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72 フェクトの体②

4月 アメジストの街、庁舎の地下アトリエ


フェクトの代替の体、マネキンの第一号の製造が始まった。宝玉砂の理論をベースに、ミランダの鞭と製造法は似ている。

木の板に小さな宝玉を挟み込み、宝玉の砂で線を結んで接着する。関節はグラスファイバーの紐で結び付けて作られた。


ハンガーにぶら下げられた姿は頭のない棒人間のマリオネットそのものだ。


各パーツが動くかシトリンとエリスがテストする。5本の指先がミミズの様に動いて丸まった。

「…うん!とりあえず、全部繋がってる。行けそう!」

「よし、寝かせるから立ち上がってみな、フェクト。」

彼は棒人間の体を着せられて、地面に仰向けにされた。

とりあえず動いてみようとするが、ガラガラと木の音を立てて、手足が海に挙げられた魚の様にビチビチ動くだけだ。

(んぅぅぅ~~む…)

「どうだい?」

(全身となると…難しいぞこれ。QWOPみたいだ。)

乗っ取った体とも操作感が全然違う。使っている感じはマリオネットそのものだ。手先で動かす様な挙動を要求される。しばらく動くうちに、手をぐーぱーさせて人間らしい動きになってきた。

「お!」

(とりあえずは行けそうだが…!)

左足を曲げ、上体を起こして彼は立ち上がる。

「こいつ…動くぞ!」


(フェクト、大地に立…立て…な…い…!)

立ち上がってみると彼は重心を何度も崩し、よたついては体の力が抜けた場所が何度もぶらついて右往左往して何度も膝をつく。

全ての関節が前後フリーなのが、かなり操作を困難にしている。常に全身を気張らせていないと、集中を切らした場所から垂れ下がってしまう。

何度も壁に手をついては逆の腕が垂れ下がり、膝を屈伸させカクカクと上下動する。

(いててて!)

壁に鎧のマブタが擦り付けられてゴリゴリと音をたてる。彼は、そのうち両手を壁について立ち上がった。


「「「「おぉ~~~」」」」


立ち上がりはしたが、今度は壁に背を付けてTのポーズでピンと背筋を張ったまま直立して動けない。

(こ…これ…メチャクチャ難しいぞ!全身を常に強張らせてないと立っていられない!)

力んでポーズを取り続けないと、とても立っていられない。バランスをとって流暢に歩こうとするのは、フェクトの魔術的な器用さをもってしても至難の業だ。

「次は歩いてみましょう!」

エリスに言われると彼は背中側の目を開く。


(んむむむ…!んんん~~~~!!!)


彼は人間らしく歩こうとするが、右足が一歩前に出ると上体が仰け反った。右足を引き戻そうとするが上手くいかず、ぺちぺちと足の平で床を叩くうちに右回転して後ろを向く。

重心を戻そうと、マラソンランナーの様な姿勢のままぎこちなく後ろ向きに歩き、ミランダの前を通り過ぎる。元に戻るどころか上体がどんどん反れていき、後ろ歩きに速足になっていく。

「あっははははは!!!」「だ~~はっはっは!」

ミランダとシトリンに大笑いされる。壁にぶつかるとバケツからひっくり返った水が落ちる様にマリオネットは人の形を失い、彼はガシャンと音を立てて床に落ちる。

「あらら…」「大丈夫ですか?フェクト様。」

彼は右手だけを上げて手を振った。

(ぐえ~ダメだこりゃ。重心バランスが終わってる。常に魔力で関節を引き延ばし続けていないとだから、思ったより燃費悪いぞ。立ち続けてる間だけですら魔力を消費し続ける。一切休めねえ。)

「立ち続けるだけでも力が要る…ですか。」

「私達からは考えられない表現ですね。」

彼は両腕だけ動かし、両手で立ち上がって、コントロールしてない下半身をずるずると引きながら歩いた。胴体1頭身の体で腕を使って歩く方が重心操作がしやすく楽だ。

椅子とテーブルを登って机の上に鎧の姿で鎮座する。


その姿は腕の生えた壺の様な奇々怪々とした挙動だ。思わずミランダとシトリンは後ろに下がる。

「うわっ!」「キモッ…」

(キモいとか言うなよ。俺も必死なんだぞ。)

