024 ヤムダ村炎上~激闘サラマンダー
「ヤムダ村が、燃えている……」
村に近づくにつれ、ヤムダ村で大規模な火災が発生していることが分かってくる。
焦げる臭いが漂う村に入ると、すぐに火災の発生している西の方角へと向かう。
「一体、何が起きてるんだ?」
「あそこ! 誰かが魔物と戦ってるわ!」
村の中央付近では、騎士団風の男たちと、大きな鳥に腕が生えたような風貌の石像数体が戦っていた。
戦況は芳しくなく、何人もの騎士団風の男たちが倒れていて、応戦している者も一方的にやられているように見える。
俺たちは戦闘に加わるべく、駆けだす。
「よくも、ヤムダ村をこんなにしたな! 許さない!」
「加勢するわ!」
「私はリリク王国騎士団、団長のヤフール。助太刀、感謝する」
立派な兜の人が団長だと名乗った。
王国騎士団と言えば、騎士として高い才能のある人たちだけで構成されたエリート集団で、そんな人たちが王都を離れて、俺たちより先にヤムダ村に救援に駆けつけていることに驚いた。
ヤムダ村から救援を依頼しに誰かが走って王都に行ったとして、王城で承認されて出動するまでに時間がかからなかったのだろうか。それとも、結構前から魔物に襲われていたんだろうか。
石像は手に持つ石の槍や石の剣で、手当たり次第に襲い掛かっている。
それを受ける騎士団の男たちは、必死に切りかかっているけど、魔物に当たると剣が弾かれている。
石像の魔物はガーゴイル。
次々と騎士団員が倒されて行き、すぐに起き上がる。
騎士団の後ろには、杖に縋るように回復魔法を唱え続ける女の子がいる。
薄い水色のショートカットの彼女は……。
「ミリィ! 大丈夫か!?」
「パ、パンダ君……来てくれた……の……」
「パンダ……、待ってたぜ……」
全身傷だらけで前線に立っているのは、ガッドだ。いや、傷はミリィの魔法ですぐに治るから、血の痕がたくさんあると言うほうが正しいだろうか。
「ヤムダ村は、俺が守る! エア・スラッシュ!」
八体いるガーゴイルのうち一体を風の魔法で切り刻む。
それに合わせてレイナも切り込んで行く。
「効かない!?」
レイピアは弾かれ、即座にレイナは間合いを取って後ろに下がる。
「はぁはぁ。こいつらは……、魔法剣じゃないと駄目だ」
そう言って、ガッドは渾身の一撃をガーゴイルに喰らわせる。
深く切り込みが入ったガーゴイルは白い霧のような煙となって消えていった。
レイナの剣にも日々魔法を通しているけど、まだ魔法剣にはなっていない。
ウシター山の依頼を遂行している間、「灼熱大地」に魔法剣の作成方法がバレないよう、魔法を通すのを控えていたから、その分だけ、遅れている。
「魔法剣……。そうね、わかったわ。ローズ・ブラスト!」
レイナはレイピアに闘気を集中させ、突進してガーゴイルの目前で弾丸のように闘気を放出した。
ガーゴイルの首が吹き飛び、白い煙となって消える。
「ふっ。あとは、任せた……」
ここまでの光景を見て安心したのか、それとも渾身の一撃で力を使い果たしたのか、ガッドは力尽きるように膝から地面に倒れ込んだ。
そんなガッドに構う暇もなく、俺とレイナでガーゴイルを掃討して行く。
魔法よりも魔法剣のほうがダメージを与えているように見えたので、俺も魔法剣で戦う。
もちろん、魔法も織り交ぜる。
俺たちは何度か攻撃を喰らったけど、すぐにミリィの回復魔法で癒され、傷はない。
最後のガーゴイルを魔法剣で切断した頃には、騎士団は全員倒れていた。
彼らの鎧は血塗られて、あちこちに穴が空いていたリ凹んでいたリしている。それでも、ミリィの回復魔法が効いているようで、皆、怪我はしていないように見える。
ただ、体力的に限界となって倒れているといった感じだ。流した血までは回復していないのかもしれない。
「この先にも……、まだ魔物が……」
いつの間にかボロボロになって横たわっている団長のヤフールさんが、震える腕で村の奥を指差す。
ミリィは両手で杖を持ったまま、ぺたんと地面に座り込んで項垂れ、短く肩を揺らして呼吸している。
「ミリィはここで休んでいて。この先の魔物は俺たちで倒してくるよ」
