令嬢は存在を消される
おはようございます。
第一話より若干ボリューム多めです。
お楽しみいただければ幸いです。
目覚ましはお腹への衝撃と激痛だった。
催す吐き気と痛みをこらえつつ顔を上げれば、牢の入り口に二人の女が立っていた。
片方は苛立たし気に靴を地面に擦り付けている。
どうやら寝ていたところを蹴られたらしい。
「誰が寝ていて良いと言ったのかしら。人の言うことすら聞けないなんて、あの女に似て救いようのない愚図なのね」
「仕方ありませんわお母様。人に非ざる色に醜い容姿。もはや人であるかすら疑わしいのですから」
「ああ、そうでした。お前は忌子。悪魔の子でしたわね」
そう言って二人は、そのよく似通った顔をゆがめてくすくすと笑う。
この二人が、マーガレットを虐待していた義母と義姉である。
この二人、似ているのは顔だけではない。
腰まで伸びる、くすんだ金髪。
釣り上がった目元に、暗みのかかった青い瞳。
太り、脂肪の揺れる顔に、異様な存在感を持ったつぶれた大きな鼻と厚ぼったい唇。
その顔全体は、その心根を隠したい心理が表れているかの如く厚すぎる化粧が施されている。
とてもではないが、褒められるような容姿ではなかった。
(何を思って、この二人を身内に引き入れることを決めたのかね)
マーガレットの記憶から抱いていた印象をはるかに超えてもたらされた衝撃に、私は思わずまともに顔も思い出せない父親に思いをはせてしまった。
「どうしたら主人の御子にお前のような醜いものができるのか、不思議でなりませんわ。きっとあの女の呪いか何かに違いないわね。全く、汚らわしいったらないですわ」
「でもお母様、この見れば見るほどに憎たらしいこの顔も今日で見納めですのね。どうしてもっと早く処分を決めてしまわなかったのかしら。悪魔の子を家に置いていたお知られれば、我が家の名に傷がついてしまいますわ」
少しばかり余計なことを考えている間にも、二人のマーガレットに対する罵倒は続いていた。
しかしそれらは、これまでに幾度となく駆けられてきた言葉であったから、改めて私が何かを感じることはなかった。
(あまりにもマーガレットがかわいそうだから、何とか生き延びてやり返したいとは思うけどね)
どうやらいよいよ私はここから連れ出されるようだから、まずはとにかく、そこでどうにか命をつながなければ何もできないままに終わってしまう。
(意外と何とかなる気はしてるけど)
私はマーガレットの記憶やこの体になってからの少しの時間から、直接手を下されない限りはどうにかなる気がしていた。
逆に、首を刈られたり心臓を一突きされようものなら、この体は今度こそ力尽きてしまうだろう。
それだけは、何とか避けなければならない。
「ジェニファーの言う通りですわね。お前たち、早くこの忌子を我が家から追い出してしまいなさい。ああ、わが家に変な噂がっても困りますから、何か袋にでも入れて持って行ってちょうだい。では、あとは任せますわよ。ジェニファー、行きましょう」
「はいお母様。清めの儀式の準備もございますし、これから忙しくなりますわね」
二人は好きなだけしゃべると、控えていた数人の男たちに指示をだして去っていった。
入れ替わるように、男たちが牢に入ってくる。
「うわ、本当に白の忌子じゃねーか」
「やけに金払いがいい仕事だからどんな裏があんのかと思ってたがよ……」
「無駄口をたたくな。早くしろ」
男たちのうち二人が、私に近づくなり顔をしかめて好き勝って言い始めた。
それを一人が諫め、作業を促す。
「でもよ、寄りにもよってこれだぞ?」
「ああ、あんたは気になんないのか」
よほど私がアルビノであることが気になるのか、男たちはなおも言い募る。
「気にならないわけがないだろう。俺は早くこいつを片付けて金をもらっておさらばしたいんだ。わかったらさっさとしろ」
どうやら諫めていた男も、単純に早く終わらせたいだけのようだった。
それから男たちは特に何かを話すでもなく、作業を進めた。
作業といっても、私の手足に用意されていたらしい枷を嵌め、袋に入れて運び出すだけのことだが。
人さらいと言ったら、必要以上に標的をおびえさせたり、女だったら手を出したりしそうなものだ。
それこそ、地球にあった同人誌みたいに。
その作業中の彼らはやはりどこか私におびえているようであった。
私にというより、アルビノ種特有の容姿に、といったほうが正しいかもしれない。
私とたまたま目を合わせた男は腰が引けすぎて、少しばかり面白いことになっていたし。
それを眺めていたら、思わず笑いが表情に出てしまった。
それを見た男はただでさえ腰が引けていたのに、さらに情けない声を出した上、何かに躓いたらしく引っくり返ってしまった。
