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96 新市街区施工中

3月も下旬になり、春が訪れた。


街の様子は去年よりも更に盛況。帝国の侵略が落ち着いたという話を聞きつけ、新規事業の立ち上げに便乗した流入者が倍以上に増えている。

ミランダ達の教会がある旧市街区とは逆の東側、昨年から住宅地を建設している新市街区にも新居が出来始め、住居を移した人間がぽつぽつといる。



だが問題があった。新市街区は、まだ大ダンジョン側の高原を隔てる防壁が完成していないのである。



辺境であるせいで戦争のリスクが高く、地価は安く設定していたはずだった。

貧困層でも移住出来ると期待され、流入者を増やす為だ。


しかし、買い注文の殺到で新築家屋の値段がつり上がり、住めるのは金持ちだけの早い者勝ちになっている。


作った家が高く売れると、その分税金が入るのは好ましいことだが、フェクトはこのことをよく思っていなかった。


このままでは居つく人間が富裕層に限られてしまう。地価が上がった家屋を買い取れるのは大概、稼ぎのある商人職の者が殆どだ。


しかし、流入している大多数は冒険者や元農民。一攫千金を求めて集まった貧困から低~中所得層だ。

長期宿泊向けの宿の増設など、早急に対策しないと折角集まった冒険者志望の人間達がダンジョンに挑むことを諦めて故郷に帰ってしまう。

商人も街には必要不可欠な存在だが、彼らは基本的に、有事の際は家財を支払い徴用逃れをする。よっぽどこの街を気に入っている愛国心に溢れた人物でもなければだ。


いざという時に戦える人間がいないのでは、折角の人口増加チャンスを無碍にした上に、将来的に戦力をがた落ちさせてしまい困るのだ。


今現在、大半の冒険者達は、4層のリザードマンが持つ大型の鉄の武器を奪って売却や打ち直しで装備を更新している。


敵と戦い実力をつけながら戦利品を売り払い、それを元手に上質な装備に切り替えて中級冒険者の仲間入りをして、更に深層へと挑戦する。

その都度、彼らは実力に見合った人間と組み、またダンジョンへ潜り金を稼いでは自分の装備を強化して研鑽を重ねていく。


過去にエリック達が4層で混雑して戦利品の取り合いになっていたのは、今現在も続いている。

冒険者ギルドの討伐や売却の報告書や鍛冶屋の注文の多さからも、確認出来ている。


街にいる冒険者の平均的な実力の指標は、4.6層。大多数が4層で鉄工やホワイトランプソードを稼ぎ、少数の人間が7層へ挑み、ごく一部は深層へ挑んでいる。


鉄工の供給が増えるのは産業的にも大助かりしているが、フェクトはもっと貪欲に、冒険者達には5層で稼ぎを安定して欲しいと思っている。



冒険者ギルドの格付けは、

1から3層の初級クラスは、狩猟及び戦闘技能を要する。

4から8層の中級は、高い対人戦闘技能を有する者。

9層以降の上級は、後進の模範となり、かつ精強で教導すべき戦闘技能を有する者。

最上級は、踏破に有力とされる常軌を逸した戦闘技能を持つ者。または上級格の実力を持ち大きく街に貢献した英雄に足る資質の持ち主。



戦争は弓矢と銃、投石器やバリスタの遠距離武器と攻城兵器が主体とはいえど、ダンジョンや要塞内、市街戦となれば剣と魔法は現役だ。

魔法の武器とは、やはり強力なもの。風魔法の剣ひとつで、槍より長いリーチの斬撃が飛んで来る。接近戦で圧倒的なパフォーマンスを発揮してくれるだろう。

死霊剣士の戦闘力自体も、王都の衛兵や傭兵と並ぶもの。それに勝てる個人は、人並外れた強さをしていると言っていい。

更に街中に流通している装備が死霊剣士クラスで当たり前ともなった場合、徴用した冒険者の民兵ですら大きな脅威となる。


仮にド素人の一般人を5層に行けるまで鍛え上げるとなれば、職業軍人として雇用しても最低5年以上の期間、みっちり訓練に明け暮れる日々を要する。その間、雇用して衣食住を保証しなければならない。

