58話 礼装注文
本当に遅れてしまい申し訳ありません!!
王都へ入った俺達は、そのまま貴族街へ向かった。
大通りを進むにつれて、街の雰囲気が少しずつ変わっていく。
商業区では店員や商人達の声が飛び交っていたのに、貴族街へ近づくにつれて人の数は少なくなり、代わりに整えられた石畳と立派な建物が目立つようになってきた。
道行く人達の服装も明らかに違う。
上質な布で仕立てられた服。
宝石をあしらった装飾品。
そして、その隣を歩く従者達。
「……なんか、凄いところに来たな」
「王都でも特に格式の高い区域ですから」
「なるほど」
しばらく歩くと、エマが足を止めた。
「こちらです」
「ここ?」
顔を上げる。
そこにあったのは、周囲の店と比べても一際目を引く建物だった。
白を基調とした外壁。
大きな硝子窓。
入口には細かな彫刻が施され、扉の上には控えめながらも品のある金属製の看板が掲げられている。
その奥には、様々な衣装が展示されていた。
どれも派手すぎない。
けれど、布の光沢や刺繍の細かさを見れば、素人の俺でも上質なものだと分かる。
看板にはこう書かれていた。
『メゾン・エルセリオン』
「……ここ?」
「はい。アリス様がよく利用されているお店です」
「アリスさん御用達か……」
改めて店を見る。
「……高そう」
「高級店ではありますね」
「だよなぁ」
金貨十枚から二十枚。
さっき聞いた金額が頭をよぎる。
とはいえ、今の俺なら払えない額じゃない。
それに今回は、ちゃんとした理由がある。
来週のパーティー。
そこで会う人のために、少しくらい格好をつけたっていいだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「はい」
「エマは?」
「私はここでお待ちしております」
「入らないの?」
「男性用の礼装ですから。採寸やデザインについては、ルア様ご自身で決められるのがよろしいかと」
「そういうものなのか」
「はい」
エマは微笑んだ。
「終わりましたら、お声掛けください」
「分かった」
俺は一人で店の扉へ向かった。
扉を開ける。
カラン、と小さな鐘の音が鳴った。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた声が店内に響く。
中は外から見る以上に広かった。
壁際には様々な種類の生地が並べられている。
中央には完成品の礼装。
その一つ一つに細かな刺繍が施され、照明を受けて静かに光っている。
床も家具も綺麗に整えられていて、店内には布地特有の柔らかな香りが漂っていた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
店員が近づいてくる。
「パーティー用の礼装を一着、オーダーメイドで作りたいんだけど」
「かしこまりました」
店員は一礼する。
「パーティーはいつ頃でございますか?」
「一週間後」
「一週間後でございますね」
「うん」
「でしたら、十分に間に合います」
「良かった」
「どのような場でございますか?」
「姉妹国で開かれる、貴族達のパーティー」
「なるほど」
店員が頷く。
「でしたら、正式な礼装を基準にお仕立てするのがよろしいでしょう」
「お願い」
「それでは、まず生地からお選びいただきましょう」
店の奥へ案内される。
そこで、俺は思わず足を止めた。
壁一面。
そこに様々な色の生地が並んでいた。
赤。
青。
白。
黒。
紫。
緑。
金。
銀。
同じ色でも、光沢や厚み、手触りが違う。
「……こんなにあるの?」
「こちらは礼装用のものだけでございます」
「これだけあって?」
「はい」
「服って奥が深いな……」
思わず呟く。
店員は微笑んだ。
「ご安心ください。お客様のお好みに合わせて、こちらからいくつか候補を絞ることも可能です」
「じゃあ、そうしてもらおうかな」
いくつかの生地が目の前に並べられる。
俺は一枚ずつ手に取った。
触れて。
眺めて。
光の当たり方を確認して。
その中から、一枚を選ぶ。
「……これ」
「深い青でございますね」
「うん。好きなんだ、この色」
「承知いたしました」
次に白銀の生地を手に取る。
「これも合わせたい」
「差し色に白銀を?」
