87 西の洞窟の小ダンジョン 5層 共同戦線
数日後。
「穿鑿隊が解散してた?!」
古参の最上位パーティーが解散していたと噂になる。ミランダは驚いた。
「既に先月に解散していたらしいよ。主力のメンバーが深層で戦死するのに、これ以上耐えられなかったんだってさ…」
「11層から帰ったメンバーが満場一致で心が折れたそうだ。一体何を見たんだろうな。」
エリックとサクソンは残念そうな顔をする。
「マジかい…あの連中が…」
ミランダは驚いた顔のままストンと椅子に座ってしまう。
魔法が使えなかった当時のミランダには、踏破に挑む上級冒険者達のパーティーは憧れの存在だった。10層なんて夢のまた夢。
戦死と補充の入れ替わりを続けて、数年すればメンバー全員が入れ替わっているなどザラであったが、実力者が踏破を目的として集まっていた。組織名の肩書の方が大きな存在ともいえる。
もう戦死しているが、メンバーのひとりに人脈のツテを頼んだこともあった。深く関りを持った相手ではないが、これからも背中を見続けるだろうと思っていただけに、寂しく思う。
「ただ、実力者集団とはいえ流派的にはクラシックな連中よ。限界があったのかもね。」
アナンタは自信ありげに言う。
10層の鬼門を超えたとはいえ、常に死者が伴っていた。安定して突破できる状態ではなかったなら、その先の階層も同じことになるだろう。
ドイネルの様なコスト度外視の魔法対策など、何かしら尖った対策が無い限り、先へ進めるか怪しい。
茫然とする彼女の認識とは裏腹に、今や最も踏破に期待がかかっているのが、他でもないミランダ達だ。
新概念の魔技と複合魔法と銃砲。インフェクテッドアーマーを無傷で倒せる要素を全てを用いている唯一のパーティーになる。
勿論、ダンジョン深層は勝手が違う。挑んだ経験値なども未だ無いため、完全に上手く行くとも限らない。
しかし、全員が30歳未満の若いメンバーだ。サクソンとアナンタに至っては、活動を始めてまだ3年目で、そろそろルーキー卒業扱いされるかどうかだ。
まだまだ伸び代があり、将来性を考えると最も有力。誰もがそう考えるだろう。
後進も遅れを取るまいとしているが、複合魔法に関してはある程度の科学的な知識が必要だ。
冒険者になるには字が読み書きできるのが最低水準だ。出世の為に農家を飛び出る様な人物が半数近くを占める。この時代において、学問の敷居の高さは推して知るべし。
銃に関しても同じく、エリスからの信用が得られないとまず手が出せないものだ。
旧型の火槍を始めとしてマドファなどの旧式の火薬武器が再注目されているが、火薬の調合にも知識がいる。それを教えられる人物は教会側勢力には殆どおらず、帝国のイェニチェリなどぐらいだろう。
庁舎にコネがない他の冒険者が追いつくには、チーリア方面やヴィシュテで落延びたイェニチェリの知識や人材を、複合魔法に関しては魔術師ギルドからどうにかして又聞きする必要がある。
独自ルートで知識を切り開かなくてはならないため、これもまた無関係の人間には敷居が非常に高い。
エリックのパーティーは、実質的に最先端の知識を集約している精鋭の実験部隊だ。黙って腕を組んでいるラケルは口には出さなかったが、よく理解している。
「さて、本題だよ。西の坑道の小ダンジョンのことだ。」
エリックは受け取った手紙を開いて、テーブルに乗せて見せた。
どうやらアナトリーは、ミランダの吐き捨てた『エリックを通して話をしろ』というダメ出しを、真面目に聞きいれた様だ。
「共同戦線の申し出、と来たかい…。」
エリックごと全員雇用するのは金銭面から諦めたが、西の森の小ダンジョンの踏破に関しては双方前向き。合同で踏破しないか、という名指しの誘いになった。
ミランダからしても、脅威の小ダンジョンを破壊できるならばいい。大人数の連携は大変だが、頭数の多さは純粋に強い武器になる。
報酬面の山分けなど多少の不安はあるが、双方に利があることは間違いない提案だった。
「姐さん、アナトリーとか言うヤツと話した感じ、どうだった?」
「気に入らない女たらし臭かったよ。でも、カタギな感じはしたね。」
「信用できそう?」
「さぁね。」
ミランダは腕を組んで、メンバーの構成を思い出しながら手紙を読む。
