ふたツナ
人には二つの名前がある
『家』の名前 と
『自分』の名前
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戦国の世。妖怪が溢れていた時代。ある村に美しい少女がやってきた。
少女の名前は深狐弥生
「よくぞお越しくださいました」
村長は丁重に少女を出迎えた。村人もみな手を合わせ拝みありがたやありがたやと口々に感謝を述べた。
「崇めるのはおやめください」
「いえいえ、このような村に名のある巫女様が来てくださっただけでなんと心強いことか…どうか妖怪を退治してくださいませ」
なんでもこの村は蜘蛛の妖怪に悩まされているのだという。村へ繋がる山道に巣をはり人を拐うらしい。
「私はある噂話を確かめるためにここへ来ました。妖怪退治はそのついでです」
弥生は被った市女笠をとり、姿をみせた。長い黒髪に白い肌。切れ長の狐顔の美人だった。
村人達はみな弥生に見惚れた。
「この辺りには『くちなし妖し殺し』の二つ名をもつ妖怪退治屋がいるそうですね」
「はい。確かにおります。しかし各地を放浪しておりましてもう幾年も姿をみておりません」
「『くちなし妖殺し』というのは二つ名…その者の本名を知る者はいないのですか?」
「あの者の素性を知るものはおりません。なにせろくに口がきけぬもので…。いつも風来坊ののうにやってきては妖怪を退治しすぐ去ってしまいます」
「そうですか」
弥生がここにきた理由は『くちなし妖殺し』の正体を確かめることだった。この国で妖怪を殺せる力をもつものはそういない。
「今晩夜道に出向き妖怪を退治して参ります。あとは私にお任せください」
「ありがとうございます!さすがはかの有名な深狐家の巫女様だ!」
村のもの達はみな弥生に土下座して感謝した。弥生は冷めた目でそれを見下し、蜘蛛妖怪がでるという山道へ向かった。
しばらく歩くと木々の間に妖気で作られた蜘蛛の巣がみえてきた。
「これね」
弥生は紅葉の葉を数枚袖から取り出し蜘蛛の巣へ投げた。
妖術・紅狐火
紅葉の葉から激しく炎が上がり、巣を焼き付くした。やがて上半身が男で下半身が蜘蛛の蜘蛛男の妖怪が現れた。
『この女狐が!よくも俺の巣を!』
「ここは《名家》の縄張りよ」
『何が名家だこの売女の末裔が!人もどき妖怪もどきの貴様らが縄張りとは笑わせる』
「…話が通じないから妖怪は嫌いだわ」
弥生は炎を惑い徐々に姿を変えた。耳が生え、爪は鋭くなり牙が生え、髪が狐色に変化し、尻尾がはえた。
これが弥生の本当の姿。
弥生が蜘蛛男に襲いかると、蜘蛛男も糸を吐いて応戦した。弥生は蜘蛛の手足を火炙りにしながら追い詰めていった。蜘蛛男は最後の足掻きで残った脚を伸ばし弥生を貫いた。
『おのれえええよくも俺のあしをぉ』
不意を突かれた弥生は弾き飛ばされた。
しまった、弥生がそう思った瞬間、真上から何者かが蜘蛛男に殴りかかった。蜘蛛男は粉々になり辺りに緑の血や臓物があたりに飛び散った。
蜘蛛男の残骸の上に、モジャモジャの長い赤髪の少年が裸足で立っていた。
弥生は驚いた。
「…なっ…あなたは?」
「っ、うう」
少年は呻くだけで言葉を発しない。
「あなたが『くちなし妖殺し』?」
「ん、う」
口がきけないという話は本当なのね、弥生はそう思った。
少年は弥生をまじまじと見た。弥生も少年をまじまじと見た。
背丈は弥生と同じくらい、年も同じくらい。ボロの着物からはだけてみえる胸板は平らだが、顔だちは中性的で男とも女ともとれる。前髪が邪魔で見えにくいが瞳は金色だ。
無駄かと思ったが弥生は一応名を聞いた。
