表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/150

025 特別褒章

 魔物の襲撃から一夜明け、生き残った村人たちは、燃えた家屋の撤去作業や、亡くなった仲間の(とむら)いなど、(あわ)ただしく動いている。


 村の西側、全体の三割が焼け、三十軒以上の家屋が焼失した。


 村の惨事を受け、くつろぎ亭に泊っていた客の多くは宿泊をキャンセルして王都方面へと戻って行った。予約の客も同様にキャンセルが相次ぎ、今は空き部屋が目立っている。


 そんなこともあって、レイナにはくつろぎ亭に泊まってもらうことになった。


 俺の両親は野菜を運んで王都トトサンテに行っていてまだ戻ってきていないから、俺の家にレイナを泊めても良かったんだけど、今日の夕方には両親が戻ってくるだろうし、俺はしばらくヤムダ村の再興のために村に留まるから、明日以降のことを考えて、くつろぎ亭ということになった。


 ちょっと両親に女の子を泊めて欲しいって頼む勇気がない、ということもある。


 騎士団の人たちも、くつろぎ亭に泊まっている。魔物の再来がないとは言い切れないから、村周辺の調査をしているんだ。

 本来、周辺の調査は冒険者に依頼して行うものなんだけど、冒険者が到着するまでの間は騎士団が行う。

 今のところ、村人の間では、復活した魔王が魔物を送り込んだのではないかと噂されている。しかし、明確な根拠はない。


「今日は特別に、くつろぎ亭自慢の料理をみなさんに差し上げますよー」


「ナナミの作ったデザートも、持って行ってね」


 くつろぎ亭の娘のリブと俺の妹のナナミは、村長の家の庭で、被害に()った村人に炊き出しをしている。

 レイナもそれに混ざって手伝っている。でも、料理をしたことがないらしく、教わりながらこなしている。不謹慎かもしれないけど、楽しそうだ。


「はい、どうぞ。冷めないうちに召し上がってね」


 炊き出しの料理をうれしそうに受け取る村人たち。元々くつろぎ亭の料理は村人たちの間でも人気が高く、それを無償で提供してくれることに感謝している。

 今では、くつろぎ亭は高級宿屋になっていて、村人が手を出せる雰囲気でもなくなってきているから、食べたくても食べれないという事情もある。


「おおおお! うんめえ!」


 木工職人が用意した急ごしらえのテーブルに着くや否や、がっつくように料理を食べ始める村人が多い。


「こりゃあ、なんだべ?」


 木製のカップに入った、ベージュ色の物体。木製のスプーンが抵抗もなく入っていき、(すく)い上げると、スプーンの上でプルプル揺れている。それを落とさないように口まで運ぶ。


「甘くて、口の中で(とろ)けるべえ……。幸せがのどを通っていくぅ」


 プリンを食べた村人は、笑顔を傾け、()けたようにデレっと口を開けて動かなくなる。

 家を焼かれる災難に見舞われた境遇におけるささやかな幸せ、不幸中の幸いというやつだろうか。

 村人たちには、リブの料理だけでなく、ナナミのデザートも大好評のようだ。


 ちなみに、レイナにとってもプリンは初めてだったらしく、掬ったり揺らしたりして、にこやかな顔をして貴族らしからぬ作法で食べていた。


 今回の魔物の襲来は、タイミングの悪いことに、村に魔法の使える人間が誰もいないときだった。魔法の使える俺の両親と、エルフのヘイウッドさんがいれば、もう少し被害を抑えられたのかもしれない。

