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029 古代神殿へ(地図)

挿絵(By みてみん)


 温泉施設の浴場には、皆の意見を取り入れ、少し温度を下げた浴槽と、水の浴槽を追加した。

 脱衣所は預かり所という形式にし、衣服や貴重品は預かり所に預ける。


 本当は、預かり所ではなくロッカー式にしたかったんだけど、現存する鍵だと、盗賊の心得のある者が開けてしまう恐れがあった。

 ディンプル式の鍵を開発すればその問題は解消すると思っている。でも、俺が魔法で作れるかというと、細部まで構造を知っている訳ではないので無理だった。一品であれば、時間をかければ作れるかもしれない。だけど、個々に違う鍵を量産するとなると、とても無理だ。


 それで、マゼンタにディンプル式の鍵の構造を説明をして実現してもらおうと手配してみた。しかし、マゼンタの伝手を使っても、実現できるのは大分先になるとのことだった。


「ねえ、パンダ君。お願いがあるの」


 リブが、得意技の微笑みからの上目遣いで話しかけてくる。


「えっと、何?」


「私の宿屋にも、温泉を作って欲しいの」


 温泉はリブにも好評で、リブの宿屋「くつろぎ亭パンダタウン店」にも温泉を設置して欲しいという依頼だった。


「分かった。温泉浴場を作ってみるよ。いくつか部屋を潰すことになるけど、いいよね?」


 この後、リブと運用方法などの細部を詰めてから、場所を決めて改築に着手する。

 できたばかりの宿屋を改築するのは、なんだかもったいないような気もする。だけど、元は俺が魔法で作った物だし、大工さんに懺悔(ざんげ)する必要はない。

 マゼンタが用意した家具や装飾などが余分になるだけだ。


 元々無駄に広い建物だったので、部屋を潰して大浴場を設置しても、なんの支障もなかった。


 完成した温泉浴場は、隣の温泉施設とは趣向が異なるエレガントな物となった。

 くつろぎ亭は高級店だしね。


 今回の改築で一つ、気づいたことがあった。

 俺が「クリエイト」の魔法で設置した物は、再び「クリエイト」で形を変えられるのだ。

 魔法を習得したときに得られた知識にはその説明がなく、発見したときは驚いた。町を囲う壁を作るときは、生成に失敗した壁をわざわざ破壊してから作り直していたのだから。

 よくよく考えてみたら、「クリエイト」による剣の補修もこの一環だったんだなと、今さらながら思う。


 温泉宿が完成し、隣の温泉施設よりも先にオープンとなった。


「へぇ、もう開店できるんだ」


 家具や人員の手配とか、メジー商会の手際の良さに驚かされる。


 温泉宿にやってくる客は、最初は、温泉を理解できる者はおらず、リブの料理目当てで訪れる者だけだった。それがいつの間にか、その客たちが温泉目当てでリピートするようになっていく。


 温泉宿を作ったことで、少し欲が出てきた。

 やっぱり、俺が寝泊まりする場所にも温泉があるといいな。


 まだ温泉施設は内装が完成していないから公開していない。だから今は温泉施設は貸し切りで使える状態だけど、お客が来るようになったら好きなときに入れなくなるかもしれないしね。

 なお、温泉施設は、「パンダ温泉」という名称になることが決まっている。


 次の日。

 勇者の館と領主館にも温泉浴場を設置すべく、地下に配管を通して行く。

 やはり、どちらの建物もやたらとでかいので、部屋を潰して温泉浴場を設置しても問題は起きなかった。



 こんな感じでパンダタウンの開発が進んで行き、着手から一カ月が経とうとした頃になってようやく、冒険者による周辺の魔物の調査が完了したという知らせが届いた。


 災害級の魔物だったということで、複数の冒険者パーティがヤムダ村を中心として広範囲に渡って痕跡や再来の危険性の調査に当たった。


 結果は、魔物も、魔物を生み出す魔障の渦も発見されなかった。

 サラマンダーによる焦げたような痕跡は、村の西一キロメートルの所で突然消えていて、転移または転送されて現れたのではないかという結論に至った。ただ、なぜヤムダ村を狙ったのか、その目的は謎のままだった。

 転移または転送でやってきた魔物だとして、王都の文官たちが、古文書など遠い昔の事例を調べた結果からは、同じ町が二回襲われたことはないということになり、ヤムダ村の脅威は去ったと宣言された。


