31 西の森の小ダンジョン
「見ないモンスターだね!とりあえず遠距離からだ!」
ミランダとエリックが矢を射る。重たい鎧をつけたカブトムシは、前面は岩の様に固く、隙間で矢尻の鉄を噛み潰してしまうほど強固だ。
「やぁっ!」
背面に回り込んだシトリンの鎌で一瞬で叩き切れてしまう。
「…え?弱い…」
しかし、鈍重で遅い。柔らかい背面に一撃加えれば倒せてしまう。
「モンスターの強さとしては、2層ぐらいかな?」
大熊の直後に、ダンジョン化が判明する衝撃的な現れ方をした。そのせいで限界まで緊張の糸が張っていた一同は肩透かしを食らう。
(さっきのクマは原生生物だろうな。ダンジョンの中で暮らす内に巨大になっていったんだろう。境遇としては、我々と一緒か…)
「弱くて助かるのはいいけど…油断は厳禁さ。未知のモンスターだ。情報がない新種は何やってくるかわかんないよ。」
「虫系が多いと、特に毒には要注意っすね。」
「私、解毒の魔法使えまーす!」
シトリンは出番と言わんばかりに手を挙げてアピールする。エリックは笑顔で頷き、ミランダはため息をついた。
(連れてきて正解だったかもな。)
「あの子は未熟なんだからね。もしヘマしたら、お前を殺してウチも死ぬからな。」
(重い…)
更に歩き出して30分。
数回モンスターとの交戦もあったが、今のミランダとエリックの前には大した強さではなかった。
視界が悪く、蜂のモンスターにミランダが刺された。フェクトが風魔法で吹き飛ばして切り裂く。毒はシトリンの解毒魔法で即座に完治した。探索を続行できる。
「えへへ…私がいてよかったでしょ。」
役に立てて上機嫌なシトリンに、ミランダは呆れた顔をする。
「何笑ってんだか…ありがとう。」
「どーいたしまして!」
ミランダが立ち上がると、フェクトが小声で話しかけた。彼女は少し間をおいて振り返った。
「今のでフェクトが解毒覚えたってさ。」
彼は受けたり観察した魔法を感覚的にラーニングしてしまう。
「…え?盗んだってこと?ズルい!キミなんなの!?」
「まぁまぁ落ち着いて…」
エリックが鎌を抜刀して凄むシトリンを宥めた。
「いや、剣術も魔法も体で覚えていくもんだろがい…」
(なんかごめん…。)
「フェクトは温存するよ。コイツの攻撃魔法は強力だ。さっきみたいな大物と出会う可能性もある。」
歩き続け、断続的に魔物と戦い続けること数時間。着実に矢の数は減り、体力も減っていく。
道路を敷ける平地のマッピング程度で終わらせるつもりだったため、食料の持ち込みは昼食の軽食一度だけで既に完食済み。シトリンがガブ飲みしてしまったせいで既に水の備蓄がないに等しいのが厳しい状態だ。
未開のダンジョンで戦闘のパフォーマンスを落とすのは危険だ。
「ダメだ…全然景色が変わらない。」
「おかしいよ、南の川なんてすぐそこのはずなのに。」
クマと戦った景色と変わらない密林が続く。日が傾いてオレンジ色になり始めた。
涼しくなってきたからシトリンの負担は減ってきたが、暗闇になってしまうと夜目の効く野生動物達の独壇場になる。
(よくある迷いの森パターンか…同じところをぐるぐる回っているのか?)