彼らの構成は聖騎士のアナトリーを筆頭に、重戦士と槍術士、魔術師2人と神官。接近戦と攻撃性能に偏り気味のメンバーだ。
暗い洞窟内もアナトリー自身と神官がいるから照らせはするが、偵察役の弓使いや盗賊がひとりも居ない。平原や光源に恵まれているアメジストの大ダンジョン向けの構成と言える。
「向こうもパーティーは6人。顔を知ってる地元のメンバーが大半だった。術士も居て構成も悪くない。ウチらが拒否っても、踏破できそうには見えたよ。」
「なら、一緒に行けば勝ち馬か?」
サクソンは前向きな表情でメンバーの顔色をうかがう。対してアナンタは疑り深い顔だ。
「エリックとミランダの銃が目当てかもよ。」
「略奪騒ぎの直後でやるかな…?みんな警戒してると思うよ?」
シトリンは率直な意見を述べると、ラケルが頷く。
「私も同じ意見だ。エリックから銃を奪ったら死罪が確定するわけだが…捕まるまでの短い期間に何を撃つ気だ?」
彼女の素性は暗殺者だ。それを知っている人物には特に強い説得力がある。
戦力として銃が欲しいのは誰もが同じだが、騎士や衛兵からの銃の窃盗は殺人を前提としている行為だ。その中でも、領主を狙う可能性が高いとして、叛逆罪を適応し即刻死罪となっている。
認可制である以上、ダンジョン内で回収された銃はギルドに届け、エリスの下に返却される取り決めだ。他人から奪った銃では冒険者は続けられない。
始めからエリスを撃つ気なら、態々危険なダンジョン内でエリックから奪い取って…と、回りくどいことをする必要もない。
その辺にいる衛兵のライフルの方が射程が長く性能も良いから盗んで撃つ方が手っ取り早くなる。
ラケルは腕を組んだまま続ける。
「仮にも元騎士ともあろうものが、貴族の私物を傷つけてどうなるか分かってないとも思えん。自分や故郷の心証を悪くしたいとも考えにくい。普通ならな。」
「確かにね。おっかねえ車輪裂刃の音が聞こえてきそうだよ。」
ただでさえ脱走騎士の烙印に、金でメンバーを買ってトラブルの遠因にもなっているのだから、ギルド内での目は冷めたものだ。当然、アナトリーの仲間の冒険者もそうだ。
「雇ってるのも地元の上級冒険者だ。本人も金で雇われて地元民のパーティーを見限ってる。規定違反でもないし査定にまで影響はないだろうが、同業者からは白い目で見られる形での再出発だ。」
「腕に自信があるから、信用の回復を急ぐための近道に私達を選んだ…と。」
アナンタも飲み込めた様で、彼女は静かに頷いた。
「死にたくないのは誰もが同じ。全員の生還が前提なのは当たり前だ。銃での援護はより生還率を高くするだろう。私の意見はこんなところだ。」
シトリンは何度も頷いて彼女の意見に耳を傾ける。個々の事情を省みて判断する様はフェクトやカイルとよく似ている。これが偉い人、強い人に通じる特徴なのだろうと頭の中に書き込んだ。
「そんなに深く考えてれば良いけどね…冒険者ってバカも多いし。」
アナンタは呆れた顔で会話の輪から外れる様に背もたれに寄りかかる。
「我々は庁舎に所縁のあるメンバーが多い。傷モノに出来ないある種のお荷物だが、逆に活躍は直接エリスの耳元に行くし、ギルドマスターも注目するだろう。そういうメリットもある。」
「なるほど…」
「共同戦線ってのが重要だねこりゃ…道中で意見が分かれた場合、現地でウチらだけ撤退も出来る。相手もそういう形ならって踏んでんだろう。」
ミランダは考え込むと、サクソンは質問をする。
「つまり、連中の狙いは、ボス討伐の瞬間を俺達に見届けさせる気ってことだよな?となると、俺らが撤退した場合は…」
「そうだ。よっぽど納得できなければ、我々の判断に同意するだろう。探索の主導権は我々にあるぞ。」
一同は悩んだ。前提条件を考えれば、こちらが優位。申し出を受ける方が、メリットは多く感じる。
最後はリーダーのエリックの判断次第だ。彼の判断を伺う方がいいだろうとミランダは考える。
フェクトならどうするか?今なら少し、彼の考えを参考にできそうだ。エリックと目を合わせた。
「小ダンジョン踏破者は地方地主になれるって話だったよね。つまりはエリック。アンタのほぼ同期になるってわけだ。」
「確かにね。向こうの内情に探りを入れるって意味でも、これはいい機会かも知れない。」
