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003 エルフと醤油

 次の朝、日の出とともに農作業が始まる。

 畑でひと汗流して家に戻ると、朝食の時間だ。


 今日の朝食は、いつものようにクッキーみたいな硬いパンと、ニンジンとキャベツのような野菜を茹でた塩っぽいスープ、薄くスライスした豚肉に塩をふりかけて炒めたベーコンのような物だった。

 前世の記憶が戻るまではこれが当たり前だったから何とも思っていなかったけど、今となっては、「おいしい」とは言えなくなった。


 微妙な顔をして食事をしていると、母マーシャが立ち上がって何かを盛りつけてある皿を持ってきた。


「そうそう、近所のヘイウッドさんから、漬物をもらったんだったわ」


 それは、キュウリやナスの漬物だった。

 俺は、木製のフォークで漬物を突き刺して頬張る。


 ――こ、これは!


 ショウガと醤油のハーモニーが口の中に広がり鼻腔へと抜ける。

 噛み進めると、唐辛子のピリっとした辛さが舌を刺激する。

 さらにミョウガの風味も感じられる。

 漬物におけるショウガとミョウガの組み合わせは絶妙のハーモニーだ。


 この世界にも醤油やショウガがあるんだ!

 入手できれば、少しは食事が改善できるかもしれない。


「この漬物に使っている調味料って、うちにもある?」


「えーっと、なんだっけ。そう、ショウユとか言ってたかしら。あれは、うちにはないわよ」


 エルフのヘイウッドさんが作っている独自の調味料。

 エルフが人里に住んでいること自体珍しいと言われているけど、彼は昔からこの村に住んでいるので、見慣れた存在だ。

 朝食を食べたら、醤油らしき調味料について、彼に聞きに行こう。


 彼の家は畑を二つ挟んだ隣にある。早速出かけようとすると、妹のナナミの声が聞こえた。


「出かけるの? 私も行くー」


 ナナミは、少し跳ねグセのある、ショートの濃い茶色の髪を手で梳かしながら、玄関に出てきた。ちなみに俺はショートの黒髪だ。やはり、跳ねグセがある。


 ナナミは、いつものように俺がガッドやミリィとつるんで遊びに行くとでも思ったのだろうか。

 伝説の勇者ごっこをするときは、幼馴染三人だけより、ナナミを入れて四人、さらにミリィの姉のリブを入れて五人で遊ぶことが多かった。

 伝説の勇者役四人と、魔王役一人で合わせて五人。五人揃わないときは勇者役の人数が減って行く。

 剣士の「レンダ」と「ブリカン」の役は人気があったけど、魔王の役は人気がなかったので、時々、その辺の木々が魔王役だったこともある。


 今日は遊びじゃないけど、まあ、いいか。


 二人で並んで歩いて行くと、すぐにヘイウッドさんの家に着いた。

 この家も俺の家と同じように、ログハウスのような木造だ。他の家と違うのは、庭にたくさんの木々が茂っていることぐらいか。

 彼はちょうど、庭にあるテーブルで、木製のティーカップを手にして(くつろ)いでいた。


「ヘイウッドさん、おはよう」


 互いに挨拶をすると、俺は大人の世間話が苦手なので、すぐに本題を切り出す。


「頂いた漬物がとてもおいしかったんだ。それで、俺も漬物を作ってみたいから、醤油を分けてもらえないかな?」


「ハハハ。醤油の良さがわかるんだね。いいね、君たちは。でも残念だけど君にあげる分はないんだ」


 ヘイウッドさんに限らず、エルフという種族は、自分で必要な分しか作物を作らないらしい。調味料も同様だ。だから、分け与えるほどの分はない、とのことだった。

 漬物を近所に配っているのは、物々交換に必要な物という認識だ。


「それなら、作り方を教えてくれないかな?」


「ちょっと難しくて根気がいるけど大丈夫かい?」


「大丈夫だよ! ありがとう!」


 流れがよく分かっていないナナミはポカーンとしている。それに構わず、作り方を教えてもらえることになった。


 早速キッチンに案内されるのかと思っていたら、裏の畑に連れて行かれた。


「使う材料を作らなくっちゃね」


 どうやら、今から原料を栽培するらしい。秋の収穫まで待てってことかな?

 ヘイウッドさんは魔法収納から種子を取り出すと、畑にまき、水をかけていく。

 魔法収納を使える人は珍しいと父が言っていたけど、こんな近所にも使える人がいたんだね。


「ねえねえ、畑仕事?」


 ナナミが俺の服の袖を引っ張る。


「グロウス!」


 ヘイウッドさんが魔法を発動すると、まいた種が一斉に発芽してそれぞれが大豆、小麦だと分かるくらいに成長していく。

 その間に、足元に(わら)を編んだような敷物を地面に敷いた。


「ハーベスト!」


 魔法によって、藁の敷物の上に大豆、小麦が収穫されて積み重なる。


「よし、材料ができたぞ。キッチンに行こう」


 俺もナナミも口をあんぐり開けて固まってしまった。


 作物を育てる魔法と、種子を収穫する魔法、だよね。

 凄いな。この魔法の魔石はどこで手に入れるのかな?


