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008 レイナの旅立ち~前編(地図)

挿絵(By みてみん)


 ――五年前。リリク王国の東隣、エセルナ公国において。


 この国で第二の規模を誇る大都市アベンチュリンを治めるスターファスト公爵家は、広大な敷地と優雅な邸宅を保有している。

 その手入れの行き届いた綺麗な庭先で、一組の兄妹が剣を持って対峙していた。


 グラントリー・スターファスト、十五歳。

 彼はスターファスト公爵家の長男で、ストレートに伸ばした金髪に金色の刺繍の入った白い衣装を(まと)い、見た目麗しく欠点など見当たらない知勇兼備な美男子だ。

 だが、そんな彼にも悩み事があった。

 それは、ここ最近めきめきと実力をつけてきた五つ年下の妹に、剣技で勝てなくなってきたことだ。


「グラントリー兄さん、本気で掛かってきて!」


 グラントリーが努力を積み重ねて会得した剣技を、いとも簡単に習得し、今では追い越そうとする妹レイナ。


 そして先日、先祖代々引き継がれているオーブが赤く輝いたことが、グラントリーをさらに追い詰めることとなった。


 ――オーブ輝く時、まさに厄災(やくさい)の兆しあり。勇者の力に目覚めし者よ、オーブを手に各地の神殿を巡り、厄災に対抗する力を得よ。


 スターファスト家の先祖は、五百年前に魔王を倒した伝説の勇者で、この家系にはその能力を引き継いだ子が生まれてくる。

 言い伝えでは、オーブは魔王が復活すると輝くとされ、その時点で勇者の力を引き継ぐ者が、復活したであろう魔王を倒す旅に出ることになっている。

 そして、妹のレイナが勇者の力に目覚めつつあり、現世の勇者と(もく)されている。


 なお、復活したばかりの魔王はすぐには活動できないだろうと言われていて、レイナは成人してから旅に出ることになっている。


 将来グラントリー公爵家を継ぐのは勇者であるレイナであって、勇者でないグラントリーはどこかに婿養子に出るか聖職者として出家するかということになっていて、肩身の狭い思いをしている。


 幼い頃から高名な剣術師範に鍛えられてきたこともあって、グラントリーも並みならぬ剣の腕前だが、それでも勇者の力に目覚めつつあるレイナはそれを凌駕(りょうが)する。

 代々、スターファスト公爵家の跡継ぎとして、勇者の力を引き継ぐ者を優先してきたのは、こういった実力の差を考慮してのことだった。


「ソニック・ブレイド!」


 妹に向けて剣技を発動するグラントリー。

 音速で迫る剣先を、レイナは軽いステップで(かわ)して反撃に出る。


「ローズ・スプラッシュ!」


 お気に入りの赤い服が、練習用の木製のレイピアの連撃で激しく揺れる。いや、揺れるのではなく、残像で腕が複数あるかのように見える。腹部を覆う、ベースとなっている白地の部分は腕から遠いこともあって揺れは少ない。剣先の周囲には、突きに合わせるように、赤い花びらが舞っている。


 素早く無数にレイピアを突き出すこの技こそが、レイナが習得した勇者固有の剣技だ。


 カウンターとして連撃をもろに喰らったグラントリーは、ろくにガードもできずに打ちのめされて膝を屈した後、地面に横たわる。カウンターでなければ、軽快なステップで避けることができたのだが。


 レイピアの連撃が止まると、浮いていたレイナの金色の髪が、はらりと背に戻る。


 ――私は、レイナに勝てないのか。私は……、勇者にはなれないのか!


「兄さん、ほら立って」


 レイナは屈みこんで手を差し伸べる。青色の瞳がグラントリーを見据える。


「く……、レイナ、強くなったな」


「もう。兄さん、手を抜かないでって言ったでしょ」


 少し頬を膨らませて抗議するレイナに、心ここにあらずといった感じのグラントリー。


 ――レイナの上達の速さは目を見張るものがある。これからさらに強くなっていくだろう。(くや)しいが、レイナと共に魔王を倒す旅に出たとしても、私では足手まといになる……。