 ヘイウッドさんは、昔から旅行に行く趣味があり、時々十日ほど不在のことがあった。今回、ちょうどそのタイミングだった。


「騎士団でも手に負えない魔物だったんだぜ。ちょっとやそっとの魔法でどうこうなったとは思えないね」


 一晩寝て元気になったガッドが、俺と一緒に炭の山――燃える前は家屋だった――を見て回っている。

 俺は魔法収納の中に炭の山を仕舞う。家を建て直すため、炭の山は回収して村の外に廃棄することになっている。


「少し前までは、メルラドたちもいたんだよね? 彼らならきっと……」


 数日前であれば、Bランク冒険者のメルラドたちがヤムダ村を訪れていて、魔物を返り討ちにできたかもしれなかった。


「ウシター山で一緒に戦った俺だから言えることだがな。メルラドんとこの魔法使い、ニキシだったっけ? あいつだと、お前みたいにうまくできなかっただろうよ」


「どうして?」


「あいつは、火魔法が得意だろ?」


「そっか」


 ガッドの指摘は的を得ている。

 試した訳ではないけど、赤く燃えるサラマンダーには火属性の魔法は効かなそうだ。実際、俺も火属性の魔法を使わなかった。


「まあ、過ぎたことを()やんでも元には戻んないぜ。今は、お前にしかできないことをやろうや」


 炭の山がすべて消えて綺麗になった所に「クリエイト」の魔法で家を建てて行く。

 このことを言っているのだろうか?


「魔物に襲われても大丈夫な村に、な」


 少し論点が違っていた。


「魔物に襲われても大丈夫……。村の周囲を壁で囲むってことか!」


「そうだ。お前ならできるだろ?」


 ガッドは俺と共に旅をする中で、魔物に襲われないように壁で囲ってある町を見てきた。

 あの壁をヤムダ村に作ろうと言うのだ。


 次々と家を建てて行く。「クリエイト」の魔法では木製の物は生成できないので、窓枠や扉などは木工職人が後日入れることになっている。

 敷地の大小によらず、各家の間取りはほぼ同じとした。「クリエイト」で生成する家は、俺のイメージが形になった物で、一軒ごとに違う間取りの家を生成するとイメージするのが大変で、無駄に時間がかかるからだ。



 次の日。

 焼けた家すべてを建て直した後で、ガッドと共に村長の元を訪れる。

 まだ日は高いし、マナの残量にも余裕がある。家をたくさん生成したことで土属性魔法の熟練度も上がった。


「村の周囲を壁で囲いたい。村長、許可してくれ」


「ガッド君。村にはそんな金はないのは分かっているだろう?」


「そこんとこは、パンダがやるから、無料(タダ)だぜ」


 まあ、家の再建も無料奉仕だったし、今さらなんだけどね。


「なんと、パンダ君は家を建てるだけではなく、壁まで作れると言うのか。願ってもない申し出だ。だがな、村を囲うとなると、いくつもの畑を潰すことになる。良い顔をせん村人も出てくるだろう」


 確かに、真っ直ぐに壁を作るとなると畑を横断することになるし、村人が壁の外の畑へ出向くにも遠回りが必要になる。


「そのあたり、ワシが説得するしかないか。まあ、無理だった畑はしょうがないが迂回するか、歯抜けとするか、追々決めていこうか」


 まずは村の西側の、燃えてしまった畑の所から壁を設置することになった。


 最初のうちは、自由に壁を設置して行けたんだけど、燃えていない領域に到達すると、途端に壁の生成に時間がかかるようになる。村長が畑の持ち主の所に行って許可を得るまで待機しているからだ。 