戦争に備えるとなれば数人ではなく、数百数千人単位の話だ。莫大な資金が必要になる。

その上で、雇用し育成した人材の100%が、要求に答えられる戦闘能力を身に着けられるとも限らず、また命令を遵守出来る人物に育ってくれるわけでもない。


冒険者として街で暮らし、勝手に稼ぎ消費して税金を納めながら、勝手に成長して貰う方が都合がいい。

有事の際に徴用した時に、この街を慕う強いヤツがゴロゴロいる方が、士気も高まるだろう。


侵略する帝国側からすれば、平均的な魔物以上の強さが当たり前の場所を攻めようものなら、甚大な被害が出るのは明白だ。

如何に帝国が巨大とて、徴用した人間の多くは職業軍人ではない。街に入れても魔物より強い冒険者がひしめいているとなれば、数週間なり訓練した兵士などで攻めれるとは思えない。


ただでさえ野外戦に慣れていて、あらゆる補給線を叩いて甚大な被害を与えて来るのがフェクトだ。次は要塞の中も強固となれば、難攻不落だろう。

逆に、それだけ野外戦が上手いならばヴィシュテを再奪還したアレフの様にエリスの側から攻めて来るかもしれない。


そうなれば隣接する都市の守りを固めるため、兵士を駐屯させ続けなければならず迂闊に挙兵し遠征して留守にすると自分達の防衛が薄くなる。


結果、他の地域への侵略も停滞し膠着する。


脅威というのは、そこにあるだけで対処と準備を進めなければならない。持てる兵力は、どこも有限だからこそ恐ろしいのだ。



富める国は強く、地価の高さはその象徴でもある。

しかし、激しいインフレが引き起こす富裕層の選民化は、人口の絶対数を減らして最終的に自らの弱体化を招き、軍事的なアドバンテージを大きく損なう。


どれだけ技術力の高い街であっても、危険な地は安くなければならない。無論そこに暮らす命も含めて。例え強者の命であっても。


辺境とは、そうあらねばならない。



同時期にルメリアで行われる社交界にエリスは招かれた。隣国の重鎮が集まるとあれば、この問題に楔を打つチャンスがあるかもしれない。

こういった機会は逃すべきではなく、積極的に参加すべきだと、エリス達は衛士たちを連れて王都へ向かう。

エリスは帰りがけにスタンツァやヴィシュテを回る予定で、2か月を要する長旅になる。


フェクトとミランダとシトリンも是非にと呼ばれたが、彼らは街中で路頭に迷う人間を放置してはおけないと、無礼を承知で辞退した。



エリス達が出かけた後、東側の新市街区で停滞していた壁の建設が始まった。


壁がなくば、住居を立てても魔物との合戦の折に壊されてしまう。急いで着手する必要があったが、フェイル達は留守だ。

外回りの仕事で他者との関りをなるべく断ってきたフェクトだが、人手不足に文句は言えない。


表だって建築ギルドを率い、建設の現場監督に臨む。


彼はミランダの救助に行った時と同じ、衛兵と似た装備に身を包んで鋼鉄のフルフェイスの兜を深く被って、肌の露出を一切しない姿で居た。

「どっか肌、見えるか?」

兜の奥からくぐもった声でフェクトは聞く。ミランダとシトリンが、彼の姿をぐるぐると回って確認した。

「いや、大丈夫そうだよ。」

「よし、行くか。」

「暑そ~。」

シトリンは笑って革製の甲冑を叩く。

「故郷の夏に比べりゃなんてことないさ。あっちは40℃の灼熱で石畳の道路整備だぞ。」

「40℃ってどれぐらい?」

「蒸気風呂の中に直射日光をプラスだ。湿った熱風しか来ないから、汗も乾かないし一切冷えない。半端な砂漠よりキツイぞ。」

「未来人ってタフだね…」

「いや、みんな普通に倒れるよ…脱水症状で死者もザラだ。」

フェクトの答えに2人は首を傾げた。


「危険ってわかってて、どうしてそこまでやんだよ?未来人はアホなのかい?」

ミランダは率直な意見をぶつける。

「全員が100%死ぬわけじゃない。気を付けてれば死なないって生存バイアスがそうさせるんだ。夏場の作業は辞めるべきって同じ疑問を皆が抱いてるが、それを口を出せば反感を買ってクビだ。路頭に迷って金を失う。仕事に逆らえない時代なんだ。」