 横になったまま、空を見上げる。太陽の光が眩しく輝き、目を細める。


 ――それにしても、魔王は何故世界を侵略するのか……。何故勇者はそれに立ち向かわないといけないのか……。


 ――こんな可憐な妹がその役割をしないといけないとは、なんと過酷な運命なのだろう……。せめて、私にできることは……。


 その夜。グラントリーは「旅に出ます。探さないでください」と置手紙を残して失踪した。


  ★  ★  ★


 私はレイナ。今年、成人した私は、遂に魔王を倒す旅に出ることになったわ。優しかった兄さんがいなくなってから、もう五年も経つんだ……。


 真っ直ぐに魔王のいる城に向かいたい。でも、その前に、言い伝えに従って各地の神殿を巡らないといけないの。

 神殿がどこにあるのかは分からない。それで、執事のセドリックの勧めで冒険者ギルドって所に行くことしたわ。御先祖様が神殿の場所を伝えてくれれば良かったのに。


 ここが冒険者ギルド――、え? ここ酒場じゃないの? なんだか、赤ら顔の男どもが私を舐めるような視線で見てくるし、正直気持ち悪い。もしも近寄ってきたら、叩き切ろうかしら。

 本当は回れ右をしてすぐにでも立ち去りたい気持ちで一杯だけど、ここには困っている人々からの依頼が集められているらしいから、我慢するしかないわ。

 魔王を倒すだけでなく、世界各地の困っている人を助けるのも勇者の仕事。

 酔っぱらいの視線ぐらい、きっとそのうち慣れるでしょう。


 さてと。早く用件を済ませましょう。

 えっと……。あ! あのカウンターの所にいる女性に尋ねるのが良さそうね。さっさと行きましょう。


「ちょっと良いかしら?」


「初めてご利用の方ですね? 私ルベライトがご案内しますね」


 初めて冒険者ギルドに来た人かどうかは、その視線の彷徨(さまよ)いや戸惑うような仕草などで分かるそうで。私、そんなに不審な感じだったのかしら?


 彼女の説明によると、ここには国や町の困りごとが依頼として集められている。でも、それを受けるには、冒険者として登録をしないといけない。


「そうなの? じゃあ登録するわ」


 差し出された用紙に名前を書いたら、丸い水晶玉のような物に手をかざしてくれって。これは能力鑑定の魔道具という物らしく、手をかざすだけで私の能力が分かるみたい。


 そっと手をかざす。


 この作業にはまだ時間がかかりそうだから、今のうちに神殿について聞いてみるのが良さそうね。


「この辺りに、古くからある神殿はないかしら?」


「神殿ですか……。この辺りにはありませんね。エグレイドにある本部の方が情報が集まりやすいですから、そちらで尋ねてみられてはいかがでしょう」


「ありがとう。そうするわ」


 この国の冒険者ギルド本部が国都エグレイドにあって、そちらに行けば、いろいろ情報が集まっているのね。明日にでも改めて向かいましょうか。


「お待たせしました。登録が完了しましたのでお受け取りください」


 銀色のカードを受け取った。

 カードの表面には「レイナ・スターファスト LV1 ランクC」と書いてある。


「これは?」


「冒険者カードと言います――」


 ルベライトさんが冒険者カード、依頼の受け方、冒険者ランクなどの説明を丁寧にしてくれる。その途中で「あっ」と口に手を当てて目を丸くするから何事かと思ったら、


「あれれ、ランクCですね!? 少々お待ちください」


 初めて登録する場合は冒険者ランクはFのはずなのに、私のランクがCになっていることが何かの間違いではないかということで、彼女は手元に浮かぶ文字をタッチして調べだした。