彼は立ち上がり、手紙を手に取った。
「アナンタとラケルさんは、俺の事情に振り回される形になるけど…」
「私は構わん。」
「リーダーの決断に任せるわ。私も魔術師ギルドにいいとこ見せたいしね。」
最後にエリックはシトリンを見る。彼女のスランプだけが気がかりだ。
「シトリンちゃん。大丈夫?」
「うん。本調子ではないけど…行ける!」
「よし。この申し出、受けよう!」
2つの新鋭パーティーが合同して踏破へ向かうことを同意する。
…
ミランダとエリックはフェクトにパーティーの件を知らせると、彼は頷く。
「いいんじゃないか。ミランダ相手にカモにしようとは普通思わないよ。お前が一番警戒心強いんだからな。」
彼はアッサリと賛成した。
「なんだい。てっきり反対するかと。」
「反対する理由はない。それより助力したい気持ちの方が大きいかな。」
「いいじゃん来てくれよ。アンタが居りゃ百人力さ。」
溜息交じりに言うフェクトに対して、ミランダはあっけらかんと賛成する。
「俺が行こうとするとフェイル達が怒るんだよ。魔物バレするし、冒険者の立場奪うなって。」
「そっすよ姐さん。代理が『俺』なんすから。」
自分の銃にちょいちょいと指さすエリックを、ミランダは顎をしゃくった変な顔をしてじっと見つめた。
「なんすかその顔~。そんなに不満っすか~?」
「別にぃ~?」
白々しく彼女は左側に目を逸らしながら肩をすくめた。
「俺はエリック君とアナンタ君に期待してるぞ。君たち2人が活躍すれば、銃や複合魔法の実装に踏み切ったエリスとフェイルの評価も上がるからな。」
「はい!」
「全員生きて返してこい。それが強さだ。」
フェクトは2人の背中を押した。なんだか部屋から追い出そうとして、煮沸している鍋の様子を伺う仕草にミランダは訝し気な表情をする。
「ごめ~んミランダ、ちょっと魔術師ギルドの人に絡まれて遅れた~。」
シトリンがフェイルを連れて遅れて地下室にやってくる。
「げっ…シトリンちゃん…」
「げって何。なんか都合悪かった?」
「い、いや別に…」
背中を押されていたミランダがフェクトの両手首を掴んで持ち上げた。
「お前、さっきから足早に話終わらせようとしてんね。あの鍋、何茹でてんだい。」
「…いや別に何も?仕事用のだ。」
ミランダが鍋で煮ているものを指摘する。エリックは首を傾げた。
「ウチの鼻は騙せねえよ。座ってる時から思ったけど、アンタ、なんか作ってるだろ。」
「えっ?マジすか?」
「通風孔も立ち位置も風下で、匂いがしない様に座ってたろ。フェクト、指先からリーキ(ネギ)の匂いがするよ。」
「気のせいだろ。」
フェクトはミランダに掴まれそうになった両手を上にあげる。
「そろそろ19時で夕飯時だ。ギョーザの時といい、アンタの故郷の飯はリーキよく使ってたろ!手ぇ降ろして嗅がしてみな!」
「あ、おいやめろ!」
両手をミランダに掴まれた。
「鍋の方も見てみましょう。」「おっ、いいなぁ~。」
エリックとシトリンはフェクトの横をすり抜けた。2人を阻止できず、鍋の蓋を開けられる。
「うお!スッゲー良い匂いする!」
「あーほんと、ネギとお肉入ってる。」
「あーバカ閉めろ!味が落ちるだろ!」
フェクトの怒声に2人はそっと鍋の蓋を閉じた。
「おいおいおい、秘密の食卓たぁ水くさいねぇ。ウチとアンタの仲だろ~?」
肩を組んで彼女は絡みついた。
「クッッソ~~~!ただ飯喰らいめ…!」
「そりゃ盗賊だからねぇ~アッハッハ!」
タイミングが悪くエリスとフェイルまで地下室に来る。彼女は喋る前から笑顔を見せていた。
「おや、皆さんお揃いで。先生のご招待ですかな?」
「そうらしいねぇ。太っ腹ぁ。」
観念してフェクトは認め、肩を落とす。
「…分かったよ…全くも~。食わせてやるから…。」
「うっしゃ!」
「ただ、アイスキャンディーよりは美味しくないからな!期待すんなよ!」
フェクトはエプロンに着替えて鍋から麺を出した。
「蕎麦粉の麺ってなると、ピッツォケリ(蕎麦のパスタ)かい?」
「まぁそんなところだ。俺の故郷では、実の名前そのまま蕎麦という。」
「そういや、鎧だった頃にどうとか言ってたね。アンタの好物だったっけ。」
彼は山盛りになったザル蕎麦を出す。