 五枚ほど畑を通過した頃だろうか。


「おお、クロウデさんとこのせがれだ」

「勇者様と一緒に村を救ったって、パンダはすげえ農民だな」

「馬鹿言え、勇者だ、パンダは勇者だ」


 村人たちが集まってきた。


「勇者が村に壁まで作ってくれるそうだぞ」

「未来永劫、勇者様の壁に守られ続けるべか」

「勇者の壁、ばんざーい!!」


 結局、誰も壁の設置に反対する者はなく、村人の反対に遭うという懸念は杞憂(きゆう)に終わり、俺の自由に設置を進めて良いこととなった。


 それよりも、いつの間にか村人たちは俺のことを勇者と呼んでいた。勇者はレイナであって、俺はレイナの仲間という位置づけだ。勇者の血を引いていない俺は勇者じゃない。


 でも……。

 俺は生まれ故郷のヤムダ村をこんなにした魔王が許せない。いや、魔王と決まったわけではないけれど、こんなことができるのは魔王しかいないと思う。

 今まで漠然と世界を旅したいと思っていただけだったけど、明確な旅の目標ができた。

 俺は勇者レイナと共に魔王を倒したい。俺は勇者じゃないけれど、それでも魔王を倒したい。


 村人たちが(はや)し立てるのをいちいち訂正していてもキリがないので、愛想笑いを浮かべて壁の設置を続けて行く。



 数日して騎士団が王都に戻ることになり、村の周辺を調査する作業は、依頼を受けてやってきた冒険者に引き継がれた。


 ミリィの病気も快復し、今では元気な顔を見せている。

 先日のミリィの意味不明な叫びは、あのときの一度きりで、あれ以降レイナに掴みかかるようなこともない。

 ミリィ自身、そんなことをしたという記憶はまったくないようで、悪い夢でも見ていたのだろうと、俺とレイナは思っている。


 村を囲う壁が完成した頃。

 王都トトサンテから役人がやってきて、俺、レイナ、ガッド、ミリィの四人に特別褒章を与えることになったと伝えてきた。


 いささか急だが、準備が出来次第王都に出発するということで、四人は役人が用意した二頭立ての馬車に乗り、王都に向かうことになった。


 馬車に乗り込む際、レイナの髪には星形の髪飾りがつけられていた。

 これは、復興の手伝いをしているときにリブ、ミリィ、ナナミがつけている物にレイナが気づき、


「女の子が髪につけている物は何?」


「髪飾りだよ。俺が作ったんだ」


「髪飾り? いいわね。私にも頂戴」


 という流れで、レイナにも渡すことになった。

 魔法収納にある物を石のテーブルの上に並べ、レイナが選んだのは星形の髪飾りだった。



 馬車は王都に入ると、真っ直ぐに王城に進み、大きな城門の前で俺たちは下車する。

 いつの間にか集まっていた騎士団の面々が、


「聖女様あ!」

「おお、勇者殿だ。彼女なら必ずや魔王を倒してくれるだろう」

「聖女様に敬礼!」


 など、様々に思いを口にしている。なんとも自由な騎士団だ。


 ヤムダ村の襲撃事件での活躍で、ミリィは、騎士団の間で聖女様と呼ばれるようになった。

 ミリィは少し困ったような顔で照れて(うつむ)いている。


 レイナも騎士団に勇者と認められ、皆の期待を受けている。


 役人に案内されるままに城の中を進み、客室に入ると、俺たちはお茶を運んできた侍女たちに囲まれる。


「ああ、お気になさるな。彼女たちは、服の採寸をしておるのだ」


 どうやら、午後からの顕彰式(けんしょうしき)に合わせ、服を用意してくれるようだ。

 まあ、平民服だと恰好(かっこう)つかないしね。

 俺たちの身長や体格は、騎士団を通しておおまかに伝わっていて、あとは微調整だけで済むらしい。


 一時間くらい経っただろうか。

 俺たち四人は順に別の小部屋に案内され、侍女たちによって立派な服に着替えさせられた。


 いよいよ、顕彰式が始まる。


 護衛が守る謁見室の扉を通り、左右に親衛隊が立ち並ぶ赤い絨毯(じゅうたん)の上を、二人ずつに並んで玉座の前まで進む。


 前列の俺とガッドは片膝を床につけ、左手を右胸に添える。顔はやや俯き加減にし、王の顔を直接見ないようにする。

 後列のレイナとミリィはドレスを摘まんで一礼して、立ったまま左手を胸に添える。

 ミリィも貴族式の礼なのは、聖女とみなされているからだ。


 俺は、さきほど客室で習った作法の通りに振る舞っている。王宮作法なんて知らなかったしね。もちろん、ガッドとミリィも習ったままに振る舞っているんだけど。


「よい。(おもて)をあげよ」


 初老でややダンディな感じのリリク国王が、声を発する。


「勇者レイナ・スターファスト、聖女ミリアム・ライトヒル、パンダ・クロウデ、ガッド・マウトリ」


 名前を呼ばれるたびに、「はい」と答えて行く。


「この者たち四名は、先のヤムダ村における魔物襲撃事件において、強大な魔物サラマンダーに勇敢に立ち向かい、見事これを討ち果たした」


 王は、左右を見渡して続ける。


「我が騎士団でも敵わぬ(たぐい)まれなる強さを誇る、災害級の魔物だったと聞き及んでおる」


 災害級の魔物とは、複数の町や村が壊滅する恐れのある魔物だという表現のようだ。


「災害級?」


「そんな恐ろしい魔物がリリク王国に……」


 周囲がざわつく。

 ここ謁見の間には多くの者がいる。騎士団長のヤフールさんの他に、政治を担当する文官や、貴族などだ。魔物の詳細を知らされていなかった者が多くいるようで、ざわつきが収まらない。


