しゃべる象
「象さんとおしゃべりができたら、どんなに素敵かしらん?」
今回はそういう、子供なら誰もが夢見るメルヘンチック
なテーマのファンタジー作品ですよ。さーて、象さんは
しゃべることができるのかな? そして、おしゃべりが
できるなら、象さんてばどんなお話をするのかしらん?
放送時には「象は口の構造が違うから、言葉は話せない」
などと無粋な突っ込み、揚げ足取りが散見されましたが
こちとらそんなこたぁ全て分かって書いてるんだっての
バーカバーカ! ネタバレになるから控えますが普通に
最後までちゃんと聞いたら(読んだら)、象がしゃべる
って意味も分かるってのバーカバーカ!(←落ち着けよ)
…… 失礼しました。そもそも私が書いてるのは学術論文
ではなく架空のお話ですからね、別に象がしゃべっても
豚が空を飛んでも構わないんです。小説なんてどんなに
出鱈目でも無責任でも無節操でもいいのです(←本当か?)
読んでみて「そういうの差っ引いても、ここは明らかに
おかしいのでは?」という突っ込みがしたくなった方は、
是非とも感想をお寄せください。可能な限り誠心誠意に
お答えするかもしれないし、しないかもしれない(←おい)
パオーン♪
「人間の言葉をしゃべる象がいる」
この噂を聞いたのは一昨年の冬でした。駆け出しの
ライターだった私は、面白い記事が書けそうなので、
噂の発祥地とされる大学の獣医学部に出向きました。
サブカル情報誌の取材でキャンパスに広がっている
七不思議のような怪談や噂話を収集していると説明
すると、たくさんの学生が集まってきて、いろいろ
な話を聞かせてくれました。しかしそのほとんどが
どこかで聞いたことのある、ありがちな都市伝説の
ようなもので、しゃべる象の話は全く出てきません。
業を煮やした私は単刀直入に、こう切り出しました。
「ところでさ、人間の言葉をしゃべる象の話って誰か
聞いたことないかな…… 結構、有名らしいんだけど」
集まっていた学生たちが、一斉に静まり返りました。
そして互いに目配せすると、蜘蛛の子をちらすよう
にそそくさといなくなりました。何が起こったのか
よく分からず、去っていく学生たちを困惑しながら
見送っていると、一人だけ、地味なカーディガンを
着た女学生が残りました。
「場所、変えた方がいいですよ…… 」
目配せするので見てみると、制服姿の警備員が数人、
ゆっくりと近づいてくるところでした。誰かが通報
したのでしょう。正式な取材許可もとってないので、
面倒なことになる前にキャンパスから退散しました。
「動物プロダクションから購入した小象で、脳下垂体
への投薬実験を繰り返していたら、知能が高まって、
その小象が話せるようになったそうなんです…… 」
カーディガンの彼女は、注文したクリームソーダに
手も付けず、小声で、しかし真摯に話し続けました。
「だけど、国際保護動物である象を生体実験に使った
事実を公表する訳にもいかなくて、実験自体は今も
続けられているけれど、絶対に外部には漏らさない
ように、徹底的に箝口令が敷かれていて…… 」
「しかし、噂ぐらいは流れるだろう? 現に私だって、
しゃべる象がいるという話を聞いて、ここに……」
彼女は、身を乗り出して声を潜めました。
「その実験の助手をしていて、象がしゃべるのを確か
に聞いたと証言した学生が行方不明になったんです。
きっと口封じね…… 以来、大学では、誰もしゃべる
象の話はしなくなりました。彼はその象と話をして
真実を知ると、大学による実験と称した動物虐待を、
マスコミに暴露して糾弾しようとしていたんです……
私の恋人でした」
彼女の目から一粒、涙がこぼれました。
「研究センターのラボに監禁されているはずなんです。
お願い、彼を助けてあげて! 真実を明らかにして!」
私は大学の裏山に建つ研究センターに潜入しました。
正直、彼女の恋人を助け出すためというより、言葉
を話す象を、自分の目で見たかったからです。彼女
が用意してくれた偽の入館証を差し出すと、警備員
はろくにチェックもせず、あっさり中に入れてくれ
ました。長い廊下の突き当りに、電子錠式の大きな
扉がありました。周囲に誰もいないのを確かめて、
これも彼女から入手したパスワードを打ち込むと、
乾いた音を立てて鍵が外れ、扉が開きました。
中に入ると、何とも言えない異臭が鼻を突きました。
これは…… 動物園の匂いです。私の入室を感知した
からか、照明が次々と点灯して、明るくなりました。
いきなり目の前に、象が姿を現しました。
象は檻に閉じ込められているわけでもなく、円形の
格子床の中央に、鎖にも繋がれず立っていました。
子象ではなく、成長した、いや、成長し過ぎた大人
の象…… 通常、象の体高は3メートル程度ですが、
この象はその倍くらい、5メートルか6メートルは
ありました。そして体長に至っては、10メートルを
優に超えていました。マンモスどころか、恐竜より
も巨大な象でした。私は、恐怖よりもむしろ畏怖の
思いで、その姿を見上げ、立ち尽くしていました。
しかし、なぜか象は、全く身動きしませんでした。
瞬きすらしないのです。落ち着いてよく見たら……
剥製でした。ホッとすると同時に、少しばかり拍子
抜けはしたものの、それにしても、この大きさは?