ミランダに指さした。木片の腕が動く度、古典的な警報罠の鳴子と似たカラカラとした音を立てる。

「思ったより厳しそうですねぇ。課題はどこでしょう?」

(やはり重量バランスだ。上半身に対して下半身が軽すぎるせいで安定しない。関節にテンションがないから、力を抜いた場所が途端にしな垂れて倒れちまう。)

「ふーむ…やはり精巧に人を模したマネキンでしょうか?膝や足首は必須でしょうかね。」

フェイルはエリスと顔を合わせる。ともすれば人形師でも雇うかということになってくるが、余り他人に知られる様なことはしたくない。

エリスの表情は険しく、かぶりを振るった。でしょうねといった顔でフェイルはため息をつく。

(作って貰ってなんだが、ヒトの再現は難しいと思うぞ。君たちは自覚がないだろうが、人間の直立二足歩行って地球上の生物の中でも群を抜いて複雑に発達してるんだ。)

彼はテーブルの上に登って前を向き直した。

(例え精巧に人間を真似たマネキンでも、力を抜いた瞬間に膝から崩れ落ちて同じ結果になると思う。それを何とかしないと自由に動けるとはとても思えない。)

彼は木の板に人間の膝関節の構造をレーザーで描く。

「直立してリラックスする為に関節を渋く固定すると、今度は動かす時にパワーが要ります。その分が魔力でのロスになりますね?」

「自立して動いてくれるのはいいけど、合流した時にバテられてんじゃ意味ないね。」

ミランダが言うと、一同は大きなため息をついた。

「なんか新しいもの作ろうと思うと、いっつもこんな感じだねぇ。」

「木炭小屋にいた時もこんな調子でしたねぇ。ははは…はぁ。」

(500年後の開発職もこんな調子だよ。前も言ったろ、最初から100点満点を狙うことの方が間違いだ。理屈通り動いただけでも、一歩前進だよ。)


早速計画は頓挫した。おさらいとして人体の構造の話が始まる。


(お前達も今は何気なく立っているだろうけど、無意識的に背筋やふくらはぎの筋肉に力をいれて、頭から倒れない様に本能でバランス調整を常にして立ってるんだ。これは凄いことなんだぞ。)

フェクトに言われて彼女達は自分の体を見る。

(俺の居た時代でもオートマトンやゴーレムといった、ヒト型のロボット、自律人形はほぼ存在しなかった。)

「ほぼ、ってことはあるにはあったんだろ?」

(作ろうとは試みた。立って歩いたりジャンプできるぐらいにはなったが、それは風もなく平坦な大地での実験でしかない。他人にケツを蹴られたら反応も出来ずに倒れちまう。)

「…そうなのですか。」

(体の向きや重心を全身に取り付けたセンサーから受け取り頭で計算して体に命令して、動いて変わった平衡感覚を読み取って、また計算してって…そんな情報の往復をリアルタイムで失敗することなくし続けなきゃならないんだ。)

「人間はそれをやってるってわけだろ?」

(そうだ。緻密で超スピードの計算を人は無意識で本能的にやってるんだ。背中を押されても上体を逸らして重たい頭を重心に少しでも近寄せ、同時に倒れる方向へ足を前に出せる。これは性能差こそ微妙な差はあれど、健常な人間全員に備わっているものだ。)

フェクトは木の板の方にレーザーで絵を描き始める。

(建築にも使う水平と並行器の三半規管、写真を収めるフルカラーに捉えられる眼球のレンズ、肌の温度計、湿度計、圧力計の機能。食事の成分の味を判別する舌。音を聞く鼓膜。機械で再現しようと思うと、単品でも超高額なのにそれを全身にだ。)

「む~ぅ…そういわれると、人体の神秘ですな。」

フェイルはぼやく。一同は木の板にレーザーでかかれた絵を見上げた。

(そもそも字を認識できて紙に書きこめる知覚や知識というのも地球上の生物からして異常な発達だ。動物の中でも頂点の知性と言っていい。群れる行動に特化させてコミュニケーション能力を発達させたのが人間だ。)

比較対象に書かれたのは狼だ。熟練の狩人や中級冒険者の実力を示す指標の相手ともいえる。

(犬猫狼は、確かに人間より優れた反応速度や運動能力と嗅覚と夜目を持つが、それに特化した構成で代償が多い。夜目の為に色を認知出来ないし、四足歩行では文字も書けない。コミュニケーションも独自に発達してるが、ワンワンニャーンじゃ具体的な気分の悪さは伝わらん。病気に気づけず死ぬ分、出産数が多い。)