 ヘイウッドさんが言うには、エルフに代々伝わる魔法らしく、魔石で習得できるものではないらしい。


「お、お兄ちゃん、行こ、早く行こ!」


「あ、ああ」


 キッチンに行くと、調理が始まった。

 大豆をふやかすのに一日かける所を、魔法で短縮したりしていたけど、やることは概ね理解できた。ナナミも調理実習みたくて楽しんでやっていた。


「今日はここまでだね。そうそう、これからは塩をたくさん使うから、家から持ってきてくれるかい?」


「塩なら……、クリエイト!」と、魔法を発動し、皿の上に塩を盛る。


「こりゃびっくりだね。魔法で塩を作れるなんて聞いたことがない。あ、これは秘密にしておいた方がいいかもね。塩の商人に目をつけられると困るだろう?」


 ヘイウッドさんは、見た目は三十歳に満たない感じだ。でも、百年以上、生きているらしい。

 そんなに長い生きしていても、塩を魔法で作るのを聞いたことがないとのことだった。

 だから、塩のことは内緒、ということでまとまり、俺たちは家に帰った。


「お兄ちゃん、面白かったね!」


 ナナミは満足したようだ。でも、俺は少し難しいな、と感じていた。

 温度管理をしないといけないのに、「このくらいの熱さで」とか「水をこれだけ足してこの熱さにして」ということが腑に落ちていなかった。

 加熱に使用するのは、前世のガスコンロみたいな魔道具で、温度を一定に保つことはできない。他にはオーブンのような魔道具があるけれど、高温になり過ぎて今の目的には使えない。


 前世の記憶では、温度計という物が存在していた。でもそれは、この世界では見たことがない。


 ――自作してみよう。


 よくある、ガラス管の中に赤い液体が入ったやつ……。あの液体はエタノールだったかな。


「クリエイト!」


 まず、液溜まり付きのガラス管を生成する。「クリエイト」は、物質をイメージした形状で生成できる魔法だ。液体も生成できるようなので、続けて木製のコップの中にエタノールを生成する。


「なになに? お兄ちゃん、何を作るの?」


 ナナミは魔法で物質を作ったことには驚かず、これから何を作るのかに興味を示している。


「温度計を作ろうと思うんだ」


「オンドケイ?」


「うん。お湯をヘイウッドさんが言う熱さにするのって、結構難しいと思うんだ。だから、お湯の熱さ、つまりお湯の温度を目で見られるようにするんだ」


「へー。凄いねー、お兄ちゃん」


「おっと、このままだと液柱が透明で見えにくいね。着色しないといけないかな。赤色っぽい物は……」


 周囲を見渡してもなさそうだ。

 仕方なく、外に出て見回すと、畑に生えている紫色の赤ジソが目に入った。これでいこう。

 赤ジソの葉を摘み、赤っぽい液体をつくる。それをエタノールに混ぜてガラス管に入れてから「クリエイト」でガラス管の穴を閉じる。


「お兄ちゃん、なんだか綺麗だね」


 まだ目盛りはない。それでも温度計っぽい物ができた。湯につけて動作確認すると、それっぽく液柱が上昇して行く。


 ――あとは固定用の板と目盛りだな。


 鍋の中に入れて計ることもできるよう、ステンレス板に固定して、手に持つ部分に熱が伝わらないよう上部に木枠をつける。

 もちろん、ステンレス板は「クリエイト」で生成した物だ。

 目盛りは、ヘイウッドさんに習ったことを鍋で複数回再現して、その湯温における液柱の位置に刻みを入れていった。


 うまく行きそうなので、目盛りのない温度計を複数作成して魔法収納に入れておいた。次回以降に習う温度管理で使おう。


 翌日以降も、ナナミと二人でヘイウッドさんの家に通い、二か月ほどで、作り方をマスターした。でも、実際に醤油になるまでに一年くらいの熟成期間が必要なので、醤油はまだ完成していない。