「あなたは誰?名をおしえて」
「お、つ」
少年は奇妙な発音で声を発した。
「おつ?」
弥生は聞き返した。少年は自分を指差して今度ははっきりとした発音で言った。
「ツナ」
弥生はそれが名であると察した。
「ツナ、それがあなたの名ね」
ツナはうんうんと頷いた。弥生は自分を指差して名乗った。
「私は弥生。みぎつねやよい。助けてくれてありがとう」
ツナは少し頷いた。そしてそのままどこかへ去ろうとした。
「ちょっと待って!」
弥生は引き留めようとしたがツナは怪訝そうな顔をしてそのまま歩きだした。
弥生は考えた。
この力…赤髪と金目、この子人間じゃない。きっと何かの『末裔』だわ
多少は声がでるようだけど話ができるか…この身なりじゃ字も読めなそうね…どうしよう
考えた末、ツナについていくことにした。ついていけば何かわかるかもしれない。
ツナは道中草むらで3匹の野鳥をとった。その後川辺で立ち止まると水をのみ、野鳥を蔓で木に吊るし首をへし折り引きちぎって生き血を啜っていた。
弥生は後退りした。お屋敷で育った弥生はこんな場面を見るのは初めてだった。
ツナは鳥の羽をもいで弥生に差し出した。どうやら弥生のぶんも用意してくれたらしい。
「生は嫌よ」
弥生は紅葉の葉を取り出し投げた。
妖術・弧の葉・駐火
紅葉が燃え火が起り、焚き火となった。
「焼きましょう」
ツナは興味津々といった様子でそれをみていた。
ふたりは火を囲い、鳥を焼いて食べた。食べ終わると沈黙が訪れた。弥生はツナに話しかけてみることにした。
「あなた人間じゃないわね。何の妖怪の血を引いてるの?」
「?」
ツナは不思議そうに首を傾けた。
長い会話はできないか
まあしょうがない
弥生はそう思いつつ、口がきけない相手なら何を話してもいいかという気分になった。
「私は狐の妖怪の血を引いてるの」
ツナは弥生をじっとみていた。弥生は独り言のように話し始めた。
ーこの日ノ本には妖怪の血を受け継いだ家、『名家』があるの
太古の昔、人が増えるにつれいずれ妖怪は滅ぶと考えた大妖怪たちは人との婚姻により『名』を残し代々続く『家』を作ることで子々孫々まで生き残ろうとした
深狐家は『名家』のひとつ狐の妖怪の末裔、私は『名家』の娘に生まれた
私が死ぬまでに成すべきことはただひとつ
子を残し家の名を残す
ただそれだけなのよー
そこまで話すと弥生はため息をついた。
「…私、家を出たい。けどこの国はどこもかしこも名家の縄張りだから、家の名を乗らないとまともに生きていけない」
ツナはポカンとした表情で弥生をみていた。
「でも『くちなし妖殺し』の噂を聞いてね、名家でないのに妖怪退治を生業にしてる人がいるんだって知って驚いた」
「?」
ツナには何も伝わっていないようだった。
「こんなこといってもわかんないわね」
弥生は苦笑いをした。ツナはボロの着物から巾着をだし胡桃をだした。そして弥生に渡した。
「…くるみ、くれるの?」
「ん」
ツナは頷いて笑った。弥生を元気付けようとしてくれているようだった。
「ありがとう」
弥生は頬を赤らめた。その日は野宿だった。弥生にとっては初めての野宿だったが、ツナがそばにいたから恐ろしくはなかった。
横で寝ているツナに弥生は話しかけた
「ツナ…いい名前ね」
私もいつかツナみたいにひとりで生きてみたい
そう思いながら弥生は眠った。
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それから数日。弥生とツナは妖怪を倒しながら旅をした。そして多くの妖怪を倒した。ツナの戦闘はいたって単純。拳で殴り殺す。単純だが、ツナの妖力は強く力負けしなかった。
