043 チョコレート(レベル表示)
異次元迷宮「エノム・オルミガロ」のボスを討伐した俺たちは、三日かけて王都レダスに戻ってきた。
魔法で飛んで移動したので、歩いたり馬車に乗ったりするよりも早く戻ってくることができた。通常の冒険者が五日かかる道のりを俺たちは三日で移動した。
いつものことだけど、野営中はレイナによる剣の特訓があって、最近、俺の剣捌きが様になってきたような気がする。レイナのほうも、エルバートが加わることで地道に剣技の熟練度を上げているみたいだし。少しぐらい怪我をしてもミリィが治してくれるから、いつも二人は結構本気で打ち合っている。
冒険者ギルドに入ると、受付のビセーヌさんの所に行き、達成報告を行う。
報酬が多額になるから応接室に案内されたけど、今回はギルドマスターが不在なので、事務員と、冒険者がいなくて暇なビセーヌさんが応対してくれる。
「よくやってくれた! あんたたちならできると信じていたよ!」
ビセーヌさんの声が応接室に響く。
「ボスの魔石はどうすんだい? 清算かい?」
「これって、もしかすると魔法入りの魔石?」
俺も、何度も魔石を見ているから、なんとなく魔法入りだってことが分かるようになっている。
ビセーヌさんが魔石を手にして覗き込む。
「こいつには風属性魔法が入ってるね。あたしの見立てだと恐らく……、レベル20クラスの魔法だと思うな」
風属性のレベル20魔法だとすると、長老に伝授してもらった「エア・ウォーク」がそれに相当する。
「これは、エア・ウォークじゃないね。あたしはエア・ランスだと思うな。なんとなく槍の紋様に見えなくもないだろ?」
この魔石が「エア・ランス」なら、ぜひとも習得したい。
「この魔石、俺が使ってもいいかな?」
「いいわ」
「パンダの魔法が増えれば、僕たちも助かる。ぜひ、パンダに使ってもらいたい」
皆の承諾を得て、魔法入りの魔石は俺が使っても良いことになり、残りの魔石を清算することにした。ただし、ウイング・アントの大きな魔石は清算せずにとってある。エアカーで使うかもしれないし。
報酬は金貨千六百枚で、パーティ資金に八百枚、個人に百六十枚ずつの分配となった。
ビセーヌさんが請負時に言っていたように、冒険者ギルドへの貢献度も二割増しで清算してくれて、早くもミリィとユーゼが冒険者ランクCに昇格した。
これで、既にランクBのレイナ以外、皆がランクCとなった。エルバートがランクBになるのも、もうすぐだろう。
ちなみに、ナルル博士の依頼も、一応は冒険者ギルド扱いとなっていて、その分も今回加算されている。
現在、レベルは次のようになっている。
パンダ レベル22 ランクC
レイナ レベル21 ランクB
ミリアム レベル20 ランクC
エルバート レベル20 ランクC
ユーゼ レベル20 ランクC
もう皆レベル20以上で、一人前の冒険者だ。
達成報告が完了し、冒険者ギルドを後にする。
「ランドウ研究所に行くには、まだ早いわね」
「ナルル博士との約束の日まで、あと三日あるね。また依頼を受けてもいいけど、次は長旅になるし、休暇にするほうがいいかな」
「ジドニア獣国は遠い。歩いて行くと数か月の旅になるだろう。だから、僕は旅の準備をするのがいいと思う」
ナルル博士がエアカーを実用できるレベルで仕上げていれば、そんなにかからないだろうけど、現時点では何とも言えない。
「私、この町の屋台の料理、まだ食べてないです! 屋台巡りがいいです!」
「パンダ君は、休暇に料理を作るんだよね? 私、手伝うの」
結局、三日間の休暇ということで全員が納得した。
宿の手配を済ませ、これからは自由時間とし、皆、思い思いの場所へと出かけて行く。
俺は料理をする予定なんだけど、その前に、料理をするための食材を買いに行く。
中央広場には多くの露店が並んでいて、ミリィ、レイナと一緒に店を巡り、使えそうな食材を次々と買い漁る。
食材はパーティ資金からの出費となる。
「これはアボガド! それにレモンもある」
「パンダは果物にも興味があるのね」
感心した顔でレイナが俺を見る。
「アボガドはそのままだといまいちだけど、醤油やレモンがあれば美味しく食べられるよ」
「すごーい。パンダ君、物知りなのー」
「帰ったら早速作ってみるよ」
何店舗か寄っているうちに、気になる果実を扱っている店を見つけた。ラグビーボールのような形の、オレンジ色でゴツゴツした二十センチメートルくらいの果実だ。
「おじさん、これは何?」
「カカオだよ。二個で銀貨一枚だ」
カ、カカオ!