フェクトは考える。この場合、シトリンと一緒に地属性魔法で掘っ立て小屋でも作り、野営をすべきだろうか。
ミランダとエリックはずっと違和感を覚えていた。目指しているはずの川が段々遠のいている。
「いや…そうでもないだろう。野営もいらないよ。歩く度に果実っぽい匂いが強くなってきてる。」
狼の血に混じっていた果物の匂いに似ている。強い桃の様な甘酸っぱさの残る匂いだ。
「姐さんも匂いますか?」
「あぁ…この際だ、匂いのする方向へ行こう。誘われている気がする。」
ミランダに続いて歩くこと再び30分。シトリンにも甘い匂いが感じられる様になる。
「美味しそうな匂い。お腹減ってくるな~。」
「気をつけなよ。この匂い、異常だ。」
匂いが濃くなる度にミランダの横顔に汗が一筋落ちる。
「異常って何が~?」
「俺も今さっき気づいたんすけど…風向きを無視してるんすよ。この匂い…」
エリックも違和感に勘付いている様だ。2人の目は戦闘に備えている。
「…へ?」
「多分だけど、モンスターだよ。生き物を誘ってるんだ。」
「その方向に向かってどうするの?」
「ボスだよ。多分ね。」
「…ウヴぇ!?ボス!?」
周囲を見ると、匂いの元の方に向かう獣道が多くなっている。
「これはウチの勘だ。このダンジョン、まだできてから日が浅い。だから発生するモンスターも弱い。ボスは自分の果実を食わせて、侵入者を撃退するように動物やモンスターをコントロールしてる。」
藪の奥を見ると、中央に一本、鮮やかな未知の大輪の花を咲かせた大きな広葉樹が生えている広場がある。ミランダ達はしゃがみ、息をひそめた。
回りにはスケアリーウルフが4匹、2匹の大蛇に、他に昆虫系のモンスターが複数。争うこともなく落下した果実を食べている。
「大きい木だね。あそこの周りだけ何もない。」
シトリンが2人の背中に手を乗せて覗く。
「あいつだね。」
「…木がボスなの?」
「トレント系のモンスターっすよ。にしてもあのサイズはでっかい…。」
「どう見たってただの木だけどなぁ。」
(よく見るんだ。水分で重そうなバカでかい花を咲かせてるのに、枝先が垂れ下がってないし…果物ってのは普通は花弁が全部散った後に出来るんだ。なのに熟れた果実を落としてる。)
彼女は木をじっと眺めてみる。枝の先端がふらふらと揺れ動いているが、周辺の草木は風で枝葉を擦らせる音を立てていない。
「…確かに。風もないのに枝が動いてる。」
「モンスターを召喚してたのが、木の根だったろう?」
「ん~それ納得ぅ。」
シトリンは笑顔で人差し指をミランダに向ける。
「放置すると、さっきのクマみたいに獣がどんどん凶悪な強さになっていくと思いますよ。森そのものがダンジョンとしてどんどん広がっていく。止めるなら早い方がいい。今、俺らがやるべきっす。」
「そのうちルーイの家もダンジョンに入っちまうかもねぇ。」
「個室のお風呂は絶対守るよ~!」
(いや本人を守れよ…)
エリックは持てる矢を全て両手に持ち、ショートソードを抜きやすい位置へもってきてしっかりと固定する。
彼は道中の昆虫系のモンスターから回収した毒を矢尻に塗り、ミランダは矢をつがえると、フェクトの付与魔法で矢に水色の光が発生する。
「旅先で小さなダンジョン化した廃村や遺跡に迷い込むってのはよく聞きますけど…まさかボスを討伐するハメになるとは…」
ため息交じりに愚痴をこぼすと、彼は膝立ちの姿勢になった。
「だから言ったろがい、嫌な予感がするってさ。今を逃したら時間も疲労も限界になる。あの木野郎がどれぐらい強いかもわからないし…気が進まないよ。」
「でも、ま、勝てばいいんすよ、勝てば。やったりましょう。一発踏破は高名なパーティーの特権。俺の名前も上がるっすからね!」
彼は冒険者らしい、強い笑顔を見せた。
「向こうが呼んだんだ。森から抜け出せないなら、こっちから出向いてやるまでさね。やるよシトリン。気合入れな。」
「うん!刈り取っちゃうもんね!」
シトリンは鎌を手に持った。
(まずは取り巻きの掃除だ。スケアリーウルフを全滅させたら、本体の木を攻撃する。虫系モンスターが枝から出てくるかもしれん。あとは花粉を吸い込まない様にしろよ。どういう効果があるか分からん。)
「あ、それなら…」
エリックは道中で買ってきたミランダと同じ盗賊のマスクをシトリンに渡してつけさせた。ミランダはエリックの肩に手を置いた。2人の矢尻が青白く光り始める。静かに立ち上がり、弓を引いた。
(やるぞ!シャーベットバイトアロー!)