「蕎麦のディッピングヌードルだ。イワシのガルムスープに麺を漬けて食べる。故郷では盛り蕎麦、あるいはザル蕎麦という。オカズはカモ肉の燻製な。」
フェクトは不本意そうな顔をして、それぞれのテーブルに置いた。
「ガルムたぁいいもん食ってるねアンタ。政治家始めて富裕層気取りかよ。」
「全部いちから俺が作ったものだ!そこんとこしっかり噛みしめて食えよ!次作れるの半年先だからな!」
エリスは苦笑いして彼を宥めた。
「いいではないですかフェクト様。大人数で食べた方が美味しいですよ。」
「遠慮なくごちになりま~す!」
シトリンの一声に一同はフォークを手にして蕎麦を食べる。
「ん…確かに美味い。」
「素朴で上品な味っす。」
「鴨肉の脂とネギも合ってて最高れふ~。」
エリスは満面の笑みで頬張ったまま喋る。
「食べ方も主食の麺もシンプルですが…このスープはとても深い味です。先生の一押しだけありますね。」
しかし、ミランダとシトリンにとってはアイスキャンディーほどがっつきたくなる様な、飛び上がる程の美味しさではない。
「美味しいけど…アッサリしてて控えめで地味な味かなぁ。」
「分かる。地味でオッサン臭いよな。」
フェイルとフェクトに、シトリン達の何気ない一言が突き刺さる。
「レシピが気になりますね。」
「知らない食材は一切ない。味で当ててみろ。」
一同は目を閉じてつゆを少量飲み、味わう。
「なんでしょう…混ざり合いすぎてて全然わかりません。」
「はい。私にもひとつの味に感じます。」
エリスとフェイルは首を傾げた。
「…よーく味わうと、甘味と酸味が若干…なんか違いますね。ただ、複雑に混ざり合いすぎてて判別は難しいっす。」
「酸味は生臭さがほんの少し残ってるね。魚っぽさがあるけど、甘味は果物の甘さじゃなくて、シチューっぽい肉の脂の様な気がする。」
フェクトは何度か頷いた。
「流石はレンジャー職2人だ。鼻がいい。甘味の正体は肉だ。たまねぎや青ネギやニンニクやニラショウガと鶏の骨を煮たスープの鶏ガラと、酸味はカツオの肉を乾燥させた鰹節のスープ。それをガルムを混ぜてあるのさ。」
「へぇ…手間かかってんね。」
「フェクト、これ庶民の味って本当なの?」
シトリンは既に完食して、疑問を投げかける。
「あぁ。本当はもっとあっさりした大豆のガルム、醤油が一般的なんだが…それが家庭に流通し始めたのは、俺が生まれる前からだったかな?俺のぼんやりした記憶でも歴史書の中の話さ。」
「今から500年は先の時代に生きてたんでしょ?」
「それだけ俺の居た時代の文明の発達って早かったのさ。俺がいたのは2030年代。故郷の文明が一気に伸びたのは1960年ぐらいだ。」
「たった70年かい。」
「丁度、石炭から石油に移った頃だな。基本は同じだが、石油は石炭以上に用途が多くてな。それから化学製品が爆発的に発達して、工業もそれに伴って一気に発達していったんだ。」
「へ~。」
「この自家製の魚醤は、それ以前の文化的なものだ。北方の漁師たちは、売り物にならない大きさや打ち上げられた鮮度の低いイワシで自家製の魚醤を作っていた。『しょっつる』と呼んでいてな。俺の時代じゃ庶民の味というよりは郷土料理さ。」
「先祖返りした製法で再現したってわけか。」
「そういうこと。お前らが来たせいで去年から作ってた分を全部使い切っちまったよ…トホホって感じだ。」
彼は残念そうな顔をする。
「また作ればいいではないですか。」
「そうそう。そしたらまた食いに来てやるよ。おかわり。」
「私も!」
「はいはい…蕎麦は消化がいいから。夜更かしする頃には腹減るからな。今日は早く寝ろよ。」
フェクトは追加の麺をミランダとシトリンとエリスのザルに乗せた。
「最後はスープを蕎麦湯に入れて、スープも完食して締めだ。」
一同は食事を終えてミランダはフェクトの背中を叩き、振り返りながら笑顔を見せた。
「なんだかんだ優しいとこ、嫌いじゃないよ。フェクト。」
「そーかい。気を付けて帰れよ。」
「ごちそーさん。」
…
数日後の待ち合わせで、双方は坑道の前で顔を合わせた。
「今回はよろしく。」
「こちらこそ。」
エリックは握手を求めると、リーダー同士は固く手を結ぶ。
そしてミランダに目くばせしてウィンクする。彼女は舌打ちして冷めた目でアナトリーに返した。