「…気分の悪くなる話だね。いけ好かないよ。」

「改善はしようと努力はされていたがね。事業者の代も40年すれば変わる。若い未熟なバカがギルド長になったら、喉元を過ぎて熱さを忘れるのさ。」

「なんていうか…今とあんまり変わんないね…」

シトリンがぼやくと、ミランダとフェクトは頷く。

「しかし、道具は発達し続ける。技術力で何とかなってたとこもあるが、こっちには土木工事用の車なんてない。運動量が作業量に直結する。春先で涼しい今でも作業者はかなり汗をかくはずだ。本当に夏場になる前にやらないとな。」

工事用の荷車などがベアリングなどで少しアップデートされた程度のものだ。スコップも木製で、薄く鋭くないため土を掘り起こすのにも力が要る。

作業の大多数が人力だ。流入者が多い今がチャンスだろう。


既存の防壁の建設は1/3まで作られていたが、ヴィシュテの戦いなどで後手に回され続けていた。

途中までは中央や旧市街区同様に作られていたが、既に民家が先に出来てしまった。工期が入れ替わり、スケジュールが滅茶苦茶になっている。

壁の空いているところに魔物が入り込めてしまうため合戦が発生する度に入居者に危険が及ぶし、建築途中の家も壊される可能性が高い。


「こんな程度の致命傷、未来でもよくある話だ。」

フェクトの言葉にミランダは呆れかえった。

「数百年経って同じことしてんじゃ、未来人も学習してねえな。」

「それはごもっともで…。」

言われて見ればその通りで、ぐうの音もでず彼は黙した。


狩人ギルドの誘致したログハウス側は壁の外側だが、丘陵地帯と森が邪魔をして、本来魔物は入りにくい。フェクトの初陣では少数の魔物が入って来たが、大多数は急角度の坂と藪の中で転落死している。