「医者なんているのは人間だけさね。」

(人間は生まれるのに多くて双子。立ち上がるまで約10カ月、喋りだすのは1年ちょっと。対して獣は5~8匹、生まれて即立ち上がり、1歳半ぐらいでもういっぱしだ。数と成長速度の速さで生存戦略に特化してるわけだ。寿命も8年で既に老犬。10年生きたら大往生だ。ヒトよりサイクルは圧倒的に早い。それだけ死にやすいんだ。)

「人間は戦争出来る年齢に最低でも15年ですからね…。」

(それまで育てるのに飯も勉強もいる。70歳ぐらいまで戦えたとしても死ぬ時は一瞬だ。ひとりが数個の畑をもって40年小麦を作り続けたら、それだけで4~5人は養える計算になる。戦争ってのはそれがポンポン死んじまうんだ。賠償金程度じゃ費用対効果は少ない。皆が思っているより、人体ってのは遥かに高級品だ。)

「先の戦争で3万人以上をファーティフは損失しています。それでもきっと彼は侵略を止めないんでしょうね。」

(戦争による口減らしと領土拡大のバランスが取れてるからこそできる政治形態だ。勝利の味を占めちまってんだろうが、死人が多くなりすぎると瓦解する。)


フェクトは振り返った。

(体を作って貰っている俺が言ってしまうと身も蓋もなくて悪いんだが…現状ですら宝石砂と粗宝石を結構な量を使ってるはずだ。未来の技術でオートマトンを作るのが現実的じゃないなら、こっちも条件は似通う。多分、ヒトの命を買った方が圧倒的に早く安くついちまうぞ。)

「…嫌な言い方をするね。」

ミランダは顔を歪めた。未来の世界はユートピアだと思っていたが、今と変わらず人命が消耗品として扱われている口ぶりだ。

エリスは嘆息してフェクトに言う。彼の手腕があるのとないのでは仕事の効率が雲泥レベルだ。すぐにでも体を得て欲しいと愚痴をこぼす。

「かといって、罪人の体を貰う気もないのでしょう?難儀なものですね。ちょっと我儘ですよ。」

(言いたいことは分かるが、魔法を解明するために罪人や奴隷を手当たり次第解剖する領主なんてイヤだろ?俺に体を渡すって、それと全く同じことだからな?)

「むむむ…」

(いずれにせよ、ヒトの単価の高さは分かってくれよな。)


「だったら尚のこと、あの強盗家族の様な人間をフェクト様の体にした方がいい気もしますが。生産性がマイナスからプラスになる釣り合いというものが…」


フェクトは納得がいかなさそうなエリスの鼻先を人形の指でつつく。

(だーかーらー!重要なのは、罪人を殺す殺さないじゃなくて!お前の印象だ!地下茎の報告の時も、お前ルーイの事を撃とうとしたよな!)

「あ、あれは仕事がヒリつきすぎてて思わず…彼女も売り言葉に買い言葉だったし…。」

(結果として罪人が死刑になってしまうのは別にいい!お前が怒りっぽくて簡単に人に手を下すことが問題なの!都合の悪い報告をすると殺されるとか衛兵や町民に思われて見ろ!敵国の襲来や産業機材の故障の報告が耳に入らなくなるぞ!)

「うぐっ…」

(罪人の死体も、埋葬した記録がないから裏で人体実験をしてるとか生贄を捧げてるとか!本国と関係が拗れそうな角がたつ真似は止めろって言ってんの俺は!)

フェイルが苦笑いするとエリスはしょぼくれる。

「これは強烈なド正論ですねぇ…」

「私って暴君って思われてるんでしょうか?」

「そこまではないと思いますが…先の戦争が、エリス様の指示と命令なのは揺ぎ無い結果です。肖像画には甲冑姿でハルバードでも持たされるんじゃないでしょうか?」

「えー!?」

ミランダとシトリンは苦笑いする。2人は冒険者で、幾多もの魔物の命を刈り取ってきた。帝国の人間とも刃を交えたことだってある。結果としてフェクトに人を殺させている以上、手が綺麗な人間とは言えない。

間接的でも直接的でも、人間の命を奪った数はエリスが最も多い。

(今までも俺はフェイルに功績をなすり付ける様に動いてきたはずだぞ。お前に不要な疑いを付けさせないためにな。)

