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005 ミリィの魔法

 長い間禁止となっていたナーガ山、マール山方面への出入りが解禁された。


 俺たちは、また魔物を見られるかもしれないという好奇心から、いつもの三人にナナミを加えた四人でマール山へと出かけた。

 あれだけ怖かった出来事も、時が経てば恐怖心が薄れる物で、前世でいう所の、ジェットコースターにまた乗りたくなる気分に近いのかもしれない。


 王都トトサンテの冒険者ギルドから派遣された冒険者が、周辺を(くま)なく調べて魔物を一掃し、さらに、魔物を生み出すという「魔障の渦」を消し去って行ったため、もう魔物はいない。


 普段魔物がいない場所に魔物が発生するようになる場合は、そこに「魔障の渦」が出現した場合か、「異次元迷宮」が形成された場合がほとんどだと、村長が冒険者から聞いた話を教えてくれた。


「何かいるかなあ、少しワクワクするね」


 ナナミが陽気に話しかけてくる。緊張感はまったくない。

 手にはお菓子の入ったバスケットを持っていて、完全にピクニック気分だ。


「ナナミ、魔物がいたら怪我するぞ。もう少し周りに気を配らないと駄目だぞ」


「はーい。でも、お兄ちゃんの魔法で見つけることができるんだよね?」


「ナナミちゃんは、お兄ちゃんを信頼しているんだよねー」


 う、ミリィが俺の責任を増大させる。

 ま、任せとけ! 魔物がいないことを魔法で調べ上げてやる!


「えへ」


 ナナミはバスケットを両手で持って肩をすくめ、はにかんでいる。


 緊張感のないまま、俺たちは、怖い物見たさでどんどん奥へと進んで行き、普段行かないような、森の奥まで入り込んでいた。


「サーチ! 魔物はいないね」


 魔法で魔物の気配を探りながら森の中を進む。

 近くで何か物音が聞こえたと思った矢先。左手の方向から、突如、巨大な猪が襲い掛かってきた。猪は動物だから、魔物を探すように発動した「サーチ」では発見できない。


「キャー!」


 ナナミの悲鳴に反応し、ガッドが盾を構えて皆の前に立つ。


 ドガッ!


 猪の突進が盾にまともに入り、そのままガッドが突き飛ばされる。

 ガッドが受けてくれたおかげで猪の進行方向は()れ、後ろの俺たちに危害は及ばなかった。


「ガッド!」


「いやあああ!」


 苦悶の表情で地面に横たわるガッド。よく見ると、両腕が折れてしまっている。


 そんな俺たちを見下すように、猪は反転し、また突進しようと力を溜めている。


「俺が猪を引きつけるから、ミリィはガッドの手当てを! ナナミは木の後ろに隠れて!」


 ガッドの倒れている位置は、猪の(そば)だ。大きな魔法を発動したり、猪を転ばしたりすると、ガッドを巻き込みそうだ。


 剣を猪に向かって真っ直ぐ構え、ある程度威力を弱めた魔法でけん制する。


「ファイア!」


 改良して三発同時に発射できるようになった魔法を撃ち込む。

 そして、すぐに剣で切り込むような素振りを見せて、猪の意識を引きつける。


「ガッド君、治って! ヒール!」


 ミリィの使える回復魔法はレベル1の「ヒール」だ。体の傷は治せても骨折は治せない。骨折まで治せるのはレベル20の「ハイ・ヒール」だと聞いている。だから、ガッドは戦力にならない。この場は俺が何とかしなければいけない。


 光に包まれたガッドが転がるようにして猪から遠ざかり、むくっと立ち上がった。そして、両腕を動かして状態を確認する。


 あれ? ガッドの両腕、治ってない?


