救国の魔女様の幸福は
「結婚してください」
「嫌です」
何度目になるかわからないやり取りにため息をつく。王太子殿下はまだ諦めてくれない。
「私はしがない魔女です。王太子殿下は後ろ盾がある貴族のお嬢さんと結婚されるのがよろしいでしょう」
「そんなのはわかっています。それでも貴女を諦めきれないのです。貴女は我が国において、救国の魔女だ。たとえ貴族の出ではなくとも、妃になるのに問題はないはずです」
「まあ…救国の魔女扱いされているのも、貴族平民問わずみんなが大事に扱ってくださっているのもそうなんですけど」
この大陸では近年、流行病が猛威を振るっていた。それでも比較的衛生観念のしっかりしていたこの国ではしばらくは大丈夫だったらしいが、限界は来る。他の国の様子から、流行病の恐ろしさを知っていた国民は恐怖に怯えた。
そんなことも知らず森で悠々自適に暮らしていた私。私は森の奥でひっそりと自給自足の生活を送る魔女で、一人で全てが事足りるのでお金稼ぎすらしていなかったが錬金術で薬を作るのが趣味だった。
万能薬も作れるほどの技術をいつのまにか身につけていた私は、気付けば薬品庫に趣味で作った大量の万能薬をストックしていて。そんなある日暇すぎてお茶を飲みに来ていた魔女仲間から、大陸が大変なことになっていると聞いて慌てて薬品庫内の万能薬を大陸中に無料で配りまくったのだ。
結果大陸全土の人々が助かり、国内では救国の英雄扱い。他国も私に頭が上がらなくなった。それを理由に、しばらくの間王宮にて接待を受けることになった。面倒臭くて早く森に帰りたかったが、お礼をさせてくれと国王陛下に懇願されたから仕方なかった。ただ、報酬やらなんやらのお金だけは固辞した。使わないし。
そして何故かそこで百歳以上年下…とはいえ十八歳で大人の仲間入りは果たしているが、まあそんな王太子殿下に一目惚れされた。なんでやねん。
「では良いではないですか」
「年の差分かってます?」
「見た目はお若い」
「それはまあ、魔女ですので」
「では問題ありませんね」
いや…ええ…?そうかな…?
「ということで結婚してください」
「いや、明日には森に帰りますし」
「帰らないでください」
「さすがにそれはちょっと」
別にペットも同居人もいないし、友達といえばたまに来る魔女仲間くらいで誰にも迷惑はかからないから絶対帰らなきゃいけないわけじゃないけど。
「なにが不満なんです」
「年下過ぎるのはちょっと…」
「それは…見た目年齢ならむしろ僕が上です」
「それに、王太子妃教育とか面倒くさいです。王太子妃としての仕事なんてもっと無理です」
「救国の魔女様におかれましては、僕の隣で笑っているのがお仕事で問題ありません。面倒は僕が全て請け負います」
それでいいのか。いいとしても受け入れないが。
「とにかく、明日でおさらばです」
「そんなつれないことを仰らず」
「嫌です、もう国王陛下にも帰る許可は得ていますから」
ここでの生活は正直とても楽だった。全てを人にやってもらえるのは、自給自足が常だった自分にはちょっと違和感はあったが間違いなく羽を伸ばすことができた。
でも、私は森が恋しい。正しく言えば、錬金釜が恋しい。はやくいろんなお薬を調合したい。
…ちなみに、万能薬以外の薬品庫の薬もなんだかんだと理由をつけて大陸中の薬屋に売り飛ばした。みんな流行病対策のための万能薬以外は無料ではもらってくれなかったので、安く売った。
理由は薬品庫を空にするため。またたくさん薬を調合したいので、薬品庫の中をあけたかった。で、今は薬品庫は空なのでいくらでもやれる。やろう。
ちなみに安く売ったと言っても量があるのでまとまったお金になったから、お金を一切使う気がない私はそのまま王家に献上した。なんかそのあたりも褒められたが、そんなつもりじゃなかったので知らない。
「ともかく、お仕事に戻ってください。王太子殿下は暇じゃないでしょう」
「…わかりました。でも結婚は真剣に考えてください」