彼は確かに自分の体のアテは自分で見つけると、エリスに明言していた。それらの功績や過程はフェイルを上司として擦り付ける様に立ち回っている。

(アリバイが作れるような計画があればいいが、顔を隠した謎の男とか知らん顔の人間がいきなりインフラの現場に来るとか違和感だらけだろ。体の更新も手間なこと忘れるなよ。体格や声色の違いは体依存だからな。)

「はぁい…」

彼女はしぶしぶ承諾するが、不服そうな顔で口答えする。

「…フェクト様は前までアレフ殿下だったり大団長だったりで、同じ仕事に顔を出していましたよね。フェイル様の手柄にしたり知り合いだと言い張っていましたが、今は顔を出していませんし町工場の人達から違和感も持たれているのでは?」

(…そうだな。戦前は教会連中の出入りが少なかったからある程度自由に動けたが、それでもどこかで違和感を持たれててもおかしくない。君の言う通りだ。)

フェクトの最も懸念しているところと言えば、自分の正体を知っているラケルだ。ミランダとシトリンと共に冒険者として在住してくれているが、その気になれば逃げだして告発することも出来る。

彼女がそれをしないのは、先の戦争の結果を見ての通りだ。辺境の都として敵対者である帝国を跳ねのけた。親元であるルメリア王都がアメジストの街と敵対するのは損しかないから、脱走兵となっていながらも敢えて黙っている。

日本で言えば、彼女はお尋ね者の抜け忍の状態だ。

(今は神官の冒険者どころか、他国の下級騎士さえ来る始末だ。今後は俺も身の振り方は特に気を付けないとだ。)

ミランダは腕を組む。

「結局、この義体作りはその為だしな。」

着地点は結局フェクトの体をどうするかに戻ってきた。

「でも、未来の世界でも不可能レベルって言われちゃね~。」

シトリンの一言に全員は喉を唸らせて腕を組み、首を傾げた。


(だが、まぁ進展は進展だ。折角作って貰ったこのパペットだが、無駄とはいいがたい。)

彼は腕を動かして砂で字を書いてみる。肉体を奪っていた書状の時とは比較にならないほど汚い。まるで8歳児ぐらいの字だ。

(腕だけはちゃんと作って、練習すれば字ぐらいは書けそうだ。持って来てくれれば文書ぐらいなら、書けると思う。)

「ないよりマシって感じだねぇ。」

ミランダは腕を組んでため息をついた。

(シトリンちゃん、やってみたらどうかな。このマネキンの腕を背中に着ければ、腕が4本になるかも。)

「え~…」

「キモいこと言うんじゃないよ。人間辞めさせる気かい。」

彼はマネキンを脱ぐ。

(壁や木にぶら下がりながら両手で弓を引いたりできる様になるかも?)

「…急に実用的な話をすんじゃないよ。物は言いようだね。」

「でも面白そう!やるだけタダだもんね!」


シトリンもは棒人間の肩を掴んで、彼と同じように腕を動かし始めた。試しに人差し指で字を書いてみようとするが、地面に指先を当てる距離感すら掴みにくい。


「んぬぬぅぬぬんぅぬぬん…」

珍妙な声を上げながら険しい表情をして、腕を動かそうとした方向に体が揺れ動く。人差し指だけ伸ばそうとすると、今度は意識してない他の指が垂れて、中指が先に砂について跡を付けてしまう。

「ほんぬくのぬんぉぬぬおん…」

フェクトが言っていた通り、何気ない動作を全てコントロールしなければならない。人差し指だけを立てて真っ直ぐ延ばすには、使いたくない他の指を折り曲げて固定する、という動作が必要だ。

意識してしまうと、今度は手首も固まってしまい、手首を真下に曲げたら指の腹で書きたいのに爪の先で書く様な姿勢になってしまう。

「んもももも…!」


「なんだいその声、真面目にやんなよ。」

(ハンドシミュレーターの実況みたいだ。)

気の抜けた声に周りで見ている全員が笑ってしまう。

「やってるんだけど…!」

砂を押すと距離感が掴めず、人差し指が固定されきっておらずへし折れた方向に曲がってしまいあらぬ方向を向く。横に動かせば円弧の太線を描く。


指の腹で直線の線分を書くことすら困難だ。


「いや、ありえないぐらい難しいよこれ!さっきの良く立てたね!?」

再現しようと寝かせた状態から同じ起き上がらせ方をしても、寝返りをうって絡まってしまった。

車輪裂刃を一目で見切った天才のシトリンでも、全く出来ないのには、ミランダにも驚きだ。


ただ枝を握るぐらいの単純な動作なら出来るが、棒を振るおうにも肘が伸びっぱなし。素人以下同然の振り方になる。


(とまぁ、握るぐらいなら簡単には出来るわけだ。足に関しては敷居を下げて、直立二足歩行を諦めれば移動できる体の作りようはいくらでもある。車椅子とかな。)