そしてある日ツナは浜辺へ向かった。弥生は強い妖気を感じた。
「この辺りかなり強い妖怪がいるわ。いかないほうがいい」
「………」
ツナが浜辺をみつめていた。すると浜辺から牛鬼がでてきた。
『ギュウウウ』
牛鬼は不気味な声で囁いた。弥生は冷や汗をかいた。牛鬼はかなり強い妖怪だ。
牛鬼が襲いかかってきた。恐怖で硬直した弥生をツナが庇った。
「ツナ!」
ツナは弥生を自分の後ろへまわし、牛鬼に立ち向かった。
激しい攻防の末、ツナは牛鬼を殴り殺した。
『ギャアアアア』
牛鬼は断末魔と共に消滅した。
「すごい」
弥生はツナの力に圧倒された。しかしツナの様子が変だった。
「ぅうぅうう」
「!?ツナ!?どうしたの!?」
ツナは股を両手で押さえてその場にうずくまった。
「怪我したの?」
「ぅうううう、ぅ」
「ツナ…!」
「い、ぃい」
ツナは股を押さえて苦しんでいた。
「いぃ、ここ、いたい」
尋常ではない痛がりかただ。怪我をしたのかもしれない。かなり戸惑ったが弥生はツナの股関節を開きソコを見ることにした。
「え………?」
弥生は目を疑った。
ツナの局部には性器がなかった。男性器もないし、女性器もない。毛も生えておらず人形のようにつるりとしている。
「なに、これ」
ツナはさらに悲鳴のような声をあげた。
「あ、ああああ」
「ツナ!」
倒れて苦しむツナ。弥生はだんだんツナの体が変化していることに気がついた。
平らだったツナの胸がどんどん大きくなり、尻も膨らんできて、肉体に曲線ができていく。
そしてツナの股間から大量の血が出てきた。
「う、この匂い…」
弥生は鼻が利くのでそれがなにかわかった。この血は経血の匂いだ。
「なに、なんで!?」
「い、いぃ、いたい」
「なにがおきてるの!?」
「や、よい、やよい、いたい、よ」
「!ツナあなた言葉が…」
「いったす、け…て」
「ツナ、たてる?私につかまって」
混乱のなか弥生はツナに肩をかし近くの川まで連れていった。そしてツナの下半身をつけ経血を洗い流した。
川は真っ赤に染まったがしばらくするとツナの経血は落ち着いた。ツナを川から引き上げると弥生は妖術で火を起こしツナの体を暖めた。
そして自分の着物を切り裂き応急の当て布をつくりツナの局部を覆った。つい先程まで何もなかったツナのそこには女性器が形成されていた。
ツナの体は女になった。なぜかはわからない。
その晩、ツナはずっと苦しそうに股を押さえてうずくまっていた。弥生はただ手を握って寄り添った。
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それからさらに数日、ふたりは妖怪を倒しながら日銭を稼いで旅をした。
ツナはすっかり女になっていた。最初にあった時の少年の姿とは大違いだ。
大きな乳はボロの着物からはみ出てしまいそうなほど。着物の丈も短いので少し走ったりすると褌が丸見えになってしまう。
ツナに褌を履かせたのは正解だったわね、
弥生はそう思った。
そして発音はまだ不明瞭だが少しづつ会話もできるようになってきた。
ツナの謎は深まるばかりだった。
まずその妖力の強さ。
何代続いても妖力が衰えず妖術も使えるのは大妖怪の末裔だけ。ゆえに大抵の妖怪たちは人と婚姻を交わすのをやめた。
今残るのは大妖怪の末裔、名家の者のみ。でもツナは名家の出身ではない。
そして牛鬼を倒してから突然女の体になったこと。徐々に喋れるようになっていること。
全てが謎だ。
ツナは一体何者なのだろう?