(まあ、女の子の体になったとたんに犯されるなんて事になるよりは遥かにマシかな)
過剰におびえる男の醜態を眺めていたからか、妙に落ち着いた心持ちでそんなことを考えつつ、私はされるがまま袋に詰められ、牢から担ぎ出されたのだった。
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袋のまま馬車らしきものに乗せられて、どれぐらいの時間がたっただろうか。
途中で幾度となく意識が飛んでいたし、時間の感覚なんてものはとうの昔に無くしている。
ただ、一日や二日ではない時間が経っているのは確かだと思う。
移動の間には幾度かの休憩を挟んでいたし、なんとなく外が明るかったり、暗かったり変化していたから。
運ばれている間の私の扱いは、もはや生き物でない積み荷のそれだった。
いや、彼らからすればきっとそうなのだろう。
あの屋敷の牢を出てから、ただの一度も水も食事も与えられることはなかった。
当然マーガレットの記憶の中でも絶える事のなかった飢餓感は今も続いている。
それでもなんとか、男たちの気配が離れたところを見計らって魔法で水を飲み、ないよりはましだとかいた汗を舐めた。
そうして凌ぐのにもいよいよ体力の限界を感じ始めた時。
「このあたりまでくれば十分だろう。おい、あれを降ろすぞ」
私はついに馬車から降ろされたのだった。
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「ここで袋から出せばいいのか?」
「いや、出発の前に依頼主から指示があった。少し登るぞ」
聞こえてきた男たちの会話に、私は舌打ちをしたい気持ちになった。
(適当に放置してくれれば一番良かったけど。そうもいかなかったか)
変なことに気を回すくらいなら、いっそ手を下せば手早く済むことなのに。
アルビノ種に忌避感を覚えていたり、どうも関わるのを避けている節があるように思う。
(直接殺したら呪われるとでも思っているのかね)
私が知らないだけで、そういうこともあるのかもしれないけれど。
「なんだよ、ここでも十分だろ。そこらへんに放っておいたって、すぐに食い荒らされるぞ。それに俺たちだって危ないんだぞ」
「貴族に逆らったのがバレたら消されるのは俺たちだ。黙ってそれ担いでこい」
文句をつけていた男はなおも不満を垂れていたようだが、私を担ぎ上げて移動を開始した。
そうして運ばれることしばらく。
私は袋から出された。
運んできた男たちは何かはわからないが、また揉め始めたようだ。
それを背景に、私は周囲を見間をそうとしたけれど、ずっと暗い地下牢にいた私の目は外の光に慣れておらず、まともに見えるようになるのにしばらく時間がかかった。
ようやく慣れてきた目に飛び込んできたのは、特筆することもない、地球の田舎でも見ることができるだろう景色。
それに、私の目は釘付けになった。
山の中腹辺りから眺める、山のすそ野に広がる深緑。
草原らしき浅葱色の中に横たわる、きらきらと光を返す川。
遠目には山の影が見え、それを境に透き通るような青色に、ぽつぽつと真っ白な雲が浮かぶ空が頭上を覆う。
こんな風景、写真やポスター、画像なんかで飽きるほど見てきたはずなのに。
「……綺麗」
不意にそんな言葉が、口をついた。
白と黒とくすんだ金に暗い青しか知らない、彼女の記憶にはなかった鮮やかすぎる色彩に、心が震えるのを感じる。
マーガレットだった部分、とでも言おうか。
すごいね、きれいだね、もっと見たい、もっと見せてと、喜びはしゃいでいる。
それと同時に、
もう、わたしは見られないんだねと、悲しみ泣いている。
そんな気がした。
だから。
(もっと見よう。見に行こう。この世界の、いろんな景色を。君の代わりなんかじゃない。君と一緒に)
どうしてマーガレットの体に"俺"が入ったのか。
何のためにこの世界に来たのか。
この世界から帰ることはできるのか。
これらの一切がわからないけれど。
これらの理由を探すにしても、きっと旅は必要になる。
(世界をめぐる旅。楽しそうじゃないか)
そのためにも、まずは一歩を踏み出そう。
(この世界を生きる覚悟と、自由を求める一歩を)
おぼつかない足を、力を振り絞って動かす。
そして。
私は崖から宙に身を任せた。
第二話目、いかがでしたでしょうか。
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感想もお待ちしております。
次回からはもっと楽しい展開になっていく予定ですので、ぜひお付き合いいただければと思います。