「今みたいな置物の鎧で動けないよりかは、遥かにマシだね。風魔法で転がるぐらいしか出来ないし。」

ミランダの言葉に皆頷いた。

(問題の動力は…そうだな、炎魔法で蒸気沸かしたタービンならどうだ。簡単に作れて高速回転だ。変速機で回転数落とせば、結構なトルクでタイヤを回すことが出来るはずだ。)

フェクトはレーザーで木の板に6輪車を書き始めた。

「まぁ…鎧の本体が見えない様に、覆いでも付ければいいかも知れませんね。」

エリスは妥協案を認めた。派生してやれることも増えそうだし、いきなり100点を目指すこともないというのはフェクトもよく使う弁だ。作っていくうちに段階的に解決策が見つかるかも知れない。

(…ついでに自衛用のガトリングとか大砲もつけよう。ガトガト目レザキャ肩ライキャ車椅子タンク…。)

フェクトが隠れている砲塔に、両腕のガトリングとライフル砲が付いた。目だけは露出しているから流星火でも攻撃出来る。

「エリス様、戦車ですよ戦車!これは是非作りましょう!」

「ダメです。戦争は終わりましたよ。」

(足の方は、応用すればトラクターとか、半自動の農耕具として使うことが出来るかもな。蒸気機関車なんかがコレだったし。)

「それは…まぁ…百歩譲ってアリです…。フェクト様以外でも使える様なものにしてください。」


ミランダは頭を抱えた。

「…これ、当初の事務仕事はできんのか?」

「無理そう!」

「…だよな。」



・・・



結局、彼は再びフェイルに着られることになった。ハーバーボッシュ法のアンモニア合成タンクの稼働は目前だ。

複数の作業者と共に装置を見張るが、やはり口頭でフェクトが教えながらだとぎこちなくなり、テンポも悪い。

「常に私と行動を共にするなら、やっぱりリザードマンの体でもいい気がしますね。」

(確かにな。ルイーディアの時もそうしてたし。他国には馬車引き用に捕らえた魔物も少数だがあるしな。)

「あれもあれで供給が不安定なんですよね。平原がダンジョン化して馬とか亀の魔物が発生した時のものですし。平原のダンジョンは交易の妨げになりますから、すぐに討伐される。」

(道理であんまり見ないわけだ。)

「やっぱり安定供給こそ至高なんですよねぇ。」

魔法以外は現実と変わらず、荷運びようの家畜は飼育できる馬やロバが主流だ。

「リザードマンの死体に宝石砂を入れれば、傀儡魔術も出来るんでしょうかね?立証できればリザードマン化した先生と作業してても自然な形にできますし。」

(木を隠すなら森って言うしな。ただ立証できるかも知れんが、死体に宝石砂は費用対効果悪そうだぞ。)

「ただの土くれでも部分的に出来ないか試してみる価値はあるかと。今晩こっそりダンジョン行ってみましょうか。」

(やめとけ、今は日夜冒険者も一般人も採掘してんだ。西の森も小ダンジョンへ冒険者が往来してるし、隠れられる場所がない。)

「ダメかぁ~…」


再びの最終チェックを終え、準備が出来た。ボイラーに火を入れて稼働する。タービンが回り出し、圧力計も正常だ。異常値が出たらベルが鳴る様になっている。

結露して蒸発した水蒸気が定期的に勢いよく吹き出る。時代をいくつも先取りしたスチームパンクな音がする。フェイルは景色を見てにやついた。


「…しかし、思ったより、すんなりいきましたねぇ。」

タンクに冷えて液状化したアンモニアが一滴、また一滴と溜まり出した。

(問題はこっからだ。どれだけ長い間、故障せずに稼働させられるか、供給を賄うには、第二第三の施設を作ることもあるだろう。)

「作業者に任せて、我々は他の仕事に行きましょうか。」

(そうだな。)


