第4話:イケメンに告ぐ〜異性はおろか、同性にすら声をかける勇気のないヤツの人生を哲学しろ!!〜
「はい、じゃあこれに着替えてメイクして、30分後に『虹の架け橋』の前に集合してください」
ガマガエルのようなあの人に、
そう言って支給されたのはトゲ付き肩パッドにモヒカンのカツラ。
革のズボンにトゲ付きの腕輪。
ちなみにパッドも腕輪もトゲの部分は柔らかいゴムで出来ている。
そして、ジャッカルの社内の立派なメイク室に連れて行かれて、
俺とキララと、他にちらほらと、
ジャッカル専属のメイクとスタイリストさんたちに『かませ犬専用メイク』をされている真っ最中であった。
『かませ犬』は基本、3人1組に引率の幹部〜準幹部職の人でセットとのことだ。
当初、俺とキララは別の班に振り分けられたのだが……
「嫌だっ! 俺はアニキと一緒がいい!」
とキララがダダこねてゴネまくった。
困り果てていた指導員に、
なんで俺とキララが別の班なのか尋ねると、
「いや、キミは明らかに『ザ・かませ犬』なチンピラやれる顔じゃん? 彼は顔がいいよね? 良すぎるよね? 彼にヒロインに唐突に絡んで嫌がられるチンピラ役……できると思う?」
ああ、納得するしかねぇ。
俺は頷いた。
俺たちの今回の役割、
俺はヒーローが尋ねる最初の街で、
最初のヒロイン(たち)に、
『おいおいちょっと付き合えって言ってるだけじゃねぇか!』
『普段この街を魔物から守ってるのは俺たちだぜ〜?』
『だからよ、お前たちが俺たちに酌をする! これは当然の義務だよなぁ!?』
と、訳のわからん絡み方をして、
通りすがったヒーローに
「あの、すみません」と声をかけられて、
そのまま殴りに行って、逆にボコられる。
そういう仕事だ。
そして俺はそーいう役がお似合いすぎるだろう。
イケメンに地面に転がされて、
「えっ! こんなので倒れるの!?」ってとぼけた顔のヒーローに見下されて、
ヒロインたちが黄色い声あげてる横でひいひい喚く姿がお似合いだもの。
だが、キララにそれ、できないだろ。
こいつが女の子に声かけても、ただのナンパだもん。
顔良すぎるし、トーク上手すぎるし、相手を褒めちぎるし、普通に飲みに連れて行けるじゃん?
そんなとこにヒーローが、
「あの、すみません」と声をかけてきたら、
普通にナンパしてるの邪魔しにきただけになるやつ、それ!
完全にヒーロー側が頭のオカシイ奴になっちまうじゃん!!
モテないやつの僻みかよ!?
そんなのウケるわけねーって!
っていうかヒーローを盛り立てるのがかませ犬だろ!?
キララおまえ自分でそう言ってたよね?
そんなことしたらヒーローの心におまえ……
下手したら一生モノの心の傷、作っちまうだろーが!!
モテないやつの気持ちを考えろ!
女の子はおろか同性にすら声をかける勇気を持てない人生について哲学しろ!!
これだから人生強制イージーモードなイケメンってやつは……!!
「だから、キララくんには悪役令嬢ものの世界で、ヒロインの本当のヒーローのライバルの公爵家の手下のお調子者の男爵家三男坊とか、そういう役が良いと思うんだけど……」
いやいや、同意です。
説明が長いけど完全に理解した、できた。
今回の格好、上半身裸だし。
こいつが半裸で街をうろついてても、
全然蛮族っぽく見えねーもん。
なんかの撮影か、
あるいは服を着ないそーいう人って思われて終わるわ、間違いなく。
「いや、でもギャップって奴ですよ! 蛮族の軍団に一人、細身のイケメンがいるじゃないですか? 画面、締まりますよ。それって、かませ犬集団として、ちょっと格? ってやつが上がるんじゃないですかね……?」
いや無茶苦茶だろその理論。
推論じゃねーか!