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西へ向かう途中、ツナは突然立ち止まった。何かの気配を察知しているようだ。
「どうしたの?」
「…………」
話しかけてもツナの視線は上を向いたまま。
ドォン
突如上空から雷が落ちてきた。
「きゃっ!」
ふたりは吹き飛ばされた。雷鳴の中から金色の大きな狐が現れた。
「弥生」
金色の狐は男に姿を変えた。弥生によく似た狐顔の美しい青年で髪を1つに結んでいる。
弥生の兄、深狐弥芯だった
「兄様」
弥生は弥芯に怯えた。弥芯は深狐家の当主で強い妖術を使う。到底敵う相手ではない。
「いい歳をした女が婚儀の日に家出とは…。恥を知れ」
弥芯は弥生を睨んだ。弥生は怯えた。
「俺はおまえに制裁を与えにきた。名家の者が婚姻から逃げるなど言語道断。相手の家にも面目が立たない。恥晒しには相応の罰を与える」
「いやっ」
弥芯は妖術で弥生に襲いかかってきた。しかしツナが弥生を庇い阻止した。
「誰だお前は」
「や、め」
「?」
「やめろ」
ツナは弥芯を威嚇した。
「まって!ツナ!勝てる相手じゃない」
ツナは弥生の制止をきかずに殴りかかった。しかし弥芯は雷と炎の妖術を駆使しツナを攻撃した。弥芯は汚らわしいものを見る目でツナを見下ろした。
「ツナ?…汚らわしい。家出した挙げ句にこんな乞食と関わっていたとは。お前はどれだけ名家の名を汚せば気が済む」
「…汚すも何も元々薄汚れた家でしょう」
弥芯は弥生の言葉に眉間にシワを寄せ怒りを露にした。
「あ?」
「人に媚び生き延びた妖怪と妖怪に媚び生き延びた人との間に生まれた薄汚れた卑しい一族の末裔ではありませんか我々は」
「は、その汚れた一族の汚れた名を使わなければ生きて行けぬ半端者はどこの誰だ?」
「っ」
「口ばかりのお前にはもううんざりだ」
弥芯が弥生再び攻撃した瞬間、ツナが立ち上がり弥芯に拳をくらわせた。妖力のこもった拳だった。
深狐弥芯は驚いた。
なんだ?この女…妖力…何かの末裔か?
弥芯は妖術で攻撃したが、ツナの動きは素早くかわされた。そしてツナの拳に押された。弥芯が妖術を使った戦いで押されるのは初めてだった。
「貴様どこの家の者だ」
「やよい、はなせ、やだって、いってる」
「どこの家の者かと聞いている」
「ツナは、いえ、ない」
「…なに?」
弥芯は雷をツナに当てた。ツナは感電しうずくまって悶えた。
「雷術をくらっても気を失わぬか」
「うぅ…」
「この強さ相当な妖怪の末裔とみた。なんなのだお前は?」
弥生が口を開いた。
「ツナは偶然出会っただけの退治屋です!何者かもわからない。名家とは無関係のものです!」
「…………」
弥芯はツナをみた。ツナはまだ雷に悶えているが意識はしっかりしている。普通ならとっくに焼け死んでいるはず。
弥芯はツナに興味が湧いた。
「何者か調べる必要があるな」
弥芯は狐の姿になるとツナを咥えた。
「こいつは深狐家に連れていく。弥生、お前への制裁はあとだ」
「ツナ!!!」
ツナは弥芯に連れ去れてしまった。弥生はなす術もなくただツナの名前を叫んだ。
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弥生は京都にある深狐家を目指してひたすら歩いた。ここからだとどんなに急いでも一月以上はかかる。
ツナが拐われたのは私のせいだ
弥生は旅路を急いだ。名家は家の者以外は人間も妖怪も畜生同然に扱う。ツナがどんな目にあうか考えただけでもおそろしい。
そして弥生は深狐家に到着した。
「やっとお帰りになられましたか」
使用人の老女が怪訝な顔で弥生を出迎えた。
「ツナはどこ!?」
「はて…ツナ?」
「兄様が連れてきた女がいたでしょう!ツナは生きてるの!?ツナに会わせて!!」
「……ちっ、やかましい…そんなにお会いしたければどうぞご勝手に。おなごは弥芯様の屋敷におります」
弥生は老女を押し退け屋敷へ向かった。正門をくぐりぬけ廊下を走った。