フェクトとフェイルは庁舎に戻り、各町のインフラや交易物資を調整する。ミランダとシトリンは街に戻り自分の仕事に戻った。


塩の川の街は、当然、塩田と海産物で貝類の養殖を中心に。南の街は農地の更なる開墾と牧場の建設。アメジストの街を中心に各町のインフラの建築と研究だ。

領地と人員が一気に増えたため、村を増やして森を片っ端から伐採して農地に変える。しばらく材木の調達量が増えるだろう。


数年後には各都市にもハーバーボッシュ法の設備や、それに準じた鉄工所を作りたいが、今度はボイラーや製鉄所の稼働に維持する木炭と石炭の数が圧倒的に足りない。

「森を切り崩して農場を作るのはいいですが、木を取り尽くすのも時間の問題ですね。」

3年もしたら、周囲の森が全部失われるぐらいになってしまう。

(ぐえ~結局エネルギー問題かよ~!ヤダー!)

「先生に期待がかかってますよォ。」

(結局石油掘り当てるしかねえよ。枯れたら人類はおしまーい!)

「何百年後の話ですかそれ…こっちではまだ石炭コークスすら最新技術なんですよ?」

エリスは呆れた声で言う。

(あ~~~…………考えたくねぇ~…)

フェクトは固まってフリーズしてしまう。

「何かトラウマでもあるんですかねぇ…」

「さぁ…未来の世界も大変だったんでしょうね。」

しばらくすると彼は動きだす。

「何しろ寒冷地だから冬場の暖房には薪が要る問題もあるんですよねぇ。全部木炭に出来るわけでもないですし。」

(コールゴーレムの石炭は質がいいが、6層からの運搬費用は壊滅的だ。魔法の武器ってどうなんだ、鉄工所では風魔法使ってるってミランダに聞いたが。)

「上等な炎の剣でも炉に使おうものなら半日で効力を失います。同属性の魔法剣だとかでチャージしないとダメなんですよ。魔術師はそれでお金取りますし。」

(道理でミランダが魔法の武器を使わないわけだ。無限なほど都合よくねえわな。ちくしょ~石油もねえパーム油もねえ!)


燃料をアンモニアに変換し、アンモニアから肥料を作る。募るところ熱エネルギーの安定供給こそ、食糧事情に直結する。早期に解決しなければならない。


エリスはぐったりとしてテーブルに突っ伏した。

「あとエネルギーがあるとすれば電気ですね…圧電素子で火薬を電子発火させるというの、最初は聞いた時信じられませんでしたが。」

フェクトとフェイルは目を合わせる。ダイナモに関しては、まだ秘密のお話だ。

「水晶での発電というのは、どうなんです?先生。クリスタルゴーレムも確か、同じ要領で雷魔法のカウンターをしてきたはずですが。」

(…悪くない着眼点だな。圧電素子の発電圧は思ったより高い。課題はあるが、電熱線を温めるには十分かも知れない。往来の激しい車道や歩道の上に敷いて発電させるなんていうプロジェクトも聞いたことがある。)

「プロジェクト止まりですか。やはり問題があって未実装で終了だったのでは?」

(ま~な。分かってるとは思うが、圧力を電気に変えてるんだ。圧電体というのは得てして硬い。変形させ続けるうちにいずれ割れて交換しなきゃならん。往来の激しい場所の足元引っぺがすとなったら、そりゃ道路潰すようなもんだ。)

道路舗装や土木工事の大変さについては、エリスとフェイルは竹の植林で痛い目を見ている。

「…それは大変ですね。通ってない時は無駄ですし、できれば常時動いていてほしいものです。」

「炎は適当に燃料を放って風送っておけば持続しますからねぇ。」

「上空からでも電灯が常時輝いている世界、見て見たくはありますけど…」

(一般家庭の普及には送電線や変電所も要る。それほどの資源はないよ。産業用で直に使うと考えてくれ。)

「はぁい…。」

(酸と鉛で鉛蓄電池のバッテリーが出来はするが…非鉄金属は今の時代ではかなり貴重だ。どこに使うかは慎重に考えないと。)

フェイルは遠くで回っている水車を見た。

「アンモニア精製に関しては止める理由がありません。出来るなら即時ですよ。図面書いといてください。」

(分かった。石臼の粉ひき同様に、溝の上に水晶を置いて、車輪を無限に走らせ続ければ、止まらない限り電熱線を温め続けることは出来る。外燃式のボイラーよりは熱損失は低くなるから、いいかもしれん。)