ミリィは顔を上げて頷くと、目を閉じて再び項垂れた。
戦えるのは俺たちしかいない。
魔物を掃討すべく、俺とレイナは二人で村の奥へと向かう。
奥の方に行けば行くほど火災がひどくなり、肌がチリチリと熱い。
「ミコハ、ドコダ……、ミコ……」
ふと、左の方から声が聞こえてそちらを向くと、家屋の火災の炎に紛れるようにして、横に長い炎の塊が宙に浮かんでいる。
よく見ると、炎を纏った東洋の龍のような形をしている。
サラマンダー。「チェック」の魔法が名前の他、強力な敵だと知らせてくれる。
「ミコヲ、ダセ」
魔物は、残響音を含む声で話しかけてくる。
「何言ってるんだ? ミコって何?」
「ヒカリノ、ミコ」
「分かんないよ」
「ソウカ……。ナラバ、ヨウハナイ。キエロ」
突然、炎のブレスが俺たちに向けて吐き出される。
「ストーン・ウォール」
後ろに飛び退きながら、石の壁を生成する。
俺たちとサラマンダーとの間に十分な距離があったため、炎が到達する前に石の壁が聳え立ち、迫る炎を遮断した。
首を左右に振って正弦波状に放たれるブレスの切れ間を見て、レイナは壁から横に飛び出し、ブレスを吐きながら接近してくるサラマンダーの横手に迫り、レイピアで切りつける。
「え? 切れない!」
レイピアは、まるで空を切るかのように、手応答えなくスカっと振り下ろされる。
サラマンダーもガーゴイル同様、物理攻撃が効かないのか?
さっき、レイナはローズなんとかって剣技で、物理攻撃の効かないガーゴイルを倒していたけど、あんな風に闘気を発しないと駄目なんだろうか?
「これなら! ローズ・スプラッシュ!」
レイナは至近距離のまま剣技を発動し、サラマンダーを無数に突き刺す。これは効いているようだ。
ガーゴイルのときは闘気を弾丸のように飛ばして倒していた。きっと、今の剣技にも闘気が乗っているのだろう。
ローズなんとかって言う剣技は勇者固有技だから、どの技にも闘気が乗っているのかもしれない。
ブレスが止んだ直後、尻尾による打撃で石の壁は破壊された。
尻尾と思ったけど、胴体もくねらせているので、どこまでが胴体でどこまでが尻尾かは分からない。とにかく、打撃だ。
接近していたレイナは十分な回避距離を取れず、それに巻き込まれて、飛ばされて行く。
俺も石の壁の破片で少なからずダメージを負った。
「こ、これしきの痛み、倒れているみんなに比べればどうってことない! やり返してやる! アイス・ランス!」
痛みを堪えながら、壁の後ろで姑息に集中していた魔法を放つ。
飛翔する氷の槍はサラマンダーの腹部を穿ち、奴を地面に落とすことに成功した。
なお、この魔法は、グレン洞窟のボスを倒したときの魔石で習得したものだ。
「ストーン・バレット!」
続けて、三連発の石弾を追い打ちに放つ。
全弾命中したけど、致命傷には至ってない。
サラマンダーは、這うように地上を移動し、近くで燃え盛る家屋の炎を吸い込む。
すると、傷がみるみるうちに修復して、再び浮き上がる。
まじか! 回復したよ。
「火を消さないと! ウォーター!」
もう、手当たり次第に周辺の消火に努める。ダメージを与えても回復されたら埒が明かない。
その間にもサランマンダーは火球を飛ばしてきたけど、俺の放つ水柱で消し去った。
俺の底なしともいえる魔法容量で、馬鹿みたいに剣先から水を放出し続け、周囲の火災は大方鎮火した。
鎮火作業の最中にサラマンダーにも水柱を向けてみたが、本体に届く前に水が蒸発してまったくダメージを与えられなかった。
放水をあざ笑うかのように接近して攻撃してくるサラマンダーを何度か避け、剣を振るって間合いを取ろうとした。すると、サラマンダーは体をくねらせて剣を避け、炎の牙で俺の腕に噛みついた。
俺は左腕にやけどと深い裂傷を負った。
水の放出を止めて右手の剣で振り払い、サラマンダーと対峙する。ここからが勝負だ。
仕切り直し後の先手はサラマンダーの火球だった。
真っ直ぐに俺に向かって飛んでくる。
俺は大きく動くことで痛む左腕を、歯を食いしばって堪えて斜め後ろに飛んで避け、サラマンダーに魔法剣で切りかかろうと構えた。
