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007 魔法剣?

 早朝。王都トトサンテの北門付近で、クレバー行きの乗合馬車に乗る。

 前世の記憶では、都市間を往復する馬車は「駅馬車」と呼んでいたような気がするけど、この世界では「乗合馬車」と呼ばれている。

 馬の二頭引きで、俺たちを含め、乗客は八人だった。


 出発までまだ時間があったので、乗車料金を支払ってから、御者にいろいろ聞いてみた。

 クレバー方面の街道は、一日に何回か衛兵が巡回しているらしく、安全だということで乗合馬車は護衛とかは雇っていないそうだ。


 それでも、王都トトサンテ付近の街道上には魔物は出現しないけど、クレバーの町の近くまで行くと魔物がいるらしい。

 ただ、冒険者の町と言うだけあって、魔物は出現してもすぐに狩られてしまうとのことだった。町周辺の見回りは、町から冒険者への依頼として常に出されているそうだ。


 クレバーの町には、冒険者ランクFからCまでの、駆け出しから中級までの冒険者が集っていて、街道付近に出現する魔物は彼らで十分に倒せるらしい。


 御者に礼を言って、幌で覆われた客室に乗り込む。

 しばらくすると、御者の掛け声とともに乗合馬車は動き出した。


 晴れ渡った空。そして、辺り一面に緑の葉の麦畑が広がっている。まだその背丈は低く、所々土の色が見えている。


 乗合馬車は、そんなのどかな道を進んで行く。俺たちは客室で、馬車の振動に合わせて揺らいだり、ガタン、と跳ねたりしていた。


 途中、何回か小休憩を(はさ)み、何事もなく昼の休憩となった。


 乗客たちは外に出て、思い思いに背伸びしたり、足をほぐしたりしている。俺たちも外に出て同じように背伸びする。


「座っているだけなのに、疲れたね」


「ああ。足を伸ばすのが……、気持ちいいなあ」


 片足ずつ前に出し、膝を真っ直ぐに伸ばして足首をクネクネ動かすガッド。


「ははは。地面に座るのはつらいかもしれないし、椅子とテーブルを出すよ」


 そう言って、俺は魔法収納から椅子とテーブルを取り出す。幼馴染たちと外で飲食する際に使おうと、ヤムダ村の木工屋に作ってもらった物だ。五人用なので、二人で使うには少し大きい。


「さて。外は寒いし、飲み物はスープにしようか」


 温かく柔らかいパン、木のお椀に入ったスープ、湯気の上がる野菜炒めをテーブルの上に出す。魔法収納は時間が止まるみたいで、冷めることも、こぼれることもない。


「今日も食事ができることに感謝して、いただきます」


 いつもの食事前の挨拶をする。露店の物を買い食いするときには言わないけど、椅子に座って食事をするときには、習慣になっているので言わないと落ち着かない。


 二人で食事をしていると、なんだか乗客の皆に見られていることに気がついた。


 ある人は干し肉をくわえたまま。またある人は鼻をひくつかせて見ている。


「あははは……。皆さんも食べる?」


 魔法収納から人数分のパン、スープ、野菜炒めを取り出して並べる。魔法収納の実験も兼ねて、いつも料理を多めに作って魔法収納に入れていたから、まだまだたくさん入っている。


「おおお! 魔法収納だ! すげえ、初めて見た!」


「こりゃおったまげた! どんだけ入ってるんだ? 魔法収納って、そんなに入るものなのか? 収納の魔道具とは大違いだなあ」


 と言って驚く人が半分、


「ありがとうございます。お代はいくらでしょうか」


 素直に受け取ろうとする人が半分。ただし、皆、代金を確認する。


「いえいえ、乗り合わせたのも何かの縁だし。お金なんていらないよ。だから早く、温かいうちに食べて」


 皆、口々に感謝の言葉を述べて食事を持って行く。ただ、手が二本しかないので、パンは野菜炒めの上に載せるか、口でくわえて持って行くようだ。


「おお、本当に温かい! この寒空の下で温かい物が頂けるなんて、夢のようだ」


「それに美味い! この柔らかいパンはなんだ? 本当にタダでもらってもよかったのか? こんなの、きっと国王だって食べていないぞ」


「この炒め物も、初めて食べる味だ。こんなにうまい物、高級宿でも出ないぞ」


 思った以上に高評価で、皆、満足してくれているようだ。いつも塩で味付けた物ばかり食べているのは、ヤムダ村の人たちだけでなく、少なくとも、この国のほとんどの人がそうみたいだ。