これがあればチョコレートができるかもしれない。
実際に作ったことがないので試行錯誤するだろうし、多めに買っておこう。
「ある物、全部買うよ」
「ちょっとパンダ、本気? 果物ばかり買い込んでどうするの?」
「これを使えば、新しいお菓子が作れるかもしれないんだ。でも、実験しないといけないし、他の町では売っていないかもしれない。だから、たくさん買うんだ」
ヤムダ村の教会で習った話だと、この世界の気候は、緯度にあまり関係がない。ある地域は熱帯雨林のように暑くて雨がよく降り、そのすぐ隣の地域は砂漠のように乾燥していたり。この世界では、大気中のマナが気候に変化を与えているらしい。
だから、他の地域に行けば気候が急変するので、カカオは売っていないかもしれない。エルフの隠れ村に種をもらいに行くのも大変だし。
「まいどあり!」
結局、カカオを大量に買い込んだ。これだけ買っても、魔法収納にはまだまだ入れることができる。
まだ店を回り、小麦粉や肉、じゃがいも、トマトなどの定番の食材の他、目についた物をたくさん買い込んだ。もちろん、砂糖や塩、オリーブ油なども買った。
「材料は揃ったし、宿に戻って厨房で料理をしようか」
宿の厨房は、昼間の時間帯に限り、金貨二枚で借りることができた。町の外に出て作ってもいいけど、三人で料理するには、魔道具の竈一つだと心許ない。また、パンを焼くにはオーブン型の魔道具がないと難しい。
パンを作るのに必要な酵母を魔法収納に仕舞っていて気づいたことがある。魔法収納に入れた熱いスープは、時間が経ってから取り出しても熱いままなんだけど、酵母を魔法収納に仕舞う際、「発酵が進むといいな」と思っていたら、取り出したときに発酵が進んでいたんだ。
時間が進んだのはこの酵母だけで、他の食料などには影響はなかった。
そして、旅している間に何回か実験をした結果、魔法収納に入れる物は、個別に時間の進み具合を調整できることが分かった。指定しない場合は時間停止になる。
そんなこともあって、今では移動しながらパン酵母を作っている。
「ミリィ、パンは焼ける?」
「うん。リブ姉に習ったの」
「じゃあ、レイナと一緒に作ってくれる?」
「はーい。私、頑張る」
「パンね。私にもできるかしら」
ミリィとレイナがパンを作り始めた。最初は、オーブンで焼くだけの状態の物から始める。焼き始めたら、小麦粉を練って生地を作る。そのほうが時間効率がいい。
二人のエプロン姿はなんとも微笑ましい。いつも真剣な眼差しで魔物と対峙しているレイナは、今はミリィと仲良く談笑しながらパンを焼いている。
俺はその隣で、さっき買い込んだカカオの実を割いて、白い繭のような種を取り出し始める。そう、チョコレート作りに挑戦だ。
露店のおじさんにカカオの使い道を聞いたら、時間を置いて(つまり発酵させて)酒にして飲むだけだと言っていた。だから、俺はこの世界にはチョコレートがないと思っている。
前世において興味本位で調べた記憶だと、酒にするにもチョコレートにするにも、この白い繭の状態のまま発酵させないといけなかったはずだ。
「クリエイト」
発酵用の容器を作る。発酵は酸欠状態で行うものだから、中に空気が入らないけど発生したガスを抜くことができる弁をつけた容器だ。
容器に白い繭を入れ、魔法収納に入れる。カカオの発酵には七日ぐらい必要だったはずだから、時間の進み具合を一万倍にした。これなら一分で発酵する。ただし、この世界の時間の進み具合が地球と同じであれば、の話になるんだけど。
自作の砂時計で一分測り、魔法収納から取り出す。
容器の蓋を開けると、ふわっとカカオの芳醇な香りが広がり、それが発酵している証となる。
「いい香りがするわね」
「飲んでみる? これは今の料理には使わない物だけど、酒として飲めるよ。少し早いからアルコール度数は低めだけどね」
「頂くわ」
容器の底に溜まった液体を、布で濾しながら、コップに注ぐ。