矢羽根に風を纏った氷の矢とエリックの氷の矢が同時に放たれる。ミランダの魔法矢は途中で加速し、最も遠い狼に直撃し、エリックの矢は最も近い一匹の下腹部に命中した。
狼は悲鳴を上げる前に倒れた。残り2匹。一斉にモンスターがこちらを向き、2人はもう一本矢を放つ。ミランダの放った魔法矢は矢速が凄まじく、正面から背骨の横に刺さると体内を凍結させる。下半身不随を引き起こさせ、無力化した。
対して2発目からは魔法のないショートボウのエリックの矢は避けられる。動けるウルフは残り1体。
ミランダが弓を捨てて前に出ると、2人も広場に入った。
「フェクト、加速はなしだ!見られる心配もない!攻撃を頼む!」
(よし!マントを取れ!まずは挨拶替わりだ!)
ミランダはマントを外し、彼は開けた視界で木に視線を合わせた。
(描け!流星火!)
目からレーザーを出し、着弾点から爆炎が上がる。大木が両手で抱える樽ほどくり貫かれて取れている。デロリと粘性の高い樹液が、血液の様に滴る。
「ふーぅ!すっげえ威力っすね!」
エリックも過去の合戦で他のパーティーが苦戦しているのを見たことがある。発生の予兆が掴みにくく回避が困難で、直撃すれば胴体が真っ二つに、飛ばされた上半身が要塞の壁の上にまで届く。ルーキーの時に誰もが戦慄する恐怖の魔法だ。
それが仲間ともなれば心強いことこの上ない。
ワォーーーン!
遠吠えで更に狼の増援がやってくる。
「チッ!迎撃するよ!全部だ!」
ミランダに遠吠えした狼が襲い掛かるが、物理防壁とフェクトの全方位真空波で飛び掛かった空中で細切れにされる。
増援の狼たちが、外側の藪から現れた。全部で5匹。
前に出たミランダの攻撃をオオカミが躱すと、回避した先にエリックの矢が飛んでくる。シトリンがエリックの前に出て、鎌で素早く飛び掛かる狼を仕留める。
互いの見えないところを補い合い、厄介なスケアリーウルフに包囲させる暇を与えず、素早く排除した。主力の護衛モンスターが消えたところで、攻撃する隙が出来た。
(いくぜ、もいっぱぁぁーつ!)
フェクトの目から放たれたレーザーが爆発する。高い位置にある幹が深々と抉れ、バキバキと音を立てながら枝が落ちた。剥がれた樹皮が根本で燃えている。
「ゴェアアアアアアア!」
低い断末魔に一同は驚いた。木の回りで根っこが針の様に地面から突き出して網をつくり、攻撃を遮断して自分の身を守ろうとしている。
「効いてる効いてる!」
「木が悲鳴上げんのかい。分かりやすいヤツだね!」
相手は動けない木だが、モンスターだ。何かしら攻撃方法がある。モンスターの出現のさせかたと似た、足元からの根っこ攻撃をしてくるのでは、と想像するのは難しくない。ミランダは始めから警戒して接近戦を挑まなかった。
仲間もいて、広場での戦闘なら、加速魔法がなくてもスケアリーウルフ相手に遅れは取らない。フェクトに迎撃を優先させる方がより安全だ。
取り巻きを排除した今、あとはフェクトに魔法攻撃をさせて一方的に倒す。
(これは…勝てる流れだね。)
想定以上に流星火のダメージは大きい。あと3発も流星火を打ち込めば、幹の中心まで抉り飛ばせるだろう。
根っこが蠢き始めて、木が振り向く様に回転する。フェクトに似た縦長の一つ目が現れる。目ではなく、木目だが、蛾の羽に描かれている蛇の目の様な見るほど吸い込まれそうな威圧感がある。
(おいおいおい、一つ目は流行りか~!?どっちの一つ目が強いか勝負と行こうじゃねえかよ!)
