3 ダンジョンの魔物2
ミランダの足は速く、既に1層まで来た。4層と比べれば敵は弱く、見た目からもザコモンスターの大ネズミと言ったものばかりだ。
(でけードブネズミだな。)
フェクトから見て、大ネズミの体長は1メートルは超えそうなもの。
図体が大きくなった分、元のネズミとしての素早さが大きく欠如している。
噛みついてくる頭を横に蹴り、投げナイフで脇目掛けて串刺しにすると、死体からスティレットを引き抜いた。血を振り払い、毛皮に擦り付けて鞘に戻す。
「ネズミのクセにノロマなんじゃね。噛むのもトロい。」
(使えそうな道具も持ってるわけじゃないし、戦うだけ無駄というのもイヤなもんだ。)
「この辺で使えるのも、せいぜいゴブリンが使ってるナイフ程度のものさね。」
出会うモンスターも、ミランダの手にかかれば大したものではない。1層と4層では戦闘能力は大きく違う様だ。
「しかし、あんたさ。ウィザードレイスとの戦闘ではなんもしなかったよね。」
(ぎくっ)
「ウチにへばりついてんだから、うるさいだけってのは勘弁だよ。防具のクセして肩紐抓られたら痛がってんじゃ~ね?魔法のひとつぐらいなんかやんなさいな。」
肩紐をぐいぐい引っ張ってフェクトに話しかける。
(どうやってやれば…)
「ん~なの知らないよ。スケアリーウルフに押し倒された時、風魔法使ったじゃないか。あんときと同じことすりゃいいんだよ。ほれ、ダンジョンいるうちにやってみ!」
(あ~っと、そうだな…う~ん。)
目を閉じて、無い手足をイメージで構える。手足がある感覚はして、動く場所は似ている様な。しかし、全くと言っていいほど形が違う。腕は短いし、でも指は6倍ぐらい長い。
足は膝までしかないが、足の指はある。足の指も伸びるが手ほどではない。
改めて神経を集中すると、自分の体はヒトデの様な星型に感じる。手の感覚もある。
自由に動かすには、目いっぱい体を伸ばす感じが要る。自販機の下に落ちた硬貨を取ろうと、届かない指先を強く伸ばそうとする様な。するとうねうねとミランダの顔に触手が伸びていく。背筋や背中の動きは胸当ての内側だ。
うねうねと体を動かす。インナーがもごもごとミランダの上着を撫で、脇や肩から触手が広がってツタの様に伸びてしなだれる。
「考え事してるふりして体をまさぐるんじゃないよ。気持ち悪いね。」
彼女は触手を払い退ける様に握って引っ張った。
(いててて!違げーって!そもそも体の構造が違うんだよ!お前が今握ってるの、左手の薬指なのに骨ないんだぜ!全然わからねえ!)
「え~…」
ミランダは自分の左手を見て薬指を動かす。
(とりあえずだ…自分の体は把握できた。)
「んで、魔法できそうなの?」
(あ~っと、さっきやったのは、こんな感じだったよな。)
押し入れから崩れ落ちて来た大量の布団を力いっぱい両手を前に出して、押しのけて天井に放り出す様な所作だ。
(こう…か!?)
目の先に緑色の玉が現れ、少しのつむじ風を巻き起こした。
(できた!)
「やりゃ出来るじゃないかい。どんな感覚なんだい?」
(あ~、うん。暗黒の中で、両手の先からハー!ってやる様な感じだ。)
「全然わからん。」
(人の体の感覚で感覚を動かす感じの感覚勝負なんだよ。気合な感じだ。)
「肝心な時に出してくれるか不安なってきたよウチは…」
ちゃんとした防具を買おうかと悩むと、フェクトに心を読まれた。
(待ってって!捨てないで!)
「やれやれ…防具なんだから防御魔法は出来ないんかい?宿主に抓られて痛がってるんじゃ、直撃受けたらウチより先にくたばっちまうよ。」
防具の癖にいちいち痛がられるのも面倒だとミランダは呆れる。
ミランダが攻撃を受けたら、当然、防具として来ているフェクトが先に壊れるのが自明だ。
ならばフェクト自身が防御をした方が、持ち主のミランダを守ることにもつながる。
(納得いかね~!お前を守らなきゃ先に俺がぶっ壊れるってことかよ!)
