009 レイナの旅立ち~後編
「レイナお嬢様。馬車の準備が整いました」
「ありがとう。エグレイドまで頼むわ」
執事のセドリックに馬車を用意してもらい、故郷アベンチュリンを発ち、国都エグレイドにやってきた。
昔はアベンチュリンが国都だったって聞いているけど、エグレイドはアベンチュリンに負けないくらいに大きな都市ね。
今、馬車で進んでいる通りの周辺には、小さな家々の間に、広い庭を構えた大きな屋敷が点在している。この大きな屋敷は、国都がエグレイドに遷都してから建てられた物だって言うわ。
スターファスト公爵家の屋敷も、そんな、貴族街から離れた場所にあった。
「お嬢様、お屋敷に到着致しました」
屋敷に入り、私室の窓から外を眺める。
私室があるといっても、前回ここに来たのはとっても小さい頃で、私はこの町、この建物のことをまったく覚えていない。
市民の家々がすぐ傍にあるわ。これはこれで新鮮な物ね。
あそこにある貴族邸は何かしら? 金色の柱がギラギラな感じで、好感が持てない……。
外はまだ明るい。
暗くなるまでに時間がありそうね。冒険者ギルドに行ってみましょう。
この町の冒険者ギルドには、人や情報が多く集まっていると聞いたわ。きっと、そこに行けば、魔王を倒す仲間や古い神殿の情報が見つかるはずよ。
そのまま魔王を倒す旅に出てもいいように準備をして、屋敷を出る。
町の中を行く。
時折見かける金髪の男性を、いなくなった兄さんではないかと確認しながら。
ここが冒険者ギルドね。
アベンチュリンと同じ建物に見えるわ。
中に入ると、話に聞いていた通り、多くの人がいた。
「どんな仲間の募集があるかしら?」
期待に胸を膨らませて、掲示板を見る。
掲示板の周りには何人か人がいて少し見えづらいけれど、その人たちは仲間の募集を見ているのではないようで、討伐の依頼票を見て、すぐに私の視界からは消えて行ったわ。
回復魔法の使える者、レベル不問。
攻撃魔法の使える者、レベル10以上。
盾役をこなせる者、レベル10以上。
前衛アタッカー、レベル20以上。
私だと、前衛アタッカーになるのかしら?
レベル20以上って、まだまだ先の話ね。
「私に合う募集はないわね」
仕方ないわ。受付に行って情報を集めましょう。
日が沈みかけている時間だからかしら、受付は結構混雑している。
並んで順番が来るのを待つ。
前に並んでいる人たちが、用件を済ませて順にいなくなっていく。そのほとんどの者が金貨や銀貨を受け取っているから、依頼の達成報告をしているのでしょうね。
私の番が来た。
「掲示板を見たんだけど、仲間の募集はあれだけかしら? 他にもまだ掲示していない物とかないのかしら?」
「お仲間をお探しですか? そうですね……、お客様は剣士のようですので、今は募集はありませんね。前衛アタッカーは一番成り手の多い職業ですから、募集があっても、すぐに埋まっちゃうんですよ。ですから、ご自身で募集をおかけになられる方が、集まりが早いかと思いますよ」
私が自分で募集をかける?
そうね。それがいいのかしら。
さて、どんな仲間がいいのかしら?
魔王を倒しに行く人募集? これだと分かりにくいわね。
魔王を倒せる攻撃魔法使いと、魔王に負けない回復魔法使いを募集?