対抗意識を燃やした彼は、目玉に向けて流星火を放つ。網状の木の根の防御をかいくぐって爆発が起きる。見えてさえすれば直撃する魔法だ。防御も甘い、相手がどういう魔法をしているのか、理解できていない様だ。
(防御がガバガバどころかスッカスカだぜ!植物が節足動物に勝てると思ってるのか!)
(目クソ鼻くそじゃないのかいそれ。)
「ギョオオオオオオオオオオオオ!」
「勝てそうっすね!」
エリックは火矢を放つ。シトリンが一歩前に出た。
「うちらも突撃しちゃう?」
「いや、わざわざ危険を冒して近づく必要もないよ。このまま一方的になぶり殺そう。」
取り巻きのいないトレントの戦闘能力は5層の死霊剣士よりも低そうだ。
「バーカ!ザーコ!熊の方が強かったんじゃない!」
シトリンが挑発すると、ガサガサと枝葉がけたたましく揺れ動く。根の網から枝葉が生えて、完全に視界を遮断するシールドが生えた。
(チッ、遮断された!)
「相手も必死だねぇ。全方位遮断されたみたいだ。狙うなら上かだけど…」
木々を揺らすと、昆虫型のモンスターが羽音を立てて飛び出し始めた。同時にモンスター召喚の根っこが複数出現する。
「わー!いっぱい来た!」
「まぁそう来るよね。まずは迎撃するよ!距離取って集まれ!」
3人は木から離れて集合する。
「シー!風魔法だ!ハチ共を近寄せんじゃないよ!フェクト、足元の方やっちまいな!」
(任せろ。)
「はーい!ウィンドカッター!」
フェクトの目に青と黄色い光球が輝いた。
(走れ、雪上藻!)
ミランダの先へ扇状に地面から氷の結晶が生えていく。合戦の時に見た本物のより、範囲が広い。
カブトムシやジャイアントスパイダーが凍り付き止まった。エリックの矢が素通りして節から砕け散る。
「うっそ~ん…」
根っこから召喚された地上にいる大型の昆虫タイプのモンスターが、一瞬で全部消えてなくなった。大量の蜂を切り裂いて押しとどめるので精いっぱいのシトリンは片目で様子を見て絶句する。
「圧倒的っすね。」
「2か3層程度の魔物じゃ相手になんないよ。」
「幼体とはいえ10層の魔物っすからね…。」
(上を手伝うぞ。真空波!)
シトリンと共に対空技を放つ。蜂どもを一掃すると一同は再びトレントの防壁を見る。
氷魔法の影響で木の根の網が一部が砕けた。傷ついた幹は見えないが、防壁に穴が開いている。
(手応え以上に魔法の範囲が広いな…)
フェクトの手応え以上に、雪上藻の範囲が広く長くなっている。壁となっている木の根の先端まで届き、枯れて砕け散り始めた。
「多分、地形効果だね。アイツが育つのに土壌がいいんじゃないかい。」
雪上藻は土と氷の複合魔法だ。環境的に地形効果があるのは土。彼は試しに石を出す。いつも以上に感度が高い手応えがして、土くれを盛り上げるぐらいの、ちょっと集中するだけで簡単にストーンウォールが出せてしまう。
(土魔法なら、シトリンちゃんとも相性がいいはずだ。)
「シトリン、土魔法だ!」
「うぇ!?えっと…土魔法ったって…私ストーンウォールぐらいしか出せないけど。どうやって戦うの!?」
「フェクト、お手本みせてやんな!」
彼女は土を盛り上げたり石を作り出したりするしか知らない。フェクトの様に応用力に優れていない。
(お手本は、こうだ!)
掌を上にかちあげ、ストーンウォールを発生させる。高い長方形の石の塀を出し、その直後にアースウォールを使って地面をせりあげ、石壁を傾ける。
巨大な石板が倒れ、モンスター召喚に生え、行動を阻害する網籠を張った木の根を押し潰す。強い風圧に、エリックは思わず顔を腕で覆った。
「すっげーパワープレイ。迫力ありますね。」
「ぅえぇ…力技だぁ…カッコ悪い…」
シトリンはフェクトらしくない攻撃に、真似するのを躊躇う。ミランダの様に素早く、状態異常で理知的に戦うものかと思っていた。その間にもフェクトは石畳みを大量に召喚して足元に敷き始めた。
(ふっひゃっひゃっひゃっひゃ!質量の暴力には何者も敵わん!あの巨大な熊と同じ、デカくて重いものが動けば、それそのものがパワーだ!)
