38 背信者暗殺計画①
教会の大扉がノックされると、ミランダはラケルと目が会う。頷いたラケルがスティレットを引き抜いて、逆手に持つと掌と腕の裏側に隠す。
「私がやろう。お前はシトリン達を。」
「分かった。終わったら鐘楼で鐘を鳴らすんだよ。それがギルドへの合図だ。」
「あぁ。そっちも気をつけろ。ギルドまでの道中、必ず他が来るぞ。」
頷いてラケルは教会のドアへ歩きだした。ミランダは素早く静かに、別室のシトリン達の下へ向かう。
「おばさん、シトリン、逃げるよ…!」
ミランダが2人を連れ出すと、教会の中で戦闘が始まった。礼拝堂のベンチが派手に壊れる音がする。
「大丈夫かねアイツ!」
(さぁな。マジで死んでくれた方がこっちとしては都合がいいんだが…。)
「自信ありげだったしね!期待はしない方がいいか!」
旧市街区の商店街を一目散に駆け出て、中央街区に入った。冒険者ギルドへ向かうが、道中で商人達の馬車の中や飲食店の中から視線を感じる。
後をつけられている。肌色が黄色人種のミランダよりも更に日焼けして、服も南方の商人と似通う意匠の人間達が多い。ミランダは裏路地に入ると、足音が着いてきた。
「ミランダ…」
小声でクレアが肩を叩いた。
「分かってる。来やがったね。」
裏通りの一直線のルートを変えると、音のすかした口笛の音がする。足音は頭上からも聞こえる。合図を送ってミランダ達を取り囲もうとしている。彼女達は足を止めた。
「悪い2人とも。戦闘は避けらんないみたい。準備はいい?」
「誰に言ってんだい。」「もっちろん!」
ミランダが振り返ると、シトリンとクレアは頷いた。
「フェクト。目につきにくい今がチャンスだ。鐘楼もまだなってない。ここでやっちまおう。」
(よし。上に投げてくれ。)
シトリンにスクラマサクスを手渡し、彼女はカタナを引き抜いた。クレアは隠し持っていた棘付きの鉄球、モーニングスターを出す。バックルを外してフェクトを脱いでいると、彼が肩紐を腕にぎゅっと巻きつけ、放り投げる前に話しかけた。
(ミランダ…)
「ん?」
(俺がいなくても、死ぬなよ。)
「ハッ、笑わせんない。お前のカタナは置いていくからね。」
彼女はフェクトを頭上へ投げた。彼は風魔法で体の姿勢を空中で整え、屋根に肩紐のバックルを引っかけてぶら下がる。
教会の鐘が鳴ると同時に、ミランダとシトリンが前へ出る。
左の角で待っていた男が3人。先頭の男の喉元へ一突きして、カタナを手放し死体を押し倒して捨てた。ドゥサックを引き抜いて、たて続けに進み、もうひとり右手の指と喉元を切り飛ばして蹴とばし、更に奥の男へ切り掛かる。
鍔迫り合いが始まると、ミランダの動きが止まった。さしもの彼女もよく訓練された男を不意を突かずパワーで押しのけることは出来ない。
逆の角にいる男をクレアが殴り飛ばし、後方の憂いを排除する。
「シー!行きな!」
クレアの後押しでシトリンがミランダの加勢に入った。
「だっしゃっしゃーい!」
鍔迫り合いを2人がかり力で押し、持ち上げる様に姿勢を崩す。ミランダが素早くコンパクトな回転斬りで、かちあげられた二の腕を突く様に切りつける。
(チッ!)
手応えがない。鎖帷子に阻まれ、二の腕の内側を切れなかった。しかし、両手持ちだった剣は手放されて、喉元まで掠めた切っ先は上半身を大きく仰け反らせていた。
シトリンの追撃。大上段の峰打ちがフードに隠された鉄兜ごと脳天へ直撃して、鐘楼と似た鉄の反響音を鳴らす。彼女達は路上で大衆の注目を集めた。
男が失神して倒れると、シトリンは刀身を見てぎょっとする。峰打ちは意図的ではなく、出刃包丁の様に刃がついている剣を知らず、勘違いしたものだ。
「ねぇこの剣、刃が逆なんだけど!?」
「バカ!いいから行くよ!」
シトリンの手を取ってミランダは走り出す。3人は裏路地を飛び出て、100メートルほどある冒険者ギルドへと駆ける。流血騒ぎが起きて、通行人たちは悲鳴をあげる。
「進め!振り返るな!上から狙われてる!」
通行人達が、血の付いた剣を持つミランダ達を見て、海が割ける様に避けて道を作る。ミランダは屋根の上を見ると、弓を引いてこちらを狙っている男2人と目が合った。
しかし、矢を放ってくる気配はない。彼女は意図的に回りにいる通行人に近寄る様に走っている。
(向こうだって一般人にゃぁ手ぇ出せないだろ!)
