083 アネーゴの秘密(町の地図)
あたいはアネーゴ。ネコ・サギ団の団長さ。
転移石。
最近、ここサフィに設置された物だけど、これに触れると、瞬時に国を跨いだ移動ができるって言うじゃないか。
そんな貴重な物を、あのパンダって少年が作ったって? 一体、どうなってんだい?
さて、試してみるとするかねえ。
あたいは、エグレイドにあるやつも、まだ使ったことがないんだ。だから、これが初めての転移ってことになるのさ。
「はっ! 眩しい!」
本当に一瞬で風景が変わったじゃないか。
さっきまでエセルナ公国のサフィにいたはずなのに、ここはリリク王国だって言うのかい!
転移石を使えば、あたいらの仕事も捗りそうだねえ。
「アネーゴ様。ここがパンダタウン、ザマス」
「いちいち言われなくっても、分かってるよ」
なんだい? 外に魔物がいないのに、なんでこんな頑丈そうな城壁で囲っているんだい?
どこかと戦争でもしようって腹づもりなのかねえ。
門衛を見れば、大体、その町のトップの下々への考えが見て取れる。
やる気のない門衛だったら、あたいらの出番さ。そのときは領主のことを聞き出して、夜更けに領主の館にお邪魔するのさ。
でも、ここの門衛はやけに元気があって、取り付く島もない。
「この町で雇ってもらえて幸せです」
なんて、滅多に聞けないセリフを耳にしたじゃないか。
ええ? 普通は不平の一つや二つを漏らすもんだけどねえ。
入町税を取らないのなら門衛を置かなくってもいいだろうに。ネコ・サギ団の紋章をつけた服を着ていても、スルーさ。これなら要らないだろう? 門衛なんてさ。
教育がなっていないのかと思いきや、
「ネコ・サギ団の方でいらっしゃいますね。歓迎します」
どうなっているのかねえ。歓迎されちまったよ。
門の向こうには、真っ直ぐ伸びた広い道。道の左右には等間隔に木が植えてある。そして、その道の果てには巨大な木が見えている。
「うわっ! なんだい、あれは? とんでもない町だねえ」
「向こうに見えるのは、神木の世界樹ザマス」
「そりゃたまげたねえ。世界樹って言やあ、おとぎ話の存在だろう?」
いけないいけない。しばらくの間、遠くにある世界樹に魅了されて、立ち尽くしていたじゃないか。
「初めてお越しになられた方は、みんな驚かれますよ」
門衛が微笑む。
しょうがないねえ。愛想笑いを返しておくかねえ。
「領主館は、あの世界樹の後ろにあるザマス」
「あんな所まで歩くのかい? 遠いねえ」
危うく目的を忘れるところだったじゃないか。
今日は、ここの領主に会いに来たのさ。もちろん、昼間に会うんだけどねえ。
「むっふぅー。あれに乗るだ」
「なんだい? あれかい? 鉄板でも売っているのかい?」
門を通り抜けてすぐの所に、鉄板が数枚敷いてある。
「あれはタクシーっと言って、銀貨一枚で三人をこの町のどこへでも連れて行ってくれる馬車みたいな物ザマス」
「馬が見当たらないけど、男が引いて行くのかい? まあ、なんだかよく分からないけど、銀貨一枚で楽できるんなら使ってみようじゃないの」
銀貨を渡すと、鉄板の上に男が座り、その鉄板ごと浮かび上がる。
「うわ! 鉄板が浮いた!?」
驚いてはみたものの、冷静に考えてみれば、以前にも似たようなことがあったじゃないか……。
ルブラン村で、あのパンダって少年が魔法収納から取り出した物も、浮かんで人を乗せていた。あのときは、透明なガラスに目が釘付けになっていて、浮かぶことなんて、二の次だったんだけどねえ。
「お客さん、どこまで?」
「領主館までザマス。アネーゴ様、早く座って座って!」
しぶしぶ鉄板の上にあるクッションに腰を下ろし、ゲイリー、ボットンも座ると、鉄板がもう少し高く浮き上がり、揺れることなく動き出す。
「この静かな乗り物は、とんでもないじゃないか! これがあれば仕事が捗るに違いないねえ。いや、こっちの話だから気にするんじゃないよ!」
「お客さん。これはエアカーって言う魔道具ですよ。今、馬車ぐらいの速度で走ってますけど、外だともっと出せるんですよ」
初めて乗ったんだけどさ、人を乗せて浮かぶって凄いじゃないか。
これが悪徳貴族の持ち物だったら、間違いなく頂いて行く代物さ。
それに、これだけ静かに物を運べるんだったら、泥棒稼業が捗ること間違いなしさ。後で入手ルートを特定しないといけないねえ。
「アネーゴ様。あの霧のように白い煙が漂う建物が、温泉と呼ばれる施設ザマス。とても珍しいザマスから、用件が終わったら行くことをお勧めするサマスよ」
「なんだい? 用件が終わったら考えとくよ」
「お客さん、着きました。こちらが領主館です。あちらにタクシー乗り場がございますので、お帰りの際もぜひ、メジー商会のタクシーをご利用ください」
あっという間に領主館に着いたじゃないか。最初はすっごく遠くに見えたっていうのにさ。
それに、この世界樹って木は圧巻だねえ。ここからだと、空を突き抜けているんじゃないかと思えるくらい遠くまで幹が伸びているんだよ。
ハァ……。
透き通るような葉からキラキラと漏れてくる日の光に、見惚れちまったじゃないか。
それにしても、こんなに大きな木がリリク王国にあるなんて、今まで聞いたことがなかったのに、一体、どういうことかねえ?