 この宣言が伝わるや否や、レイナは、ヤムダ村の南にある古代神殿へ行くことを決めた。


「パンダ、すぐに古代神殿に行くわよ」


 レイナに連れられてきたミリィも、出発準備が完了しているようだ。


「ちょ、待って。マゼンタに、この建物の説明を……」


「戻ってからでいいでしょ。行くわよ」


 商業ギルドがパンダタウンにやってきて、メジー商会の仕事の処理速度が一気に上がっている。

 今、仕事を依頼しておけば、戻ってくる頃には完了してるかもしれないけど……。


「分かったよ。行こう」


 レイナには、一カ月も古代神殿行きを待ってもらったんだ。サービスしておこう。

 この間に、レイピアを魔法剣にできたし、準備は整っている。



 ヤムダ村を経由して、ナーガ山とマール山を順に越えて行く。山とはいうけど、標高はそれほど高くないからすぐに越えられる。


 魔物がいないヤムダ村周辺。今回の古代神殿までのルートもその範疇(はんちゅう)にあり、魔物はいない。

 気をつけるとしたら、狼、猪、熊のような野生動物だけだ。


 マール山を抜けると、草原が広がっていた。緑の中に色とりどりの花が見て取れる。ただ、小高い丘が連なっていて草原の先の方までは見通せない。


 心地よい風が吹き、背の高い、青色の花をたくさんつけた植物が揺れている。


「前にも言ったけど、古代神殿って古い建物があるだけで、神官さんもいないし神が(まつ)ってある感じもしない。そういう所だからね」


「わかっているわ。でも、どうしてもそこに行かないといけないの。言い伝えだと『オーブ輝く時、まさに厄災の兆しあり。勇者の力に目覚めし者よ、オーブを手に各地の神殿を巡り、厄災に対抗する力を得よ』と言われているわ」


「私は、このお花畑が見られて良かったと思うの」


 ミリィは遠足気分でいるようだ。

 バナナはおやつに含みませんからね。もっとも、この世界でバナナを見たことはないけどね。

 そんなことを考えていたらお腹がすいてきたな。


「ちょっと、一休みしよう」


「ええ、そうしましょう」


「うん、ゆっくりお花を楽しめるね」


 ミリィは傍に咲いている花に近づき、首を回すように上から下へと眺めている。

 白地にピンクの小さな花が、ねじれるように上から下へと並んでいる。

 ネジバナだっけ? 俺、花のことよくわかんないや。


「ここからだと、あと一時間もすれば着くよ。でも日帰りは難しいから、現地で野営になるかな」


 出発したのが日の出の時間だったら、日帰りできただろうけど、それは今さらの話だ。


 食料もあるし、ちゃんとミリィの分のベッドも作ってある。布団も調達したし、野営に問題はない。


 近くにある石に腰かけ、皆にお菓子を配る。

 草花をなるべく傷めないよう、テーブルや椅子は出さない。

 歩いてきた道も、獣道のような草花のほとんど生えてない部分だ。


「これは、新作かしら!?」


「ナナミの店に並べる予定のお菓子だよ。まだ試作段階だけど、ナナミならすぐに完成させるだろうから、お店が開店したら売り出されているだろうね」


「んー、パリっとして、口の中でじわっと甘ーい味が広がるの」


 バタークッキーのほか、チーズケーキやババロア、ゼリーなども開発した。


 我ながら、冷蔵品ばかり開発しちゃったな。

 ナナミの店では、持ち帰るより、お店で食べてもらうことがメインになりそうだ。


 ババロアやゼリーの原料となるゼラチンは、牛の骨を煮出して作ったけど、量産となると匂いがきついので、メジー商会が仲介し、肉屋さんに発注する形とした。肉屋さんも、捨てる骨や皮にひと手間入れるだけで収入が増えるのだから、喜んで引き受けてくれた。ゼラチンの納品先は、ナナミの店の他、リブの店、ヤムダ村のくつろき亭の三店舗だ。


