俺の戦い
そして今日もまたこの世界での一日が始まった。
朝、この部屋で目覚め。
この世界の服を着て。
王宮で朝食を摂り。
予定されてる仕事をこなす。
慣れてきていた。
いや、正確には違和感が無くなってきた。
こちらでの生活に。
最近では元いた世界のことの、記憶が薄くなってきている。
それがすごく怖い。
でもそれ以上に怖いのは、思い悩むのが少なくなっていく事実だ。
時々何に悩んでいるのかわからなくなる。
何で悩んでいるのかわからなくなる。
悩んでもつらいだけなのに。
もう、いいのかな。
諦めた方が、楽なのかな。
きっと、こっちの世界でも楽しく生きれるかもしれない。
幸せになれるかもしれない。
このまま、流れに身を任せ――
♪~~♪~~♪~~
「…………え」
初めは何が起きたのかわからなかった。
しかしすぐにソレが何か理解し、さらなる混乱に陥った。
それは、スマホの着信音だったからだ。
「そんな……なんで……」
急いで学生鞄に駆け寄って、中身を漁りだす。
着信音が鳴った喜びより困惑が勝っていた。
何故なら――
「バッテリーなんて……とっくに切れてる……」
こちらの世界に来てさみしさを紛らわせるため、写真や動画を見ていたことにより、バッテリーは残ってないはずだった。
鞄の中からスマホを取り出し、震える手でディスプレイを覗く。
そこには――
発信者 高遠良樹
「…………うそ」
前の世界で、あれほど連絡を取りたい人物が表示されていた。
◆
「――で、どうじゃ、何か良い策を思い付いたか?」
人通りの多い町並みを、電話しながら歩く。
すれ違う人々が、怪訝な顔をして俺の方に振り向くが仕方ない。
彼らからしたら、独り言を呟いているようにしか見えないからな。
あまり気にしないようにしよう。
「まあな。それで、あんたにいくつか確認したいことがあるんだが」
「ほう、神託を賜りたいというのだな?」
「そういうのいいから」
こいつは本気なのか冗談なのかわからん。
「あんた昨日、このスマホは次元を越えて通話が出来るって言ってたよな」
「うむ、言ったぞ」
「じゃあ、この世界にいる小山田のケータイにも電話をかけられるか」
「出来るぞ」
「……小山田のケータイの電池がなくなっていたら?」
「問題ない。仮に着信拒否していても、壊れていたとしても通話を受け付ける。……まあ、電話としての体裁を保っていたらの話じゃがの。おぬしのスマホは神器じゃ。世の理から外れてると思え」
やはりか、昨日の時点で大分おかしかったからな。
スマホを地面に叩きつけても無傷だし、カメラは望遠鏡みたいになっていた。
他にも通常のスマホを逸脱した機能を備えているのだろう。
これが先生が俺に与えた加護というわけか。
しかし、相手のスマホの電池がなくても連絡できるなんて、もはや超能力とか呪いのたぐいだ。
小山田と同じように、特殊能力を俺にも与えていたわけか。
「なら、やりようはある」
「ふむ、どうやら覚悟を決めたようじゃな」
「ああ。もうすぐそっちに帰るからよ。帰ったら覚えとけよ」
「では、幸運でも祈るとしよう」
そう言って、先生との通話を終える。
昨日の俺だったら、何故この機能を最初に言わなかったのかと喚き散らしていただろう。
しかし、今ならわかる。
教えなかったのは、わざとだ。
最初にこのスマホの機能を知っていたら、この機能を軸として小山田の救出を考えていただろう。
もしかしたらもっと楽に小山田に接触出来たかもしれない。
だが、それでは駄目だ。その考えでは駄目なのだ。
それでは、能力があるから小山田を助けるだけだ。
本当に助けたいなら逆だ。
小山田を助けるために能力を必要としなければならないのだ。
何故先生はそんな回りくどいことをするのか。
それはあの言葉。
『何故ここが一番最初の異世界なのか』
これだ。
これは恐らく……考えたくはないが。
「きっとこの異世界が一番簡単なんだ」
俺はこの世界に来てからずっとこう思っていた。
『なんでこんなことをやらされているのか?』と。
この考えは当然である。
自分の意志でここに来たわけではないのだから。
だが、異世界を渡り歩くならそれでは駄目だ。
俺が助けるなら。俺の意志が必要なのだ。
自分の意志で、自分の判断で、自分の責任で異世界を進むのだ。
故に、難易度の一番低いこの異世界で自覚を持たせたかったのだろう。
……正直、先生の考えはわからない。
しかし、どうやらあいつ本気で俺にクラスメイト全員を救わせるつもりらしい。
さて、行動を起こす前に腹ごしらえしないとな。
俺は昨日も来た八百屋に足を向ける。
「おばちゃん」
「この店には、お姉さんしかいないんだよ!」
それ、ずっと言い続けるつもりか?
「あら、また来たのかいお兄さん」
「ああ、食い物が欲しくてね。今度はこれで頼む」
そう言って、俺はおばちゃんに五百円玉を渡す。
「お兄さん大丈夫かい?なんでこの国に来たかは知らないけど、金がなきゃ滞在なんて出来ないよ」
「大丈夫。今日帰るから」
おばちゃんば心配そうに果物を渡してきた。
今日はバナナか。
ついでに気になったことを聞いておくか。
「そういえば昨日の話なんだけど。聖女様は何であんなに町から近いところの瘴気を最後に残したんだ?」
国中を旅したなら、普通一番遠いところが最後になるんじゃないのか。
今さらどうでもいいことだが、気になったので質問してみた。
「ああ、それね」
おばちゃんは苦笑しながらそれに答える。
「浄化が終わったら聖女様は帰ってしまうからね。最後はみんなでお見送りをしたいってことになってあそこを残したのさ。普通に考えれば危ないことだってわかるんだけどね、あの時は国中が熱狂してたから」
なるほどね、つくづく聖女様は人気だな。
「最後に一個だけ聞きたいんだけど、この町で一番人が集まるのはどこ?」
「そりゃあ、あそこの広場さ」
そう言って、おばちゃんは通りの向こうを指差す。
そこには噴水のある大きな広場があった。
「わかった。色々ありがとうな、おばちゃん」
「お姉さんだよ、全く」
苦笑しながらおばちゃんと別れる。
やっぱりいい人ばっかりだな。
これじゃあ、小山田が帰るのを躊躇するのもわかる。
◆
広場には沢山の人がひしめき合っていた。
俺は真っ直ぐ広場の中心にある噴水に向かい、その上に立つ。
しかし、まだ低い。
来る途中拝借した、踏み台に使えそうな箱を置きその上に乗った。
うむ、十分だ。
顔をあげると正面には城が見える。
この道を真っ直ぐ行けば城にたどり着くだろう。
舞台は整った――
俺はこちらを見向きもしない民衆に向かって大声で叫ぶ。
「俺の名前は高遠良樹!」
いきなり叫んだ俺に驚いて、何人かの人がこちらを振り向く。
だが、ただの変人だと思い急速に興味を失っていく。
しかしそれは、次の言葉で無視出来ないものとなった。
「あんたたちが聖女と呼んでいる小山田晴美と同じ世界からやってきた!」
その場にいた全員がこちらを向いた。
あんたたち、聖女様に恩返ししたいって言ってたよな。
今がその時だぜ。