屋根上にいる弓兵も攻撃できず、後をつけてきていた刺客も大通りに出れなくなった。彼女達は一気に冒険者ギルドへ駆け込んだ。
ゴロゴロと中へ転がると、エリックが息の上がったミランダの肩を掴んで起こす。仲間達もシトリン達の手を取って、安全な奥へと通した。
「チッ…逃げられたか。あのシスターたちも戦い慣れてるなんて聞いてないぞ。」
ミランダ達に逃げられた刺客は、騒ぎになる通りを路地裏から眺めながら、仲間達の死体を発見されない様に引きずって奥へと隠す。
「クソっ…3人も…教会に行った方の連中は無事なのか?」
ガボッと何かが落ちた音がする。落雪の音かと振り返ると、刺客の一人が、キュイラスを頭に被っていた。
「…お前、どうした?その皮っぽい鎧…」
「モルゲッソヨ」
鎧の目が開く。ピンク色に光る鎧の眼玉を見て、男の見ていた周辺の景色が風呂に変わった。彼は錯乱しながらふらふらと大通りに出る。
「ヒヒヒ…イヒヒヒヘ…shampoo」
「は、はい?」
通行人は混乱した男に意味不明な言葉を投げかけられ困惑する。屋上にいた弓兵たちは、様子がおかしい仲間に注意を奪われた。
「オイオイ…何してんだアイツ…。」
静かに後ろから詰め寄る足音に振り返る。いつの間にか仲間が屋上へ上ってきていた。いつの間にか知らない鎧を着ているが、晒している顔は間違いなく知っている仲間だ。
「おい、アイツどうした?お前のとこの班だろ?下はどうなった?」
「それが、いきなり様子がおかしくなったんだ。俺もどうしていいんだか…」
2人の弓兵の間に入り、彼は下を見た。視線を合わせて弓兵が通りを見下ろした瞬間、ファヒョンと一筋の風音がした後に、2人の弓兵の首筋から血が吹き出た。頸椎の半分まで切り込み、即死する。
ドサりと音を立てて倒れると、雪に鮮血が染み出していく。2人の死体を階下から見えない位置へと首根っこを引っ張りあげた。指で目を閉じさせると、武器を持ったままの手を胸の中心で両手を繋がせる。
刀を持った暗殺者の鎧の背面からギョロりと目が開いた。冒険者ギルドのドアが開き、複数人の冒険者が物々しい顔をして出てくる。
フェクトはカタナの血を左手の2本指で挟みながらふきあげて納刀し、指を払った。ミランダ達は無事に逃げおおせた。安堵して白い大きなため息一つ吐く。
彼はミランダに黙っていたが、懸念点はもう一つあった。
(正気を保ったまま体を奪えるか、正直かなり不安だったが…なんとかなったな。)
人間の体を奪う時、脳を通じて血を吸ってしまう。その時、ミランダの体を乗っ取った時の様に魔物の本能が開花しないかは博打だった。だが、ミランダの血を飲んだ時ほど高揚感はない。
慣れてしまったのか、はたまたミランダの血が美味だったのかは分からないが、とにかく彼は深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
(悪くない体だ。暗殺者として鍛えられた健康的な男。)
胸の目を閉じ、ヒトの目で見る。慣れてしまった胸元よりも、頭にある少し高い目線。懐かしい四肢と五指の感覚。冬の寒さをビシビシと肌で感じられる。
そして最も大きかったのは、長らく虫と爬虫類の体で、うっすらぼんやりとしか感じられなかった嗅覚だ。人間の体を得て、喜びが背筋と胸いっぱいに広がっているが、しかし、今はそんな場合ではない。
(ラケルは無事だったか…自負していただけあって、やはり凄腕の様だ。じきに合流するだろう。)
旧市街区の教会を見る。めいっぱい振り子運動を続けて、うるさいほど往復して響いていた鐘の音が、残響だけを残して殆どなくなっている。単独で身軽なラケルがミランダと合流するのも時間の問題だ。急がなければならない。
(急ごう。)
彼は風魔法を足に纏い、屋根伝いに大通りを領主邸宅向けて疾走する。