 休憩を終えて再び歩き出す。

 最後の小高い丘を登ると、古代神殿が視界に入った。


「あれが古代神殿だよ」


「やっと、見える所まで来れたね」


「あれが……」


 レイナは立ち止まって古代神殿を視界に収めると、一気に駆けて行った。


「待ってよー」


 ミリィが慌てて後をつける。


 石造りの土台の上に並ぶ、たくさんの石の円柱。それに支えられるように石造りの屋根が載っていて、古代ギリシャの神殿のような造りをしている。


 レイナは階段を上がって行き、中央にある石板の前で立ち止まる。

 俺とミリィも階段を駆け上がる。


『試練に挑みし者よ。オーブを捧げよ』


「あれ? 何か聞こえなかった?」


「うん、聞こえたよ」


「『試練に挑みし者よ、オーブを捧げよ』と言っていたような気がするわ」


 レイナは、魔道具の携帯袋から、赤く輝くオーブを取り出し、石板の窪みへと()める。

 すると、石板が赤く輝いて、俺たちはどこか見知らぬ場所へと転送された。


「ここは、異次元迷宮? 試練ってもしかして……」


 目の前には装飾の施された大きな扉があり、異次元迷宮のボス部屋の扉に近い感じがする。

 違うのは、周囲が四角く切り出した白い石を積み上げた、綺麗な壁でできているというところだろうか。


『試練に挑みし者よ。扉を開け、その力を示せ』


「一体、何が起こっているんだ?」


「前に来たときは、声なんて聞こえなかったよ」


「準備はいい? 行くわよ」


 なんだかレイナだけこの展開について行けている感じだ。

 両手に力を込め、レイナと二人でゆっくりと扉を押し開くと、そこには――


『我が名は朱雀。汝らに世界を正しき道へと導く力があるかを見極める者』


 赤い炎に包まれた巨大な鳥が、こちらに語り掛けてくる。

 その目は白く燃え上がり、まるでそこに魂があるかのようだ。


『さあ、汝らの力を見せよ』


 大きく羽を広げて、俺たちの攻撃を受け止めんと待ち構える。


「言われるまでもないわ! ローズ・スプラッシュ!」


 レイナが駆け出し、「フォース」で攻撃力が上がったと同時に、レイピアを朱雀の体に無数に突き刺す。朱雀の炎の粉と赤い花びらが宙を舞う。


『こんなものか。では、我の火炎を受けるが良い』


 広げていた羽を上方へ折り畳むように曲げると、炎を(まと)う竜巻が轟音をなびかせながら発生した。


 それは瞬時のことで、レイナは竜巻に吸い込まれ、ぐるぐると巻き上げられるように舞い上がって行く。


 火炎って言っておいて、竜巻とは、卑怯じゃないか!


 ドサッ。


 高所からレイナが落ちてきた。全身やけどでボロボロだ。


「レイナさん! ヒール!」


 涙目になったミリィが、ロッドを高く掲げ、レイナを回復する。


「くっ、油断したわ」


 レイピアを床に突いて立ち上がると、レイナは右前方へと駆け出した。

 強力なミリィの回復魔法でも、あれだけの怪我はまだ完治できていないはずだ。


 すぐに俺は魔法の集中に入る。


 レイナの狙いは、朱雀の意識を俺から離し、その間に集中した強力な魔法による攻撃だ。この布陣は、訓練場の練習でもやっているから間違いない。


 燃え盛る刃のような羽が、連続でレイナに襲い掛かる。

 レイナは盾で()らしたり、大きく跳んだりして的確にそれを(かわ)し、レイピアを振り抜く。


「ローズ・ブラスト!」


 レイピアの先端から、まるで俺の火球のような白い球が高速で射出され、朱雀の(まと)う炎を貫く。


「アイス・ランス! 当たれ!」


 レイナの攻撃に合わせるように、氷の槍を飛ばす。

 その姿は、もはや槍というより、凍てつく大木がきりもみしながら突進しているように見える。


 極太の氷の槍を腹部に喰らい、大きなダメージを負った朱雀は、遂に飛翔する。

 そして、羽ばたきに合わせ、高い位置から炎の羽が次々と降り注ぐ。


「うぐっ!」


 数回避けたところで、左足に炎の羽が刺さり、俺はその場で膝をつく。

 炎の羽は実体のない魔法のような物で、抜き取らなくても消滅していったが、深手となった。


「パンダ君、ヒール」


 ミリィの回復魔法で徐々に回復して行くけど、まだ動けない。

 ここから飛翔する相手に「アイス・ランス」を撃っても、避けられる可能性がある。基本的に魔法は直進するのみだ。

 それに、朱雀に火球は効果ないだろうし、雷魔法と風魔法は届かない……。「ストーン・ブラスト」を撃つか?


 いや、待てよ。これだ!


 そう考えている間にも、レイナには「クロス・ファイア」が浴びせられ、息つく暇もない状態だった。


 俺は手を伸ばし、手の平を朱雀に向ける。


 ドン!


 朱雀の上から大きな岩がいくつも降ってきて、朱雀は遂に地面に落下する。


 レイナは落下地点に突進し、朱雀にレイピアを突き刺す。


(とど)めよ! ローズ・ラスター!」


 そこを起点として現れた光輝く大きなバラが、朱雀を包み込む。そして、「クラッシュ!」の掛け声とともにバラが眩しく光を発し、朱雀もろとも砕けていく。


『合格だ』


 朱雀は白い光の球へと姿を変え、ふわふわと俺たちの間を漂っている。


 それがミリィの所に到達した途端、なんらかの波動を発した。

 ミリィは片目を閉じ、右手で額を押さえる。


『ミリアム・ライトヒル。汝に厄災に立ち向かう力、授けたぞ』


「え? 私に?」


 閉じていた目を大きく見開き、白い光の球を見つめる。


『ミラクル・ヒールを伝授した』


「み、みらくる、ひーる?」


『常人であれば、これで内臓の破損を修復できるのであるが……』


 白い光の球は、ミリィの周りをぐるりと回り、


『汝は、その上を行く、体の欠損を修復できるであろう。汝であれば、内臓の破損は、下位のハイ・ヒールを習得すれば修復できるようになるだろう。上位であるミラクル・ヒールを使っても同じことができるが、それは無駄というものだ』


