102.その心に爪跡を残せるならば
厚木基地を辞したあと、防衛省から出して貰った公用車で同行していた佐倉と合流した。
「したの?」
「分かる?」
「匂いが」
「流されちゃって」
「全く!」
「ゴメンて」
「ミシェルは堕ちた?」
「うん!」
「………あの性悪女を。さすが」
「性悪女なの?」
「自分以外全部敵ってね、そんな場所で孤独に戦い抜いた結果としてだけど………目的の為に昨日まで親しげに接していた人物でさえ用が済めば裏切り、切り捨てることに躊躇がない。目的を達成する為ならばなんでもする、黒女狐。それがあちらでの彼女に対する評価よ」
「女狐て」
「まぁ、そこには狩られるモノという意味も含まれるんだけどね」
「狩られる?」
「共和党政権時代に取り掛かった仕事、それは彼女にとって人生の命題とも言えるものになったの。あそこは二大政党制じゃない? 民主党政権に移行したら省庁レベルの高官は入れ替えられるのが常だわ。それでも彼女はその仕事を完遂する為に色々と模索したの」
「そんなの個人じゃどうにもならないことない?」
「なんとかしたのよ。彼女はね。詳細は不明だけれどかなりの無茶をしたらしいわ。だからね、職場で近しい立場の民主党支持者らに常に狙われていたそうよ?」
ここまで聞いてきた遥は当然の疑問を投げかけた。
「その仕事って何?」
「日本人はあまり主体的に考える人は少ないのだけどね、あちらでは古くて新しい大問題の………不法移民対策よ」
「あぁ、陸続きだもんね」
「不法移民はもはや社会の底辺を支える労働者で不可欠ともいえる存在。だけど増え過ぎれば社会不安の元になる。しかも米国で生まれた次世代からは市民権を得てゆく彼等は選挙の行方にも多大な影響力を持つ未来のマジョリティ(多数派)よ」
「腫れ物感がスゴい」
「タロット氏は前回の大統領時にメキシコとの国境に壁を造るなんて政策をブチ上げたくらいには注目度の高い関心事なの。だから長年その政策に寄与し、積み上げてきた彼女を前回から重用して、今回は補佐官にまで指名したの」
「具体的には何を?」
「不法入国者の可・不可の振り分けと語学と常識の教育プログラムの確立。流入者数の定量化模索に撥ねつけたあとのケア。特に力を入れたのは連れてこられた未成年者の保護と教育ね」
「………いい奴じゃん?」
「未成年時代に何かあったらしいのだけれどこれも不明ね」
「ロン………タロット大統領はその政策に賛同しているの?」
「表面上は言及していないわね。でもね、ミシェル・ブラック補佐官の存在がそれを肯定しているわよね?」
「なるほど………さすが楓ちゃん。一家に一人楓ちゃんが欲しいくらいにお役立ちだね!」
「一家にじゃなくて遥ちゃんに一人、楓ちゃんよ? そこは認定しておいて欲しいわね」
「アハハ、うん、そうだね! 私には楓ちゃんだね」
自らの肩を抱いて身震いする佐倉楓。日常に潜む幸せを今日も一つ拾った。ありがとう、ありがとう………なんども幸せと感謝を心の中で反芻するのだった。
◇◇◇
16時35分、首相官邸。
「よりによってこんな日に呼び出しするとは、タロットめ!」
「まぁ、こっちの都合なんて知らんからな。それに間に合ったんだから良いじゃねえか。しかし岸辺君、君は本当に変わったなぁ」
「何を悠長な。あんな体験をしたんだ。ヤツまでもが姫に傾倒しかねないでしょう!?」
「………あり得るな。でもそれって寧ろ歓迎すべきことなんじゃねえのか?」
「否定はしません。ですがね、魔女ならば公知の事柄として我々も受諾出来ますが、聖女としては………聖女は、姫は我々だけの姫であるべきです! 所詮東洋人などと侮っている毛唐どもに姫の聖女たる所以を晒すのは我慢ならないのですよ!」
握った拳を執務机に叩きつける岸辺総理。
「おめぇは………なぁ、推しは皆んなの推しだろ? 独占欲出すと嫌われるぞ?」
「ふん、有象無象に嫌われたからといって………」
「姫にもなら?」
「ひゅっ、かっはぁ……」
「おいおい! ほら、息を吐け! 吸わずに吐け、そうだ、吐ききったらゆっくりと吸え………ほら、深呼吸だ。ゆっくりとな」
「ハァハァハァハァ………す、すいません。もう大丈夫です」
「もうお前は重症だな。でも覚えておけ。過ぎたるは嫌われるぞ?」
「………肝に銘じます」
「さぁ、時間だ。行こうか」
「ええ、姫との食事会、楽しみですね」
麻尾は思った。笑顔がキメェと。勿論口には出さない。全く、いい歳して過呼吸とか、どんだけ入れ込んでるんだか。
ま、人のことは言えないんだがな。
◇◇◇
「「「麻尾さん、ちーっす!」」」
「おう! 遥ちゃん、優子ちゃん、有理ちゃん。今日も可愛いな!」
「孫並に若い娘になんてことを! 褒めてもなんも出ないゾ?」
そう言いながら麻尾の手を握る遥は少しハイになっていた。
厚木基地からいつもの系列ホテルへくる途中、シャワーを浴びる為に佐倉の自宅マンションへと立ち寄り、そこで佐倉に上書きされた遥は………いつもより乱暴で貪るような佐倉に心までも乱された。
愛されている。そう確信させる時間が遥を高揚させたのだ。
遥は自身がまだ未成熟だとの自覚がある。今日はそのことが少しもどかしい日となった。
ミシェルも佐倉も大人の女で、譲れない想いを抱いて強く生き、矜持を持って凛とした自分を貫いている。
憧れられる人物が側にいるのは幸いだ。
周囲の評価を恐れずに護るべきを護る覚悟。その為には人脈だって活用しよう。下手な遠慮は相手にも不本意だろうから。
だから自分ならば………全てはマモルの為に。その為にこそ自分は大人にならなければならない。
この日、遥は少しだけ成長したのかも知れない。




