が震えた。
アタシは遥のモノなんだ、と実感出来るこの瞬間が何物にも代えがたい。
まだ夜明け頃と早い時間だ。二人は昨夜の続きを愉しんだ。
シャワーを浴びて、遥から借り受けた下着を身に着けて………あ、ヤバっ………なんてこともありながらも制服に身を包み居間へと向かう。
龍美に朝の挨拶をして、エプロンを借りて朝食の支度を共にした。
今朝は朝の鍛錬を免除された遥だが、翔と修はきちんと熟している。シャワーを浴びて身形を整えた二人が居間へと現れた。
「おはよう、優子ちゃん」
「おはよう、優子姉ちゃん」
「おはよう、翔さん、修………おいで?」
修に手招きする優子。
おずおずと近寄る修は緊張の面持ちだ。
「覚悟はいいか?」
「う、うん。優しくしてね?」
男女のセリフが逆である。
左手で修の腰を抱き寄せて右手でアゴくいして………いきなりのディープキス!
昨夜からの流れで加減というか、常識が吹っ飛んている優子にはこれが普通になってしまっているのだ。
唇を重ねたら一先ずは舌を入れる。それがマナー、それがキスなる行為の有り様。
たっぷり一分余りねぶり回された口腔内に優子の濃厚な余韻を刻み付けられた修は………もう引き返せないところまで魂を引きずり込まれた。
一度離れた二人だが、直ぐに修が優子の胸元に抱きつき、顔をグリグリしている。そしてスーハーしている。
翔により引き剥がされたのだが、その顔は………まるで薬物中毒患者のようであった。
それを見た両親は悟ったと同時に最終的な覚悟を決めた。だって修はもう………優子に完全に…………堕ちた。
「遥、頼む。生涯の恩に着る。だから………頼む」
「わたしもだ。可能な限りなんでもする。だから頼む」
「………優子が黒い」
遥が見つめる先には悪女然とした優子がニヤリと笑いながら遥を見つめ返していた。
この関係は何処まで続いていくのだろうか? 取り敢えずマモルに報告しようと決めて心を落ち着かせる遥であった。
◇◇◇
学校の下駄箱前。
「おっはよー」
「はよっ」
「オイッス」
「で? どんな夜を?」
「フフフ、遥の半分はアタシのモノよ? それを決めてきたわ」
「遥?」
「策に嵌った。身内の全てを味方に付けて………私は孤立無援」
「なっ、如何様にして!?」
「悪魔の手管で………これ以上は言いたくない」
「優子?」
「ク、クフフ、幸せはね、待っていちゃダメなの。策を講じて手練手管を駆使して掴み取る、いや、奪い取るモノなの。昨夜から今朝にかけて実践してきたわ。そしてこの手に………フフフ………フハハハ!」
上気する優子に対して遥が青い顔をしている。対比的な二人を眺めていた有理はポツリと呟く。
「でもマモルは外せないんだろ?」
正気になる二人。ま、隙間で結ぶ一時の夢だ。具体的には週イチ。修にとっては棚ぼたで満塁ホームランで、ハットトリックみたいなものだが。
「………遥、来週もヨロシク」
「マジか?」
まぁ、遥も嫌ではない。だってベッドでの優子は何時にも増して可愛かったのだから。
◇◇◇
学校へ行き、教室へはなんとか辿り着いた修であるが、今だに心ここにあらずというか空中浮遊しているかのような心持ち。
因みにやたらと中2呼ばわりしていたが修は中3になっている。そしてマモルとはやはり同じクラスだ。
だから当然顔を合わせる。
「おはよう、修」
「………うん」
なんとも訝しい。別に心配などしてはいない。だってマモルにとっては絶対強者の一角だし。だがどうにも訝しい。
「なにかあったの?」
「………うん」
「何が?」
「………うん」
ダメだこりゃである。
そういえばさっき遥からテンツーメッセージが入っていた。先にそちらを読むか。
『事後報告でゴメンね。昨日ね、優子としたの。優子がね、私がしてくれたら修にチュウしてあげるっていう交換条件を出してきてね、オジサンとオバサンに頭下げて頼まれちゃって………断れなかった。ま、嫌ではないんだけどね。
そういう訳で今朝優子からチュウしてもらった修は多分今でも夢の中だよ?多少おかしくても心配要らないからね。
それじゃ、マモルちゃん愛してるよ!』
マモルは全て理解した。
成る程。好いた女からキスしてもらったのか。それでこの体たらくとは………うん、理解できる。とのお考え。
「修、良かったね。ユウコは人として強くて理に適った素晴らしい女性だ。君は初めてだったのだろう? ボクは不本意ながら初めては本国で大学の同期に………だから羨ましいよ。そしてさ、修が幸せになれるなら、ハルカの献身はありだと思う。ボクも認めるよ」
不意に色を取り戻す修。
しばし思案してマモルをじっと見詰める………クラスの女子らが色めき立っている。「きゃあ!」「尊い」「どっちが?」「しゃ、写真を」などなど。
「マモル、オレはさ、遥姉の犠牲の上に幸せを築こうなんて考えてない。でも今は力がなさ過ぎて寄り掛かるしかできないんだ。遥姉が嫌だと言うならもう………遥姉とマモルが許容してくれてる間は寄り掛かっていいか?」
「だからいいと言ってるだろう? 修は大事な友達で、幸せになって欲しいと願う人の中の一人なんだから」
「マモル………オレ、お前のことが好きだ。一番のマブダチだと思ってる」
「ボクもさ、修」
見つめ合う二人の美少年。
もう、周りの遠巻きにしている女子らはキャーキャーいっている。目眩を訴える女子も。さらには鼻息荒い男子もチラホラと………
そんな薔薇の花びら飛び交う耽美にして尊き空間は担任教師の来室によって終演を迎えた。
其処此処から「チッ!」と舌打ちが鳴る。担任はなにも悪くないのに。
本心では軽い嫉妬心を抱いているマモルだ。心中で「今夜ボクが遥を染め直す」などと考えている辺り、中々に可愛い独占欲が垣間見える。
まぁ、男相手ならばブチ切れ待ったなしになるのだが。いずれそれが示される。
或いはその件が切っ掛けであったのかも知れない。