「真剣に考えた結果、お断りしています」
「そんなことを仰らずに」
「はいはい、戻った戻った」
王太子殿下を追い返す。そして、お茶を飲んで一息ついた。
結局あの後普通に森に帰ってきた。自給自足の生活はやはり気が楽だ。魔法で全て事足りるし。まあ、あちらでの生活は大いに羽を伸ばせたがそれはそれ。
そんな私は長く生きてきてすごく多くなった自分の魔力を、生活するのに使う魔法と薬の調合に使う材料を採取するための魔法に半分ほど割く。そして残りの半分は、全て錬金術に使う。今日も今日とて薬を作りまくっている。
なお魔力は八時間も寝れば全回復するので一日で使い切ってもそんな問題はない。不測の事態がなければ。不測の事態に備えて魔力を備蓄した石も大量に取ってあるので、万が一の時も問題はない。
「ふんふんふーん」
鼻歌交じりに薬を作りまくるが、だいぶ日も落ちてきて魔力も減った。そんなこんなで楽しい錬金術のお時間も今日は終了。
薬はたくさん出来上がり、中でも特に難易度が高いからこそ楽しい万能薬の調合をやりまくったので薬品庫にそれなりの量の万能薬が並んだ。それ以外の薬もいくつか並んだ。
「薬品庫はまだまだ空きがあるから、まだまだ作れるね!」
うっきうきで薬品庫から出て、錬金術用の工房を通って生活スペースに戻る。
魔法で夕食を作って食事を摂る。ちなみに私は森の動物には基本的に手を出さないのでほぼほぼ野菜中心だ。川の魚はたまに食べるが。あんまり生態系を崩すと怒られるからね。
食事は当然あちらの方が豪華だったが、魔法の腕が良い私にかかれば野菜中心のご飯もそれなりに美味しくなる。あっちの方が美味しかったけど、今の食事にも不満はない。
…でも、ひとつだけ。自給自足の生活、慣れ親しんだ日々。足りないものは何一つないはずなのに、物足りなく感じるのは。
「王太子殿下、結局帰りの見送りには来てくれなかったな」
彼がいないのが、寂しい。
認めよう、私は彼が好きだ。
彼はただの気まぐれで私に求婚したのだろう。けれど私はそんな彼にいつのまにか惹かれていた。
まあ、叶っちゃいけない想いだとは思う。身分とか、立場とか、将来とか…寿命の差とか。
いつか、終わりが来る関係になってしまう。だから、ぐっと堪えて森に戻ったのに。
「寂しいなんて、わがままだよね」
でも、またいつか一目元気な姿を見れたらいいな。
…なんて、思っていたのだけど。
「なんで朝から森にいるんですか、王太子殿下」
「求婚しに来ました」
「何故!?」
わざわざ森に来ることないのに!
「貴女が好きだから」
「え」
「どうしても、貴女が好きなんです。どうしても、諦められない。ねえ、どうすれば本気だと伝わりますか」
「…っ」
嬉しい、なんて。思っちゃいけないのに。
「ねえ、僕は長生きしますよ」
「え」
「きっと貴女をおいていきません。寂しい思いはさせません。だから、結婚してください」
なんて無責任な。寿命の差は理解しているだろうに。
でも、それでもその手を取りたくなってしまう。
「どうやって長生きする気ですか」
「貴女は救国の魔女だ。僕の寿命を延ばす薬くらい、いくらでも作れるでしょう?」
「他力本願じゃないですか…」
出来るか出来ないかなら、出来る。王太子殿下さえ望むのなら。
「でも、長生きするのって辛いですよ。みんなにおいていかれます」
「隣に貴女があれば充分です」
「…」
いいのかな、受け入れて。
なんて、迷ってる時点で心は決まっている。
「…ここで頷くならば今後貴方を無理矢理にでも長生きさせますけど、よろしい?」
「もちろんです」
「あちらにも錬金術用の工房と薬品庫作ってくださる?」
「ええ、既に用意させています」
「では、末永くよろしくお願いします」
結局はこうなるのかと、折れた自分が情け無いけれど。
幸せには、なれそうです。
【長編版】病弱で幼い第三王子殿下のお世話係になったら、毎日がすごく楽しくなったお話
という連載を投稿させていただいています。よかったらぜひ読んでいただけると嬉しいです。