「おおお! すげえ! 治った、治ったぜ!」


 ガッドの歓喜の声が響く。


 これには魔法をかけたミリィも驚いたようで、目を見開いて口元を手で覆って突っ立っている。


 ガッドが動けるようになった今、俺は戦いを継続するより、逃げる方が安全だと考えた。

 さっきの突進が、次もうまく逸れてくれる保証がない。突進がそのまま抜けてきてミリィに危害が及んだら、戦うどころか、逃げることさえできなくなってしまう。


「俺が時間を稼ぐから、みんな逃げて! ランド・コントロール!」


 猪の周囲を泥沼に変え、巨体を支える四肢を膝まで泥の中に埋もれさせる。

 猪はもがいて泥沼から出ようとしている。でも、巨体ゆえになかなか出てくることはできない。

 もっと魔法に集中する時間があれば深くまで埋もれさせることができたんだけど、今はこれが精いっぱいだ。


「早く! ガッド、行け!」


「お、おう」


 皆が走り出すことを確認し、俺も猪に背を向けて走り出す。

 途中、ナナミがへたりこんだのをおぶって、マール山を下る。

 フッカ谷まで戻った所で。


「はぁはぁ。ここまで来れば、もう大丈夫だろう……。サーチ!」


 今度は魔物だけではなく、動物も対象として周囲にいないか確認する。

 ウサギや鳥などの小さな対象は小さなマーカー、クマやシカなどの大きな対象は大きなマーカーとして、頭の中で認識できる。

 周囲には大きな存在はない。


「追ってきてはないよ。ここは安全だ」


 走り疲れて、皆でその場に座り込んだ。


「大量の猪鍋のチャンスだったぜ! おしいことをしたな!」


 突進の一撃でダウンしたガッドが、強がりを言う。


 正直、もしもあのまま戦い続けて勝てる見込みがあったとしても、前世の記憶から、自らの手で動物を(あや)めることに抵抗があり、やはり逃げる選択をしていたのではないだろうかと思っている。


「お兄ちゃんたち、すごーい」


 逃げはしたけれど、男どもが戦う姿が、妹のナナミには美しく見えたのかもしれない。


「ナナミも強くなりたい?」


 俺に魔法の素質があるってことは、妹のナナミにも素質がある可能性が高い。


「ううん、私はお兄ちゃんに料理を作ってあげるの。だから、強くならなくっていい」


「わ、私も、パンダ君に、りょ、料理を……」


「ナナミも強くなれよお!」


 ミリィが小さな声で何か言ってたけど、途中でガッドの声が重なり、よく聞き取れなかった。


「やだ、怖いもん」


「あははは」


 大分落ち着いたので、気になっていたミリィの魔法について尋ねる。


「そういえば、さっきミリィが唱えたのはヒールだよね?」


「うん、そうだよ」


「ガッドの腕、折れてたよね? ヒールって、骨折も治せるんだ?」


「そうみたい。でも、知らなかったの」


 光属性魔法すなわち回復魔法の熟練度が上がると、回復できる怪我の程度も大きくなるようだ。ただ、術者はその効果を知らなかったようだけど。


 魔法を習得したときにその効果を知識として得られるのは、その当時の熟練度に即した魔法効果または、熟練度ゼロの状態の魔法効果だけで、将来熟練度が上がってその効果が大きくなっても、後から自動的に知識は増えないようだ。後から増えるのは、実際に体験した記憶だけだ。


 骨折は、打撲や捻挫、骨にヒビが入ったとかよりも遥かに重症の怪我だ。

 それを治せるということは、ミリィの回復魔法の熟練度は相当高くなっていると予想できる。

 これにより、俺以外でも、剣を使って魔法の発動を練習すれば、魔法の熟練度が飛躍的に上がるということが実証できた。


 このことは、父には内緒にしておこう。王立魔法研究所に連れて行かれてモルモットにされたら嫌だしね。


  ★  ★  ★


 俺が前世の記憶に気づいてから五年の年月が流れた。

 その間に、いろいろな出来事があった。魔物のこと、料理のこと、魔法のこと……。


 俺は今年で十五歳になり、成人として、これからの職を決めなければならない。この世界では、十五歳で成人となるんだ。職を宣言後、年明け早々から、新成人は職に就く。


「お兄ちゃん、成人おめでとー」


「パンダ、おめでとう」


「おめでとう。これからは、パンダも大人ね」


 ナナミ、父、母の順に祝いの言葉をかけてくれる。


「さて。これからのこと、決まったかい?」


「うん、決まったよ」


 職業について、俺にはいくつかの有力な選択肢があった。


 一つ目、魔法工事士――

 この世界では、土木工事や建築などの建設業に従事する者には肉体労働者だけではなく、魔法を使って作業する魔法工事士がいる。

 魔法工事士は、土属性レベル15の「ランド・コントロール」や、レベル20の「クリエイト」を使うんだけど、そもそも土属性に適性があり、それらを習得するために魔物をたくさん倒してレベルを上げる必要がある。

 まず、これを達成できる人が少ない。そして、達成できても、レベル20まで到達したらもう魔物を倒すエキスパートであり、冒険者を引退するまではなかなか魔法工事士になろうとはしない。