「え? うそ? レ、レイナ・スターファスト様は勇者様でしたのね! 勇者様はランクCからという取り決めになっております」


 握手をしたそうに手を出してきたから、それに応じて手を差し出したら、両手で握られちゃったわ。そのまま説明を聞くと――


 冒険者ギルドが発行する依頼には冒険者ランクの制限があって、指定の冒険者ランクの依頼か、それより二段階下の依頼までを受けることができる。

 私が受けられるのは、ランクC、D、Eの依頼だけで、一番下のランクFの依頼は受けられない。

 勇者には生まれながらにしてランクCの依頼をこなせる実力がある、と冒険者ギルドは認識している。


 もう少し話を聞くと、彼女はこの町の出身ではないそうで、スターファスト公爵家が勇者の末裔だと知らなかったようね。まあ、勇者って伝説上の存在だから、仕方ないわね。


 他にもいろいろ教えてくれたことだし、折角だから今ここで依頼を受けてみることにしたわ。


「この依頼を受けてみるわ」


 アベンチュリンから東に向かう街道における魔物の駆除、ランクE。

 指定の場所に行って魔物を八体倒せばいいだけの仕事。

 道行く人たちが魔物に困っているでしょうからすぐに行かないといけないわ。


 ルベライトさんが言うには、街道の周辺には元々それほど強い魔物はいなかったのに、ここ近年、時々強い魔物が混じるようになったから注意して欲しいと。

 どんな魔物だろうと切り伏せるから問題はないでしょう。


 手続きを済ませて、目的地に向かう。


「馬車に乗らずに街道を歩くのも、いいものね」


 いつもは護衛に守られた公爵家の馬車に乗って街道を移動していたから、一人で街道を歩くのって、とても新鮮な体験だわ。


「あの辺りね」


 街道に隣接する広い草原へと足を踏み入れる。

 担当する区域は結構広く、傾斜や樹木などがあって見渡しただけでは魔物を見つけることはできない。


 あそこに林のようになっている個所があるから、そこに行けば魔物がいそうね。


 膝くらいまでの草を踏み倒したり、レイピアで薙ぎ払ったりして林の方へ進んで行くと、途中でカマキリのような魔物を発見した。


「いたわ! スラッシュマンティスね!」


 魔物もこちらに気づいたようで、突進してくる。


「人々を襲う魔物! 成敗するわ」


 魔物に向かって駆け出し、レイピアを一閃する。

 的確に急所を捉えた一撃は、魔物の頭を空に飛ばす。


「大したことないわ……。っ!」


 瞬時に後ろにステップする。

 すると、目の前を空気の鎌が通り過ぎて行く。


 風属性の魔法で狙われたみたいね。


「どこから!?」


 魔法の進行方向を逆に辿り、五歩くらい先の草が揺れたことを見逃さない。


「そこね!」


 声にしたときには、レイピアにイタチのような魔物が刺さっていた。

 魔法を使うこの魔物はメイジウィーソルね。遠方から一方的に攻撃してきて危険だから、討伐対象ランクDの魔物となっていたはずよ。


 遠くから魔法で攻撃してくるなんて、危ない魔物もいるのね。


 魔石を拾い、辺りに注意しながら歩を進める。

 木々が乱立する林に立ち入り、しばらくして魔物の気配に気づいた。

 木に隠れるように右に一体、左に二体。正面には三体ぐらいいる。


「囲まれている!?」


 そう思った刹那、右から弓矢が飛んできた。

 レイピアで弓矢を叩き落とし、弓矢を放ったであろう魔物のいる方向へ突進する。二射目を放つ前に魔物を倒すために。


「人型の魔物! ゴブリン!」


 緑色の肌に吊りあがったオレンジ色の目。キバを生やしたその口からは、キーキーと仲間の魔物に何かを告げるように音声を発している。

 この魔物もまた討伐対象ランクがDの魔物で、集団で行動するやっかいな魔物として知られているわ。


 レイピアの一振りでは倒せないと直感が伝えてくる。

 迷わず、剣技を放つ。


「ローズ・スプラッシュ!」


 素早く無数に突き出すレイピアによって、ゴブリンは魔石に変わる。それに見向きもせずに体を(ひるがえ)し、左に陣取っている二体のゴブリンに向かう。


 途中、弓矢が飛んできた。それを左右に(かわ)して間合いを詰める。


 二体いるから、一撃離脱の戦い方で少しずつ削っていく方がいいかしら。


 弓を持つ者と、剣と盾を持つ者。

 先に弓を持つ個体を倒すと決め、切り掛かり、そのまま左後方へ逃れる。そこから右にステップし、また切り込む。

 上空から見下ろす鳥がいたら、三角形を描くような動作に見えるでしょうね。

 最後に元の位置に戻るのは無駄な動きのように思えるかもしれないけど、二体を同時に相手にしている今は、直線の往復移動よりも安全に(さば)けるはずよ。


 この戦い方で、弓を持つ個体は三撃で魔石に変わった。剣と盾を持つ個体は剣を空振りするだけで何もできずに地団駄を踏んでいる。


師匠(せんせい)やグラントリー兄さんに比べたら、こんな魔物、相手にならないわ」


 再度接近して剣技を見舞わせる。的確に急所を突かれたゴブリンは錆びた剣と盾を残して魔石に変わった。


 残り三体。


「!!」


 すぐ近くに火球が迫っている。さらにそれを追いかけるように二体のゴブリンが走ってくる。

 左の魔物に意識を集中していたため、正面の三体のうち二体に、近くまで接近を許していた。


「くっ」


 左手のラウンドシールドで火球を受け止め、レイピアでゴブリンの槍を弾く。しかし、もう一体の斧を持つゴブリンの攻撃を防ぎきれずに脇腹を切りつけられる。


 痛いけど、深い傷ではないわ。これしきのこと、耐えて見せる。

 今の位置だと魔物との距離が近すぎる。だから、先ほどの戦法は使えない。反撃の危険があるけど、速度で翻弄して戦うしかないわね。


 斜め左後方へステップして体勢を整え、痛みを(こら)えて二体の前を勢いをつけて一気に走り抜ける。その最中に続けざまに斬撃を喰らわし、そこから反転してさらに一体ずつ複数回切り刻む。