当のフェクトは上機嫌だ。攻撃、というのは、結果として物理的に破壊力の効果を及ぼすもの。
(崩落雪崩濁流土石流火砕流!質量に潰される!この単純すぎる原理で、炭鉱夫や道路施工者が何人で死んだのか!自然の力を思い知るがいい!)
炎も氷も電撃も、熱で冷気で感電の電気抵抗でと、接触してから紆余曲折を経て、最終的に体に傷をつける。それは15を計算するのに10-5+6+…と、抵抗される分の計算式を足していく様なもの。
押しつぶす。最も効率のいい破壊は、質量と運動エネルギーだ。
(物理に対して物理こそが、最も短絡的で効率的な破壊なのだァァァー!)
ミランダは石畳みの上に乗る。数分もすれば魔法の効果が切れ、砕けて粉になるが、石の足場の上にいれば、地面から出てくる根っこの攻撃が通らない。石畳みの上ならば予兆が見えない根っこ攻撃に対して安全だ。
「い~や…力技ってわけでもないよ!シトリン!アンタもやりな!」
ミランダは松脂を塗ったゴブリンのダガーナイフに火をつけて、開いた防壁の隙間から投げ刺す。
「仕方ないな~…ほいさー!」
バタンバタンと石畳みが倒れて更に現れようとする根っこを踏み潰す。地表での戦闘が無理と踏むと、今度はトレント本体の枝葉が丸まった。中から召喚された蜂のモンスターが大量に飛んでくる。
「はっ、一度封殺されたのに同じ手かい。フェクト!葉っぱごとやっちまいな!」
(シェイハッ!)
竜巻を起こして蜂を細切れにしながら巻き込み、頭上高くへ舞い上げた。枝葉がトレントの頭上で渦巻くのを見て、フェクトは必殺技を閃く。
(もっと竜巻を強くしたい!頼む!)
「シトリン、アンタも手伝いな!」
「ぃよしきたー!」
2人の風魔法で竜巻が発生する。フェクトは巻き上げられる虫の死骸を更に細かく砕いた。
(そのままだ!もっと竜巻を強く!)
「もっとだシトリン!」
「んゃっさー!」
ミランダの足元にある石畳みが、砂へと変わって舞い上がり始めた。フェクトが意図的に石畳みを操作して砂へと変えている。
(雷撃!)
雷撃を中へ放り込むと、雷光の稲光が明滅を始めて、ゴロゴロと雷雨の音が始まる。夕日の中、暗雲が立ち込めてドス暗い夜が訪れた。頭上を見上げて、稲光を見てエリックは戦慄する。
「…おいおいおい、まさか!シトリンちゃん!鎌を捨てるんだ!耳を塞いで離れて伏せろ!」
「え?!なんて?!」
彼は慌ててショートソードを捨てて、シトリンが背負っている鎌も捨てた。彼女を引っ張って、トレントから更に離れる。
「ちょっと放してよー!魔法が使えないんだけど!」
「危ないよ離れるんだ!」
(ミランダ!ボスにドゥサックを投げろ!熊の時と同じだ、電極にする!)
「っしきたぁ!」
残る石畳みの上を走って、防御の薄い場所を見つけると、武器投げでトレントに突き刺した。
(でっけーの行くぞ!)
フェクトは上空の砂塵嵐の雲へ、貯めた強雷撃を撃ちこんだ。ミランダも姿勢を低くして頭を下げる。
(落…雷撃ィ!)
ッバァァァン!ィィィィーン…
およそ魔法で撃てるレベルの雷撃を遥かに超えた、轟雷がトレントに落ちた。3人は耳鳴りに襲われる。
(どうだ!)