脳下垂体への違法な投薬実験の結果かどうか、素人
の私には分かりません。国際協定違反、絶滅危惧種
への虐待など、倫理的な是非にも興味はありません。
ただ、この巨大な象の剥製は、駆け出しのライター
にとって千載一遇の大スクープです。生きていたら
もっと良かったけれど、贅沢は言っていられない。
私は我を忘れて、夢中で象の剥製を撮影しました。
声が聞こえてきたのは、そのときです。
「ダズゲデ…… ダレガ…… ダズ、ゲデ…… 」
驚いて撮影を中断し、周囲を見渡しました。確かに
象がしゃべるならば、こんな感じかもしれません。
しかし、目の前の象の剥製は、当然ながら沈黙した
ままです。では、この声は、どこから……?
「ダズゲデ、ダレガ、ダズゲデ…… ダズゲデ…… 」
声は、剥製の立つ格子床の下から聞こえてきました。
近づいて、格子越しに見下ろすと、悪臭の向こうに、
男が一人、深く広く掘り抜かれた暗い孔の底に蹲り、
私を見上げていました…… 目の前の象の剥製よりも
さらに巨大な頭部と胴体、そして末端が異様に肥大
した歪な四肢。全身に残る、痣と裂傷と火傷の跡……
あの女学生の恋人でしょうか? これが、脳下垂体
への投薬実験の結果? どんな薬を、何のために……?
突然、背中に衝撃が走りました。驚いて振り返ると、
開け放たれた扉の向こうに、受付にいた警備員が、
テーザーガンを構えて立っていました。電流で体が
痺れ、意識が薄れていく中、警備員がヘッドセット
のマイクにこんな報告をしているのが聞こえました。
「確保しました。20代、男性。テーザーの電流で痙攣
していますが、被験体の候補として特に問題はない
でしょう。身体を拘束した上で処置室に搬入します。
ついては早急に手術と投薬の準備を…… くれぐれも、
今回は両手も両足も、完全に切断してくださいよ!
前回みたいに、あの大きさになって暴れられたら、
こちとら命がいくつあっても足りやしない…… 」
ダズゲデ…… ダレガ、ダズゲデ…… ダズゲデ……
【多分にネタバレを含みます。読んでから閲覧してね!】
はい、しゃべる象さんの秘密でした! いかがでしたか?
身も蓋もないけど、こういうことなんですね。象の口の
構造なんか何の関係もないんです。なぜなら…… しかし、
賢明な読者諸氏におかれましては「あれ? でも……?」
と突っ込みたくなるかもしれません。まあ語り手がラボ
に潜入してからは、象は剥製で、しゃべってたのは実は
あれだからまあ整合性はあるけれど、きっかけになった
女学生の証言では、象は彼女の恋人と話をしてんじゃん!
つまり象は口の構造はともかく、しゃべるんジャマイカ?
この件に関して作者として言えることはひとつだけです。
「しゃべってたのかもしれないぞう」
理由なんか知りませんよ。象がしゃべってたというなら、
まあしゃべってたんでしょうよ。なんでしゃべれたのか、
それは象と研究センターのスタッフに聞いてくださいよ!
私は象でもスタッフでもない、ただの書き手ですからね!
二つで十分ですよ!分かってくださいよ!(←それは……)
まあでも、しゃべらないよりしゃべった方が可愛いわな。
「ベイブ」だと豚も羊も犬も猫も鼠もアヒルもしゃべるし、
「イルカの日」だとイルカもしゃべるんだから、象だけが
しゃべってはいけないなんて法はあらしまへん。うちの
猫もしゃべりますよ。動物はみんなしゃべれるんですよ。
人間のこと馬鹿だなあと思ったらしゃべらないかもけど、
こいつは少しはましかもだ、見込みがあるなと思ったら、
どんな動物でもしゃべってきますよ、うるさいくらいに。
あなたがまだ動物がしゃべるのを聞いたことがないなら、
動物としゃべったことがないなら、つまりまあそういう
こと。見込みがないと思われているのです。もっと心を
柔軟に、虚心坦懐博多淡海になって精進してくらんしよ。
パオーン。