客観視できてる風なだけで100%で主観ですやん!?
「うーん、でも。たしかに最近は顔のいいかませ犬ってのも、増えてきてるからなぁ」
いやいやいや。
諦めんなよ。
そこは説得しろよ!
いや「にかり」じゃねぇよキララおまえこのやろう!
そんなお茶目に笑えるかませ犬なんかいねーよ鏡見ろ!
今お前の目の前にある鏡見てみろちゃんと見ろ!!
しかし、クソ……
こいつ、モヒカンでも普通にかっこいいし、
キマってるのがムカつくわ。
「なぁ、あのガマガエルみたいな人、そんなすごい人なの?」
メイクを終えて『虹の架け橋』への道中、
俺は隣を歩いていた人族に聞いた。
そいつは「えっ?」と心底驚いた顔をした。
「知らねーの?」
言葉を続けた。
「あの人はガマガエル先輩。ジャッカル社長と創設時の付き合いだよ」
「いやいや、それどころか『天魔界大戦』からの付き合いで、昔はジャッカルさんと敵対してたんだと」
へ、へぇー。
やっぱりすごいやつだったのか……
ジャッカルさんと、仲良さそうだったもんな。
「なんでも、殴り合いだけならジャッカルさんより強いとかで、社長が暴走した時のブレーキ役だとかなんとか……」
「つまり! 俺たちみたいな関係ってことか! なぁアニキぃ! なんかシンパシー感じね? シンパシシンパシー!!」
やかましいキララを無視しつつ、
俺は続きを聞く。
彼はかませ犬の中のかませ犬。
会社が毎年行う『かませオブザイヤー』で620万回連続MVP受賞。
もはや伝説のかませ犬とのことだった。
相当にすごいお方だったらしい。
「ってことはさ! そんなすげー人が引率してくれる俺たちって、やっぱめっちゃ有望株に見られてるってことじゃん!!」
えっ? 俺たちの引率ガマ先輩なの?
「いーよなぁーおまえら」
そう言われるが、俺は面接時のゴタゴタを思い出す。
そもそも俺とキララは、なんというかその場の勢いで採用が決まってしまった。
正直、俺もキララも『かませ犬』の極みに行ける気がしない。
いや、到達できなきゃ死ぬんだけどな、
魂喰われて……
いや、ってかそれ、監視されてるのでは……?
『虹の架け橋』にたどり着いた。
俺たちのグループにはやはり、ガマ先輩がいた。
『虹の架け橋』とは、別次元や異界の門のことだ。
随分可愛い名前だが、
遥か昔はもっとごっつい名前だったらしい。
ガマ先輩の前に、
俺と、
キララと、
もう一人が並んだ。
そいつは、ものすごく不健康そうな顔をしていた。
青ざめてるし、目のクマがすごい。
頬も痩けている。やつれている。
こんなやつ、入社式の時いたっけ……?
「よしよし、来たな。いい面構えだ」
ガマ先輩はお世辞か、そう言った。
「先に伝えておくことがある。かませ犬の……というより、会社の絶対のルールだ」
「絶対のルール?」
そうだ。
とガマ先輩は言った。
力強い声だった。真剣な声だった。
「2つある。1つは『決してヒーローを倒してはならない』だ」
ふむふむ。
「もう1つは、『決してヒーローや、その仲間たちと仲良くなってはいけない』ことだ」
ん? そっちはなんでダメなんだ?
俺が疑問に頭を傾げていると、
キララはニッ、と笑みを浮かべていた。
今までの笑顔と違い、
深みがあって、
静かな笑みだった。
ガマ先輩は今は理由を教えない。
と言った。
会社としてそれはどうなんだと思いつつ、
俺たちは『虹の架け橋』をわたる。
世界が開けると、街が見えた。
全く違う景色、全く違う空気。
とうとう俺のかませ道がスタートするんだ。
そう考えると、心なしか胸がドキドキしていた。