彼らが急ごしらえで作った丸太づくりの家は、基礎などがなく壊れやすく修復もしやすい。

元より十数年後に、また新たな市街地になることを見越して、立て壊しを前提に作られてもいる。


狩人ギルドもゲリラ戦上等だ。戦闘職の組織が運営する、危険は百も承知の設計だからこそ、壁が無くても許されている。


だが、新市街区側は平地だ。放置できない問題で、移住者の将来にも関わる一大事だ。


今回の作業は、正体の発覚など最大限に対策した上でフェクトが主導すると決定し、迅速に行うことを宣言すると、町中に瞬く間に知れ渡る。

彼が直々に出てくるというのは、それだけ重要なことだ。



建設途中の防壁は完成させ末端には門を設け、そこから先は設計を変更した壁に切り替えて施工する。



構想される防壁は、高さと幅3メートルほど木筋で補強した盛り土と砂利で台形になる様に埋め立て、外側にレンガや石材を張り付けて外殻を補強する。

坂を登れない様に、半分まで来たら街の外側を垂直に仕上げて完成だ。内側からは登りやすく傾斜した形で作る

現代の河川の氾濫や高波に備える大型堤防の様な巨大な土嚢の壁である。


既存の防壁は、壁内に入ることができ、銃眼から攻撃出来る。それらを一切かなぐり捨て、工期を優先した設計だ。


壁の建設は、まず土を掘って地面を固め、木材で土台と木筋となる枠を組み立て、そこに土と砂利を交互に盛って圧縮していく。

基礎や枠の組み立てには、材木の寸法などに細かな調節が必要とされるため、建築ギルドとフェクトが主導で行う。



実在する彼の姿を拝もうと壁の建設に参加した人間達が待っていたのは、地獄の様な作業の山だった。



朝は寒さが残るが、昼の快晴は日差しを防ぐものが何もない。重機などもなく殆どが人力作業だ。

スコップで堀った土を麻布に乗せ、土を4人がかりで運び、人力車に乗せて運び、そして盛っては戻る。

筋肉は疲労があっという間に溜まり、終わりの見えない作業が続く。


それでも簡便な壁なため作業スピードは速い。しかし、拍車をかけた急ピッチ作業に疲労しないものはいない。

街に来た冒険者志望の人間も大勢駆り出されていた。基礎体力をつけるという名目と、参加すれば、キャンプで寝床と食事が提供される決まりだ。


「工期2週間って正気かよアイツ!」

「旧市街区の時より、人手は多いからなんとかなりそうだけど…」

「そう簡単じゃねえよ!もっと危機感持ちな!来週にはウチも音を上げてるよ!」

ミランダとシトリンは、輸入した竹筒の水筒を持ってくる。水筒の中はプラムやレモンの果汁に塩を加えた疑似スポーツドリンクが入っている。


「おら給水だぞ!」

「頑張ってね!みんな!」


キンキンに冷えた飲み物を作業者たちに配っていく。あっという間に空になると、2人は再び駆け足で取りに戻った。

最上級冒険者の扱いとは思えない雑用だったが、2人は買って出ている。それは摂政ながら、建築ギルドの現場監督の労働をやっているフェクトも全く同じことだ。


当のフェクトは、建築ギルドと共に、作業の最初で最も技術力の要る土台の基礎作りと木筋の組み立て作業を担当していた。

後工程の盛り土作業の監督も兼任している。自分も働きながら、作業の遅い人間と早い人間で分け、ぶつかり合ったりしない様に配分して位置を調節し、手が止まる人間が極力いない様にしている。


土台作りに使われる数メートルの角材は重たく、ロープを引っ張って垂直に上げる作業も一苦労だ。倒れて下敷きになるとクリスタルゴーレムでも砕けて死ぬ。注意深くゆっくり行う必要がある。

盛り土を載せる際には、排水処理にも気を配る必要がある。ミランダが流された十数年に一度レベルの豪雨や豪雪の雪解け水が、盛り土を軟化させて地滑りを起こす可能性がある。


それを防止する水抜き穴と、その側溝も作らなければならない。


フェクトは保守設計まで含め、全てを2週間で終わらせるつもりと豪語しているのだ。2カ月後には合戦の予想もあるため急ぐのは当然だが、それにしても無茶なのは誰しもが理解している。


かつて旧市街区の復興の時、フェクトの代理としてリーダーを務めていたミランダはインフラ整備の知識をある程度は把握している。

2週間ともなると、急ピッチ作業を夜通し行わないと間に合わない。マージンなど取られていない全力疾走のフルマラソンの様なスケジュールだ。

絶対にどこかで問題が発生するはずだが、本人が出ていることもありアドリブ勝負で何とかするつもりだろう。


建築ギルド側の人間は、明かりをつけての夜通し作業で過酷を極めた。

土台と枠組み作りの前工程が終わらないと、人海戦術で終わらせる単純作業の盛り土の作業が滞る。

納期を滞らせるボトルネックとならない為に、なんとしても先に終わらせる必要があった。その為、フェクトは付きっ切りだ。


木材の寸法調整の為に、彼の車輪裂刃が材木を切る音が響く。

ギルド側の不手際で角材のはずが加工されてすらいない丸太が届くことさえもあった。

フェクトも体はひとつで、どうしても別の作業から手を離せない時もある。


丸太から角材にする作業を、車輪裂刃が使えるシトリンに仕事を振ることさえあった。

やったこともない仕事をいきなりやらされて彼女は困惑するが、忙しいフェクトに割り入ってアドバイスを貰えない。

ミランダと一緒に考えながら、時間をかけて手伝ったが、仕上げは自分で見ても酷いものだ。

その後フェクトの手に回るとあっという間に目の前で同じ仕事をされて、一瞬で終わらせられてしまうのを見ると、シトリンはしょげてしまう。


しかし、しょげてる暇すらない。盛り土作業の素人作業者がバテると、手伝いのミランダとシトリンが担架で邪魔にならないところへ連れて行き、休ませないといけない。


手伝いの2人も音を上げるほど忙しい。そんな日々を早朝から夕方まで、時には建築ギルドは人数を調節して夜通し行っていた。


フェクトに至っては、寝ているところを見たことがないほど毎日働いている。魔物であることを差し引いても、凄まじい体力と集中力だ。



2週間と4日。不完全だが壁の建設が終わると、疲労困憊ながらも歓声が上がった。


「人間って…やれるもんさね…」

「ほーんと…」

ミランダとシトリンは壁を見て、座り込み、大きな大きなため息をついた。


見上げるほどの壁があっという間に出来上がっている。後は表面にレンガを組み上げて隙間を埋め、土にしがみつけない様にする。急角度の擁壁になる様に見た目と防御性能を整えて完成だ。