「アポを取ってあるザマス。アネーゴ様、行きましょう」
有能なゲイリーに段取りを任せておけば、間違いがないね。
おかげで、領主館に入るとすぐに、領主補佐に会うことができたのさ。
「ネコ・サギ団のアネーゴ先生。本日は、どのようなご用件で?」
「お前はあのときの嬢ちゃん! なんでここに居るのさ?」
この嬢ちゃんは、あたいん家に遊びに来て騒ぎを起こした、サフィの領主の娘。ここに嫁入りでもしたのかい?
「私、アカリア・ユニテクは領主のパンダ先生の仕事を一任されております。私は領主のすべての権限の行使を認められていますので、どのようなご用件でもお伺いしますよ?」
「はっはっは。本当は俺が領主代理なんだがな。おっと、俺はガッドだ。俺なんかよりも町の運営が上手だから、アカリアにすべて任せているんだ」
嬢ちゃんだけでなく、この男も若いじゃないか。領主のパンダってのも、この間来ていた若い奴だし。どうなってんだい、この町は。
「本日は、孤児の預かりについての相談に来たザマス」
ゲイリーがいろいろ細かいことを説明する。
ネコ・サギ団としても、保護する孤児の数が年々増え続けて、手いっぱいなのさ。しかも、皆、成人したらネコ・サギ団の団員になっちまうし。あたいにしてみれば、孤児たちにはまっとうな職についてもらいたいんだけどねえ。
まあ、そういうことで、今回の相談ってのは、ネコ・サギ団で育てている孤児の一部を、ここの孤児院で預かってもらえないかということなのさ。
「それでしたら、施設を案内しますので、今から向かいましょう」
孤児院は、この領主館の裏にあって、裏口からすぐに行くことができた。
「こりゃまた大層な施設じゃないか」
もっとボロい建物だと思っていたけど、子供たちが遊べる庭まで備えた立派な施設だとはね。
「中を案内しますね」
中は広々としていて綺麗に片づけられている。子供がたくさんいると、散らかるもんだけどねえ。たいしたもんだ。子供たちの独特の匂いがするのは、あたいん家も同じさ。
「こちらが院長のアミル先生です」
「はじめまして。院長のアミルです。職員は他に三名いますが、今は手が離せないのでご容赦ください」
「構わないよ。案内を続けておくれ」
「では、ここからは私アミルがご案内します。こちらにあるのが手洗い場になります。手洗い場には石鹸を完備しておりますので、子供が病気にかかりにくくなっております」
「なんだい、石鹸って?」
なんでも、外で遊んできた手でそのまま食事をすると、病気になりやすいって言うじゃないか。それで、その石鹸ってのを使って手を洗えば、病気になりにくくなるんだとか。
うちにも必要なんじゃないのかい?