 要するに、「ミラクル・ヒール」は回復魔法の最上位版で、下位の魔法の効果を内包する、ということだ。

 もちろん、消費するマナが膨大だとか、リキャストタイムが非常に長いとかのデメリットもあるみたいだ。


「うん。私、ミラクル・ヒールが使えるようになった」


『では、汝らの次なる試練の地を示そう』


挿絵(By みてみん)


 世界地図と思われる図が俺たちの前の空間に描かれ、二か所、点滅している場所がある。

 白い光の球は、下の方の点滅の位置に行き、


『ここが、今いる場所。リリク王国の試練の場だ』


 そして今度は、上の方の点滅の位置に行き、


『メキド王国の西。ここが、次の試練の場だ。汝らが古代神殿と呼ぶ場所で、次なる者が汝らを待っているであろう』


「わかったわ。行きましょう」


「メキド王国は、リリク王国の北の国だけど、間にはフルッコの森があるから、一度東のエセルナ公国に出ないといけないね」


「いいえ」


 レイピアで下の点滅の位置から、上の点滅の位置へと真っ直ぐになぞる。


「フルッコの森を進みましょう」


「フルッコの森を突っ切ると距離は短くなるけど、多分、遠回りしてエセルナ公国に出る方が早く着くと思うよ。森には魔物がたくさんいるからね」


「みんなの訓練にもなるでしょ。試練を受けるんだから、少しは努力すべきだわ」


「いやいや、訓練って、ハード過ぎるって! ミリィは浅い層すら行ったことがないんだしさあ」


 俺の言葉を聞いて、レイナはやや目を泳がせるように右上を見、くるりと後ろを向いて腰に手を当てた。


「こちらがいいって、(かん)が告げているわ」


 結局、勘なんだ。

 グレン洞窟では迷わずに進めたから、レイナの勘も(あなど)れないけどね。


「仕方ない。レイナの勘はよく当たるし、行き先はフルッコの森にするよ。でも、無理はしないよ」


「もちろん、無理はしないわ」


 俺たち三人の中で戦闘能力が一番高いのはレイナだ。レイナが無理をせずに慎重に進んでくれれば、魔物討伐の訓練になるかもしれない。


「さっきの岩、まだ残ってるね」


 話が落ち着いたところで、ミリィが前方を指差して不思議そうに尋ねる。

 そこには朱雀を落下させた岩石が、まだ床の上に残っていた。


 通常、攻撃魔法で発生した物は、時間が経つと消滅する。「クリエイト」で生成した物体は永続するけど、離れた場所に物体を発生させることはできない。

 だから、まだ岩石が残っているのは、一緒に魔法の練習をしたミリィだからこそ分かる矛盾点だ。


「あの岩石は、攻撃魔法じゃなくって、魔法収納から出した物なんだ」


 露天風呂を作る際、その周囲の庭園に配置した岩の余りが、まだ魔法収納に残っていた。実際に庭園に置いてみて形状がいまいち気に入らなかった物や、他との釣り合いが取れなかった物など。それを朱雀の上に取り出したというのが、今回のカラクリだ。


『オーブを返す。失くさぬよう、気をつけよ』


 レイナの手が光に覆われ、そこにオーブが現れる。


『では、汝らを最寄りの町へと転送する。始まりの……、パンダタウンで良いな?』


 頷いた時には、三人ともパンダタウンの西門の前に転送されていた。


「フルッコの森を抜けるのなら、食料とか、たくさん準備しないといけないから、出発は五日後でいい?」


「わかったわ。準備ができたら、声をかけて」


「えっと、どうしよう。あれと、これと……」


「必要な物は全部、俺の魔法収納に入れるから、なんでも持ってきてよ。あ、着替えとかはレイナに預けるといいよ。レイナも魔道具の収納袋を持ってるから」


 ちょっと下着とかを想像した俺は、少し頬を指で掻いて照れを誤魔化しながら、町の中に入る。

 勇者の館に入り、三人は解散した。今では三人とも、この館に寝泊まりしている。


 旅立ちは五日後だ。

「資料集」に、029話までの登場人物と魔法・技の資料を追加しました。

人物名などをお忘れの際に、ご活用ください。

なお、「資料集」のあとがきに掲載している四コママンガは、

本編とは時代設定が異なりますのでご注意ください。

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