上から弓矢を放てるだけでも立派な防壁だ。ここから先の作業はゆっくりでもいい。


次は家や集合住宅、宿の建設だ。新しい冒険者ギルドの支部も建設される予定だ。ここからは技術のいる仕事で、迂闊に移民に仕事は任せられない。建築ギルドの人間達に監督権限を移譲し、彼らが責任をもって作業をする。


休む暇もなく広大な面積で住居用の基礎作りが始まる予定だったが、建築ギルドの人間も完全に疲弊してダウンし、少しの間休暇になる。

盛り土作業に集められた移民たちの仕事も一旦区切りとなる。


土台の作れていない場所で、フェクトが端材と土魔法で仮設住宅を作っていく。難民のキャンプの資材も流用し、そこに新規冒険者達が住まうことになった。

取り壊しの際に問題になることは承知の上だが、まず居ついて貰うことが先決だ。


廃材を地面に突き刺し、土魔法を盛り上げて仮設住宅を作る。ルイーディアの家にスチームバスを作った時と同じ方法だ。

未だに作業を進める摂政フェクトの姿を見て、彼の体力は異常すぎると誰もが口々に言う。


木材の追加工を自らの手で迅速に行う技術力と、人数配分の指導、長期間の間も常に3時間睡眠でぶっ通し仕事を続けても魔法の集中力も判断能力も落ちていない。知識も体力も経験も要る仕事を、全部やり切っている。

個人の戦闘能力だけでなく、要塞やインフラ作りにも精通しているところは、名将と言われる人物が得てして持つ才能だ。


誰しもが彼を、帝国を跳ねのけた英雄だと認めざるを得なかった。



久しぶりの休日を迎えた夜、フェクトは庁舎の地下室に2人を招いた。


「お疲れ様だ。2人とも、手伝い助かったよ。」


ミランダが食べたいと言っていた、ライス料理を彼は振る舞う。地元の乳製品をふんだんに使った、ミラノ風ドリアだ。

「クソ野郎、あんな作業二度と手伝わねぇぞ。」

「悪かったって。」

彼女は悪態をついて背中を強く叩くと席に座る。さしものミランダも、未来のブラック労働環境を知って辟易していた。

「領主の仕事って大変なんだねぇ。」

「そらそうだ。あの防壁は数千の命を預かってんだからな。」

シトリンも席に着くと、食事に手を付ける。

「美味しい…!」

「未来飯うめぇ~~~…!」

ドリアの味を噛みしめ、冷たい水を飲んで2人は大きくため息をついた。

この時代のライスは、現代では安いインディカ米ですら高級食材だ。

「ほれ、次はチャーハンだ。スープも一緒にな。美味いぞ。」


2人も過去に、西の森の道路整備を一時期やっていたこともあり、大変さなどは知っていたつもりだった。

だが、いざ建築ギルドと同じ机に並んで、監督業務の方を手伝おうとしてみると、2人は全く話についていけない。

テーブルの上に乗せられた図面は、フェイルが作った蜘蛛糸絹の製糸用の組図の様なもので、何が書いてあるかサッパリだった。


彼がアレフの体を乗っ取ってから、ミランダとシトリンはインフラ整備や復興作業からは離れて冒険者として仕事をしていたが、その間にも街の技術力は更に上がり続け、複雑化していたことを知らなかった。


食事を進めながら、3人は話す。

「車輪裂刃を木材に使うのは凄い発想だね。」

「元々丸鋸なんだから、むしろ正しい使い方だ。ヴィシュテの戦いの時も即席でカヤックを作る時にやったしな。」

エリスが最初に披露した時の印象が衝撃的で強力な戦闘用とばかり思っていたが、丸鋸は元は工具だ。金属や、人間の骨並みの硬さの樫の木を長時間加工するような工具が、元から弱い訳がないだけである。

