第5話:愚弄を超えた愚弄!!
降り立ったそこは、世界によっては『中世』と呼ばれる時代によく似た世界観だった。
レンガ造りの建物。
敷き詰めた植木鉢とよくわからないツタの絡まったガーデニングってやつ。
魔界──少なくとも俺らの──では緑の植物は珍しい。
街並みである。
普通に建っている建物群から、
ちゃんと意匠を凝らした設計が伺える。
定規を粘土使って作られたってことだ。
つまり算術と化学と建築術があるってことだ。
街ゆく人々もしっかり服を着ている。
女性は最低限の装飾類を身につけている。
なるほど、オシャレへの関心も俺らの世界の女性たちと同程度にはあるってことだ。
目の前を通りすぎた女性は、
肩に下げたバスケットに野菜類がはいっていた。
食い物を料理するのも変わらないらしい。
俺たちはガマ先輩にさそわれて、
人気のない裏通りへと移った。
そこで、今回のポイントを教えられる。
……その前に、
「はぇー! すげぇよアニキィ! 本当に異世界に来ちまったよ! あっ、なんかお土産屋があるぜ! いこいこ行ってみよ!!」
あのアホを止めるのが先か。
キララを羽交い締めにして大人しくさせると、
ガマ先輩は言った。
「まず、一番簡単なことから教えます。こういう世界での、最もポピュラーなかませ犬のあり方です」
ガマ先輩がバッグから写真を出す。
赤髪でツインテールにまとめた可愛い女の子が写っていた。
「契約通りなら、この子が約30分後にここを通りがかりまス。俺たちの仕事は、この子に……いわゆる『訳のわからん理屈』で絡むことから始めましょう」
「それは……例えばどんなセリフで?」
だいたい予想はついていたが、いかんせん初仕事だ。
俺が一応訪ねると、
もう一人の痩せこけた先輩が言った。
「『へい、お姉ちゃん! ちょっと俺たちの酌をしてくれねぇか?』……こんなものですかね、いささかテンプレすぎますが」
ああ、やっぱりそんな感じなのね。
なんの捻りもなく。
俺の感心をキララも味わっていた。
次にガマ先輩が取り出した写真には、
黒髪の少年が写っていた。
ガキだ。体も小さい。
人族だ。
「しばらく絡んでいると、この人間が来ます。この世界における『ヒーロー』です。おそらく我々を止めに入るでしょうから、私たちは彼に絡まれたらガンを飛ばして、そして返り討ちにあいましょう」
なんちゅうテンプレートな……
いくらなんでも安っぽすぎませんか?
「まず、俺が手本を見せるから、キララたちはフォローに回ってください」
「あ……き、気をつけることって、ありますか?」
俺が聴くと、ガマ先輩はニッとニヒルな笑みを浮かべて。
「表情に気をつけて」
と言った。
それからしばらくして、
件の女の子が通りかかり、
俺たちは待ちかねたとばかりに声をかけた。
ガマ先輩が女の子に絡み始めてもなお、
俺は正直ドキドキしていた。
うまく、やれるだろうか?
失敗したらどうしよう。
でも、もしかしたら……もしかしたら、
俺は、
これに天才的な才能を持っていて、
──すごいぞ! 我が社始まって以来の天才だ!!
──流石だぜアニキ! ヘヘヘ……!
──せ、先輩として認ざるをえないな……こいつは天才だ!
とか、言われるかもしれない……
いや、そこまではあり得ないだろと自嘲もするが、
いやでも、もしかしたら……
期待と不安に胸が躍る。
それを見透かしたように、やつれた先輩が声かけてきた。
「最初だけだぞ」
……え?
「最初だけだぞ。そんなことを思えるのは……」
意味深な言葉だった。
そして、手筈通りというか、
ガマ先輩は女の子に執拗に絡み続ける。
「へいへ〜いお姉ちゃん! どこいくんだよー? 暇してるなら、俺たちとちょっと付き合わねぇ?」
す、すげぇ!
なんてイヤらしくてゲスっぽい物言いだ。
というか顔つきがガラッと変わっている。
真摯的な目つきはどろっと歪んで口はヘラヘラだらしない。
どこからどう見てもチンピラに見える。
これが魔王軍最高幹部の一人だっていわれて、信じる奴はいないだろう。
「そうだぜオネェちゃん! 普段街を魔物から守ってるのば俺たちなんだぜェ〜!!」
キララが援護する。
が、やはりこいつではサマにならない。
演技はうまいがやはり顔が良すぎる……
ほら! 女の子ちょっと顔、赤くしてるじゃん!!
「ほら、俺たち良い男だろ? 向こうでちょっと、ちょっとでいいんだ。付き合えよぉ〜」
──うまい!
やつれた先輩がすかさずフォローをする。
これでキララの顔の良さを、
「こうやって騙している」という疑惑に変えて、
幾分か嫌悪感に変換できたはずだ。
よし! 俺も……
と声を出そうとした矢先、
背後からナヨナヨした声。
「えっと……なにしてるんですか? 女の子、嫌がってますよ?」
そこには、ひょろひょろのモヤシが立っていた。
……失敬。
写真で見たこの世界のヒーローだ。
「なぁんだぁテメェは!?」
「やっちまえー!!」
ガマ先輩が素早く因縁をつけて殴りかかる。
わざとらしい大振りの右拳を、モヤシくんはひょい、と捌いてガマ先輩を投げ飛ばす。
どごっ!
と音がした。ガマ先輩の頭は地面にめり込んだ。
うそだろ……首から落としやがった!