 乗客の皆と打ち解けたので、情報を仕入れる。


 収納の魔道具は金貨百枚以上する高級品で、俺みたいな駆け出しの者が持つような物ではなく、その容量も、体積で決まるらしく、テーブルくらいの大きさの物が一つ入れば上物に分類されるらしい。


 魔法収納はそもそも使える人が滅多にいないので、見ること自体初めてらしい。それでも、容量は魔道具の収納と大差ないと言われているそうだ。


 俺の魔法収納は容量が大きいのだろうか? 初めて使った頃はそんなに入らなかったから、魔法容量などの影響を受けているのかもしれない。剣を使っての練習で魔法容量が大幅に上がったことだし。


「食べ終わったら、食器を戻してね」


 戻ってきた食器を、魔法で生成したエタノールで洗う。洗剤が完成できなかったから、その代用だ。石灰でできると思ってたんだけどね。うまくいかなかった。まあ、そういうこともある。


 食器を洗っていると、乗客の一人が近づいてきた。


「あんちゃん、魔法使いだろ? クリンアップの魔法で洗うといいよ。食器も服も、体も洗える便利な魔法さ」


 彼の勧める「クリンアップ」の魔法は、レベル制限5の無属性魔法で、これから行くクレバーの町の魔石屋で売っているそうだ。

 これは真っ先に手に入れなければ!


 食器、テーブル、椅子を魔法収納に仕舞い、馬車に乗り込む。


 またしばらく馬車に揺られる時間が続く。

 途中、何度か、馬に乗った衛兵が通り過ぎて行った。定時の見まわりらしい。


 やがて日が傾く頃に、宿のある村に到着した。乗合馬車は明日の朝、出発だ。乗客は宿に泊まってもいいし、野宿してもいい。


 俺たちは宿に泊まると、宿の味気ない食事を堪能して眠りに就いた。



 翌朝。乗客が全員揃った所で出発となった。

 昨日同様、空は晴れ渡っていて清々しい気分になる。


 数時間、馬車に揺られ続けて一回目の休憩に入ったときだった。


「魔物だ! 魔物が来るぞ!」


「きゃあああ!」


 乗客たちが逃げ惑う。

 逃げても魔物の方が速いから、いずれ追いつかれそうだ。

 そして、乗客の中には、俺たち以外に戦えそうな人はいない。


「ガッド! 行こう!」


「ああ、ぶった切るぜ!」


 先日聞いたような、デジャブ感を覚えつつ、魔物のいる方向へ走る。


「!!」


 二足歩行で走り寄る、人の背丈ほどある巨大なネズミのような魔物が三体、視界に入った。


 こ、これは、某出銭(デゼニー)ランドの(ミツギー)マウス!?


 奴らの口からはみ出ている前歯は、赤く血塗られているように見える。何かと戦ってきたのか、体中に傷があり、そこからも赤い血らしき物が出ている。その赤さが、恐怖心を(あお)る。


「ここで迎え撃とう!」


 怖がる心を奮い立たせ、切っ先を魔物に向け剣を構える。


「よし! どっからでも掛かってきやがれ!」


「……ファイア!」


 俺は少し溜めを使ってから、大きな火の玉を三発、魔物に向かって撃ち出した。


 火の玉の一発は左側の魔物に直撃して火だるま状態で突き飛ばし、残りの二発は、避けようとして避けきれなかった二体の体半分を炎に包んだ。


 二体の魔物は、焼かれながらも、前進を止めない。丸焼きになった一体は仕留めたようで、黒い霧になって消滅した。


「せりゃあ!」


 先に接近した魔物目掛けて、ガッドが剣で切りかかる。


 魔物は「スパン!」とそれを手で払い除ける。


「え?」


 渾身の力で切りかかったため、ガッドの体勢は大きく崩れた。


「こいつ、すばしっこいだけでなく、凄い力だ!」


「ガッド、盾を構えろ!」


 腰を曲げた魔物の歯が、ガッドに届く瞬間に盾が間に割り込む。


「へへ、危なかったぜ」


 ガッドは二体を相手にしているから、なかなか攻勢に出られない。

 俺もある程度接近して、魔物の気を引かないと!