でも、それなら実際に目で見て実力を見てから決めたいわ。
募集をかけるのは、保留ね。
「隣国ですが、クレバーの町に行くと、駆け出しの方が多いですから、職を指定しない募集もあるかもしれませんよ」
クレバー。隣のリリク王国にある、冒険者が集う町。
そこに行けば、仲間を見つけることができるかもしれないわね。
「もう一つ、いいかしら?」
「どうぞ」
「古い神殿って、この辺りにはないかしら?」
「そうですね……。お探しの神殿は、この辺りにはありませんね。何かが祀られているとか、周辺に現れる魔物の名前など、もう少し情報があれば、そちらの方面の情報として探すことも可能かもしれませんけど」
古い神殿についても尋ねてみたわ。
でも、残念でした。情報はなかったわ。
何かを祀っているかどうかなんて分からない。
ただ言い伝えで「オーブを手に各地の神殿を巡れ」と言われているだけで、特徴も何も分からない。
古い神殿は勇者の目指す目的地だから、一般には知られていないのかもしれないわね。
仲間を見つけ、もう少し強くなってから改めて探せばいいのかしら。
冒険者ギルドを出て、真っ直ぐに西へと向かう。
西門から外に出た所に、隣国のリリク王国に転移できる転移石があるって聞いたから。
クレバーの町は、リリク王国にある。
そこに行けば、きっと仲間が見つかる。そんな気がして、じっとしていられなかった。
まずは、仲間探しを急ぎましょう。
「これが転移石?」
西門を出て少し歩いた所に、リリク王国行きの転移石があった。
それは、ただの丸い石柱で、ここエセルナ公国と隣のリリク王国の間にある、あの高く聳えるスタンギル山脈を越えられるなんて想像すらできない。
上部には魔法陣かしら、何かが描かれているから、魔法が発動するらしいってことはわかるのだけど。
騙されたような気持ちで、転移石に触れる。
すると、体中が眩しい光に包まれて視界が真っ白になる。眩しさに耐えられずに私は目を閉じた。
すぐに光が収まり、目を開くと、そこには見知らぬ町の門があった。
「ここがリリク王国かしら?」
「ここはリリク王国の王都トトサンテだ。入都税は取ってないから、自由に通りな」
辺りを見回していたら、門衛から答えが返ってきたわ。
慣れた感じで話しかけてきたから、転移石で移動した人は、皆、同じように周囲を見るのでしょうね。
「変わった町ね」
まず、町を囲っているのが木の柵で、門も木で造られている。
町の中は木造の建物がひしめいていて、アベンチュリンやエグレイドのような石造りの家はほとんどない。
隣国なのに、これほど違う物なのね。
道行く人を確認する。
あれはグラントリー兄さん? ……とは違ったわ。
グラントリー兄さんは、どこにいるのかしら?
もう五年も会っていないわ。
連絡くらい、くれたっていいのに……。
翌朝。
日の出とともに宿屋を出て、北門から町を出る。
そして、街道を北へと歩いて進む。
冒険者ギルドで聞いた話では、クレバーの町は街道を北に向かった先にあるということだったわ。
街道は、スターファスト家の馬車で向かいたかったのだけれど、執事のセドリックにはアベンチュリンに戻ってもらったから、馬車はここにはないわ。もっとも、転移石は馬車を転移させられないと聞いたから、戻ってもらって正解だったのだけど。
商人の馬車かしら? 何台も私を追い越して行ったわ。
馬に跨った衛兵ともすれ違った。
この街道は衛兵が見回っているようね。
宿場町で宿をとり、次の日もまた、北へと向かって街道を進む。
魔物にも遭遇せず、ひたすらに歩くだけ。
そんな退屈な気分も、一瞬で消え去ったわ。
前方から、誰かが争っている声が聞えてきたから。
道が曲がっていて、草に邪魔されて先の様子は分からない。
でも草の隙間から、少し先で、火の球が三つ現れて飛んで行ったのが見えた。
火の玉が三つだから、魔法使いが三人いるのかしら?
同時に飛んだから、息の合う三人組に違いないわ。
これはチャンスよ! 魔王を倒す仲間が一気に三人も増えそうなんだから。
「魔物と戦っているのかしら?」
急いで道を曲がる。
あれは、魔物。
二人の少年が、大きなネズミのような魔物二体と戦っている。
もう一人はどこ? ここには二人しかいない。
危ない!
短髪の少年が、魔物に噛みつかれそうになる。
それを、盾をうまく割り込ませて凌いだ。
「ストーン・バレット!」
黒髪の少年が走りながら魔法を撃つ。この少年が魔法使いのようね。手に剣を持っているのに?