彼らは準備を終えてダンジョンへと入っていく。
その様子をフェクトとフェイルは隠れて見送った。
彼らは仕事に戻り、ミランダから通報を受けていた鍛冶屋に入った。
看板には、的当てに魔法使用禁止の文字がある。店の奥に通されて、大勢の人間でテーブルを囲って話し合う。
エリックを通じて召喚された宿場町を管轄している狩人ギルドのリーダーに加え、中央の鍛冶屋の親方や、冒険者ギルド、はては商人ギルドといったメンツが揃っている。
溶鉱炉は今現在、使用禁止になっている。これはエリスの領主命令だ。
黄鉄鉱の排煙については、フェイルから旧市街区の惨状を下にプレゼン形式で危険性の説明をする。
一同は酸性雨に対して理解を示したが、険しい表情だ。
大ダンジョンの物品は殆どが中央に流れていく。一方的に溶鉱炉の使用停止を命じられたら、宿場町側は商売あがったりだ。武器以外にも釘など、建築に使うところは多い。
何のために入手性がいい小ダンジョン前に店舗を構えたのか、ということになってしまう。
では、中央と同じ排煙脱硫装置を設けられるか?その問いにはノーだ。
今は壁の外までインフラ整備を整える余裕はない。狩人ギルドに管理を任せた結果作られている。
ログハウスの宿場町は、今は住民間で互いに譲り合って土地を共有しているが、時間と共に規模が大きくなり税収が増えて、防壁が必要になる時がやがて来る。最後には防壁の拡張工事と共に街の管轄に合併し取り込まれることになる。
壁の敷設に合わせて道路整備が必要になる。その時は家屋の立て壊しだ。高性能な巨大な煙突の処理費用は大きく、自由にインフラ整備が出来なくなる。
後々を考えると、まだ手作りの溶鉱炉でいて貰った方が取り壊しやすくていい。
しかし、それでも硫化化合物の排煙は絶対に出して貰いたくない。田畑から水産物の全てに悪影響だ。
宿場町側も、いずれ自分達に食糧難という形で返ってくる。そう言われると、店側も頭を抱えた。
ではどうするか。交渉で不便を妥協して貰うしかない。
フェクトからすれば、僅かでも排煙から脱硫で獲得できる硫酸も欲しい。黄鉄鉱の精錬は設備の整っている中央で行うこと。それが大前提だ。
代案として、大ダンジョンのリザードマンやゴブリンの持つ金属武器の再鍛錬のサービスを壁外の宿場町で受けられるようにすることや、スローイングアックスや装備品の狩猟具の特許権と中央での販売権で同意が出来た。
こうして会議は終わり、フェクト達は退室する。
「小ダンジョンが見つかった時は諸手を上げて喜んだもんですがね。後から問題が発覚して面倒になるとは、気分がいいモノではないですな。」
フェイルは肩をすくめながらログハウスの階段を下りる。
「少なくとも、後になって宿場町が出来てから問題が発覚した。小ダンジョンが見つかった時点では、黄鉄鉱は中央に直接運ばれてた。あそこに狩人ギルドを誘致して体形を変えたのは俺達自身だ、責任の所在は自明のはず。」
「それをスッパリ言えるのが凄いですよ…私は狩人ギルド側の対応に、まだ釈然としていません。」
「産出されるのが硫黄分のない鉱物だったらよかったんだけどな。そうなりゃお互い手間もかからずに済んだ。惜しいのはそこだけだ。仕事なんてそんなもんさ。」
歩く姿はサラリーマンの上司と部下を思わせる。
フェクトが次に向かったのはテントだ。小ダンジョンから負傷して帰って来た人間が救急治療を受ける場所だ。
「それで、先生。面白い人を見つけたというのは?」
「こっちだ。」
テントを開けて入ると、キャンプコットで、ただひとり寝ている男が居た。
中年の男だが、顔や両手を包帯でぐるぐる巻きにされている。
「野盗騒ぎのドサクサに紛れて、この救急所に来ていてな。治療を拒否されて死にかけていたが、知ってる顔だったから俺の権限で助けた。我々で預かることにする。」
「何者なんです?」
「ガーラットで世話になった、盗賊ギルドの関係者だ。ちょっとトラブってな。」
フェクトは包帯を取った。傷口は塞がって穏やかな寝息を立てているが、欠けた耳に、両手が親指と中指しか残っていない。
「うわぁ…」
とんでもない怪我の有様にフェイルは顔を引きつって絶句する。先の戦争の時もそうだったが、フェクトは命のやり取りをすると決めた相手には、とことん容赦がない。
