旅立ち
第五話です。
前話にて別視点を挟むと告知していましたが、勝手ながら都合により変更しました。
少し短めですが、お楽しみください。
私は今、崖の中ほどにあるでっぱりに腰かけ、そこから見える風景を眺めていた。
森の木々よりもはるかに高い位置にあるこの場所は、景色の鑑賞にはもってこいだ。
あの日見た景色に勝るとも劣らない絶景を楽しみながら食べる果物は、その体験と相まってまさに絶品といえる。
しかし、この景色も今日で見納め。
私は今日、この森を発つ。
ここに来てからまもなく四か月。
体調も万全になり、旅支度も素人なりに考えてあれこれ用意して。
よし、これだけあれば十分だろうと思ったところで、大変な事に気が付いた。
まともな服がないのだ。
ここに来た当初身に着けていた服は、それ以前から既に穴だらけのぼろ雑巾状態だったから、崖を落ちた時に破れてなくなった。
今の私は、これまで私の糧になってきた動物たちの皮を少し加工したものを纏うだけの、ほぼ原始人スタイル。
今までは、この森に他に人はいないようだったから、これで事足りた。
しかし、これから旅に出るとなれば話は大きく変わる。
こんな格好で人前に出られるだろうか。いや、出られない。
いわゆる服を買いに行く服がない状態なのである。
なので作った。
植物繊維で作ったシャツと短パン。
それなりに見れるような出来にするまでに一週間くらいひたすら編み物をし続けた。
お陰で編み物スキルが一気に成長した。
今ならマフラーくらいならば余裕で編む自信はある。
編み物スキルはさておき。
出来上がった服を着て、その上に獣の皮のマントを羽織れば、簡単な旅の装いとしては十分だと思う。
旅装の用意ができたことで、今度こそ準備は整った。
準備はできたが、やはり名残惜しい気持ちだったので、景色を眺めて感傷に浸っていたというわけだ。
気持ちの切り替えも済んだところで、私はでっぱりからそのまま飛び降りる。
地面が近づくのに合わせて風魔法で落下の勢いを殺せば、私の体は危なげなく地面に降り立つ。
今の私の力量では、勢いを殺す程度が精いっぱい。
一度、空を飛べたら旅が楽になるかとも考えたけれど、バランス感覚や魔法の維持なんかを考えると現実的でなかったのでやめておいた。
落ちたら痛いし。
移動速度は追い風を吹かせるだけでも上がるし、雷魔法で無理やり体を動かせば、さらに早く動くこともできる。
雷魔法の方は、やると体がボロボロになるからできればやりたくないけれど。
回復が早いとはいえ、痛いものは痛いのだ。
お手製のコンパスを取り出して方角を確認する。
はじめはまず南に向かってみるつもりだ。
理由は別にない。
そもそもこの世界の地理などほぼ皆無なのだから、理由などあろうはずがないのだ。
あるとすれば、南にいけば暖かいかなというだけ。
最終的には世界中を回る予定なのだから、始まりはどこだっていいのだ。
今はただ前に進むことだけを考えて。
私は歩き始めた。
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数日かけて森を抜け、頭より高い草の海をかき分けながら進む。
崖から見たときに草原らしいものがあるのはわかっていたけれど、まさか頭が出ないほどとは思わなかった。
私の身長は今百三十センチメートル程度しかないが、私がイメージしていたのはせいぜい膝くらいまでの見晴らしのいい草原。
歩いたらさぞ気持ちいいだろうと思っていたが、現実は森よりもジャングル。
コンパスがあるから方角は間違えないとはいえ、人の手が入っていない自然というものを思い知った気分だった。
そして、背の低い生き物なら身を隠すのにおあつらえ向きなこの場所には、当然それを狙うハンターたちもいるわけで。
幾度も狼のような動物に襲われたけれど、そのことごとくを返り討ちにした。
大体は貫通力のない水流を思い切り鼻先にぶつけてやれば、悶絶して引いていくんだけど。
懲りずに何度も襲い掛かってきた群れのリーダー格っぽい、他より大きな個体は、あまりにもしつこかったので風魔法で紐なしバンジー体験をプレゼントしてやった。
もちろん殺してはいない。
殺すとそれをかぎつけた動物が集まってきそうだし、殺しても全部の素材は持てないからもったいないし。
殺せるから、そのほうが楽だから殺すっていうのは、なんか違う気がするし。
このリーダー格の個体、意外と賢いようで、紐なしバンジーを強制プレゼントしたのが私だと理解したらしく、それ以降は襲い掛かってこなくなった。
その代りなぜかずっと少し離れた後方をついてくるようになった。
それはそれでうっとおしかったけれど、彼らの気配があるせいか、他の動物らがちょっかい駆けてくる頻度が格段に減ったので、移動が楽に済んだのはラッキーだった。
そうしてしばらく草原を進むこと数日。
草のジャングルは唐突に終わった。
「……道だ」
草原の中に突然現れた、むき出しの地面。
それは左右に伸びている。
地面の上を歩いてみれば、踏み固められた固い感触。
おそらく頻繁に使われている道なのだろう。
馬車か何かの轍らしいものもある。
つまり、
(この道をたどれば、人に会えるかもしれない)
この道で人に会えても会えなくても、この道は人がいるところにつながっているはず。
人が集まっているところに行ければ、この世界のこともわかってくるだろう。
そう考えれば、期待に胸が高鳴ってくる。
さて、左と右、東と西のどちらに向かおうかと考え始めたところで、その考えを中断させられることが起きた。
東の方から、馬車らしきものがこちらに近づいてきている音が聞こえてきたのだ。
それも、かなり急いでいるようなけたたましい音が。
少し待っていればここまでやってきそうな勢いなので、道の端によって待ってみることにした。
しばらく待っていれば、音はどんどん近づいてきて、ついのその姿を目視できた。
音の主は、やはり馬車だった。
かなりの速度が出ているようで、みるみるうちに近づいてくる。
こちらに気づくかと思いきや、速度を落とさないまま私の前を駆け抜けていく。
私の前を通るときに御者の男と目が合ったが、馬車はそのまま速度を落とすことなく走っていき、すぐに姿が見えなくなった。
初のこの世界の住人との邂逅は、無視されて終了。
「……別に、悲しくなんてないし」
無視されたのなら、こちらから構いに行ってやる。
やっと見つけた人だ。逃しはすまい。
収音の魔法を使えば、馬車の音はまだ聞こえてくる。
今から追いかければ、追い風の魔法だけで見失うことなく追いかけられるだろう。
私は東西に延びる道を、馬車を追いかけて西へ走り出した。
第五話いかがでしたでしょうか。
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次回もマーガレットのお話の予定です。
ご期待くださいませ。