そして弥芯がいる部屋の襖をあけた。
「ツナ!!!」
襖をあけるとツナがいた。弥芯もいた。ツナの太ももに弥芯が頭をのせて、耳かきをしている。
どうみても膝枕耳かきの最中だ。
弥生は予想外の光景に固まった。
「ツナ!?と…兄様…なにして…」
「見ればわかるだろう。耳かきだ。せっかく気持ちいところだったのに邪魔するな」
「……………はぁ???」
弥生は混乱した。
畜生同然に扱われると思っていたのに、人間扱いどころか弥芯に膝枕耳かきをしている。
「弥生!ひさしぶり」
「ツナ……なの」
弥生は唖然とした。ツナは豹変していた。
ボサボサだった赤髪は綺麗に結い上げられ、服も肌けたボロでなく上等な着物を着ている。帯もしっかり結ばれ足袋も履いている。
以前とはまるで別人だ。
「どうして…なにがあったの。その格好、言葉も…喋れるようになったの?」
ツナは喋り言葉はだいぶ流暢になっていた。
ツナは膝上の弥芯に話しかけた。
「弥芯、ツナ、弥生とお話したい。みみかき、あとでいい?」
「いいぞ」
弥芯は起き上がるとすれ違いざまに弥生に言った。
「ツナとふたりでゆっくり話すといい」
ツナは弥生に駆け寄り手を握って庭園へでた。庭には梅の花が咲いていた。
「ツナ…深狐家で何があったの」
「いろいろ、あった」
「…すごく変わったわね」
「うん」
ツナは笑顔見せた。
「弥芯、たくさん物くれた。着る物も、食べ物も、たくさんくれた」
「……この家にいたらロクなことにならない。今すぐにここをでるべきよ」
「いや。ツナ、ここがすき」
「それはあなたが何も知らないからよ!!」
弥生は思わず怒鳴った。ツナは驚いた。
「ここにいたら家の道具になる!女も男も使い捨ての道具と同じよ!!!決められた相手と婚姻して一生家に縛られて、あとに残るのは家の名と子孫だけ…家ために生きて家のために死ぬ人生を送ることになるのよ!!」
弥生は涙を浮かべ唇をかんだ。
ツナは不思議そうな顔をした。
「それが、人が生きること、じゃないの」
「え…?」
「獣も子供つくる、人も子供つくる、でも獣は『家』つくらない。人にだけ『家』がある。名前ある。いろんなもの受け継ぐ」
ツナは地面に指で『家』という漢字を書いた。ひどく下手な字だった。
「ツナ、家ない、家族いない、ずっとひとりだった」
家という漢字の横に小さな丸を描いた。
「ツナ、家のこと習った、家族のこと習った」
丸をひとつづ増やしていく。
「家族は繋がりのある人たち、親と子より、広い繋がり、たくさんの人の繋がり」
そしてツナはすべてを大きな丸で囲った。
「『家』は、家族が住む建物のことじゃない。 家は受け継いだぜんぶのこと。名前と一緒に受け継いだ、ずっと渡してきた、家族よりも、ずっと大きい丸の中」
ツナは微笑んだ。
「それが『家』。ツナは、家に入りたい 。家の名前がほしい。ツナの名前はツナだけ。死んだら終わり。でも、家の名前は、終わらない。家の名前があれば、また、いつか会える」
ツナは弥生を見ていった。
「ツナ、子供がほしい。弥芯、子供つくってくれる。だから、ここにいたい」
弥生は何も言い返すことができなかった。
弥生がずっと拒絶してきた生き方はツナがずっと求めていた生き方だった
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弥生は庭園を去った。ツナは梅の花を眺めていた。
弥生は屋敷に戻り弥芯と話した。
「…これからどうするつもりなのです?」
「なにがだ?」
「ツナの気持ちはわかりました。あの子が求めていることも…でもそれは不可能でしょ?兄様が一番わかっているはず」
「そうだな」
「素性の知れないツナを深狐家が嫁に迎え入れるわけがない…妾にもできないでしょう。子供をつくるなんて到底認めらるわけがない」
弥生は弥芯を問い詰めた。
「そもそも兄様はツナのこを本当に慕っているのですか」
「慕っている」