「野垂れ死ぬと思っていたが、まさか本当に俺のところに辿り着くとはな。」
「何か約束でも?」
「していない。交戦した時に複合魔法を披露してやったんだが…この男、恐らくそれだけで、俺がフェイルの関係者だと勘付いてここに来たんだろう。」
「…根拠は?」
「距離や街道の整備的に、ルメリア王都の方が近くて安全だ。ろくな治療もせず一直線に来ているし、偵察大隊から隠れてすれ違いながらここまでたどり着いている。相当なガッツだぞ。」
「はぁ…そうなんですか?」
寝ている男のことを知らないフェイルは生返事で返した。
「推理力や判断力、度量もあるし起点も利く。この男、優秀だぞ。指がなくてもチャンスさえあれば勝手に金を稼ぐだろう。お前の鑑定屋の物件貸してやれ。空いてるはずだろ。」
「寝首とかかかれないですかね…?」
「まさか。俺は足を洗う手伝いをしてやったのさ。」
「だといいんですけど…この人には悪いですが、監視の目は少し厳しめに行きますからね。」
「それで頼む。」
フェクト達はテントを後にして、衛兵達を呼び、彼を庁舎に運ぶように馬車を手配した。
…
西の坑道の小ダンジョン 5層
リザードマンを駆逐しながら進むこと2時間と少し。全員は5層に突入する。
「さて、この層の魔物はなんだろね…。」
今までホタルや発光する植物で、ある程度は視界の確保できていた洞窟だが、いきなり暗くなった。
「暗いな。」
「レイブライト、使う?」
「いや、まだ待った。半端に使うと光の届かない場所から攻撃されるよ。まずは敵を見てからだ。先行する。」
「気を付けろよミランダ。」
ミランダが先行し、周囲を見渡した。今まではじめじめと苔むした泥っぽい洞窟だったが、急に乾いた埃と石っぽくなっている。
物陰に隠れながら様子を伺うと、前方からガラっと岩が崩れる音がする。出どころは足首の高さで連鎖的に何かが崩れる音。オオトカゲの様な体高が膝ぐらいの魔物より、更に低い。クルブシ程度の高さでネズミやイタチの様な小ささだ。
弓を構えたが、しばらくすると音が消えた。
(音の出方は生き物っぽくないね…。)
一方向に駆け抜ける音ではなく、ドミノ倒しの波紋の様に広がる音だ。しかし、陸地でそんな音の広がり方をするだろうか。彼女は違和感を覚えてエリック達には待機を指示する。
(生き物の気配はしないけど、なんかエリアの様子が変だ…。)
合図を受けて後続は頷き、お互いに背後を見張る。
ミランダが矢尻に光魔法を付与して、光明撃ちで音のした方向に放った。矢は脆い石の地面に突き刺さる。
「これは…」
足元は鼠色の凹凸のある石畳みの様に見えたが、これは草木だったものだ。前の層からずっとあった、足元の植物が石のようになっている。
そして、矢尻に輝く明かりの少し外れた先にキラリと光り輝くものがある。ミランダは注意深く近寄り、光るものを見た。
(剣…あの光り方だと、まだ新しいね…)
どこでも見る冒険者が持つショートソードだ。刀身に錆もなく光沢している。彼女はより一層警戒心を強めた。
武器の落とし物は大概が交戦した痕跡で、死体が傍にあるサイン。待ち伏せている敵が居る可能性も高い。
ガラッ…
「!」
岩が砕ける音から彼女は素早く飛びのいて下がり、素早く光明撃ちを音源に放った。ミランダの焦った様子を見て、後ろで構えていたエリックが銃を構えてミランダに近づく。
シトリンとラケルも武器を構えて近寄った。
「こいつは…」
崩れたのはショートソードの持ち主の冒険者の様だ。白骨化して仰向けになり、崩れた頭から埃が立ち上っている。落ちてる剣には手が付いていた。天井に向けて差し伸べていたのか、腕ごと剣を手放したのだろう。
しばらくシンとした時間が続く。生き物の気配はまるでない。
様子を見ていたラケルは安全と判断し、杖を光り輝かせ、歩み寄ってくる。
「遺体か…身元は分かるか?」
「バッグは無事だ。回収しよう。」
エリックが荷物を拾い上げるが、まだ中身は比較的新しい。
「どうやら逃げ遅れたルーキーみたいだね。」
ギルドの登録証も入っていた。登録日は帝国との戦後から。食糧品回りは腐り切っている。仲間達は回収を諦め、一目散に逃げた様だ。
腐敗の仕方を見るに、恐らく前の野盗騒ぎよりも前だろう。
