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むき出しの善意


「やっぱ城だ」


 建物の影に近づいていくと、その全容が明らかになってくる。

 城だ。しかし、日本式の物ではない。

 中東とヨーロッパを足した感じの建築物だ。

 その周りには建物がひしめきあって町ができている。

 城下町というやつか?

 見た感じ城壁や門は見当たらない。

 これなら侵入も容易だ。

 少なくともこれで人に会うことが出来るだろう。


「……ん?」


 町に近づいていくと、少し離れたところに妙なものが見える。

 この土地は、いわゆる緑豊かなところだ。

 しかし、そこだけが緑が途切れているのだ。


 俺は少しだけその場所に近づいてみる。

 するとそこは想像以上に悲惨な光景が広がっていた。

 地面には草木など一本も生えてはおらず、大地が露出している。

 そして所々に、紫色の沼が地面を覆っていた。


「これが瘴気ってやつか」


 なるほど、こんなものが国中蔓延っていたら神だって危機感を覚えるわな。

 作物だって作れるとは思わない。

 水とか汚染されてたら、生活もままならないだろう。

 しかし――


「なんだって、ここだけ瘴気が残ってるんだ?」


 周りを見渡しても、汚染されているのはここだけだ。

 それはここまで来る過程でも同じことだった。

 よりによって町から程近いここだけが残されてる。


「……」


 考えてもわからないし、あまり直視もしたくないので踵を返す。

 町に着いたらそれも聞いてみるか。





「おおぅ」


 町に入ると、その人の多さに驚いた。

 道を沢山の人が行き交い、町は活気に満ちているのだ。

 建物は石造りだ。

 木製でも、コンクリートでもない。


「何か、外国に来たみたいだな」


 海外行ったことないけど。

 しかし、海外とは決定的に違うことがある。

 近代的機械文明が全然ないのだ。

 車は走ってない、馬車だ。

 建物の中に電灯なんてない、ランプか?

 店を覗いてもレジどころか電卓すらない。

 当然道端でスマホいじっている人などいない。

 むしろ固定電話すら怪しい、電線通ってないしな。


「俺がいた世界とは、文明のレベルが違うのか」


 なるほど、これが異世界ね。

 しかし、これからどうしたものか。

 考えてみるが、今の俺に出来ることは情報収集くらいだ。

 なんにせよ情報を集めないことには始まらない。

 それと――


「腹減ったな」


 ここに来るまでに結構歩いたし、時間もたってる。

 それなのに、朝から口にしたのは牛乳だけだ。


「こんなことなら、朝メシ食っとくんだった」


 後悔するが、朝の時点でこんなことになろうとは予想もつかなかった。

 いや、そもそも朝食はちゃんととるべきだな。

 しかし食べ物を買おうにも、ここで使える金なんて持ってない。

 ……仕方ない。出たとこ勝負だな。

 俺は近くにある八百屋っぽい店に足を向ける。

 そして店員のおばちゃんに声をかけた。


「おばちゃん」

「……」

「おばちゃん~!」

「……」

「……お姉さん」

「はい、いらっしゃい!ご用件はなんだい?」


 呼び方で接客態度変えるんじゃねえよ。


「あら、珍しい格好のお兄ちゃんだねえ。外国の方かい?」

「ま、そんなとこだ」

「それは良いことだ!最近はこの国にも人が来るようになって嬉しいよ!それで何だい?何が欲しいんだい?」

「食い物が欲しいんだが、金がない」

「さすがに金がないんじゃ売れないよ」


 おばちゃんは苦笑している。

 追い返さないところを見ると、結構いい人なのかもしれない。


「わかっている。それで交渉なんだが」


 俺は財布から百円玉を取り出す。


「こいつは俺の国の硬貨なんだ。当然この国では使えないし換金も出来ないだろう。しかし珍しい物ではある。これで何か食い物と交換してくれないか?」

「ふーん、面白いこと言うじゃないか。それに外国の人なのに言葉が上手だね」


 言われてハッとする。

 そういえば言葉通じている。

 店頭に掲げてある文字もちゃんと読める。

 日本語ではないのにだ。

 自然すぎて自分でも気が付かなかった。


「それでこれはどれくらいの価値があるんだい?」

「あ、ああ。果物一個分くらいかな」

「ま、それくらいならいいか。記念にね。それでどんな食べ物が欲しいんだい?」

「そのまま食べられて、お腹が膨れるやつがいい」

「それならこれかな」


 そう言うと、おばちゃんは赤い果物をこちらに渡してきた。

 ……ていうかリンゴじゃん。

 せっかくなので、このまま情報収集もしてしまうか。


「そういえばこの国って、瘴気に侵されてたって聞いてたんだけど」

「その話を聞きたいかい!」


 すげえ食い付いてきた。


「み、見た感じそんな風には見えないからな」

「一年前には決してそんなこと言えなかったさ。国中瘴気が蔓延っていたからね」


 やっばり、瘴気が蔓延してたんだな。


「でも今は見てのとおりさ。大地に緑が戻り、人が笑顔で行き交う」


おばちゃんはそれを嬉しそうに話す。


「それもこれも、全て聖女ハルミ様のおかげだよ!」

「!!」


 来た。小山田の名前だ。


「聖女様か、噂には聞いたことあるがどんな人なんだ?」

「聖女様はね、女神様が異世界より呼び寄せてくれたありがたい御方なんだ。そのお力で、国中の瘴気を浄化してくださったんだよ」


 小山田が異世界から来ているのは、周知の事実なのか。

 それに国中の瘴気を浄化した?