 そういった理由から、魔法工事士は人手不足で、高給が見込まれる職業だ。


 二つ目、王都の魔法研究所の研究員――

 両親が結婚するまでの間、就いていた職業で、魔法の素質がある者は優遇される。

 五年間の魔法練習で、俺の各属性の魔法熟練度は大きく伸び、例えば、「ファイア」だと、最大まで集中すれば身長と同じくらいの火の玉を撃てるようになった。

 魔法容量も大幅に大きくなっていて、今では、「クリエイト」で家を建ててもまだまだ余裕がある。

 父の見立てでは、既に大魔法使いに匹敵するのではないかということで、これらの魔法の能力が買われるだろう。

 ただし、魔法の能力が突出していると、研究者からモルモットにされる可能性が捨てきれない。


 三つ目、料理人――

 俺には前世の記憶がある。その記憶を再現できれば、この世界的にいろいろと新しい料理ができるのではないか、そして自分自身もその料理に満足できるのではないか、と思う。


 四つ目、農業経営者――

 今の、スローライフ的な生活を延長できる。反面、目新しいことに欠ける。

 くつろぎ亭に大量の農作物を買い取ってもらっているため、俺の畑は、今では人を雇うほどの規模になっている。俺が魔法で開墾を進めれば、より一層の事業拡大を望める。


 五つ目――


「冒険者になることにしたよ」


 剣の訓練もしたし、何よりも、世界を見て回りたい。

 畑の方は、両親が人を雇って経営しているから、俺が抜けてもやっていけるだろうし、大丈夫だ。


「えー、お兄ちゃん、出て行くの?」


「あはは。世界を見て回ったらいずれ帰ってくるし、時々この村にも寄るだろうから、二度と会えない訳じゃないよ」


「うー」


 ナナミは泣き出しそうな感情を、必死に(こら)えている。


「そうか。もっと安全な道も選べただろうけれど、パンダの決めたことを尊重するぞ。世界を見て一回りも二回りも大きくなってこい!」


 父に、「パーン!」と背中を叩かれた。


「パンダの門出を祝って、今日は盛大に成人のお祝いをしましょう」


 食卓に料理が並べられる。

 その多くは、俺が前世の記憶を元に再現した料理を、ナナミと母が作ってくれた物だ。

 五年の間に、俺よりもナナミのほうが上手に料理できるようになっていた。


 メインディッシュとなっている、牛肉と玉ねぎとピーマンを醤油で炒めた料理は母のお気に入りで、玉ねぎから出る甘味を存分に生かし、それでなお牛肉のうまみを邪魔しないバランスが保たれている。

 ピーマンの苦みが抑え気味になるよう、輪切りになっている。縦切りだと、苦みが引き立ってナナミの口に合わないからで、そういう知識も、俺が前世においてテレビで見聞きした物だ。


 料理に使う野菜の多くはエルフのヘイウッドさんに特徴を伝えて、種子をエルフ特有の木属性の魔法で作ってもらい、俺の畑で栽培した物だ。玉ねぎだと、「切ると涙が出る、白い球状の野菜。表皮は茶色」とかね。


「おいしいね。考えた俺より、上手に作っているよ」


「うふふ。褒めてくれてありがとう。でも、母さんはパンダが生まれる前から料理しているのよ。まだまだパンダには負けないわ」


 デザートのナナミの作ったプリンは、絶妙な味だ。カラメルも焦がさずに上手にできている。


 デザートを食べ終えると、なぜかナナミが冷蔵庫――正式には「冷気保存棚」と言う魔道具らしい――からケーキを取り出してきた。


「はい、お兄ちゃん、お祝いのケーキだよ。たんと召し上がれ」


 うおっ、もうおなかいっぱいだ……。

 今、切り分けているから、ナナミも食べるんだろう。女子は別腹始動で大丈夫なんだろうか。


 確かに、ケーキの作り方を教えている際に、「ケーキは祝い事のときにも食べるんだよ」と言った記憶がある。あるけど、デザートとしてプリンを食べてさらにケーキとは……。


 満面の笑みのナナミに見つめられ、食べないという選択肢はない。


 よし! 食べるぞ! きっと女子は別腹で男子はイバラの道に違いない。そのうち三段腹とかになるのか?


 木製のフォークで一口分切り取る。フォークがスポンジに吸い込まれるように抵抗なく入って行く。柔らかい、素晴らしい出来のスポンジだ。

 それを口に含む。牛乳ベースのガッツリくる生クリームの甘味が口に広がると同時に、はちみつでしっとりとしたスポンジが溶けて行く。

 間に挟んであったのは、完熟した桃のような果物を細かく刻んだもので、甘さ控えめの生クリームに包まれて果物独自の甘味と風味が口の中に広がる。

 つまり、生クリームは表面と内部で、甘さの異なる物を使い分けている。


「俺が教えたよりも大分アレンジしているね。とってもおいしいよ」


「えへん! ナナミが考えたんだよ」


「偉いなー、ナナミは。でも、つまみ食いは控えるんだぞ」


 料理現場を見ていた父は、率直な感想を言う。

 甘い物を食べ過ぎると健康上良くないことは、家族によく知らせてあるからだ。

 俺のこういった知識は、家族のうちではとくに怪訝(けげん)に思われることもなく、「神様からのお告げ」の一種のような(ひらめ)きとして扱われていて、前世の記憶があることは今でも内緒にしている。


「てへ」


 ナナミは、あまり反省しているようには見えない……。

 祝いの席だし、まあいいか。


 そして、今までの妹の料理自慢を聞いたり、俺のこれからの抱負などを話しているうちに、日は高くなり、お開きとなった。

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