「ストーン・バレット!」


 俺は、小さく威力を弱めた石弾を左手で撃ち出しながら、魔物へと走り寄る。剣の切っ先を向けて走ると向きがブレるから、今は左手から撃った。


 これにより魔物二体の標的が俺に移り、一体が一瞬で間合いを詰めて俺の目の前で大きく口を開く。

 噛みつかれる!

 そのとき。


「助太刀するわ!」


 左後方から、誰かが走ってきた。

 金色の長髪で、赤い服、赤いスカート姿の女性だ。細身の剣と丸い盾を手にしている。

 赤い服の女性はそのまま魔物に切り掛かり、ガッドと同じように剣を弾かれる。


「そんな!」


 でも、この一撃で、俺に向かっていた魔物の意識が、赤い服の女性に向いた。

 今だ!

 振りかぶって斜め上から剣で切りつける。

 ガッドの剣も、女性の剣も魔物は弾き返した。

 俺の剣も弾かれる可能性が高いと分かってはいる。それでも、魔物の方が素早いから、再接近されないように一旦剣で切りつけて間合いを保とうと思ったのだ。

 今の間合いは魔法を撃つには近すぎる。


 やはり、魔物は俺の剣を手で払い除けようとした。


 ズバッ!


 しかし、俺の剣は魔物の手を貫通し、胴体まで切り裂いた。

 一瞬の間をおいて、俺はそのまま剣先から魔法を撃つ。


 ほぼ集中のない、弱い状態の魔法だったけど、魔物は内部から燃え上がり、断末魔を上げて倒れ込む。


「残り一体!」


 ガッドが力を込めて剣で切り掛かると、やはり、手で払われる。


「なんでだ!」


 そこからの魔物の反撃を、赤い服の女性が「ローズ・スプラッシュ!」と、連続する突きで割り込んで阻止し、ガッドは噛みつかれずに済んだ。


 どうして俺は切り込むことができたのだろう?

 魔物の意識は赤い服の女性に向いている。今ならもう一度試せる!


 俺は踏み込んで切り込む。

 魔物はそれを手で払い除けようとする。行動パターンは少ないようだ。


 ズババッ!


 俺の剣は、払い除けようとした手を貫いて、魔物の胴体を斜め真っ二つに切り落とした。


 魔物は、何故か俺の剣を弾くことができない。


 ひょっとして、俺って剣の達人?

 いや、ないない。いつも剣の訓練のときには、ガッドにボコボコにされてるし。


 なんとか三体の魔物をすべて倒すことができた。

 魔物は黒い霧となり、魔石となっていった。


「助けにならなかったわ」


 助けに来てくれた女性が言う。

 魔物を倒して気持ちが落ち着いたところで、この女性を観察する。

 この女性、さっき、歩いている所を馬車が追い越した。目立つ服を着ているから、覚えている。


「そんなことないよ。来てくれたおかげで、魔物の注意が逸れて、攻撃を当てることができたんだ」


「おう、助かったぜ。取り込み中(わり)いが、ちょっとこいつを借りるぜ。少し急いでいるんだ。すまねえ」


 女性に礼を言ってから、ガッドの視線が俺に注がれる。あれは疑わしい者を見る目だ。


 ガッドは俺の肩に手をかけ、小さな声で「ちょっと来い」と道から外れた草原へと俺を引き連れて行く。その周囲には木がまばらに生えている。

 この付近は、街道の傍の土が盛り上がるようになっていて、今いる場所は街道からは見えない。


「なあ、パンダ。その剣で、そこの切り株を切ってみてくれ」


 ガッドには何やら思い当たることがあるらしい。


「なんで?」


「いいから、やってみろよ」


「分かったよ。やってみる」


 理由は聞かなくても分かるけど、あえて尋ねてみた。「どうしてパンダの剣はよく切れるのか」という疑問に対する仮説を実証しようとしているのだろう。だから、答えを待たずに了承する。


 剣を振りかぶり、切り株に向かって振り下ろす。刃こぼれしても魔法で直せるから、こんな大胆なことができる。普通の人はこんなことをしてはいけない。


 スパン!