 素早い攻撃にゴブリンは対応できず、立ちすくむ人形のように切り崩れる。

 少し離れた位置でその一部始終を見ていた、魔法を撃ってきたゴブリンは、キーキー(わめ)きながら、持っていたロッドを投げ捨てて走り出した。


「あと一体、逃がさないわ!」


 私も走り、追いついたゴブリンの背後にレイピアを突き立てる。急所を貫かれたゴブリンは黒い霧となり、すぐに魔石へと変わる。


「全部、倒したわね」


 レイピアを腰に収めると、反対側の携帯袋から薬草を取り出して口に含む。


 魔物の群れ。決して油断していなかったけれど、手数で負けてしまったわ。

 一人で戦うには無理がある……。

 やっぱり魔王を倒す仲間を早く見つけないといけないわね。

 いい経験ができたわ。今日は町に戻りましょう。



 町に戻り、ギルドに報告に行く。


「レイナ様、お早いお戻りですね」


 手に入れた魔石と冒険者カードを受付に渡す。

 冒険者カードには、レベル5と記載されている。

 カードをもらったときはレベル1じゃなかったかしら? いつの間に書き換わったのかしら。


「このカードは、ここに来なくてもレベルが書き換わるのかしら?」


「はい。レベル情報やパーティ情報は自動的に書き換わりますよ」


 冒険者カードには失われた先史文明の技術が使われているらしく、いつも最新の本人の状態を表示しているみたい。


 パーティという聞き慣れない言葉は、一緒に冒険する仲間のことのようで、仲間は全員、パーティリーダーの冒険者ランクで依頼を受けることができると教えてくれたわ。


 私がパーティリーダーになれば、仲間はランクCの依頼を受けることができるのね。

 達成報告も、リーダーの冒険者カードをギルドに提示すれば、仲間全員の報告が完了すると教えてくれたわ。


「その仲間を探すには、どうすればいいのかしら?」


「よく採られているのが、そこの掲示板にメンバー募集の張り紙をするやり方ですが、レイナ様に釣り合う冒険者はここアベンチュリンにはいませんね。やはり、エグレイドで探される方がよろしいかと存じます」


「エグレイド……」


 そういえば、神殿のこともエグレイドで聞けばいいって言ってたわよね。


 魔石の鑑定を始め、「え!?」と声を上げるルベライトさん。


「ゴブリンを討伐されたのですか……。ゴブリンは討伐推奨ランクD、つまりレベル10以上の冒険者を対象とした魔物です。それを一人で六体も……」


 ゴブリン・ファイター、ゴブリン・アーチャー、ゴブリン・メイジ。もう一種類何か言っていたけど、聞き逃したわ。ゴブリンにもいろいろ種類があるのね。


 カウンターの向こうでは「出発したとき、レベル1でしたよね」とか「信じられないわ」などいろいろ独り言を漏らしながら、魔石の鑑定が進められている。


 ようやくすべての鑑定が終わり、カウンターに金貨が並べられた。

 ルベライトさんは冒険者カードをちらりと見て「う~ん」と考え込み、小声で話し出す。


「……大きな声では言えませんが、倒した魔物の数に対してのレベルの上がり方が、他の人の二倍くらい早いですね。これも勇者様の能力でしょうか」


 そうなの? 私はレベル5になったけど、あれだけ倒しても他の人だとそこまで上がらないのね。


「依頼達成報酬が金貨七枚で、魔石の買い取り額が金貨八枚と銀貨五枚となります」


 報酬を受け取り、屋敷に帰る。旅に出たといっても、今日の寝泊まりは住み慣れた自分の部屋。


 明日は、執事のセドリックにエグレイド行きの馬車を用意してもらいましょう。遠い町だから、何日もかかるでしょうし、着替えとかいろいろ必要ね。

 今後のこともあるから、今日は侍女に頼らないで自分で用意してみましょうか。


 少し痛い思いをしたけど、今日は満足いく一日だったわ。

 疲れたこともあり、横になるとすぐに眠りについた――。

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