046 ルブランを守れ
ルブランの村を出て、街道を東へと向かう。
南の方に森があり、北東の方にはやや遠くに山が見え、その裾の辺りが木々で覆われている。その他は、草原が広がっている。
「おい、エルバート。前方やや北寄りに魔物の群れがいるのである!」
「パンダ、魔物の群れだ! 前方北寄りだ!」
遠くが見えるチャムリが魔物の群れを発見し、二号車のエルバートが一号車の俺に注意を促す。
すぐにエアカーから降りて魔物と戦えるように準備をする。
俺の目には魔物は映らないし、まだ「サーチ」の圏外だから、今はチャムリだけが頼りだ。
「チャムリ、魔物はどこに向かっている?」
「真っ直ぐこっちに向かっているのである!」
「私たちが戦うしかないわね」
レイナの言う通り、俺たちが戦うしかない。このまま真っ直ぐ魔物が来たら、ルブランの村が大惨事になる。ここは、まだルブランの村からそう離れてはいない。
「チャムリ、魔物の数は?」
「いっぱいである」
両手を広げて表現するチャムリに、思わず「は?」と答えてしまった。だって、分かんないし。
「だから、いっぱいなのである!」
「僕の推測だけど、スタンピードかもしれない」
「スタンピードって?」
エルバートの聞き慣れない言葉に、俺が問い返す。
「スタンピードって言うのは、いろいろな魔物が暴走して集団で襲ってくる現象さ。発生原因はいくつか考えられていて、魔物の生息域に突然他の強い魔物が現れて逃げ出してきたとか、集団を統率できる魔物が現れたとか……」
「いろいろな種類の魔物が一斉に襲い掛かってくる……」
まだ「サーチ」の圏外なので、魔物の名前を調べることはできない。
「僕たちですべてを倒しきれるか分からない。誰かが村に行って避難を呼びかける方がいい」
討ち漏らしてここを通り抜けられたら、後方にあるルブランの村が被害に遭う。確かに、村人に避難してもらう方が安全だ。
でも、避難を呼びかけるにしても、数えきれないくらいたくさんいる魔物に対し、一人でも戦力が欠けることは好ましくない。そう考えると、この状況で村に戻ってもらえるのは……。
「ミリィ、行ってくれる?」
「……うん」
一人乗りのエアカーを取り出して、ミリィに使うように促す。
「大丈夫。ミリィが行けば、村のみんなが助かるよ」
心配そうな顔をするミリィの頭を撫でて、送り出す。
「行ってくるの……」
ミリィの背中を見送ってから、魔物の方へと向き直る。
「サーチ! ……確かに数えきれないな。散開して広く布陣しよう」
「わかったわ。一体も逃さないよう、全力で戦いましょう」
俺が皆に「フォース」と「シールド」を付与して戦いに備える。最近、補助魔法はミリィに任せていたから、久しぶりの出番だ。
エルバートとユーゼが左手の方に散開していく。対してレイナは右手の方に向かう。
「チャムリはユーゼの所に行かないの?」
「この状況で、一番怪我し易いのはパンダであるから、吾輩はここで戦うのである」
チャムリの状況判断は正しい。
確かに、最大限集中して範囲攻撃ができる魔法を先手で撃った後は、それですべての魔物を倒せる訳ではないので、討ち漏らした魔物に囲まれてしまう。そうなると、集中して強力な魔法を放つ余裕なんてほとんどなくなるだろう。
その結果、剣を使って肉弾戦をしながら、中途半端な魔法を撃つというスタイルになる。当然ながら、元々あまり接近戦をしていない俺が怪我をする可能性が高くなる、ということだ。
そうこうしているうちに、草原に大きく広がった魔物の群れが、土煙を上げながら迫ってくる姿をはっきりと視認できるくらいの距離まで接近してきた。
魔法の射程は、そう長くはない。
だから十分引きつける必要がある。集中してその時を待つ。
「先制! ファイア・ストーム! 燃え尽きろ!」
風の精霊に教えてもらった、合成魔法。
大きく広がる魔物の群れの中央付近で炎の竜巻が起きる。即座に消えていなくなる者、竜巻に巻き込まれて行く者、巻き込まれずに耐えて突き進む者……。
それでも魔物の突進は止まない。
あっという間に接近戦となり、レイナやユーゼが飛び出して戦っている。
俺も剣を握りしめ、切り込みつつ、「ファイア」とか「エア・スラッシュ」を織り交ぜながら戦う。
ひと際大きな魔物に視線を移すと、以前必死に戦った魔物が数体いることに気がついた。
あれは、オーク・キング!? レベル24。
以前同様、後ろで様子見しているようでゆっくりと迫ってくる。
俺のレベルは22。単純に自分よりレベルの高い魔物は自分よりも強いことが想像できる。
魔物を注意深く見るだけで、今では魔物のレベルまで分かるようになった。「チェック」の熟練度が上がったからだ。
エルバートが押さえ込んでいるのはマンティコア、レベル27!?