 俺の剣は、切り株に深く切り込みを入れた。


「じゃあ、次はこの剣でやってみてくれ」


 ガッドに剣を手渡され、同様に切り株に向かって振り下ろす。


 ガン!


 剣は跳ね返され、そしてジーンと手が(しび)れる。


「やっぱりな」


「何か分かった?」


「お前のその剣は、魔法の練習に使っていた剣だろ。剣の訓練のときは刃先を丸めたやつを使っていて、魔法の練習のときは実戦を想定して、真剣のを使ってたよな?」


「そうだけど……?」


「大きな声では言えないが、恐らく、そいつは魔法剣になったんじゃないか? 貸してみろ」


 ガッドが俺の剣を持ち、切り株に切りかかる。俺ほど深くはないが、少し切り込めた。


「体からマナを吸い寄せて、それで魔法を(まと)わせているみたいだな。だから、魔法の使えない俺だと威力が小さくなるのかもしれねえな」


 ガッドは脳筋のようで、実は賢い。その指摘は的を得ているように思えた。

 ガッドは魔法の習得はできなかったけれど、連日の魔法練習でマナの流れを感じることができるようになっていたため、気づいたようだ。


 俺も気づかないといけないことだったけど、俺の魔法容量が大きすぎて、剣に吸い取られるマナが小さく些細なことで気にしていなかったというのが本当のところだ。


 魔法剣は、勇者ごっこをして遊ぶ子供たちの憧れの剣だ。これを使うと、魔法的な切れ味が物理的な威力に上乗せされるようになる。使いこなせれば、絶大な威力を発揮できる。

 似たような呼称でまぎらわしいけど、他に魔剣という物があり、こちらは魔法剣の特徴にさらに追加して「種族特効」などの特殊効果がある物や「呪い」や「意思」を持つ物を指す。


 そして、魔法剣は異次元迷宮で手に入れるか、高名な鍛冶師が年月をかけて打ち鍛えた物を購入するかという、ごく限られた手段でしか手に入れることはできない。


 小声で続ける。


「なんにせよ、今は魔法剣の作成方法なんて公表はできねえな。鍛冶屋、商人、貴族、国のお偉いさん方……、いろんな奴らがこぞって、お前を支配下にしようとするぜ」


「そ、そうだね。じゃあ、先祖代々の剣ということにしておこうか」


「それがいいな。いずれ、俺たちが名を馳せる時が来たら、そのときは胸を張って公表しようぜ」


 話がついたところで街道に戻ると、散り散りに逃げた乗客たちが、俺たちの元に駆け寄ってきた。


 俺たちは乗客たちにさんざん感謝され、そして質問攻めにあう。


「お前たち、中級の冒険者だったのか?」


「俺、見たぞ、もの凄い魔法。まだこんなに若いのに。王宮の魔術師さんがお忍びかい?」


「いや、魔法も凄かったが、剣で一刀両断にした所なんかそれ以上だった。きっと高名な剣士様に違いない」


 俺たちはその場を適当に笑って誤魔化す。なんか、皆の期待を裏切るようで本当のことを言いづらくなったし。「駆け出しです」ってね。


 助けに入ってくれた女性がまだそこにいて、まるで俺たちを待っていたかのようだった。

 そして、俺たちの前にやってきて、瞳を輝かせる。


「私はレイナ・スターファスト。あなたたちは、今日から私の仲間よ!」


 え? なにそれ。聞いてないんですけど。なんのことですか?


「仲間っていうのは、冒険者同士パーティを組むということ?」


「そうよ」


 旅の仲間は多い方が安全だ。魔物に遭遇したときに、数で負けることが減るからだ。

 それに剣士のようだし、前衛が増えれば、俺が魔法に集中する時間を稼ぎ易くなる。

 俺としては仲間が増えることは大歓迎だ。


「ガッド、どうする?」


「そうだな。いいんじゃねえか? 断る理由がねえしな」


「ありがとう。よろしく」


 三人で握手を交わす。新しくレイナが旅の仲間になった。

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