弥心は断言した。弥生は驚いた。
「名もない浮浪者など兄様から見れば畜生同然かと…本気なのですか」
「本気だ」
正直弥芯がツナに惹かれる気持ちはよくわかった。妖力という力をもつものは大抵心が汚れている。
けどツナは違う。
「……ツナと一緒にいると…家のことなどどうでもよくなった…当主として振る舞うことが馬鹿らしく思えた」
「兄様がそんなことを言う日がくるとは」
「でもツナといたお前ならわかるだろ?」
「…」
「家の名誉を守ることも、汚名を返上することも…家屋も財産も妖術も…代々受け継いできたもの全部捨ててしまいたくなった」
弥芯は手で顔を覆った。情けない声で泣いているようだった。
「全部捨ててツナと一緒に逃げたい…家は俺にとっては牢獄と同じだ。何もかも捨ててツナと一緒になりたい…」
弥生は生まれて初めて兄の本音を聞いた。兄はずっと家の当主であることに誇りをもっていると思っていた。だから嫌いだった。だが実際は弥生と同じだった。
「……でもツナが望んでいるのは家に入ることですよ」
「……あぁ…そうなんだ…当主やめたらツナは俺に興味なくすかもしれない……だからもっとしっかりしなくちゃ…当主としてやってかなきゃ…」
「…兄様ってそんな人だったんですね」
「そうだよ…笑えよ…」
「笑いませんよ。私も同じようなものですから。家出したのをお忘れですか?」
「忘れるわけないだろ。お前が家出したから俺はツナに出会えたんだ」
弥芯は涙を拭き真剣な顔つきになった。
「ツナのことを調べた」
「!」
「生まれたときから声がでず男か女かわからん体をしていたらしいな」
「そうです。私がツナと最初に出会ったとき、ツナは声もでなかったし…その…性器もなかった。でも牛鬼を倒したら急に女になったのです」
「…ツナが生まれた村の生き残りに話を聞けた。どういうわけだかツナが生まれて間もなく鬼が現れて村の者を殺して回ったらしい。ツナの親もそのとき殺された」
「鬼…鬼瀬家が関わっていると?」
「関わっていないと考えるほうが難しいだろう。牛鬼は鬼の眷属だしな」
「ツナは鬼の末裔なのでしょうか?」
弥芯は弥生をみた。
「鬼の末裔…鬼瀬家。ツナと鬼瀬家の繋がりには心当たりがある。何年も前のことだが、鬼瀬家の末娘が婚姻前に家出したという噂を耳にした」
弥芯は嫌みっぽく笑った。
「家出は名家にとって最も許しがたいことだ。名家の血筋が外に漏れればお家騒動の火種になるからな」
「……嫌味ですか?」
「そうだ。深狐家はお前を連れ戻せと大騒ぎだったんだぞ。俺は心底どうでもよかったがな。17の娘がどこでなにをしようと勝手だろう、もういい歳をした大人なのだから」
弥生はイラっとした顔をした。
「私の話はどうでもよいでしょう!で、兄様はその鬼瀬家の家出娘が外で作った子がツナではないかと考えているのですね?」
「ああ。鬼瀬家は近年妖力が薄まって当主以外は妖力が無いに等しいらしいからな。そんな時にツナのような外の血筋で強いものに分家を名乗られたら家の存続に関わる」
「だからツナの村を襲った…けどツナは強くを殺すのには失敗し…苦し紛れにツナの生殖能力を封印するこにした?」
「…そう考えるとすべての辻褄が合う。ツナの体の一部を持ち去り眷属の牛鬼に食わせて封印したんだろう」
「むごい」
「お家存続のためならそのくらいは平気でやる。名家の連中はな」
「兄様はどうなさるのですか?」
「ツナがここにいることはすでに鬼瀬家に知られている。当主同士の御前試合を持ちかけれた。試合は今晩だ」
「!」
「鬼瀬家が勝ったらツナを寄越せだと。深狐家のやつらは騒動を起こすくらいならツナを引き渡してしまえばいいの一点張りだ…試合を受けて勝つしかない。勝てるかどうかは五分五分だがな」
「そんな…」
「何にしろここにいたらツナが危ない」
弥芯は立ち上がりツナを呼んだ。
「ツナ」
ツナは梅の花を持って駆け寄ってきた。
「弥芯、弥生、これ、みて。きれい」
「あぁ、綺麗だな」