 醤油の熟成期間の間に、味噌についても作成方法を習う。ヘイウッドさんはそちらも知っていた。


 習いに行くのと並行して、俺専用の畑を作った。場所は、ヤムダ村を東に出た所にある荒野。そう、魔法の練習をしている場所だ。


 ここリリク王国では、森林や荒野を拓き農地を開拓した場合は、その地を私有地として認める制度がある。

 岩だらけの荒野を開拓する者など他にはおらず、俺が土属性魔法「ランド・コントロール」で荒野の一部を土壌に変えて畑にした。

 この魔法はレベル15の土属性魔法で、そもそも農民が使える物ではない。


「これは……。間違いなく、荒野を開拓しておりますな」


 王都から役人が視察に来ることもあったけど、皆、俺の土地として認めている。

 俺の畑の周りで「ランド・コントロール」を唱える役人もいた。でもそちらでは何故か、整地はできていないようだった。

 そこに俺が駆り出されて整地してみせることもあった。


 まあ、ここで整地の実験をしている役人の考えていることは、さっぱり分からない。


 俺の畑には、大豆とショウガ、サトイモが植えてある。大豆の種子、種ショウガ、種サトイモはヘイウッドさんに分けてもらった。ちなみに、その多くはエルフに伝わる魔法で複製したものだ。

 なお、サトイモが追加になっているのは、ショウガが日陰を好むから、大きなサトイモの葉で日陰になるよう、ショウガの隣で栽培するためだそうだ。


 そういえば、サトイモの葉っぱは、その上に降り注いだ雨水がビー玉のように丸い玉になって転がるんだっけか。地球で子供の頃に遊んだことがあって、転がる水が不思議で面白く感じた記憶がある。遊び道具の少ないこの世界ではいいおもちゃになるかもね。


 ところで、俺が畑で作物を栽培しなくても、ヘイウッドさんの魔法で栽培すればいいのではないかと思ったりもするけど、エルフには「必要な分を超えて生産しない」という矜持があるから、頼んでもやってくれないだろう。


 そんな彼は、時々この畑まで様子を見に来て栽培の指導をしてくれる。そしてそれが終わったら、荒野を散歩して帰って行く。岩だらけの荒野を歩いて楽しいのだろうか? 岩がゴツゴツしていて歩きにくいだろうに……。


  ★  ★  ★


 ヘイウッドさんの家に通う(かたわ)ら、俺は荒野で剣と魔法の練習も欠かさずしていた。


 まあ、ヘイウッドさんは時々旅行に出かけて十日ほどいなくなるから、毎日彼の家に通っていた訳ではないけれど。


「行くぞ! ファイア!」


 剣の先から放たれた魔法をガッドが盾で受ける。


「あちい! なあ、火の玉の大きさ、毎日大きくなっていってないか?」


 何発も盾で受けていたため、盾が熱くなったみたいだ。ガッドは盾を岩に立て掛けて手を振るう。


「やっぱりそう思う? 実際、大きくなってるよ」


「剣で撃つと、でかくなるのか?」


「うーん、そうなのかな。じゃあ、剣を使わずに撃ってみるよ」


 剣を置き、右手を荒野の先に向ける。


「ファイア!」


 剣を使わなくても、同じ大きさの火の玉が飛んで行った。火属性の魔法を連続で撃つための待ち時間も大分短くなっている。でもそれは、実戦において連発できるほどの短さではない。


「使わなくっても同じだね。魔法そのものが上達したってことなのかな。でも、最初の頃、手で何発も撃ったけど、魔法が上達したような気がしなかったよね」


「じゃあ、またしばらく剣なしで撃ってみるか?」 


 剣を持つことと持たないことで、魔法の上達に違いがあるのか気になるので、数日くらいは剣を使わずに魔法を撃つことにした。


 数日後。


 剣を使わずに手から魔法を撃ち続けた。

 しかし、火の玉の大きさをさらに大きくすることはできなかった。つまり、火属性の魔法の熟練度は上がらなかった。


「剣を使って魔法を撃ち続けると、魔法の上達が早いってことかもしれないね」


「おお、なんか凄い発見じゃね?」


 キラーン。俺の目が光った。

 本当にそうなのか、他の人でも試してみたい。


「ミリィもやってみようよ。ガッドじゃ魔法を撃てないからさあ」


 ミリィは生まれつき光属性の魔法を使用できる。

 先日、ガッドはうちの父に頼み込んでそのコレクションの魔石を試してみたけれど、結局一つも魔法を習得できなかった。

 そのため、ミリィが被検者一号だ。


「クリエイト!」


 魔法でやや短い剣を生成し、ミリィに渡す。ミリィはそれを受け取ると、少し重たそうに両手で握る。


「うん、やってみるね」


 目を閉じて集中するミリィ。


「……。ヒール!」


 剣先から光が飛んでガッドに降り注ぐ。

 マナの存在を感じることができるということもあって、ミリィはそう時間をかけずにいつも通りの魔法を発動した。


「凄い! 簡単に魔法を発動したね。魔法の効果を確認するには、誰かが怪我をしないといけないから、今はちょっとできないけどね」


 魔法で治ると分かっていても、誰も好き好んで痛い目には遭いたくはない。

 ガッドとの剣技の訓練で、いつも切り傷や打撲が絶えないから、いずれ回復魔法の効果の違いが分かるようになるだろうけど。


「よし、これからはミリィも魔法の練習だね!」


 こうして、ミリィも魔法の練習をするようになった。

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