「ちょっと待て、このダンジョンって出来てから、まだ1年経ってないんだろ?それでこの白骨化は…」
アナトリーが出てくる。確かに全員は、食料の腐り方と死体の腐敗度合いの違いが一致しないことに首を傾げた。
ミランダが剣の切っ先で足を示した。
「見なよ、この足。骨が残ってるんじゃなくて、ミイラ化してる状態で白骨化して死んでるよ…」
「足元も変な感触よ…色も似てるし…。」
アナンタが足を上げると、乾いた泥の様な感触でパラパラと土が落ちた。
ラケルが細い筋状の土をパキっと折って拾い上げてみる。
細い石に見えていたが、シダや笹、イネの葉の様な葉脈がある。草木が原型を残したまま化石の様に固まってしまっている。
「…これは石化だ。ここの魔物は爬虫類が中心の相手だったな。となれば…」
足元が連鎖的に崩れたのは、芝生の様な細い草木が固まっていて衝撃で崩れ広がったからのようだ。
「バジリスクか。厄介な魔物だな…」
遺体をよく観察すると、死者はガリガリに痩せこけた姿で白骨化している。足首には蛇が噛みついた様な牙の跡がある。
「知ってんのかい?」
「本で読んだだけで、私も相手取るのは初めてだ。バジリスクは石化して動けない相手の体液を吸い上げるというが…なんとも悍ましい。」
「対処法は?」
「瘴気を浴びるなとだけ。今のところ、治療法はないらしい。探せばあるのかもしれないが…」
一同は戦慄する。
「気合入れなよ。初見の相手に、この暗闇だ、不意打ちを受けたら無事じゃ済まないよ。」
ミランダ達が迎撃した野盗達は5層の入り口で襲ってきた。
ここから先は危険だから、それ以上奥での待ち伏せは出来なかったのだろう。
バジリスクがそこら中の光源になる生き物を石化させて、光源が潰えている。
持ち込んだ松明や神官のレイブライトで照明を準備しないと不意を突かれ石化で即死しかねない。命があっても引退待ったなしの後遺症が確定する。
彼女達は暗がりにいるミランダを先頭に歩みを進める。敵の正体はある程度つかめたが、敵の姿や大きさ、攻撃方法が分からない内は先手を取られるわけにはいかない。
適当なアメジストの欠片に光を付与して投げては前進する。宝玉と違い、すぐに明りは消えてしまうが、ただの水晶片は使い捨ての光源にはもってこいだ。
十数分、同じことを続けて彼女は慎重に戦闘を歩いていると、一瞬だけ映った大蛇の横顔を発見した。
「っ!んぁら!」
光が通り過ぎる一瞬に見えたシルエットは巨大な一本の蛇だが、白く毛羽立っている。鱗が羽毛になっている。鶏の毛を纏った大蛇の様な姿。
思わずミランダはスローイングアックスを最速で投げつけた。
彼女やラケルの投擲は弓を引くより早い。柄を持たず、ストラップを指に引っかけ、引き抜きながら体の回転と腕の遠心力と手首のスナップで、振り回す様に放り投げる。風魔法で速度が乗った手斧の投擲は強力だ。
ギシャァーという蛇の威嚇の声はそのままだが、ピンク色に光る水蒸気を発して悶え暴れ始めた。ミランダは慌てて距離を取る。
「ミランダ!大丈夫か!」
ラケル達が続くと姿が露わになった。丸太の様に太い蛇に、ミランダの投げた手斧が半分以上突き刺さっている。白い鶏の羽毛が真っ赤な血で染まって暴れる度に血飛沫と瘴気を撒き散らす。
「下がれ下がれ下がれ!アレを浴びたら石化するよ!周囲を警戒しな!他がいるかもしんねえ!」
空気より重たいのか、あっという間に床に沈殿するが、苦しみ悶えていると打ち水の様に瘴気を飛散させている。
「これは確かに近づけないな…!」
半径3メートルほどに一瞬で飛散させている。思ったより飛散する範囲が広く、シトリンの槍でも届かない。パイクの様な長槍を持ち込むには、この小ダンジョンは狭すぎる。
レイブライトでも照らせるのは半径5メートル程度だ。巨体に飛び掛かられる様なスピードでは、見えた頃には噛みつかれていてもおかしくない。
攻撃すれば反撃で瘴気を振り回す。インフェクテッドアーマーの強酸と似たようなダメージリアクションだ。射程のある真空波などで対処しなければ危険。
ミランダとエリックとアナンタが同時に弓を射る。エリックの矢は肺に命中して、10秒としない内に息絶えた。
「他、いないか?」
一同は耳を凝らして暗がりの音を聞く。
