1.始まりのぬいぐるみ
朝。
俺はいつもの時間に横になる。バイトの夜勤明けはのこの時間が一番の至福。カーテンを開けて、日差しを顔に浴びながら寝る。
体はポカポカ、顔はキラキラ。
全くもって、いい人生を過ごしていると、体全体で感じることが出来る。
ーー 一旦自己紹介を入れたいと思う。
俺の名前は、山岡熊有19歳。
名前の由来だったりはよくわからないが、名前の通り、俺の人生は山あり、谷は....ないけど、岡があり、そして目元にはクマがある。
正直、働かずとも良かったが、親には多少の恩も感じているので、バイトと家事の手伝いでありがたく実家に住まわせて貰っている。
ーー あっ、ちなみに高卒です。
朝のルーティンは少し横になり、体全体で暖かさを感じた後、歯磨きや洗顔をして寝ている。
こんな生活だが、満足は出来ていた。
こんな生活に後悔がないわけではないが、身内に寄り添い、それなりの生活が出来ていた。
たまに、異世界転生モノの本を読み、羨ましがりはするが、正直自身には関係のないこと。転生なんてするはずがない。そんなものを信じることはないだろう。
そんな考えを持ちつつ、いつものように歯磨きをしていたが、足元にあった靴下を踏んでそのまま思いっきり、歯ブラシを口に含んだ状態で、顔面からダイブしてしまった。
「......あっ、ヤベッ」
急な出来事に動転はしたが、大丈夫だろう。
なーに死ぬ事はない。
目を瞑り、待てば、後は激痛を待つばかり。
。。。
。。。
「.....痛くない?」
おかしい、アレだけ思いっきり転んだんだ。激痛はあっても、無痛はないだろう。
ーー それとも、本当に死んだ?
気絶しただけでは、ないだろうか。そう考えると、なんだか納得がいった。
気絶経験はないが、気絶とはこうゆう感じなんだろうと。
しかし、死ぬ時のことも知らない。
ーー もしかしたら、死んでいるのでは?
目を開けたら、死後の世界なんてことになったらどうしようか。
死後の世界なら何をしようか?
もし、天国で夢とかが叶うのならば、誰かとお付き合いをしてみたい。
そんな事を次第に考え出していた。
「....クマさん」
「....そうそう、こんな感じで、起きるときは彼女の声で目覚めるのがいいんだよな〜」
「.....クマさん、起きてください」
ーー .........
顔が真っ赤になるのを感じた。
ーー もしや、今までの全部喋ってた?やだ、恥ずかしい。
どこまでが心の中で、どこまでが口に出した事なのか。
ーー あっ、もしや。
目を開けたら目の前には、医者がいて、今まさに目覚めを待っているのではないか?
そう考えると恥ずかしさのあまり、目が開けられなくなった。
「...クマさん、起きてますよね?いい加減目を覚まして欲しいんですけど」
もうダメだ、どうやら先程の独り言は完全に聞かれていたらしい。
どこまでかは、わからないが、もう恥ずかしいなんていっている場合じゃない。
覚悟は決まった。
捨てるものはこれ以上何もない。
迷惑をかけたんだ。
ここは目を覚まし、誠心誠意の弁明。
それが、俺に出来る最後の行い。
目を思いっきり開け、飛びあがろうと....
「⁈」
「⁈」
.........
........キスを試みた。
目の前に広がる異様な光景。長いピンクの髪と人肌。口にあるこの柔らかい感触。周りにさりげなくそらすと、広がっている殺風景な白い空間。
「ウッ⁈」
刹那、ビンタが炸裂。俺の体は数メートルは飛ばされた。
「.......」
「.......」
俺は起き上がり、先程の声の主と対峙した。
目の前にいたのは自身と年が近そうな女性。
先程のピンクの髪は遠くから見るとより輝いて見え、肌は白く、ゆったりとした羽衣にその身を包んでいた。
「.....あの、死んだ件なんですけど」
女性はそう告げたが、自身にはまず言わなければならない事があった。
「「すみませんでした!」」
お互いに頭を深々と下げ謝った。
ーー .....謝った?
「「えっ?」」
また、ハモる。
ひとまず状況の整理をつけるために、話したい。
聞きたい事はあるが、さっきの事もあるし、何よりレディーファーストは大事だから先に譲ろう。
「「あっ、あの、先にどうぞ」」
........
「あっ、じゃあ私から話しますね」
ーー ハモる時は沈黙を貫くのが、俺流
「私の事はひとまずタスキとお呼びください」
女性は一度落ち着いてから、自身をタスキと名乗った。
「それで、今回死んだ件なんですけど」
「貴方が、転生者に選ばれました」
?
