「伝説の勇者」なのに「NPC」と結婚しちまったああああああ (いい夫婦の日特別読み切り)
≪ある夜≫
二つの月が輝く星空の下で、俺は悩んでいた。
俺は明日、自分の生涯の伴侶となる人を選ばねばならない。
候補の一人は「アビンカ」だ。
昔、一緒に冒険をしたこともある金髪の幼馴染。今は病気がちの親父さんを支えて一人で頑張っているらしい。「私のことなんか、ほっといていいから」なんて言われたら、ほっておけるわけないじゃん!
もう一人の候補は「ラローラ」だ。
このサボラナ町の町長マドロンさんの一人娘。おっとりとした癒し系美少女、さらに巨乳だ。育ちも家柄もいいし、何より実家が金持ち。きっとこの先の冒険が楽になるに違いない。
苦労の末に手に入れた「虹のヴェール」を明日、どちらかの娘に渡さねばならない。
どっちもというのは無理だ。それに先延ばしもできない。
明日、教会には俺の結婚相手が決まると聞いて、各地から国王やら法王やら喜劇王やらがやってくる。俺は伝説の勇者だ。皆の期待を袖に振る訳にはいかん。
……しかし、だ。
<敷かれたレールの上を進んでいいのか?>
<自分で自分の道を切り開いてこその勇者なのではないか?>
そんな声が俺の脳内を駆け巡った。
静かに川が流れる石橋の上で頭を抱えてジタバタする俺。
そんな俺の傍に一人の町娘が現れ、話しかけてきた。
「こんな夜更けまでお疲れ様です」
「ん? あ、ああ」
見れば栗毛色の髪をした特段何の特徴もない普通の娘だった。
「ああ、NPCか」
俺は一人呟いた。
ゲーム内で世界感を伝えるため、時には情報を伝えるため、TIP的な要素を伝えるため、決められたことしか言わないノンプレイヤーキャラクターだ。
「明日、自分の運命が決まると思うと寝付けなくてな」
「こんな夜更けまでお疲れ様です」
その娘は微笑みながら同じ言葉を繰り返した。
そう、同じことしか言わない。NPCとはそういうものだ。ラローラやアビンカのように特別な設定や容姿、イベントが用意されてはいない。
……
まてよ?
俺は閃いた。閃いてしまった。
モンスターとの戦いに明け暮れ、謎解きのため石を動かしたり、金の腕輪を盗んだ盗賊を倒したり、ピラミッドでは落とし穴に落とされたり。俺の人生は苦難の連続だ。
そんな俺に必要なのは、むしろ「いつも同じ事を言ってくれる」「日常を与えてくれる存在」なのではないか?
その時、二つの月と月とが重なり合い、一つの満月を作った。
……
よし! 俺は決めたぞ!
決意した俺はその娘の手を握った後、大急ぎで宿へ走り帰った。
今思えば、気の迷いだったのかもしれない。
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≪次の日≫
「では、伝説の勇者よ! 其方が選ぶ生涯の伴侶に、その『虹のヴェール』をかけるのじゃ!」
「ははっ!」
町長のマドロンさんが俺を促した。
このサボラナ大聖堂には世界各地から多くの人が駆け付けてきている。「一騎当千」「百戦錬磨」「一日三食」と名高い伝説の勇者である俺の一大イベントを一目見ようと。
俺が振り返ると、そこには二人の女性が俺を待っていた。アビンカとラローラだ。
俺は歩き始めた。
アビンカの前を通りかかった。
「まあ勇者! こんな私でいいの? ラローラさんみたいに女らしくないのに!」
「……すまない」
俺はアビンカの前を通り過ぎた。
それを見たラローラは喜色満面。傍にやってきた俺に嬉しそうに語り掛けた。
「まあ勇者様! 私は守ってもらうことしかできない女ですのよ! それでも私を選んで下さるの?」
「……すまない」
ザワッ
俺が二人を選ばないまさかの展開に、大聖堂の中は大きく騒めいた!
俺はそのまま歩みを進める。
「キャー勇者様ー! ステキー!!」
いた! 昨晩のあの娘だ!
栗毛色の髪のおさげ、そばかすだらけの顔、背も特段高くもなければ美人でもない。胸はぺったんこ。着ている服は粗末な麻の服。
だが、そこがいい!