しかし! それを狙ったかのように、爆裂する炎柱が正面から真っ直ぐに俺目掛けて地面を走るように突進してくる。
もう一度斜め後ろに飛んで避け――
「うわっ」
飛んだ先に向けて、俺とまったく同じ方向に、もう一本の爆裂する炎柱が俺を上回る速度で地面を這うように追いかけてきていた。正面に気を取られて、斜め前からの炎に気づくのが遅れた。
爆裂する炎柱の直撃を受け、俺は地面を跳ねるように転がって行く。
喰らったのはレベル25魔法の「クロス・ファイア」で、二本の射線で目標を追い詰める嫌らしい魔法だ。
最初の火球で俺の避ける方向を見定め、予測した方向に「クロス・ファイア」を仕掛けてきたようだ。
「く……そ……」
手に力が入らない。全身に激痛が走り、起き上がることもできない。
俺は、こんな所で終わるのか。
ここヤムダ村を救うことすらできないのか。
己の不甲斐なさに、涙が溢れる。
霞みゆく視界で必死にレイナの姿を映す。
「もう、同じ攻撃は喰らわないわ」
宣言と同時に、レイナの体がほのかに赤く光を発する。
素早さを増したレイナは、巧みにサラマンダーの攻撃を躱して接近して行く。
「ローズ・スプラッシュ!」
サラマンダーの胴体を無数に突き、仰け反らせる。
そして半歩下がり、次の技に繋げようとレイピアを振り上げた瞬間、また、尻尾による打撃が繰り出された。
あの距離では、避けられない!
そう思ったけど、意外にもレイナは大きく前へ踏み出し、そのままスライディングして宙に浮くサラマンダーの反対側で立ち上がる。
尻尾による打撃は空振りに終わり、サラマンダーの鎌首は、レイナを捉えて俺とは反対側に向く。
それからも攻防は続き、徐々にレイナは劣勢になりつつある。
「ヒール……」
生死の淵を彷徨いながら、虫の息でレイナの攻防を漠然と見ていた俺に、回復魔法が届いた。
さっきまでの激痛が嘘のように消え、落としていた魔法剣を手に握ることができた。
「ありがとう」
後ろを振り向くと、杖を手放し、ミリィが倒れていく姿が見えた。
遠くで見ていたミリィは、俺とレイナを助けるために、動かない体に鞭打ってここまで来た。
そんな彼女の厚意を無駄にはできない。
俺は立ち上がり、サラマンダーに向かって駆ける。
レイナとサラマンダーの死闘が繰り広げられているその領域の外から急接近し、魔法剣を突き出し、勢いを乗せてサラマンダーの首元に突き立てる。
「これでどうだ! アイス・ランス!」
そのまま剣先から氷の槍を発射し、傷口を深く抉る。
水柱をサラマンダーや燃え盛る炎に向けて発し続けたことで、水属性の熟練度が上がり、「アイス・ランス」に必要な集中の時間が大幅に短縮されていて、その結果、短い時間で集中が完了していた。
氷の槍に貫かれたサラマンダーは奇声を上げ、やがて白い霧となって消えて行った。
なんとか倒せた。
辛い戦いだった。
ミリィの回復がなければ、俺もレイナも倒されていただろう。
倒れているミリィに駆け寄り、上体を抱き起こす。
熱い。ミリィの体は熱く、顔もほてっている。
呼吸も弱々しい。
病気で熱を出しているのだろうか。
「ミリィ、大丈夫か!?」
「う……ん……」
瞼を半分開き、俺を見つめる。
レイナも傍に来てしゃがんでミリィを見る。
「助かったよ。俺もレイナも、ミリィの回復がなければ死んでいたよ」
ミリィの顔がゆっくりとレイナのほうを向く。
「あ、紹介がまだだったね。彼女はレイナ。まあ、現代の勇者様だね」
「ゆ……う……しゃ……」
勇者と口にしたミリィの瞳から突然色が抜け落ち、
「ゆ、勇者! 勇者が憎い! ……」
レイナに掴みかかって、訳の分からないことを言い、そのまま意識を失った。
「な、なんだったんだ? とにかく、家に連れて行って寝かせないと。ひどい熱だし」
どうでもいい話なんだけど、このときまで、俺はミリィが手にしている物がロッドだということに気づいていなかった。病気の体を支えるための杖だと思い込んでいた。
サラマンダーとの死闘を制したパンダ。
この戦いを境に、パンダの意識は変わって行きます。