「径の大きな車輪ならば多少の隙間は跨げるではないですか。こう、ピザを100等分した感じで、壊れた部分だけ引っこ抜いて交換するのは…どうでしょう?」

フェイルが絵を描く。4つの車輪がピザの上を回っている雑な絵だが伝わる。稼働させながらでも交換できる設計なら、あとは手を挟まれない様な安全措置を設ければいい。

(ありだな。だけど、街から遠ざけた場所に設置しろよ。ベッドに寝転がったら地面から伝わって絶対うるさいからな。地面の振動って水中より伝わる。)

「ぐぬぬ…思わぬところに落とし穴が。余り多くは建設できませんね…。」

(だが、かなりいい線行ってると思うぞ。大型の圧電素子は工業的に作ろうとすると物凄い熱量がいるが、この街では供給量が無限だ。早速実装しよう。)

エリスは机に突っ伏しながら言う。

「でも、ダンジョンを踏破されたら多分あのアメジストもなくなってしまうんですよねぇ…」

(そうだな。今のうちに街ひとつ作れるぐらい保管してしまおう。)

「そんなことしたら、高原から見える部分がなくなってしまいそうですね。」

景観も含めて街の名物だ。エリスは苦い顔をする。

「むしろ生えるより採取するスピードの方が速ければ、地下茎の成長スピードも遅くなるのでは?町の危機が遠のくかも。」

「確かに…どちらにせよ資源ですし、採掘スピードは加速させましょうか。」

エリスは出された案をまとめる為に箇条書きにする。

(存外、それがあの魔物の攻略法だったりしてな。根本まで獲り尽くして結晶内でウロチョロ出来ないように巣を全部削り取ってやるんだ。動けなきゃレーザーで袋叩きに出来る。)

「はは、それが出来たら人類の勝利ってヤツですな。」

フェイルはからからと笑う。


圧電素子の電力プラントが計画されると、アンモニア精製所の隣に風車が置かれることになった。建築ギルドは更に増員の為に予算を当てて欲しいというため、エリスは承認する。

より一層アメジストの採取量が増えて、保管庫も必要になってくるだろう。地下茎の影響もあり改築には慎重を要するが、本年からは冷蔵庫用の氷室も一般家庭へ普及させ地下室を作らせる予定だ。

それらの建築様式は、ヴィシュテからヴァルナ港までの全てに適用される。


街の発展は留まることを知らない。他所の街から豊かな生活を求め流入してくる者が増えだした。

街から民が抜け出すことは労働力が減ることを意味し、他の街の領主にとっては死活問題である。

エリスも脱走者の送還に対して同意しているが、領民は隠れ潜む様にして街に紛れ込む。身分を偽られてしまい、捕まえるのが難しい状態だ。



アメジストの街は急速に成長するが、周辺諸国は彼女のことを良く思わない者も増え始めた。



エリスの地位を剥奪するにはどうすればいいか?誰もがそう考える。



第一に戦争では勝てない。

第二に暗殺では?帝国を退けてくれた英雄に対して同教の国が恩を仇で返すことになる。刺客の所在がバレた瞬間に周辺国が理由を付けて報復しにくる。

第三に民衆を煽る方法は?彼女を座から下すのも難しい。人口確保と経済発展を主目標にしているため、既に停戦協定を結び、戦争を遠のかせた状態で生産性を劇的に上げることを声高に宣言している。

彼女自体が厭戦ムードに賛成しているから、庶民や地方の下級貴族と目線を揃えて信頼を得ている。まさに盤石な政権だ。

最も弱点なのはフェクトの存在が明るみに出ることだ。しかし、彼自身が疑われず察知されない様に、エリスの印象操作を含めてかなり狡猾に立ち振る舞っている。


唯一あるのが、相続の問題だ。彼女は未亡人で夫が居ない。


しかし、その夫の条件は既にフェクトの手によって用意されている。


この街の危機であるダンジョンの地下茎を取り去る為に、ダンジョンを踏破することだ。


人の欲望すら自領民を守る為に扱う。人心を手玉に取る様は、まさに悪魔の所業と言える。

踊らされているとはつゆ知らず、街の主権を奪うために他国からの冒険者は、ついには北欧の海を越えたノルドの地からもやってくる。




彼の一連の行動は、全てミランダを守るためだ。

『持ち主を守る』

彼自身に宿命づけられた『道具』としての定めを、本人は知ることもなく。

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