ゲイリーに目配せをすると、すぐに頷いたから、任せておけば手配してくれそうだねえ。
「子供たちには、読み書きや計算を教えていますので、大きくなったら、パンダタウンのいろいろなお店で働いてもらうことを想定しております」
そりゃあ、いいじゃないか。孤児であってもさ、将来、大人になったら仕事が得られるってのが気に入ったよ。
親の職業を継げない孤児たちは、大人になると職に困るのが普通さ。それを見越しているってのが、いいねえ。
あたいん所だと、皆、ネコ・サギ団に残ってパシリーズになっちまうから、もう、養いきれないくらいに団員が増えて困っていたんだよ。
「また、子供の希望があれば、剣や槍の扱いを教えることもしております」
いや、ねえ。孤児を預かって欲しいだけだったんだけどねえ。ここじゃあ、預かって食事を与えるだけじゃなくって、独り立ちできるように支援までしているのかい。町の警護や冒険者の職に就くことまで想定に入れているとは、御見それしたよ。
「アネーゴ先生。そのことについては、近日中にもっと規模の大きな施設を展開しますので、ご期待くださいね」
アカリアの嬢ちゃんが何やら付け加えたけど、今のままでも十分じゃないのかい? あたいには分かんないねえ。
「ゲイリー。あたいは決めたよ。後は任せるから好きにおし。嬢ちゃん、院長。今後とも、よろしく頼む」
ゲイリーが、連れてくる孤児についての詳細を打ち合せをし、これで用件が片付いたあたいたちは、温泉とやらに行ってみることにした。
「ここが、その温泉って施設かい? 生温かい風が吹いてくるじゃないか。一体、何があるのさ?」
「温泉って名前のお湯に浸かるザマス。この寒い冬にピッタリでポッカポカになるザマス。で、お肌ツルツルになるザマスよ」
「そうかい。じゃあ、早く案内しな」
「おっと、アネーゴ様は左の女湯ザマス。ボクちんとボットンは男湯ザマス」
受付で使用料を支払って中に入ると、インストラクターって奴がいて、いちいちあたいに指示してくるじゃないか。
裸になれだと?
お湯に入れるってのは、足だけじゃないのかい。
仕方ないねえ。
服を脱いで、指示に従って預ける。
受付で買ったタオルだけを手に、白い扉を開ける。
瞬間、白い煙……、大量の湯気があたいを包みこむ。
ボンッ!
「やだ、変身が解けちゃったわ」
どうしましょう。湯気の向こうにはたくさんの人がいます。
変身してないと、心細くて、こんな所には居られません。
「へんしーん!」
……。
あれ?
どうして?
やだ。変身できない……。
変身が時間を待たずに強制的に解除されただけでなく、もう一度変身することさえもできません。
そのまま扉の所でドギマギしていると、インストラクターのお姉さんがやってきて、優しく温泉の利用方法について教えてくださいました。
体を石鹸という物で洗うのですね。孤児院では石鹸で手を洗うと聞きましたけど、ここでは体を洗います。
「ブクブクしてきました!?」
お姉さんがその泡をタオルに包んで体を拭いてくれます。
洗ってもらうのって、なんて気持ちがいいのでしょう。
最後にお湯をかけてもらって、温泉というお湯の中に入ります。
たくさんの人の視線が気になります。
誰も私のことなんか見ていないのは分かっています。
でも、気になります。人の視線が怖いのです。
「熱い……」
足先に触れたお湯が凄く熱いけど、人の目に耐えられず、目を閉じてドバッと一気に浸かります。
そして、目を開き、鼻からブクブクと少しずつ息を吐いて、湯気の向こうの人を観察します。
みんな天井のほうに目が行っています。
大丈夫。怖く、ありません……。
でも、動くと目線がこちらに来るかもしれません。
じっと、お湯の中で周囲を見回します。
目立たないよう、ゆっくりじっと……。
「ひえぇぇぇ」
なんだか、知らないうちに私も天井を見ていて、天井がぐるぐると回りだしました。
「お客様!」
そこから先の記憶がないのですが、お姉さんがお湯から出してくれたみたいです。
始めは怖かったのですが、温泉っていいですね。
また今度来ましょう。まだ、ちょっと怖いですけど。
変身していなくても、大勢の人の中に居られる自信がつきました。
そして、大量の湯気を浴びると変身できなくなることも判りました。
次に来るときも、こんな私だけど、また、お姉さんが優しく教えてくれますよね?
★ ★ ★
ムートリア聖国の聖都コプンカ周辺を観光して、パンダタウンに戻ってきた俺たち。
シャルローゼが戦後処理を済ませて俺たちと合流するまでには、もうしばらくかかる。
聖都コプンカとパンダタウンを結ぶ転移石を設置したから、一応、領主館に報告に行った。本当の目的は、アカリアに会うことなんだけど。相談とお願い事があると、マジカルレターを受信したからだ。
領主館に行くと、アカリアは席を外しているみたいで、いなかった。
アポなしはまずかったかな?