そうしている間にも、オークやらゴブリンやら、たくさんの魔物が襲い掛かってくる。
剣を振るい、魔物の斧を避け、魔法を撃ち、魔物の噛みつきを剣で切り伏せる。
時々魔物の攻撃を喰らうけど、チャムリに掛けてもらった障壁や回復魔法で大事には至っていない。
隣でレイナがグリフォン二体と対峙しながら、雑魚を掃討している。グリフォンはレベル23。
大きなカマキリ虫や、カブト虫、クマやシカの魔物もたくさんいる。いちいち名前まで確認していられない。近くにいる者から切って行く。
切っても切っても寄ってくる魔物に、右へ左へと剣を振る方向が定まらない。
「キリがない、どれだけいるんだよ!」
「きゃあぁ!」
「ユーゼ! ぬおぉぉ!」
ユーゼが魔物の攻撃を喰らったらしく、チャムリが慌ててユーゼの近くまで飛んで行き、回復魔法を飛ばす。
「ブランディッシュ! これはきついな。僕が今まで味わったどんな訓練よりも厳しい!」
剣技で周囲を薙ぎ払いながら、いつも爽やかなエルバートが苦しそうな顔で厳しい現状を語る。
「一体も逃さないで! オーラ・スラッシュ! パンダ、もっと大きく動いて!」
周りの魔物を切り裂きながら、レイナは俺を叱咤する。
レイナもエルバートも剣技で薙ぎ払えるからいいけど、俺にはそんな剣技はなく、ただ剣を振り回すか、魔法で戦うしかない。周り中魔物だらけで、攻撃を避けるためにステップすることも難しい。
それでも死中に活を見出すべく、意を決して魔物と魔物のわずかな間隔に飛び込んで囲いを脱し、背後から切り下ろす。
本当に必死に剣を振り回した。どれだけの魔物を切り伏せたのか、何体の魔物が後ろに抜けて行ったのか……。状況を把握するために「サーチ」をする余裕すらない。
「待たせたわね。お前たち、やっちまいな!」
「殺るザマスよ!」
「むふぅーっ、サイキョー!」
ありがたい……。誰かが助太刀に来てくれたのか?
顔を確認する余裕もなく、クマの魔物に上段から斜めに切りかかり、そのまま剣を横に走らせて隣の木人の魔物を両断する。
「アイアン・ブレイド、ザマス!」
「むふぅーっ! ゲンコツ・サイクロン!」
どこかで聞いたことのあるフレーズだな……。
助っ人の活躍で、中央部の魔物の密度が下がり、エルバートがかろうじてマンティコアを撃破した。彼はそのまま左翼のユーゼの救援に向かって行く。
俺の方にも余裕ができ、誰が来たのかと、ちらっと助っ人の声の方を見ると……。
「はっ! 誰かと思えば、あのときの少年ザマス!」
「……? あ! 思い出した! ネコ・サギ団の……、ウ〇コ?」
「ゲイリー、ザマス!」
「ボットンだ、むっふぅー!」
「剣は、渡さないから!」
以前、俺の剣を盗もうとしていた奴らだ。
「そこの少年! 仲間割れしてんじゃないよ! 働きな!」
俺とゲイリーの間をムチがよぎる。
「ひえっ! アネーゴ様、お許しを! 少年、働くザマスよ!」
仮装パーティで使うような黒いアイマスクに赤い口紅。黒い衣装に黒いハットを斜めに被った女性がムチを振るって魔物を蹴散らす。「裂けろ!」とか「砕けろ!」とか、掛け声が怖いんだけど。
俺も、魔物に意識を戻して戦う。
以前苦戦したオーク・キングに挑み、振り下ろされる大きな斧を右へと回避して、足元を切りつける。
助っ人も加わって、大型の魔物にダメージを与え始めた。
それでもまだ雑魚もたくさんいて、大変なことに変わりはない。
額から汗が流れ落ちる。
そのとき、俺の目の片隅に、離れた位置でエルバートが輝きを放っている姿が映った。
「僕の必殺技、受けてみよ! ファイナル・テンペスト!」
高く掲げた剣先から闘気が迸り、その場で高速回転して竜巻を起こす。やがて周囲は雷嵐となる。
「うっはー! ファ、ファイナル・テンペスト、ザマスか!?」
「あれは伝説の勇者の技!? ……あの少年は何者なのさ?」
「むっふぅー、すげー」
雷嵐は左翼から中央部へ、そして右翼へと進み、ほぼすべての魔物を呑み込んで行った。