「うん。青だけだとちょっと暗いかなって」
「非常に相性がよろしいかと」
続いて刺繍糸。
いくつかの候補の中から、淡い金色を選ぶ。
「これ」
「金糸でございますか」
「でも、あんまり派手にはしたくない」
「では細い糸を使用し、近くで見た時にのみ分かる程度にいたしましょう」
「それがいい」
「かしこまりました」
「装飾品はいかがいたしましょう。魔石などをお付けすることも可能ですが」
「魔石はいらないかな」
「よろしいので?」
「うん。この生地だけで十分綺麗だし」
「承知いたしました」
少しずつ形が決まっていく。
襟元。
袖。
腰回り。
裾。
どれも派手さは抑えながら、貴族のパーティーに出ても恥ずかしくないもの。
そして何より――動きやすい。
「ルア様は戦闘をされることも?」
「まあ、するね」
「それでしたら、腕や肩の可動域は確保いたしましょう」
「助かる」
「礼装でありながら、動きやすさも損なわないよう仕立てさせていただきます」
「ありがとう」
デザインが固まったところで、店員がメジャーを取り出した。
「それでは、採寸へ移らせていただきます」
「分かった」
案内された採寸室には、大きな姿見が置かれていた。
「こちらへお立ちください」
言われた通りに立つ。
「肩幅を測ります」
メジャーが肩へ回される。
続いて胸囲。
腰。
首回り。
腕。
手首。
脚。
細かな部分まで一つ一つ測定されていく。
「腕を少し上げていただけますか?」
「こう?」
「はい。そのままで」
メジャーが腕を一周する。
「……」
店員が数字を記録していく。
「かなり鍛えられていらっしゃいますね」
「そう?」
「ええ」
「まあ、魔物とかと戦うこともあるから」
「なるほど」
店員が納得したように頷く。
「噂に聞く通り、ということでしょうか」
「噂?」
「単独で魔族を退けた英雄様だと」
「ああ……」
…恥ずかしいな、こんなところまで広がってるとは。
…あの時ボコボコにされたし。
「その話、王都まで広がってるんだ」
「かなり有名でございますよ」
「そうなんだ……」
採寸が終わる。
店員は記録した数字を確認し、最後に一枚の紙を取り出した。
「こちらをどうぞ」
「ん?」
紙を受け取り、広げる。
そこには、深い青を基調とした礼装を身に纏った自分の姿が描かれていた。
白銀の差し色。
淡い金の刺繍。
余計な装飾はない。
けれど、全体としては十分に華やかだった。
「……おお」
「完成予想図でございます」
「これ、本当に俺?」
「はい」
「……凄いな」
思わず見入ってしまう。
「こちらでしたら、三日後には完成いたします」
「三日後?」
「はい」
「そんなに早く?」
「当店の職人であれば問題ございません」
店員は当然のように答えた。
「三日後に一度ご試着いただき、必要であれば微調整をいたします」
「なるほど」
それなら安心だ。
パーティーまではまだ四日もある。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「かしこまりました」
店員は一礼する。
俺はもう一度、完成予想図へ目を落とす。
そして、少しだけ笑った。
「……これなら、ちゃんと会えるかな」
「どなたかに?」
「ああ」
ルアは少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。
「好きな人に会うんだ」
「……そうでしたか」
「すごい久しぶりに会うんだ」
「それでしたら、腕によりをかけて仕立てさせていただきます」
「うん。頼んだよ」
完成予想図を大事そうに折りたたむ。
店を出る。
外ではエマが待っていた。
「お疲れ様でした、ルア様」
「終わったよ」
「いかがでしたか?」
「三日後には完成するって」
「まあ、それは早いですね」
「うん」
俺は手の中の完成予想図を見る。
「……三日後か」
そして、その先にある一週間後を思い浮かべる。
「なんか……ちょっと楽しみになってきた」
エマはそんな俺を見て、微笑んだ。
「それは何よりでございます」
「……まあ、まだ一週間あるけどね」
そう言いながらも。
俺は笑顔を隠せなかった。
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