「おうパンダ! お帰り! アカリアは、ネコ・サギ団と孤児院に行ってるぜ。そろそろ戻ってくる頃じゃねえかな」
執務室で暫く茶を啜って時間を潰す。世間話のついでのように、ガッドには転移石の件を伝えておいた。
まあ、ガッドといろいろ話ができて有意義な時間だったとも言えるんだけどね。
「戻りました。あ、パンダ先生! お戻りになられていたのですね。今、お時間はよろしいですか?」
「うん、いいよ」
「実はですね――」
要約すると、パンダタウンの子供たちを教育する施設を作りたい、ということだった。
今、子供たちの教育は教会がなんとなく行っているけど、それだけでは足りない。町が発展して行くには、俺がガッドに仕込んだような四則演算とかを、もっと多くの人ができるようになるべきだ、と。
アカリアの提案は正しい。
地球でも、子供に教育を受させることで貧困のスパイラルから脱しようとする国があった。
教育は、町の、国の土台を底上げする重要な行為だ。子供たちがより多く稼ぐようになれば、町も発展し、税収も増える。
だからこの提案は、現在、収入のメインを観光客に頼っているパンダタウンの将来を見据えた施策になる。否の打ちようがない。
「町民が、誰でも無償で教育を受けられる学校をつくろう」
教会の教育が無償だから、無償にしないと、広く受け入れてもらえない。長い目で見ると、無償にした教育費用は、税収や人材の充実という形で元が取れるはずだ。
「やっぱりパンダ先生は凄いです! 全部言わなくってもお見通しなんですね!」
講師はどうしよう……。ガッドが暇そうだから、ガッドにしてもらおうか。
「それでですね、体術の講師を、灼熱大地のみなさんにお願いしようかと考えています」
Aランク冒険者パーティ「灼熱大地」が、本当に講師なんてしてくれるのだろうか?
そもそも体術の講師ってなんだ?
「灼熱大地のみなさんがパンダタウンを訪れた際に、商業ギルドで仕事を探していたんですよ。私がその情報を入手して、彼らを押さえてあります」
ははは。メルラドたち、冒険者を引退するのかな?
武闘大会では本戦の一回戦で負けていたけど、あれは相手が悪かっただけだよね。確か、相手はギルドマスターのローランじゃなかったっけ。
で、体術の授業って言うのは、平たく言えば、冒険者としてのすべてを学ぶことを目的とするそうだ。
座学だけでは、子供の成長に合っているとはいえない。体育って考えのないこの世界において、それの代わりに、より実践的な授業を取り入れる。体力もつくし、冒険者としての腕も身につく。合理的かもしれない。
「それで、パンダ先生には設立者として名を連ねて頂くのですが、それとは別に、魔法学の臨時講師をして頂きたいのです!」
「え? 俺が講師? 何を教えれば?」
「やだなあ、先生ったら。ワックス王子が大絶賛していましたよ。魔法の教え方が世界一だ、と」
そんな数日あればすべてを教え終わることでいいんだ? だから、臨時講師?
「それと、立地はここを予定しています。こんな感じで、施設を建設してもらえませんか?」
テーブルの上に広げられたパンダタウンの地図。その中では、既に敷地が確保してあった。
孤児院の北の方角。外壁に隣接する位置に建設する。
「広大な敷地を使うんだね」
「素質に応じて、いくつかの上級コースを用意したいと考えているんです」
アカリアのシルクハットの髪飾りが、日の光を反射してきらりと輝く。
広く浅く学ぶ基礎学習を終えた後に、商業、工業、魔法、冒険者に特化した上級コースに進めるようにする。ここで言う工業は、魔道具の作成や鍛冶、木工などの生活に必要な品を生産する技術を学ぶものだ。
建物も七つに分かれていて、基礎から冒険者までの五つの棟の他に、食堂棟、管理棟がある。寮を用意しないのは、この町に親子で移住してもらうためだ。
アカリアは本当にこの世界の人間なんだろうか。発想が時代の先を行っている。
「分かったよ。早速建設にかかることにするよ。それぞれの詳細を教えてくれる?」
それぞれの部屋数や広さなど、細かなところを詰めて、実際の敷地へと移動する。
既に、それぞれの棟について、ロープで敷地を分割してあり、あとは俺が魔法で生成するのを待っている状態だった。
「クリエイト!」
魔法による学校づくりが始まった。