「静粛に!」


 王の横に立つ者が静かにするよう、場の皆に求める。

 すると、すぐにざわつきは収まった。


「よって、その勇気を称え、この者たち四名に銀綬褒章(ぎんじゅほうしょう)を授与する」


 銀綬褒章ってのがあるんだね。縁がないから知らなかった。


「身に余る光栄です」 


 レイナが代表して答える。というか、公爵令嬢のレイナにしかその価値が分からない。

 左右から侍女が現れ、銀綬褒章を左胸に取りつけていく。


「報奨金として、一人当たり金貨五百枚。最も貢献の大きかったパンダ・クロウデには、ヤムダ村の東の土地を与えるものとする」


「ありがたき幸せです」


 どう言えば良いのか分からないので、時代劇とかに出てくる言葉を使ってみた。周囲は特に反応しないので、問題なかったのだろう。作法だけでなく、受け答えまで練習させてくれればいいのにね。


「ごほん」


 王は、握った右手を口に当てて咳払いし、そのまま口髭(くちひげ)を摘まんで話を続ける。


「あくまでもパンダ・クロウデは領地の代表者であって、領地の経営は四人で行うがよかろう」


 よく考えてみたら、いくら俺がサラマンダーに(とど)めを刺したといっても、冒険者としてのリーダーはレイナだし、なんで俺なんだろう?

 そもそも、リリク王国には開墾した土地を自分の物にできる制度があるから、わざわざ土地を与えなくってもいいんじゃないかな?


 後で例の役人に聞いた話では、「レイナ殿は他国の貴族であるが故、王から土地を与えることはできないのだ」ということだった。

 ちなみに、彼は王家の伝承を知らないので表向きのことを答えたんだけど、このときの俺はそのことに気づかなかった。俺も王家の伝承を知らなかったからね。


  ★  ★  ★


 リリク国王イシュタールは、退場して行く四人の背中を眺め、物思いに(ふけ)ていた。


 王家に伝わる伝承――


 王都の南東の地、始まりの聖地。

 かの地を開拓せし者に、これを与えん。


 聖地と呼ばれる場所は、今ではただの広大な荒野であって、何の価値もない土地。

 王家は先祖何代にも渡って開拓を試みてきたが、何故かうまくいかなかった。

 魔法で整地できないのだ。


 過去には人力で大きな岩を除去して開拓しようと試みた王もいた。しかし、そもそも岩だらけで、どれだけ除去しても開拓したとは言えない状態だった。 


 移ろいゆく代々の王の間で、いつの間にか王家で荒野を開拓することは(あきら)め、「開拓した土地の所有権を認める」という法を施行して、荒野を開拓できる人間が現れることを待つようになった。


 そんな中、数年前に荒野を開拓した者が現れたという報告があって、王家内では、伝承通り土地を譲渡すべきかどうかで喧々諤々(けんけんがくがく)の討論となり、様子見としていた。


 彼が畑にしたのは、荒野のほんの一部分だけだったから、様子見を主張する慎重派の意見が採用されたのだ。


 ところが、その少年が、魔王が派遣したとされる災害級の魔物を退治した。まあ、魔王が派遣したかどうかは定かではないが、皆がそう思うほど強力な魔物だった。

 ヤフールめは、さらに上の厄災(やくさい)級でもおかしくないと言っておったな。


 その結果、土地の譲渡が決まったのだった。


 遠い昔、あの地で何があったかは分からぬが、あの者たちがそこで何かを成し得る。それが彼らの運命なのであろう。


「期待しておるぞ。勇者よ」

魔王を倒す決意をしたパンダ。

決意だけでは魔王を倒せません。これから世界を巡り、強くなっていきます(予定)。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