決意
寝そべりながら空を見上げる。
辺りはすっかり暗くなってしまった。
星は見えるが、月は見えない。
新月なのか、そもそも月など存在しないのか。
光化学スモッグのない夜空は、現代日本にはない綺麗さを誇っていた。
しかし別に感動することなどない。
そもそも観光しに来たわけじゃないんだ。
夜になっても、気温が急激に下がるなんてことはなかった。
季節は冬ではないらしい。
これなら路地裏で凍死なんてことはないだろう。
あれから特に何もなく、時間だけが過ぎていった。
殴られた痛みが引いても、行動を再開することはなかった。
体は動くだろうが、心が動かなかった。
このまま動かなかったらジリ貧だ。
食べる物もない、寝床もない。
こんな路地裏生活、長く続けられるはずがない。
それでも動きたくなかった。
だって、現状でやれることなんてない。
そもそも小山田の気持ちもわからない。
こっち来てから一年も経ってるんだろ?
もしかしたら帰りたくない可能性だってある。
……いや、わかってる。
これは言い訳だ。
俺は今、やらなくて良い理由を必死に探している。
こうやって、迷っているうちに誰かが事態を好転させるのを待ってる。
きっとそんなことは起こらないだろう。
わかっているんだ。
しかし、心が上向きにならない。
考えても、考えても最後にはここに行き着く。
『どうして、俺が?』だ。
いきなり連れてこられ、クラスメイトを救えと。
やり方は自分で考えろと。
何故も、どうしてもない。
こちらへの意思確認もない。
救出員の人選を間違えてると思う。
こういうのは、正義感の強い内海あたりが適任だろうよ。
ふと、気になった。
小山田はいきなりここに連れてこられて、この国を救うまでに至ったんだよな。
どうしてそこまでやる気になったのだろう。
無理やりか?断り切れなかった?それとも使命感?
いずれにせよ、よくやるよ。
周りは昼間の喧騒が嘘のように静寂に包まれている。
まだそんな遅い時間ではないはずだが、この世界じゃ夜は早いのだろう。
小山田がいるだろう城に目を向ける。
そちらはちらほら灯りがともっていた。
まだ、仕事でもしているのだろうか?
そのうちの一つに、人影がみえる。
「もしかして小山田だったりして」
俺は何気なくスマホを操作して、カメラを起動させた。
ズームにすれば中が見えるかと思ったからだ。
……実際にそんなこと出来るはずがない。
ズームにすれば画角が悪くなるからだ。
遠くにある建物の、窓に映る人物特定なんて不可能である。
気を紛らわせるためにやっただけだ。
なのに――
「……なんだこれ。凄く良く見える」
それはまるで望遠鏡のようだった。
壁のシミまでしっかり見える。
一眼レフじゃねえんだぞ。
「さて、どうかな」
気を取り直して、さっき人影が見えた部屋にカメラを向ける。
そこには――
「…………!小山田………だ」
息を飲む。
本気で探し当てるつもりなどなかった。
人影が小山田とは思っていなかった。
だが、窓に映った人影は小山田だった。
こちらに来てからどうしても会いたかった人物。
その姿を再び捉えることが出来た。
しかし、俺の心が喜びに満ち溢れることはなかった。
――何故なら、窓の中の少女は泣いていたから。
小山田が泣いている。
だれもいない部屋で。
異世界でたった一人で。
「…………」
スマホの画面を閉じ、地面に寝転がる。
俺は――
俺は一体何をしている?
気に入らないから苛立って。
困難だから諦めて。
上手くいかないから拗ねて。
小山田が今どんな想いでいるかなんて考えもしなかった。
決めた。
決めたわ。
王子が引き止めようが関係ない。
国民が恩返し出来なかろうが知ったことではない。
先生が何を考えているかなんて気にも留めない。
俺は小山田を連れて帰る。
先ほどまで止まっていた思考を回転させる。
今ある情報、状況を一から洗い直し方法を模索する。
アイデアなんて容易には浮かんでこない。
しかし、もう諦めることはしない。
必ずお前をそこから連れ出す。