「とりあえず地面に擦れる音は聞こえないね…ただ、止まられてたら音はしない。待ち伏せに注意しな。相手は蛇型だ。膝より低い障害物の裏にもいるよ。油断すんな。」
気を引き締めるが、後列に居るサクソンやアナトリー達は、そろそろ神経がすり減って参った顔をしている。
これ以上は、いちいちミランダが先行して偵察していてはキリがない。魔物は不定期に発生する。長く居続けるほど、やられる可能性は増える。
「瘴気の射程も大体つかめた。この層は装備を惜しまず、ありったけ明りを付けて進もう。さっさと抜けた方がいい。」
アナトリーが言うと全員頷く。ミランダとエリックは節約を止めて銃を出した。サクソンも松明を出し、シトリンもレイブライトを使う。
「グループごとに距離を取って歩きな。明りを広く確保して、僅かな起伏にも注意しなよ。何度も振り返るんだ。」
全員ミランダの指示に従い、一網打尽にされないよう、グループごとに距離を取って足早に進み始める。
バジリスクの他には前の層のモニターも多数いた。ミランダはフレイムモニターの内臓を拾った剣で捌き、燃える臓器を放り投げて光源にする。
ヒトを丸飲みしそうなアナコンダを彷彿とさせる大蛇ではあるが、音を少しでも消す為に羽毛となった体は硬い鱗や甲羅を持っていない。
周囲を暗がりに変えるほど、環境を変えてしまう生物だ。奇襲が基本の臆病な魔物で、射程と破壊力が両立している散弾銃はバジリスクに対してかなり有効だ。
カス当たりでも大きく肉を削いで大きく怯み、バジリスクの側から逃げて距離を取ってくれる。
「ふぅ…」
「ようやく抜けたか。」
彼らは無事、次の層へ続く坂を見つけた。明りを付けて足早にしていたつもりだったが、それでも慎重にならざるを得ない。たった1層に2時間近く費やしての探索は気が滅入る。
次の層への方角も、やはり北東だ。
…
6層
光るキノコやホタルが復活し、色が更に赤くなった。より密度が増えて光が強くなり、どことなく禍々しさを感じる。
「とうとう居やがったよ。ラミアだ。」
6層の入り口に入るなり、ミランダはラミアの後ろ姿を見る。
3匹、全て杖を持ってうろついている。
サクソンは嫌そうな顔をする。
「複数体いるぞ…最初に逃げ込んだ個体がボスだって話だろ。」
「なんだっていい。片っ端から仕留めるよ。また逃げて野生化されんのも鬱陶しいからね。」
エリックは銃を構えると、アナトリーが彼の肩を叩いて前に出た。
「明りも戻った。こっからは、俺達の出番だな。」
彼らのパーティーは笑みを見せる。
「活躍を見せつけに来てたのに、ここまでずっと逆に護衛されてるんじゃ世話ないからな。」
4層まではシトリンの準備運動に付き合わされただけだった。以前の様に脊髄反射的な速度で仕留められなくはなったが、血を見れるぐらいには調子が戻っている。
バジリスクのいる5層はミランダが前に出ていて、アナトリー達はお荷物の状態に、ずっと業を煮やしていた。
「ハッ、違いないねぇ。こっから前衛は任せたよ。」
ミランダはバトンタッチして後列に下がった。銃をホルスターに戻し、畳んでいた弓を展開して矢をつがえる。
隊列を組みなおし、各々装備を確認しなおす。
「だから言ったろ。ちゃんとレンジャー職を雇っておけって。」
彼のパーティーメンバーの魔術師の男はため息交じりにアナトリーに言う。
「それがミランダの予定だったんだよぉ。でも断られたからさ。」
「勲章持ちなんか普通は雇えるわけないだろ。」「何で行けると思ったの?」
彼の仲間達はぶつくさ言いながら剣に魔法を付与して奇襲の準備をする。
「商人づてにガメツイ人って聞いたんだよ。仕入れする商品を半額にしろって胸倉掴んでナイフ突きつけられた、って。そんなの聞いたら金で動くと思うだろ。」
「それ本人の前で言うことかぁ?今度こそ殴られても知らねーぞ。」
彼らの会話を聞いていたエリック達もミランダのことを白い目で見る。素行不良は昔からだが、街の外まで噂になっている様だ。
彼女は苦笑いして誤魔化した。商人に凄んだのはフェクトと出会ってすぐ。旧市街区復興の最初の頃の話だ。
「お前な…」
「それ随分前の話だよ。ま、金にはうるさい方だから否定しないけどさ。」
ミランダは弓を引く。
「お喋りはここまでだ…行くぞ!」
一斉に攻撃を仕掛ける。




