101.ミシェルの回心
ロナルドの次は補佐官のミシェルとの面会が予定されていた。
今後の連絡方法や遥へと託される様々な権限についてのレクチャーがメインらしい。
託される権限?
モヤモヤとした気持ちを抱えながら基地指令に案内されて別室へと通された。
基地指令?
室内には既にミシェル女史が待ち受けていた。
「あぁ、ハルカ様。お待ち申し上げておりました」
熱のこもった潤んだ瞳、上気した表情、モジモジした手元………一見して遥は覚った。「あ、惚れられた」と。
何故か驚愕した表情の基地指令はそそくさとその場を辞して行った。
「さぁ、そちらへお掛けになって下さいな」
ソファを勧められた。二人掛けのソファへと腰掛けると、ドアに錠をおろしてから資料を手にしたミシェルが遥の隣へとその尻をねじ込んだ。
「えっ?」
思わず声が出る遥。
「あの………こんな年増はお嫌ですか?」
非常に答えにくい質問の仕方をしやがる!
「あ、いや、そんな年増なんて言うほどには年嵩じゃないですよね? それにおキレイですし?」
顔をみるみる赤らめるミシェル。ちょっとだけ可愛いとか思ってしまった。
「キレイだなんて、そんな………ハルカ様の足元にも及びませんわ。あぁ、それにしても………良い匂いでいらっしゃる」
もう、セクハラ案件待ったなしである。いつの間にか遥の太腿の上にミシェルの左手が添えられている。
「あ、あの、レクチャーっていうのは?」
「事務的な伝達事項は追々………私達は互いをより深く知り合う必要があると思いますの。ねぇ、ハルカ様? ハルカ様はミス佐倉とも関係がありますよね? 私も彼女に劣らず貴女のお役に立てると自負しておりますのよ? 是非私にも彼女同様のお慈悲を頂戴致したく………」
あっという間に甘い空気感を作り出し、粘着質ながら傍らに不快感なく寄り添い侍るその技量は佐倉を超えているかも知れない。
これは新たな技術の獲得に資するのではなかろうか?
逡巡する遥。そしてその心情の揺らぎを正確に読み解き隙を突く手管は最上級者のソレである。
右手の資料をテーブルの上へと放り出し、そのまま遥の左首筋へと這わせる。そして極小さく囁いた。
「お恵みを」
そうしてキスをした。二度三度と唇を食む様に重ね、四度目に舌を入れ込んだ。
あとはまるで全自動かの如くディープキスへと移行して、パッション抑えめのテクニカルなキスとボディタッチが展開される。
遥は既に拒絶するタイミングを逃し、あまつさえ「う、上手い!」などと流され始めていた。
何れにせよミシェルはもう止まらない。約1時間、そこでは局地的日米親睦の交流戦が目眩く展開された。
最後はお互いの健闘を賞して下着の交換で締め括られた。
「ハァハァハァハァ………ハルカ様。身体だけでなく、魂までも捧げましょう。私の全てをお受け取り下さい」
「日本帰化とか云わずに仕事、頑張って下さいね? きっとそれが一番のお役立ちだと思うので」
高揚感に満たされるミシェル。
「いただいた使命を果たします!」
慣れたなぁと自覚した遥は両手でミシェルの頬を包み込み最後に濃厚なキスをあげた。
◇◇◇
ミシェル・ブラックは生まれからして上流階級だ。神童と褒めそやされて育ち、十代半ばでイェール大学を卒業した。国際政治や経済、そして西洋史を学んだ。さらにハーバード大学でMBAをも取得して経営を学んだ。その時点で二十歳にも満たない彼女は腕試しとばかりに経営診断ソフトの制作と企業コンサルタントを行う会社を立ち上げて短期間で成果を出した。
ここまでの間に彼女は自身が同性愛者であることを自覚している。そして数人と関係を持ってもいた。悲しい別れなども経験したものの全体としては順風満帆だった。
そんな時に政府機関から勧誘がきた。彼女は父親がそうであったように自身も共和党員であった。少し前に民主党から共和党へ政権が替わり、政府機関の人員入れ替えが急がれた頃だ。
ビジネスでは結果を出した。では行政や国際政治ではどうだろうか? 好奇心と野心に富んだ彼女は自身が経営する企業を売却して政府の誘いに乗った。
そこでも彼女はその手腕を振るい結果を出し続けた。だが再び政権が入れ替わった際に彼女は一番入れ込んでいた仕事を手放さなければならない危機に直面した。役所としてもその仕事は彼女でなければ遂行困難だと考えていたし、民主党政権もその仕事は政策に合致するとして彼女の続投を容認した。
だがそこからが彼女の過酷な人生の始まりだった。
上は彼女が共和党員であってもその有用性を認め託したのだが、全てのパーソンがそうではない。だから………叩かれ、押しやられ、卑下され、様々に嬲られた。
結果、仕事を達成するまでに長い時間が掛かった。その間に彼女は表裏に於いて戦い、勝ち抜き、罠に嵌め、闇に葬り………まさに酸いも甘いも噛み分けた人生を潜り抜けてきたのだ。
彼女がその半生とも言える時間を賭けた仕事。それは高く評価され、共和党政権時には政府高官として遇される地位に着いた。そして今では大統領補佐官だ。
彼女の戦いは共和党員上層の者ならば大概知られていた。彼女の恐ろしさと共に。目的の為に手段を選ばない超合理主義者。邪魔ならば例え親しく接した人物でも利用し排除するのに躊躇しない冷酷さ。それなのに人心を理解し利用する手練手管をも駆使する柔軟な悪魔的思考。
怖いのだ。どこかの部局のトップに据えたとしても身近に置いて助言を求めるような位置に据えるなど、怖くて出来ない。
だがそんな彼女を誰よりも高く評価したのは同じく行き過ぎた合理主義者たるタロットだった。
そうして自身を引き上げたタロットへ彼女は彼女なりの忠誠心を持って仕えた。
だが後に彼女はタロットをも凌駕する大恩をその身に受けた。
彼女はその邂逅を運命づけたタロットへ感謝した。そしてその恩人にこれまでに得た全てを、そして自分自身をも捧げると誓った。
何に? 自身自身にだ。そして我が麗しの聖女にだ。
あの時、血に満たされた呼吸器から経口にて吸い出してくれた、穢れを厭わない行いにミシェルは聖女を見た。数度の吸い出しを経て楽になった呼吸により視界が開けた目の前に、血塗れの口元に微笑みを浮かべた我が聖女は至高の美しさをその身に纏っていた。
その時ミシェルと聖女は血の契りを交わしたのだ。決して破れることの赦されない固く甘美なる契約。かの聖女の為に生きよう。そして身命を捧げるのだ。それこそが誇り、それこそが歓び。
彼女の想い定めし神との契約を経たミシェルの本当の人生はここから始まる。神たる聖女と共に。




