光と影のオーパーツ
「よぉ、サーシャ」
「ああ、マックス。……今日は」
忙しく人や馬車の行き交う大通りは寒々しい色をしていた。声を掛けられて立ち止まったものの、サーシャは早く家に帰りたい気持ちでいっぱいだった。
「あんたも大変だな。女手一つで……」マックスと呼ばれた禿頭の男が励ますように言う。「ティムももうすぐ中学生か。早く息子も働けるようになってくれればあんたも楽が出来るのにな」
朝早くから働きに出て、夕方には家に帰る。帰ったら息子の世話をして、わずかな睡眠を取ったらまた早朝から仕事だ。サーシャは少しの時間もゆっくりはしていられなかった。
「帰ってティムの食事と勉強を見てあげないと……」
「ああ、すまなかったな呼び止めて。呉呉も無理はするなよ」
「ありがとう」
笑顔を作り、頭を下げると、サーシャは家路を急いだ。
ティムは薄暗く狭い部屋で、夢中になっていた。昼間の授業で旧石器時代の貝塚を調べていた時、そこで見つけた不思議なものに。見たこともない記号の書かれたボタンのような所を押すと、とても眩しい光が産まれる。こんなに小さな箱からこんなに大きなエネルギーが発生するなんて、この19世紀ではとても信じられないことだ。
「ただいま」
母が帰って来たことに気がつかなかった。ティムは慌ててそれを後ろ手に隠した。
「何を隠したの?」
サーシャは息子が煙草を隠したのだと思って、顔色を変えた。
「見せなさい」
「ぼく……何も悪いことしてないよ」
ティムは泣きそうな顔で首を振る。
「見せなさい!」
仕方なさそうにティムはそれを前に出した。母は安心しながらも、未来のような小さな黒い箱を見て、不思議そうに聞く。
「それは、何?」
「綺麗なんだ。真っ白な光が作れるんだよ」
それを売れば貧困から脱出できたかもしれない。たとえ量産はできなくとも、珍しい物好きな貴族が高値で買い取ってくれたかもしれない。
しかしサーシャは息子と一緒に、その不思議な光に夢中になった。薄汚れた石壁を光が照らす。そこに母子は両手を使って影絵を作った。
眠る時間を削って、サーシャは息子との影絵遊びに耽った。母の手が演じる悪い狼をティムの手が作る戦士が退治する。そこには夢のような未来があった。
この明かりがあれば暖がとれるわけでもない。夜にも仕事が出来るようになるわけでもない。しかし白い光は、サーシャの心を明るく照らし、ティムの手が壁に作る影を黒く、黒くした。
帝政ロシアの冬が近づいていた。