「頭いいな~。応用力身に着けるって中々出来ないんだよね。」

「ダンジョンはまた戦う条件が違うからな。周囲に利用できるものが少ないから工夫力は育ちにくい。荷馬だとかは足を引っ張るし、持ち込める道具も限られるし、ダンジョン内での戦闘は個人の地力の割合が多くなる。戦争より厳しいかもな。」

「そういうもんかぁ。」

「そういうもんさ。」


出されたライス料理の他に、塩気のある料理を口にしながら、2人は仕事を終えた感想をつらつらと言い出す。


「なんていうか、働き詰めると冒険とは疲れの種類が違うね。ちゃんと寝たハズなのに朝起きても体に沁みついてて、洗っても落ちない汚れみたい。」

「エリスはいつもこんな感じなわけだ。そら機嫌も悪くなるよ。」

ミランダは何度もぐったりと体をだらけさせる。

「その疲労感も錯覚じゃない。ある日、心臓発作のトリガーになってぽっくり死んでしまう人もいるぐらいだ。本人も気が付いてない病気の遠因になることが殆どだ。過労死って言ってな。」

「カローシねぇ…お金稼いで生きるのに、働きすぎで死んじゃうなんて…最悪すぎない?」

「俺達は生真面目に働く人を美徳とする。勤勉に活躍し、徳を積むほど世間は良く回ると教え込まれる。やりすぎや美談にするのが問題視されていたのが割かし最近の話だったのは、酷い話さ。」

2人が食事を平らげると、空のコップを出して水のおかわりを要求する。

「もう二度と未来の労働環境の再現なんかすんじゃねーぞ。あんなの寿命を削ってる様なもんだってわかってんだろ?」

「俺も今回限りにしたいさ。緊急事態だったし仕方ないと思ってくれ。」

「いーや、詭弁方便だね。二度目は殴ってでも止めてやる。絶対聴かねえからな。」

「…そうしてくれ。そうした方がいい。俺も毒されてるんだな、きっと。」

新しいピッチャーを出してコップに注ぐと、濃いめのオレンジ色のお茶が出て来た。

「なんだい、これ。お茶かい?」

「ソバ茶だ。薬膳茶のひとつでな。疲労した体に良く効くぞ。」

彼女は氷魔法で水を冷やして一気飲みする。


「だぁはぁ~~~~~…落ち着く味だね…休みたい今の気分によく合ってんな。」

シトリンも飲むと、ほっと溜息をついた。

「うん…ほろ苦くて、でも水の冷たさが合う丸くて優しい味…。」

「仕事続きだと、神経を休ませる時間が取れないからな。睡眠時間も減ると回復量も落ちる。だるくなって目が覚めても疲労感が抜けないのはそのせいだ。運動してない時の自律神経が乱れて、休んでるのに血圧が上がって片頭痛なんかを引き起こす。」

「エリスがイラついてる原因がソレかい。」

フェクトは頷く。

「そば茶のルチンは運動続きの高血圧に効くし、足りなくなるビタミンCの接種を助けて回復効果を高める。トリプトファンは神経伝達物質のひとつで、直接接種するから回復しきってない神経の不足分を補える。」

「つまりどういうこったい。」

「寝る前に飲むと、疲労に良く効く。気持ち程度だが朝スッキリするぞ。」

「へぇ~…」

「蕎麦はカリウムも多いから、起きる頃にはおしっこが凄い出るはずだ。だけど、塩分失調中の排尿は体に悪くてな。塩気の強い食事でカリウムと塩分のバランスを取ってるわけだ。以前食べたニシン蕎麦の時もそうだったろ?俺の故郷は塩気の強い料理が…。」

「…。」「ふぁ…。」

ミランダは半目で深く呼吸を始め、シトリンも大きなあくびをし始めた。彼のウンチクは耳に届いていないだろう。

「ま、今日は庁舎でゆっくり寝てけ。」

「ん…」「そーする…」


その晩、2人はベッドに寝転がると深く深く眠りについた。

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