しばらくの間、助っ人たちは放心状態で雷嵐に見惚れていた。それでも魔物討伐の熟練者のようで、雷嵐が消えかかると我に返り、僅かに残った魔物にムチを振るいだす。
「ふん! もっと手応えのある奴はいないのかい!」
「流石、アネーゴ様!」
オーク・キングの魔石を踏みつけ、アネーゴが勝ち台詞をあげると、ゲイリーとボットンが手を叩いてそれを賞賛する。
「僕とユーゼで先に村に戻って討ち漏らしを掃討する。レイナとパンダは魔石を集めてくれるかい?」
「わかったわ。エルバート、気をつけて。パンダ、魔石を拾いましょう」
周辺の魔物はすべて消えていて、村に討ち漏らしの処理に向かうのは良い判断だと思う。
俺がエアカーを魔法収納から取り出すと、ネコ・サギ団の三人の目がエアカーに釘付けになる。
「ガ、ガラス、ザマス……。透明な……」
エルバートとユーゼがそれに乗り込んで走り去って行く姿を、三人の目は追い続けた。
先にミリィが村に向かっているけど、そのときはエアカーには気がつかなかったのかな?
リーダーのレイナがここに残された理由はただ一つ。助っ人との間で、討伐した魔物の魔石の分配を決めること。
俺たちは黙々と魔石を拾い集める。広範囲に散らばっていて、集めるだけでも一苦労だ。俺の先制攻撃と、エルバートの勇者技が主な原因だけど。
すべて拾い集めると、レイナとアネーゴとで、話し合いが始まる。
その結果、俺たちが八割で、助っ人の取り分は二割となった。地面に並べた魔石をその割合に仕分け、助っ人に魔石を渡す……?
あれ? アネーゴがいない? 代わりにフリルのついた可愛らしい服のメガネっ子がいる。
そのメガネっ子が、仕分けた魔石に手を伸ばす。
「これは、ネコ・サギの皆さんのだから。君のじゃないよ」
俺がメガネっ子を制すると、ゲイリーが、あちゃーって感じの顔になる。
「おおおおお、恐れ多くもアネーゴ様に命令をしたザマス!?」
メガネっ子がゲイリーの方を向いたかと思ったら、
「へんしーん!」
と、呪文(?)を唱え、ピンクのリボンに包まれる。リボンが開いていくと、そこには先ほどの黒い衣装のアネーゴが現れた。
よく見れば服装は違うけど、メガネっ子もアネーゴも同じ赤髪で、顔つきも似ているような気がする。
身長は全然違うけど。
「ゲイリー。教育がなっていないようね。お仕置きよ!」
「え? ボクちん? ご、ごめんなさーい!」
ムチでしばかれるゲイリー、と、何故かボットン。
「お仕置き……?」
俺があっけにとられて眺めていると、変身を解いて(?)メガネっ子になったアネーゴは、
「お仕置きだなんて、やだ、はしたない」
と、別人みたいなことを言いながら、ネコ・サギ団に割り当てられた魔石を収納へ仕舞い始める。
何、このキャラ。変身前後で人格が違うんですけど!
俺は、魔法が入っている魔石があれば、自由に習得していいって言われているから、とりあえず発見した二個を習得してみた。
雷属性「サンダー・ジェイル」、別名、雷の檻。
無属性「マジックバリア」、魔法防御アップ。いわゆる補助魔法。
魔法防御アップの魔法は、ミリィにも習得してもらいたいな……。
無属性の支援魔法だし、「伝授」を使えばミリィも習得できるかもしれない。村に戻ったら、試してみよう。「伝授」はエルフの長老から授かった特殊魔法で、自分が習得している魔法を、素質のある者に複製することができる。
ただ、魔法防御アップの魔法は少しクセがあって使い勝手が悪いから、回復係のミリィよりも俺のほうが使う機会が多いかもしれない。この魔法を展開している間、他の魔法が使えなくなるというリスクがあるんだ……。
「今日は助かったわ。またどこかでお会いしたら、そのときは味方なのかしら?」
レイナも以前、ネコ・サギ団と戦ったことがあるから、懐疑的だ。
「そんな! 義賊ネコ・サギ団を敵にするなんて、考えられなーい!」
メガネっ子は、両手をグーにして口の前に揃え、腰をクネクネさせて訴える。
ブリっ子?