それぞれは立ち上がって、トレントの様子を見る。膝の高さまで大樹が真っ二つに割れて炎上し、枝葉が四散し、エリックの前に巨大な花が落ちた。
ミランダの投げたドゥサックは雷の熱で焼け焦げ、真っ黒に朽ちて半分も原型を残さず変形していた。もう使い物にならないと判断して、彼女は回収を諦める。
「間違いなく勝負あったねぇ。」
彼女は腰に手を当てて、香木が焦げる、かぐわしい匂いを嗅ぐ。鼻を突いていた甘ったるい匂いは消え、頭がすっきりしてきた。竜巻は雲散霧消して、オレンジ色の夕焼けの光と炎上するトレントの光が周囲を照らした。
「うひゃ~…」
「あの大木を一発で真っ二つに…」
シトリンとエリックは余りの威力に呆気に取られ、ただ炎上する木を見ていた。流星火の連発で抉り飛ばし、横にへし折る当初の狙いではなく、縦に真っ二つに大樹が割れている。
「毎度驚かされるよ、アンタには。まさか落雷とはね…まだ耳鳴りが残ってる。」
刀を鞘に入れて、一息大きく深呼吸をした。
「フェクトさんの独壇場でしたね…複合魔法、半端じゃねえっすわ…」
(風・土・雷の3属性複合魔法だな。出力の大半は嵐で作った電撃だ。魔力的なものじゃないから、まだ数発は撃てたろう。)
「街にまで聞こえてそうだよ。どうやって言い訳したもんかな。」
ミランダは小指で耳をほじくって耳垢をこね捨てた。
(思いつきでやってみたが、発生まで時間が掛かるし、広さが必要だからアメジストのダンジョンではできない。あっちのボスには通用しないだろう。)
「合戦なら魔術師も神官も集まるし、広さもあるから集団魔法として使えるかもね。」
(投石器の視界を妨げるから、発動タイミングは注意が要るな。)
「勉強になります…」
シュルシュルシュル!
ミランダは武器を構えて外周のヤブを見た。隠れていた大蛇が逃げていく。モンスターらしくもない。匂いに釣られた原生生物だろう。
「…まぁいい。さて、帰ろうかね。」
エリックとシトリンは、雷で吹き飛び地面に落ちた、両手で抱えきれないほどの大きな花に目が行った。その花弁の一つを回収し、ボス討伐の証として持ち帰ることにした。
夕日がとっぷり浸かり始めた。帰路に付くと、驚くほど簡単に景色が変わって、湿気が強かった森は枝の多い、秋の中頃の様なカラッとした涼しい風に変わってくる。
モンスターの気配もない。正気を失っていた野生動物は自分達を見ると逃げていく。
「どうやら幻覚かなんかだったんすね。」
「あぁ、あの匂いを嗅いだ時から、ずっと方向感覚が狂ってたんだろうさ。」
(下手に迷ってたら、体力的に厳しかったかもな。)
「違いないね。感覚任せの判断だったから、博打みたいなもんだけどさ…。」
進退の判断ミスは死を招く。ミランダが闇魔法のエンチャントが施された武具を使わない理由の一つだ。
シトリンは、もし自分が怖がってボスへ向かうミランダの判断を疑っていたらと思うと、背筋を凍らせる。冒険者のとしての経験値、判断力の違いを痛感する。
彼女はミランダの横顔を見て、満面の笑みを浮かべた。
「何ニヤニヤしてんだい…」
「なんでもありませーん。えへへ。」
「これからおばさんに怒られるんだよ。」
「そうだった…。」
彼女は掌にある大きな花弁を見る。30分近くと手に持っているのに不思議としおれずにいる。その瑞々しい感触を触るたび、今回の冒険を思い出す。
鎌を振った感触、戦闘の緊張感。ミランダの通り過ぎた風、後ろを見るといる、エリックの安心感。その感触を思い出す度に心臓が高鳴った。
数時間歩くと、ルイーディアの家が見えた。
「…脱出だ~~~~!!!!」
彼女は先へ走り、両手を上げてぴょんと跳ね、ひとしきり喜んだあと、後ろ手に振り返って照れくさい笑顔を見せた。ミランダとエリックは大きなため息ひとつして、微笑んで彼女に笑顔を返す。
夜空を見上げながら、彼らは木炭小屋を越えて旧市街区の検問へと向かった。