「国中の瘴気を浄化してるのか。どれくらい終わったんだ?」

「ん?全部だよ」


……は?


「いや、全部って」


「聖女様は一年間旅をなされて国中の瘴気を浄化なされたのさ」


 はああぁぁ?

 終わってるじゃねえか!

 何で帰れねえんだよ!

 カミサマ適当なこと言ってんじゃねえぞ!

 いや、ちょっと待てよ。


「ここに来るときに、瘴気に侵された土地があったんだが」

「ああ、あれね。確かにあれが残ってたわね」


 やっばり、終わってなかったか。

 でも、あれ一つだけなら意外と簡単に終わるかな。


「なんだよ終わってないじゃん。何で浄化出来ないんだ?」

「うーん、あれはね。浄化出来ないんじゃないの。残してあるのよ」

「何でわざわざ残してるんだよ。残したって良いことないだろ?さっさと浄化しちまえよ」


 そう言うと、おばちゃんは少し困った顔をした。


「実はね、聖女様がこの地に来られたときに女神様の神託があったのさ」

「どんな?」

「全ての瘴気を祓ったら、元の世界に帰れるってね。だからね、あれを浄化しちまうと聖女様が元の世界に帰っちまうのさ」

「よその世界から来たんだから、帰るのは当然なんじゃないか?」

「でもね、帰って欲しくない人物が現れちゃってね」

「はあ?一体誰だよ」

「この国の王子様だよ」

「なんで、おやま……聖女様を引き止めてるんだ?」


「どうやら、王子様が聖女様に惚れちまって帰って欲しくないみたいなんだよ」


「……」


 絶句した。

 俺は先生から小山田が目的を果たせてないと聞いたときに、条件がきついから駄目なんだと思っていた。

 小山田に課せられた使命が重すぎると思っていた。

 でも違った。

 小山田は立派に使命を果たしてた。

 国の人たちに聖女様とあがめられるほど頑張っていた。

 それが何?

 惚れたから帰さないとか何?

 それってよ、恩を仇で返してるんじゃないのか。


「それは随分勝手なんじゃないのか」

「やっぱりよその人にはそう感じるかい」

「あんたは違うってのか?」

「私は王子様と一緒になってくれたら、こんなにうれしいことはないさ」


 カチンときた。

 好き勝手言ってくれる。


「それはあんたらの都合だろうよ。聖女には関係ないだろうが」

「……お兄ちゃん。あんたこの町をどう思う?」


 いきなり何だ?


「いい町だと思うよ。活気があって笑顔の人も多いし」

「そうかい……でも、一年前はひどかったんだよ」


 おばちゃんはそう言ってつらそうな顔をした。

 それは見せかけではない。本当の苦労を背負った人間の顔だった。


「あの瘴気が国を覆ってから、この町に活気なんてものはなかった。笑顔を浮かべる奴もいなかった。毎日町中で誰かが死に、だれもかれもが生きることを諦めていた。私だってそうさ」


「でも聖女様が降臨なされて、たちまちに私たちを救ってくださったんだ。それは瘴気を祓っただけじゃない。私たちの心を救ってくれたんだ。つまりこの町の活気も、笑顔も、すべて聖女様のおかげなのさ」


「でもねえ、そんな聖女様に私たちは何一つ恩を返せていない。一年間国を回って……それこそ旅なんてつらい思いさせてだよ。そして元の世界に帰ったらその機会も永遠になくなる」


「他の世界から助けに来てもらって、用がすんだら帰って貰うなんて悲しすぎるじゃないか」


「もし聖女様が王子と一緒になってこの国に残ってくれるなら、私は……私たちはすべてを懸けて聖女様をお慕いする。それがこの国の総意さ」

「……」


 ああ、これは良くない。

 俺は初め王子の悪意が小山田を縛っているんだと思っていた。

 逆だ。小山田を縛っているのは善意だ。

 この国の善意が小山田を縛っているんだ。

 悪意なら振り払える。

 でも善意じゃそうもいかない。

 何故なら善意には応えてあげたいと思わせる力があるからだ。

 これなら文句言われながら瘴気祓ってた方がどれだけ楽だったか。

 後腐れなくさっさと帰れるからな。


 これ以上話を聞いてるのもつらい。

 この場を離れよう。


「でもね」

「……?」

「私は聖女様を何度か拝見させてもらったことがあるんだけどね、まだ子供だったんだ。聖女様が帰りたがっているなら、子を持つ親としては帰してあげたいねえ」

「……」

「なんか湿っぽい話になっちゃって悪いね」

「いや、有意義な話だったよ。果物ありがとうな」


 おばちゃんに礼を言ってその場を離れる。

 やるせない気持ちは残ったが、有意義な情報は手に入れた。

 次に向かうべき場所も決まったしな。

 城だ。

 なんにせよ小山田に会わなくては話が進まない。


 ま、小山田に会えれば何とかなるだろ。

 このときの俺はまだこんな楽観的な考えでいた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 恩も善意も勝手な都合には違いない 当人がどう考えているか次第だけど、帰りたいと願っていた場合、完全に余計なお世話になるんだよなぁ
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