声にすると、ゲイリーが再びしばかれそうなので、黙っているけど。
尻から煙の上がっているゲイリーとボットンを後目に、俺とレイナはルブラン村へと戻る。
ネコ・サギ団は、村に戻らずに、先に進むということらしいし。
村の入り口では、虎獣人の男がそこを守っていた。昨日の宿屋の人だ。
足元には三個、魔石が落ちている。
「はぁはぁ。おう、坊主! 聞いたぜ! お前らが村に向かう魔物のほとんどを退治してくれたんだってな! 人は見た目によらねえな、オイ!」
ただ、彼は入り口を守るのに精いっぱいで、木柵をなぎ倒して村に侵入する魔物の対処にまで手が回らなかった。それで、何か所か木柵が壊されて、村の家屋が壊されている。
村の男共も戦ったみたいだけど、被害が出た。
ミリィが村長に会って避難を呼びかけることで、魔物が来る前に村人の避難が始まり、奇跡的に死者や怪我人は出なかった。戦った者以外では。
戦った者は、大きな怪我を何度も負ったけど、そのたびにミリィの回復魔法で完治していたので、今でも元気な姿で壊れた家屋の修理に駆り出されている。
エルバートに先導されて、避難場所から次々と村人が戻ってくる。
「ああ! 私の家が!」
泣き崩れる人や、途方に暮れる人がいる中で、村長と名乗る老人がレイナに礼を言う。
「このたびは、まことに助かった。避難していた小山の上からも、魔物の群れが見えおった。あれが村に来ていたら、今頃は皆……。そんな中、大きな竜巻が雷を落としながら現れて……。あれは、伝説の勇者様の技に違いないと皆で喜び合っての。勇者様なら魔物の群れを撃退してくれる、と」
話の途中から涙を流しだす村長。
「実際、魔物を撃退してくれて、ほんに、ありがたいことじゃ。ネコ・サギの皆さんといい、勇者の皆さんといい、本当に皆さんは命の恩人じゃ! ありがたやー」
平服する村長に、それを制止しようとする姿勢で戸惑うレイナ。
「あれ、ネコ・サギの皆さんがおらぬようじゃが?」
平服したまま顔を上げ、思い出したように村長がキョロキョロしだす。
「ネコ・サギ団は、次の村に行くって言ってたわ」
「そうですか。ネコ・サギの皆さんは定期的にこの貧しい村を訪れて、寄付してくれたり木柵の建造を手伝ってくれたりしての。今日も久しぶりに顔を見たと思ったら、この騒ぎじゃ。礼を言いたかったんじゃがのお」
ネコ・サギ団って、盗賊なのに評判いいんだね……。
「倒壊した家は、石造りで良ければ、俺が新しく建てるよ。でも、ドアとか窓は各自で作って欲しい。あと、布団とかも用意してね」
「なんと、家を建ててくださるのか! ありがたやー。では、家が完成するまでは、家が壊れた村人の面倒を我が家でみようかの」
「すぐにできるから、心配しなくても大丈夫だよ」
家屋倒壊の現場に行き、散在するガラクタ類を一旦魔法収納に仕舞い、空き地まで行ってから取り出す。俺だと、どこまでが廃材か分からないから、住民に見てもらう。思い出の品があるかもしれないしね。
魔法で更地に戻し、その場で住民と間取りを検討し、そこに家を生成する。
周りで野次馬共がおおげさに驚いているけど、気にせず次の家に取り掛かる。
半壊の家も、住民の了承の上、建て直す。
結局、全部で十軒、家を建てた。
その合間に、村で帽子屋を営むニレーチャという犬獣人が、耳のついた帽子を五つ、わざわざ編んで持ってきた。プレゼントしてくれると。
それぞれ、俺たちの頭のサイズに合わせて作ってある。専業の職人は芸が細かい。
帽子は「ケモミミ帽」というらしく、獣人から信頼する人族へ送る大切な友好の証らしい。この先、獣人の町に寄るときは、これをかぶっていると獣人が友好的に接してくれるらしい。とりあえず、今は魔法収納に仕舞っておく。
その夜は、村の広場で宴会が開かれ、再び、大きな骨付き肉が振る舞われた。
後日。チャンピオンベルト亭の特製骨付き大塊肉料理を食べると、魔物の大群をなぎ倒す力が得られるという迷信が世界に広まることになる……。
食事中だった方、ごめんなさい。
ネコ・サギ団は義賊です。
中心メンバーは四人なんですが、一人は拠点で留守番をしています。
いずれ登場する予定です……。