最初に見えた三発の火の玉も、まさか、この少年が一人で放ったのかしら?
攻撃してはいるけど、二体の魔物に押されていることに違いない。助けてあげないと!
「助太刀するわ!」
黒髪の少年に襲い掛かろうとした魔物目掛けて、レイピアを振り抜く。
「そんな!」
魔物が手でレイピアを弾いた!
すぐさま後ろにステップし、レイピアを構え直す。
え? ええ?
魔法使いの少年が、剣で接近戦を挑んでいるわ!?
あまり綺麗とは言えない姿勢で、斜め上からの上段切り。
その剣を、魔物は私にしたように、手で弾こうとする。
しかし、少年の剣は魔物の手を切り裂き、そのまま胴体まで剣先が進む。
そして、そのまま剣先から魔法!? 魔法を放ったわ!
魔物の腹部に大きな穴が開き、炎で燃え上がる。
こんな大胆な魔法の使い方、見たことがない!
剣から放つって、どういうことかしら?
アベンチュリンで毎年開催される武術魔術大会でも、魔物の内部から燃やすような、激しい魔法を使う人はいなかったわ。魔術部門は魔法の派手さを競うものだったのに。もし出ていれば優勝するに違いないわ。
もう、決まりね! 魔王を倒す仲間はこの少年たちだわ!
「残り一体!」
短髪の少年が力を込めて左斜めに切り込む。
「なんでだ!」
彼の攻撃は、魔物の手で弾かれる。
弾かれたり、弾かれなかったり。その違いが分からない今、切りつけるのは危険だわ。
「ローズ・スプラッシュ!」
連続刺突なら、どうかしら?
短髪の少年に噛みつこうとしている魔物に、レイピアを無数に突きたてる。
これは弾こうとはしないのね。
私の攻撃に続くように、魔法使いの少年が、再び上段から斜めに切り込む。
弾かれるわ!
やはり魔物は手で払おうとする。
しかし!
魔法使いの少年の剣は、手を貫いてそのまま胴体を二つに切り裂いた。
この少年の剣は、どうして弾かれないの?
魔物は黒い霧となり、やがて魔石となった。
結局、私は一体も倒すことができなかった。
「助けにならなかったわ」
魔法使いの少年でも切り倒せる魔物だったのに、私は攻撃を弾かれた。
こんなに情けない状態では、魔王なんて倒せそうにない。
もうしばらく、修行が必要かしら。
「そんなことないよ。来てくれたおかげで、魔物の注意が逸れて、攻撃を当てることができたんだ」
「おう、助かったぜ。取り込み中悪いが、ちょっとこいつを借りるぜ。少し急いでいるんだ。すまねえ」
私が続きを話し出す前に、二人は茂みの中に消えて行った。
それにしても、少年たちは私に倒せなかった魔物を二体、いいえ、魔石がもう一個転がっているから三体も倒したんだわ。
とても熟練者という感じには見えなかったけど……。
私が倒せなかった魔物をいとも簡単に倒したんですもの。この二人を見逃す手はないわ!
私も修行をし直さないといけないでしょうし、ちょうどいいわ。
魔王を倒せるよう、三人で修行すればいい。
って、二人ともまだ戻ってこないわね。
どこかに行ってしまった?
いいえ。魔石が転がったままだから、きっと戻ってくるでしょう。
しばらくして、二人が戻ってきたから話しかけようとしたら、後ろの方から数人が駆け寄ってきて、二人を取り囲んでしまったわ。
どうやら、二人と一緒に馬車に乗っていた人たちのようで、魔物を倒して馬車を守ったことに感謝しているみたいね。
乗客たちの興奮が落ち着くまで、待ちましょう。
魔法使いの少年は、王宮の魔術師なんだ?
高名な剣士? それにしては、素人の構えだったけど、どうなのかしら。
名を馳せること。それは、これから私とともに成していくこと。
だから、今は高名かどうかなんて関係ない。
ともに魔王を倒す仲間。
少年たちの前に行く。
「私はレイナ・スターファスト。あなたたちは、今日から私の仲間よ!」