そこにいる、現実
「これは無理だな」
それがこの城を長い時間かけて偵察した感想だ。
まず、正面から入れるか確認したところ、当然一般人が入れる建物ではなかった。
次に別の場所からの侵入口を探したが、これも無理と判断した。
この建物は、まさしく城であった。
観光地なんかじゃない。
外敵を阻むために存在し、敵を速やかに発見出来る機能を備えている。
工作員でもない俺が侵入しようものなら、即座に兵が飛んで来てお縄となるだろう。
並行して情報収集も行っている。
だが返ってくる返事は大体同じだ。
『聖女様サイコー』である。
とにかく悪い話は一つも聞かない。
聖女様は素晴らしい人だ。
聖女様に恩返しをしたい。
そんなのばっかりである。
こんな情報、何の役にも立たないだろ。
一旦城から離れて町に戻ってくる。
困った。どうしようもないぞ。
状況を鑑みるに、小山田に会えれば問題解決に大きく近づくはずだ。
しかし、確実な方法がない。
正面から正直に説明していれて貰うか?
……まあ、門前払いがいいとこだろう。怪し過ぎて会わせられないな。
むしろ、本当だと信じた方がまずいかもしれない。
この国には小山田を帰したくない意見の奴も多数いるからな。
秘密裏に消すなんてこともあり得る。
ならば、城から出てくるのを待つか?
……方法としては悪くないような気がする。
国を救った聖女様を、城から一歩も出さないなんてことはさすがにないだろう。
実際に城の前には聖女待ちの人がたむろっていた。
アイドルのファンかよ。
しかし問題はどれだけ待つのかわからないところだ。
こんな異国の地で、金も持たず長期滞在なんて無理だ。
なので、早期に会えるよう祈ることになる。
都合よく外に出てくるなんでそうそうないだろうし――
「おい!どうやら聖女様が視察に来てるらしいぞ!」
「なぬ!」
町の人の雑談が俺の耳に届いてくる。
どうやって会うかあれだけ頭を悩ませていたのに、突然チャンスが舞い込んできた!
俺は人の流れに乗って、小山田がいるだろう方向に駆け出す。
するとそこには人だかりが出来ていた。
その中心にはドレスを着た小柄な女性が見えた。
小山田だ!
一日振りに見た小山田は少し背が伸びており、大人びた顔をしていた。
しかしそれでも変わらない。
いつものように困った笑顔を浮かべている。
「小山田ああぁぁ!!」
小山田に向かって声の限り叫ぶ。
しかし、大歓声にかき消され小山田には届いていない。
くそっ!もっと近づかないと!
人の波をかきわけ、列の前に行く。
そして小山田が近づいたところて――
「貴様何をしている!妙な格好をしよって!外国の者か!」
兵士が俺の行く手を阻んだ。
「どけよ!俺は小山田に用があるんだよ!」
「何を訳のわからんことを!」
俺は兵士を強引にどかし、前に進もうとする。
目の前に……すぐそこに小山田がいるんだ!
しかし――
「がはっ!」
鈍い痛みが腹部に突き刺さり、膝が崩れる。
兵士の槍の石突きが俺の腹を突いたからだ。
そしてそのまま――
「がふっ!」
槍で頭を叩かれ、吹っ飛ばされた。
「不埒者め!聖女様には指一本触れさせぬぞ!」
痛みと混乱で地面を這いずり回る。
その間にも小山田は離れて行ってしまう。
「ま…………て………」
声を出そうにも、呼吸が上手く出来ない。
脳を揺らされたのか、足にも力が入らない。
俺は市民の大歓声に押され遠ざかって行く小山田を、這いつくばりながら見送るしかなかった。
◆
「はあ……はあ……」
殴られた痛みから何とか動けるまで回復した俺は、身体を引きずって路地裏に入った。
そして感情の定まらないままにスマホを取り出して、先生に電話をかける。
本当に使えるか分からなかったが、それを考える余裕もなかった。
電波はちゃんと飛んだらしく、数コール後先生が電話に出た。
「もしもし。どうじゃ、順調か?」
「一つも順調じゃねえよ!」
電話にでるなり、罵声を浴びせる。
頭の中がぐちゃぐちゃでまともに物事が考えられない。
「小山田が城に軟禁されて会えねえんだよ!城から出てきてもガードが固くて声もかけられねえ!城に侵入する方法もねえ!コンタクトがとれねえんだ!一体どうしろっていうんだよ!なんでこんなことになってるんだよ!」
「ふうん」
先生は興味なさそうに返事をする。
「それで?」
「それでって……」
「何か勘違いしてるのではないか?」
勘違い……勘違いって……お前……
「わしは別におぬしの手助けなどせんぞ」
頭が一気に冷える。
まるで、血管に液体窒素をぶちこまれたような感覚に陥った。
「わしは神ゆえに、おぬしらの転移に関する手筈を整えた、しかしそれは神の責務だからこそじゃ。別におぬしらを想ってのことではない。おぬしがそこでのたれ死んで、誰一人帰ってこなくとも一向にかまわん」
何を……何を言っている。
「いいか、今一度言うぞ。やるのはわしではない、おぬしなのだ」
「今の言葉をよく胸に刻むのじゃぞ。救うのはお前じゃ。お前だけなのじゃ」
「そしてよく考えろ。何故ここが一番最初の異世界なのか。何故ここから始めるのか……わかったな」
ブヂッ
ツーツー
通話か切れた。
頭がフラフラする。
足元が定まらない。
感情が行方を失って彷徨っている。
そして――
「ふざけんなよクソがああああぁぁ!!」
スマホを地面に叩きつけて絶叫した。
今まで抑えていたものが吹き出して止まらない。
「何で!何で俺がこんなことしなきゃなんねえんだよおおお!!」
家族でもない。親友でもない。恋人でもない。ただのクラスメイトのために。
何で俺がこんな目に合わなきゃならないんだ!
何で俺がこんなに重い責任を負わなきゃならないんだ!
何で人の失敗の尻ぬぐいをしなきゃならないんだ!
何で俺を助ける奴はいないんだ!
俺は叫ぶ。
感情のままに。
叫び続ける。
だが――
「………………」
叫んでも現実は何一つ変わらなかった。
残ったのは現状に対する無力感だけだ。
俺は無感情に地面に落ちているスマホを拾い上げる。
……叩きつけたスマホには、傷一つなかった。