夏の友 5/6
夏休みのフィナーレを気持ちよく迎えようではないか。その為には、過去から学ぶ必要がある。人間は過去に学ぶ。
去年の俺もギリギリで宿題を終わらせた。だからこそヒントがある。過去にヒントがあるのだ。
俺は去年の事を振り返る。振り絞って思い出す。この一行日記というものは毎年恒例の宿題。去年ももちろんコツコツなんてやってない。だからこそ、思い出す必要があるのだ。
ひらめきとは雷に似ている。急に降りてくるものだ。天才と言われたアインシュタインもそうだったろう。今の俺には、アインシュタインを理解することが出来る。
新聞!
去年は新聞から天気を確認していた。
俺は玄関に向かう。あるある。大量の新聞。
俺は一行日記の紙を玄関まで持っていく。あとはひたすら記入。無心で記入。全部あるかなんてのは気にしない。とにかくある分の天気を記入しまくる。
汗だくの中、俺は天気の記入を終えた。ふぅ。長かった。確かに全部は見つからなかったし、記入ミスもあるだろう。しかし関係ない。俺は空欄部分を適当に記入する。
夏休みは楽しかった。だからきっと晴れだ。太陽マークで空欄を埋める。
残るは日記部分。これを記入しなければいけない。こんなのは簡単。すぐに終わるだろう。適当に書いていこう。
ナオトとプールに行った。
同じアパートの古川くんと児童館に行った。
親戚のおじさんにスイカをもらった。
妹と留守番をした。
たっぷりと昼寝をした。
こんな感じでいい。コツとしては、飛び飛びで記入する事だろう。
人生は繰り返しの毎日だ。だからかならず内容はなくなる。毎日が新鮮なんて事はない。三六五日。六〇年。これが全部新鮮ならビックリする。
だから行き詰まる。人生もそうだが、日記も同じ。
そうなった時は決まっている。夏休みにやっても不自然ではない。そして怒られない。だって毎日昼寝をしただと怒られるだろう?
繰り返し使われても怒られない。それは夏休みの宿題。これをやったと書けば良い。具体的に書いてはいけない。
夏休みの宿題をした。
これで良いのだ。これなら何日間あっても怪しまれない。そして怒られない。魔法の言葉だ。
適当に思い出せる記憶を日記に書こう。詰まったら魔法の言葉を使うだけだ。
俺はスラスラと記入していった。