特別じゃないキミに惹かれたんだ!
飾らないキミが好きなんだ!
俺を癒してくれるのはキミしかいないんだ!!
ファサッ!!
俺はNPCの娘に「虹のヴェール」をかけた!
「俺は、この娘と結婚します!!」
「「オオオオオオオオオッッ!!!」」
聖堂内に大きな驚きの声が満ち溢れた!
その時だった!
ゴーーーーーン!!
ゴーーーーーン!!!
大聖堂の聖なる鐘が二つ鳴った! 俺の選択は間違ってはいない!!
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≪一月後≫
間違いだったかもしれない。
「いやー今日疲れたなー。ヒドラ2匹とサラマンダー三匹を前にしたときは死ぬかと思ったよ」
「いいから風呂入れ」
俺が汚れて帰ってきたときの第一声がこれだ。
「炎がバーっとさ」
「いいから風呂入れ」
「そしてさ」
「いいから風呂入れ」
「……」
ぐぬぬ。
仕方ないから風呂に直行する。
アビンカはあの後、冒険者ギルドに所属し魔法剣士として活躍しているそうだ。
ラローラは俺のことなんか忘れて、言い寄っていた売れない詩人と結婚し楽しく暮らしていると聞く。
俺はNPCの娘と結婚したのだが、彼女には名前がない。名前を尋ねても「ここはサボラナの町よ」としか言わない。サボラナは町の名前だからそれにする訳にもいかず、とりあえず「N子」と呼ぶことにした。
N子は家事をバッチリこなしてくれている。
朝食の準備や洗濯、家の掃除、裁縫や武器の手入れ、書類整理、ご近所さんとの世間話、モンスターがドロップした武器防具の販売、もう二度と使わないフラグアイテムの管理、これから行く洞窟のマッピング、馬車を引くビクトリアの愚痴を聞くなど、ありとあらゆることを完璧にこなしてくれる。
だが、そっけない。
「何やってんの、早く晩ごはん食べなさいよ」
あ、晩御飯フラグだ。
「あ、あの俺、勇者なんだけど」
「冷めるから早く食べてね」
「あ、俺の大好きな生姜焼きだ」
「冷めるから早く食べてね」
仕方なく食べる。
モグモグ
うん、美味しい。
N子は料理が上手い。
これがラローラだったら「わたしー、料理はお抱えシェフがやってくれたから~」とか言ってやってくれなかっただろう。お抱えシェフの料理は旨いだろうが、やっぱり違っただろうな。
「僧侶のやつがさー、俺が黄色くなるまで回復呪文渋ってさー」
「そうなんだー、おもしろーい」
「魔法使いがすぐMP切れするんだよ。HPは無駄に高いのにさ」
「そうなんだー、おもしろーい」
N子は冒険の話に一切アドバイスしない。
これがアビンカだったらなまじ戦闘ができるから「あそこは長い森なんだから当然でしょ」とか「アンタの作戦がイマイチだったんでしょ」とか言ってきたに違いない。俺はN子が冒険の専門外だったのがちょっと嬉しく感じた。
N子との結婚は、心の迷いだったと思うこともある。
でも、何となく居心地がいい。
さて、夜だ。
「あの、久しぶりに、夜、いいかな?」
「早く寝た方がいいですよ」
あれ?
「新婚だし、さ?」
「早く寝た方がいいですよ」
N子はこうなると絶対に変わらない。セリフが変わらない。
確かに疲れて帰ってきたけど、そっちの楽しみも……
でも確かに眠い。冒険の疲れがかなり貯まっているようだ。
まだまだ魔王を倒すまでの道のりは長い。だが、N子のサポートがあればきっとこの道は勝利へとつながるはずだ。
今日は、もう、ねる、か……
スピー スピー
二つの月が重なり合う夜。
勇者が寝入ったことを確認すると、月明りに照らされたN子はフフっと笑った。
「さ、防具の修繕と洞窟の中ボスへの説教、そして僧侶と魔法使いの愚痴を聞いてあげないとね」
勇者は頑張り屋さんだ。頑張り過ぎてボロボロだ。
私がしっかりサポートしてあげないと。しっかり癒してあげないと、ね。
「バカね。私の勇者様」
そう言うとN子は、疲れて熟睡している愛する勇者の頬にキスをした。
いい夫婦の日が素敵な日になりますように