弥芯は慈しむような手つきでツナの髪を撫でた。
「ツナ、聞いてくれ。俺は今晩、御前試合をしなくちゃならない。決闘ってやつだ」
「ごぜんしあい?けっとう?」
「戦うってことだ」
「弥芯、強い、きっと勝てる」
「…だといいな。でもツナがここにいると危ないから弥生と一緒にしばらく家を出てほしいんだ」
「!いや!ツナ、ここにいたい!」
弥芯はツナを抱き締めた。
「俺はお前と一緒にいたいよ…ここじゃない場所で」
また情けない泣き顔になりかけていた。ツナは不思議そうな顔をした。
「弥芯、だいじょうぶ?」
「あぁ。大丈夫だ。大丈夫…ツナ、お願いだ。今晩だけでいい、弥生と一緒に家の外へでてくれないか?」
ツナは顔を上げると弥芯にキスをし、横にいた弥生にもキスをした。
「…わかった、ツナ、弥生もすき。一緒に外へいく」
「「ツナ…」」
兄と妹のときめきがシンクロした瞬間だった。弥芯は弥生をみた。
「あとは任せたぞ」
「わかっています」
その晩、弥生とツナは手を取り合って深狐家をでた。なるべく遠くへ遠くへ逃げた。
真夜中になり宿に泊まると弥生はふたりで初めて野宿した日のことを思い出した。
寝ているツナを眺めながら思った。
あなたはひとりで生きてたんじゃなくてひとりで生きていくしかなかったのね
でももう一人じゃない
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翌日、深狐家の者から知らせが届いた。激闘の末、深狐家当主、深狐弥芯は死亡。鬼瀬家当主も死亡。御前試合は相討ちという結果となった。
鬼瀬家は大事な当主を失った落とし前としてツナを引き渡すか、鬼瀬家の時期当主候補に深狐弥生を嫁がせろと要求してきた。
弥芯の訃報を聞いたツナはひどく取り乱した。
「いや!いやぁ!ツナ、もどる!」
弥生はそれを宥めた。
「ダメよ!今もどれば殺され…」
「殺されない!!全員殺してやる!!!」
確かにツナの力なら全員殺せるだろう。しかしそれをさせるわけにはいかなかった。
弥生は匂いでツナの体の変化に気がついていた。
「ツナ、聞いて。あなた気がついてないけどお腹に弥芯の子供がいる」
「!!?」
「私は狐だから匂いでわかるのよ」
「弥芯の子供……」
「お願い。今ツナが名家の者を殺したら一生命を狙われることになる。お腹の子供も…」
弥生はツナの手を握った。そして着ている着物の襟の部分を切り落とし、ツナに渡した。深狐家の家紋の入った部分だ。
「これをもってて。ツナ。あなたの名前は今日から深狐ツナよ。そして遠くへ逃げて子供のためにも」
「……ぅ、弥生も、一緒にきて」
「私は一緒にいけないの」
「ぅ、うう」
ツナは大粒の涙を流した。弥生はツナを抱き締めた。
「ツナ、言ってくれたよね?家の名前があればいつかまた会えるって。私はそれを信じる。家で生きるわ。だからツナも生きて」
「う、うう、弥生また会える?」
「会えるわ。きっと」
弥生はツナにキスをした。ツナは顔を赤らめた。弥生の頬には涙が流れていた。
遠くへツナは旅だった。そして流れ着いた地で身重の女を受け入れてくれる寺が見つかった。
「おまえさん名はなんとう?」
住職の尼がツナに訪ねた。
「…深狐ツナ」
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時はたち2022年。京都のとある高校に狐顔の少年がいた。少年にはある秘密がある。少年は実は妖術が使える大妖怪の末裔で、名家の生まれだ。
放課後になると妖怪退治をしている。
この日も路地で妖怪を退治していた。
すると突然、ドォンという音と共に乱入者が妖怪を倒した。
乱入してきてのはモジャモジャの赤い髪に金色の目をした巨乳の少女だった。
少年は驚いた。自分以外にも妖怪の末裔がいるなんて。少女は少年に名前を訪ねた。
「あなたも退治屋?名前は?」
「……鬼瀬斗津奈」
「私は深狐芯花」
家の名前があればまた、会える。
そして未来でふたりは出会った。