「選ばれるまでは、良かったんですが....」
「......その、まさかそんな状態になるなんて」
ーー まさかそんな状態と言ったって何をいきなり言っているんだ?
タスキはそう言うと、何かを取り出し、俺に向けてきた。
「.......クマ...のぬいぐるみ?」
「....はい、今の貴方です」
「えっ?ぬいぐるみ?俺が?」
「.....すみません、私も訳がわからず」
タスキが向けて来たのは鏡で、それは自身のぬいぐるみになっている現実を突きつけて来た。
ーー 転生......ぬいぐるみ.....
「3つほど大事な質問いいですか?」
「......はい」
「じゃあ、まず一つ目はどんな世界に飛ばされるんですか?」
「そちらの世界で言うところの、ドラゴンとか魔法とかがあるファンタジーな世界です」
ーー あっ、ふーん
「じゃあ2つ目の質問なんですけど、ぬいぐるみで転生するって事は、ひとまず俺は安全な民家などに転生するんですか?」
「いえ、ランダムです」
「ほーん」
「じゃあ3つ目の質問、危ない世界ですか?」
「.....いえ、転生していただく予定の世界は現在、とある脅威に晒されるという予言がありました。その脅威への対抗手段の一つとして貴方が選ばれました。」
正直無理だろうと言うのが、率直な感想だった。
「行く意味ないじゃん、無理じゃん」
そもそも、ぬいぐるみで出来ることと言ったら、隙をつく位な気がするが、ドラゴンやモンスターにそれが出来るとは思えない。
「あっ、いや、あのもちろん対抗策として能力が.....」
....
よっ...しと喜んでなどはいない。
肝心なのは能力の内容なのだから、とそっと胸を撫で下ろした。
「能力って何を付与され」
「ちゃんと付与される予定でした」
自身を落ち着かせるために、再度胸を撫で下ろした。
「でしたが、少々あの...先程のトラブルで...」
「その.....私と契約してしまいました」
ーー ....?契約?
「はい、契約してしまったので能力がついたにはいいんですけど」
ーー けど?
「はい....あの、貴方に付与された能力は[プラカード]です」
プラカード、日々の会話ではなかなか聞きなれない単語に少しだけ驚いた。
「プラカード?ってあの、運動会とかで見るアレですか?」
「はい、厳密には範囲10メートル以内に一定サイズ以下のプラカードを生成する能力です」
生成したプラカードで殴る。
そう頭で考えた時多分、その能力では生きられないと本能で悟ってしまった。
「......もしかして、それだけですか?」
「いや、あの、まだ能力はあります。プラカードと言っても、一定サイズ以下なら色と形はある程度自由です」
.......どうも、聞いたのは逆効果だったらしい。
タスキはモジモジしながら、あるものを取り出してきた。
「.....タスキ?」
「はい、能力を使用する際にお使いください」
.....まぁ、考えていても仕方がないが、馬鹿な俺は今更思ったことがあった。
「えっ。あの、俺って、結局死んだの?」
「えっ⁈あっ、はい、お亡くなりになられました」
「......そうか」
「あっ、ご家族の件ですが、あなたは嫌われておりませんでしたよ」
「.......ッ、そっか」
なんで、家族の話を切り出して来たかは知らないが、家族嫌われてなかったのは、なんだか嬉しかった。
「.....わかった、頑張るよ、プラカードだろうが、タスキだろうが、使いこなせば問題ない」
新しい世界で頑張る。そう考えていた。
「.....すみません、ありがとうございます」
「では、時間もあまりないので簡単に説明を」
「クマさん、今日から貴方を異世界に送ります。したがって、お願いしたいことがあります」
お願いとは、魔王討伐とか、大方その辺りだろう。
「貴方には、のちに成してもらう事があります」
「うんう.....はい?」
目的がわからないのは意外だった。
「この世界には、1つの大きな学園があり、その学園内に、幾つかの学科があり、その学科ごとにそれぞれ、島があり、その島ごとに学科の特徴にあう産業が発展しています」
「えっ、ちょっ」
「貴方には、その学園に入り、成すべきことを成して頂きます」
成すべきことなんて、曖昧なものわかるわけないだろう。
「成すべき事って、何をするんですか?」
「....それは今、お答え出来ませんが、タスキを通じ、私と連絡を取れるようになっているので、向こうに着いたら、詳しくお話しします」
「すみませんが、時間があまりないので、今から転送させて頂きます」
「ちょっ」
内容について深く聞かされずに、目の前が真っ暗になった。
先程の白い空間からは想像できない暗闇。
中で、次第に沈むような感覚に陥った。
深く深く、眠りに落ちる。
こうして、山岡熊有もといクマのぬいぐるみの、新しい冒険の幕が上がった。
「.....期待していますよ、クマさん」
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次回の更新は1/24を予定しております。
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