だが、モヤシくんの顔には首から落としたことで殺したかもしれない罪悪感より、
「えっ? この程度で倒れるの? 受け身は?」
という呆れた類の、
驚きの表情が浮かんでいた。
そして、俺は理解する。
──かませ犬は最強であれ。
──キミたちは強さで上からの13人だ。
──表情に気をつけて。
ああ、なるほど。
そういうことか。
こいつら、手加減とかしないんだ。
それに、大袈裟に「やられたふり」をしなきゃいけないかませ犬の特性も相まって、
肉体そのものが頑強じゃないと死ぬんだ、これ。
だって、受け身とっちゃ、ダメなんだもの。
そして、その事実に気づいて驚いた顔しちゃ、
演技を解いちゃ、ダメってことなのか。
「オラー!!」
次いでキララが振りかぶる。
モヤシくんはまた、簡単にキララを転がした。
「ぎ、ぎゃー! いってぇえ!!!? ぐあえああああ!! し、しぬぅー!!! うえええええろろろろろろ!!!! ぼええええええ!?!?!? オボロロロロロロロ!!!!!」
いや、それは大袈裟すぎるだろ!!
演技過剰だよバカ! 却って元気に見えるわ!!
ほらみろモヤシくん逆に戸惑ってるじゃねぇか!!
「い、今のうちに……」
あ! 待て! 待って!!
ヒロインの女の子! ドン引きしたからって、
まだ行かないで!!
まだ俺はやられてないぞ! まて、
待ってェ────!!!
結局、俺とやつれた先輩はなにもされず、
俺のかませ犬デビューは不発に終わってしまった。
「わりーわりー。アニキの分まで活躍、奪っちまった」
まったくだよ!!
「まったくだ」
ガマ先輩がムクリと立ち上がり、
俺たちは裏路地に入り込んだ。
誰もいないことを確認して、
ガマ先輩は話し始めた。
「キララ! なんですかあの過剰演技は!?」
「あれっス! ヒーローの強さ? 無自覚な超パワー? ってやつがあるって、表現してみたんすけど……」
「やりすぎです! 明らかに不自然なやられ方になっていましたよ! あれではコントだ! ヒーローだって、彼なりに真剣にやってるんです! それを、意図せずとはいえふざけた空気にすることは絶対にやってはいけないことです!!」
「す、すんません……!」
へぇ、キララでもしゅんとなって、頭下げるんだな……
「そして、お前たちは、なぜ黙って立っていた!?」
いや、だってキララの後だと不自然じゃないですか。
「そうだとしたら、『なんてこった! キララの頭が一撃でおかしくなりやがった! あいつやべーぞ!!』とでも言葉でフォローしなさい!!」
な、なるほど!
その手がありましたか……!
ですが、お言葉ですが、そいつの頭がおかしいのは元からです!!
隣で、やつれた先輩は、
ぶつぶつと恨言? を吐いていた。
おお、怖い。
ガマ先輩はふぅ、と息をついた。
「幸い今日はもう一件、ほぼ同じ内容の仕事があります。今度は各自、よりよく工夫するように!」
はい!
「うぃーっす!! 了解っス!!」
「お前は抑えんだよバカ!!」
「へーい! アニキが言うなら」
そして、次の世界。
正直、見た目はなにが違うのかわからない世界。
しかし、ここでアクシデント!
ガマ先輩が会社の連絡で席をたってしまったのだ。
ガマ先輩だけじゃない。
なぜかキララまで、ジャッカルさん直々の指名で一旦会社に戻ることになってしまった!
中止にするか悩むガマ先輩に、俺は言った。
「ガマさん! 俺、やります! やり遂げます!!」
「しかし、キミは初心者だ! 保証上の都合で私の監督なしにやらせるわけには行かない!!」
あ、やっぱそーいうトコしっかりしてんすね……
まあ、会社だもんなぁ。
と俺が挫けていると、やつれた先輩が前に出た。
「ガマさん、俺が見てますよ。それじゃダメですか? 俺とガマさんはほぼ同期だ。階級こそ違うが……監督の仕事なら手筈はわかってる」
え!?
あ、アンタそんなにすごい人だったの!?
「うーむ……しかし……」
「ガマさん。こいつはガマさんが引き抜いたようなもんだぜ? そいつが初仕事でなんの成果も上げられないんじゃ、こいつを推したガマさんも、立場がないんじゃないか?」
「…………」
仕方ない。
ガマさんは諦め口調にそう言った。
そしてキララを連れて会社に戻るために携帯用の『虹の架け橋』を作成する。
「あ、アニキ! ちょっと耳いい?」
帰る寸前、キララが俺に耳打ちする。
「あの先輩にゃ、気をつけろ」
小さな小さな声だった。
俺が疑問を口にする前に、
キララは笑顔になって、架け橋へ向かった。
それから、少し時間が経った。
よし!
頬を叩いて、俺は気合を入れる。
やつれた先輩が、緊張をほぐすために飲み物を奢ってくれた。
良い先輩だった。顔色俺より悪いけど。
にこりと疲れ切ったような笑顔が、
また格別に優しさを感じさせる……
この先輩のどこに気をつけろと言うのか、
キララのやつめ、てきとーこきやがって。
そして、同じように女の子が通りかかって、
俺たちはそれに絡んだ。
うまくできた! イヤな顔されてる!
やった!!
俺はできるぞ!!
俺はできる子なんです!!
そして、同じように背後から声。
ナヨナヨした男の子。
あとは、この子に大袈裟にやられるだけ──
ごめんな。
隣の先輩が、そう言った。
俺がなんのことかと思うの同時に、
先輩はあろうことか、
ヒーローの男の子を全力で殴り殺してしまった。
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