「だったらウチの体を奪ってみることだね。ちゃんと動かせるか保証しないけど。」
(くそ~これなら呪いの剣の方が良かった。え~っと、こうか?こう、ピーカブースタイルな感じで…むん!)
両腕を前に出し、握りこぶしと肘を合わせて身を縮め、固く力を入れる。目が見開くと、前面に半円形の白く半透明なバリアが現れた。
「物理障壁。いいね。出来るじゃないかい。魔力障壁は?」
(え~?クロスガード?)
少し色が濃く、範囲が更に狭くなって分厚くなった物理障壁が出て来た。
「それも物理障壁だね。」
(魔法を防御するって、具体的に何!?耐えるの?!)
「知らないよ。そもそも届いてほしくないんだから、跳ねのければいいんじゃないかい?」
(うーん…うーん?バリア?バリアか?こうか?)
彼は両手をバツ印に交差させ、前に出す。子供がバリアーと言って相手との意思疎通を遠のいて欲しい思いで拒絶する。
横に広い、黄色い粒子状の半楕円がミランダの前を覆った。
「いいね!出来てるよ!もっと集中すれば、ウィザードレイスの火の玉だって掻き消せる。」
(なんとなく、コツが分かってきたぞ。炎とか、こうすればいけるんじゃねえか?)
漫画やアニメの描写である、辛い物を食べて火を噴く姿だ。一生懸命に熱い息を吹きかける。眼前に赤い玉が浮かび上がり、炎が吹き上がった。
(楽しくなってきた。なんか頭冴えて来たぞ。)
「へぇ。やるじゃないか。」
火の玉を飛ばしたり、氷の柱を撃ち出したり、大概ファンタジーの定番魔法を彼は試し撃つ。
すっかり得意げになった彼は、思いついたことを試そうとする。
(ふふん、ミランダ、虚構を現実に変えるのはなんだ?)
「は?」
(やはり分からんか!魔法に必要なもの、それはイメージ!想像せよ!)
彼は額に人差し指と中指を当てる。
(そぉうだ。思い出してきたぞ。こんな技を…気を溜めるんだ!)
閉じた目に光が集中する。彼は暗闇のイメージの中、指先に熱い何かを凝縮させ、レーザーを放った。
(魔〇光殺砲!!!!)
胸当てから一発のレーザーが出た。水晶に向けて放った一撃は、当たった面を溶かしながら奥へと乱反射して掻き消える。
「わーすごいね。」
ミランダは棒読みで答えた。先ほどから練習とはいえ、何度も魔法を使っていたからどうなるかは予想が着く。
(どうよ…うっ…なんだ?気分が…立ち眩みみたいな…)
「魔力の使い過ぎだね。調子に乗ってあんな威力の閃熱光線なんか出すから。」
彼女は少し溶けて歪んだ水晶をじっと眺め見て思いにふけ、ふと頭をよぎる。これなら水晶内にいる魔物を倒せるのではないだろうか?
リスクが多すぎて試す気にはならないが、通用する可能性があるのは、頭の片隅に止めておくべきだろう。このバカみたいな乳房狂いの魔物がいつか、ボス討伐の切り札になるかもしれない。
(うげー、目が回って乗り物酔いしてる気分だ。吐きそうだ。くち…俺の口はどこだ?。)
具合が悪く、触手がうなじに接続されていても今はミランダの思考を読みとっていない様だ。
(なんて、そんなわけないか。)
(どうした?なに笑ってるんだ?)
(あんたがバカっぽくてさ。)
ミランダは笑いながら1層を後にした。彼女が去った後、水晶の魔物が現れ、周囲を見渡した。
大ネズミがとぼとぼと歩いて部屋に入ってくると、水晶の魔物はモンスターを凝視した。
水族館の水槽面にコドモが両手を付ける様に、しかし、じいっと見つめる姿は知性のないクモの様だ。
頭蓋骨の口を大きく開けると、咥内が明るい黄色に光始め、閃熱光線を吐き出した。拡散した光線が、周辺に無数の孔を作る。
魔物の姿はかけらも残さず消え失せていた。