コップに顔を近づけ、手で軽く風を起こして香りを確かめ、それからコップを手に持って口にするレイナ。
「少し苦いような感じもするけど、おいしいわね」
「……うん、甘い感じもして、おいしいよ」
ミリィも、口に含んで感想を言う。
レイナは貴族だから、冒険に出るまではワインを嗜んでいた。ミリィはくつろぎ亭の料理でワインを提供しているから、ワインを口にしたことがある。だから、二人ともアルコールが初めてということではない。
それでも、とくにミリィは少し酔ったみたいで、その後、いつもよりも饒舌にレイナにパン生地の捏ね方を教えていた。
俺は、チョコレートの作成を続ける。
「よし、繭から種を取り出して、乾燥させよう」
細かい目の金網の上に種を並べて、威力を弱めた「ウインド・ブラスト」で乾かす。
表面は乾いたように見えるけど、種の中は濡れているだろう。
「少し火で焼く方がいいのかな?」
鉄板に入れ替えて焼いてみる。
「チョコレートのような香りがしてきた。焙煎するのが正解だったみたいだね」
よく焼けた頃合いを見計らって鉄板から皿へと移し替える。
表皮は要らないだろうから、剥がし取る。
結構めんどうだな、これ。
今度は、魔法で生成したすり鉢の中に入れ、木の棒で細かく砕きながらすり上げる。すり鉢は陶器ではなく、ステンレス製だ。
粉にざらつきがない状態になったところで、レイナとミリィがこちらを見ていることに気づく。
二人の今のパン作りの工程は温度計を使ってパン生地を発酵させるところだ。この工程は温度管理だけなので、手が空くのだろう。レイナは料理の初心者だから、他の料理を並行して進めることはしていない。
「さっきから、とってもいい香りがしているわ」
「うん、幸せなー、気分になるのー」
ミリィ、大分酔ってるね。
いつの間にか、容器に溜まっていたカカオ酒が空になっていた。二人で何杯か飲んだんだろう……。
カカオはたくさんあるから、カカオ酒もすぐに作れるし問題はないけどね。
「ははは。これは新しいお菓子になる予定だからね。でもまだ、うまくできるか分からないんだ。ここからが気合の入れどころだよ」
「パンダ君、がん、ばれー」
ミリィの応援を受けて作業を続ける。
盥に沸騰したお湯を張り、そこにステンレス製のボールを浮かべて粉を湯煎する。
粉の油脂が溶け出してどろどろになってきた。
砂糖と牛乳を混ぜ合わせる。分量はメモしておいて、次回の調整に生かす。
十分練り合わせたところで、型に流し込み、今度は氷を入れた箱に入れて冷やす。冷蔵庫――正式には「冷気保存棚」という魔道具は借りていないけど、氷や箱は魔法で生成できるから大丈夫だ。
箱ごと魔法収納に仕舞い、時間を進める。
「できたかな?」
しばらくして魔法収納から取り出して、箱の中を確かめる。
十分固まっているね。
試食してみよう。
……。
苦みが強い。ビターチョコレートに近い感じになった。次回は砂糖と牛乳をもっと増やしてみよう。
「試作品ができたけど、食べてみる?」
「頂くわ」
「待ってましたー」
ミリィ、なんだかユーゼみたいになってるな。
二人にチョコレートを一個ずつ渡す。
「口の中でさっきのお酒のような香りが広がって、苦みと甘味がとろりと溶けていくわ」
「うーん、夢の中にいるような、そんな感じなのー。でも、ちょっと、苦いと思うのー」
レイナはビターチョコでも大丈夫で、ミリィはスィートチョコ派ってことだね。
「感想、ありがとう。次に作るときは、もう少し甘くするよ」
「わーい、また作ってね」
俺の初めてのチョコレート作りは、とりあえず成功した。
結構時間がかかったけど、もう少し厨房を借りている時間が余っている。
残りの時間は、旅先に持ち出す料理を作ろう。
しばらくして、レイナたちが小麦粉から始めたパンが焼き上がり、二人で喜び合っていた。
チョコレートのお返しにと、二人が焼いたパンを分けてもらい、上手にできていることを確認して、今日の料理は終了とした。




